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第三章
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しおりを挟む泰子の部屋を後にした天野は、緊張で震える足を無理やり動かし父の部屋に向かう。
父への説得は不可能なことは分かっていたが、それでも一応は試みるつもりでいた。
扉の前で一度深呼吸をしてから、天野は扉をノックする。短く「入れ」と言う低い声が聞こえ、静かに扉を開く。
天井に届きそうなほどの高さの本棚が左右に置かれ、中心には洋風な机が備え付けられていた。
雑然としている机の上で書き物をしていた父が、「何だ?」と顔を上げずに問いかける。久々に会った我が子に対して、煩わしいという態度の父に天野は密かに歯噛みした。
「父さん。高松家のご子息である達久さんの悪評はご存じないのですか? 泰子がそんな所に嫁いで、傷つき苦しむ様を考えたくはありません」
「私に意見するとは、お前も随分と偉くなったもんだな」
決して褒めているのでは無く、父のあからさまな嘲りを感じさせる低い声に天野は唇を噛みしめる。
「安心しろ。お前にも近々、縁談を持ち込んでやる。他人を心配をする暇があったら学業に専念し、天野家に利益をもたらす働きでもしたらどうなんだ」
取り付く島もなく、天野は血の気が引いて真っ青になった顔を俯かせる。
やはり父に何を言っても無駄なようだ。天野は立ち去る前に、最後に一つだけ聞いておきたいことがあった。その回答次第では、少し考えを改めようかとも思案していた事だった。
「父さんは……母さんを愛していましたか?」
やっと顔を上げた父は、不愉快そうに顔を顰め天野を見つめる。
「母さんは死ぬ時まで、傍にいもしない貴方を思っていました。どうなんですか?」
もしも、愛していたと父が言ったのならば泰子を島に送った後に、天野はこっちに戻って父の言いなりに幾らでもなろうと思っていた。
仮にも父親である事は変えようがないうえ、全く恩がないわけではない。だからこそ、長男の自分が全てを背負う覚悟があった。
「くだらないな。愛だの恋だのそんなもの、今の時代には必要ない。取り残されないように、如何に立ち回っていくかに掛かっているんだ。お前もそんな物に囚われているようでは、いつか足元を掬われるだけだ」
父は話は終わりだとばかりに再び視線を下に向け、資料に目を落とす。
「そうですか……分かりました」
天野はそれだけ言うと部屋を後にする。心は今までにはないほどに、冷え切っていた。少しでも情を感じた自分が馬鹿だったのだ。
憤りと失望感に天野は愕然とした心持ちで屋敷を出ると、高松家へと直談判しに向かった。父を止められないのであれば、自分の命に変えても期間を先延ばしてもらうつもりだ。
天野が見た夢は高松家に着き、達郎と対峙した時の記憶の一部。そこから数ヶ月間にも渡る悪夢の始まりだった。
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