作家は二度、炎上する

箕田 はる

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「語部先生と会ってからですよ。雑誌のインタビューとか、授賞式の場で筆談みたいになったのは。今では筆談作家だなんて、ネット上では呼ばれていますからね」
 安時は饒舌に語っている。一方でネットと聞いて、語部の脳裏に嫌な記憶が過っていた。
 かつて、自分はネットで叩かれていた。根も葉もない噂が蔓延し、自分のまいた種と言えども、あの頃はしばらくネットを見るのが怖かった。今でもエゴサーチをする勇気はない。作品の感想もファンレターを見るので留めている。
 いつの間にか黎城の受賞の挨拶は終わっていたようで、ほぼ無音状態だった会場からは拍手する音が聞こえた。
「そういえば、黎城先生の担当が神埼さんになるらしいですよ」
 神埼の名前が出たことで、語部は顔を顰めた。最後に会ったのは、二年前の担当替えの時以来だ。
 神崎はデビューから二年目の担当で、四年の付き合いだった。
 自分よりも十五も歳上の男で、淡々とした口調であまり感情を表にださない。眼鏡の奥の怜悧な目つきが、冷めた印象を生み出している男だった。デビュー当時の女性編集者と違って、彼はまず褒めるということは全くしなかった。
 加えて神経質な性格なのか、プロットの一つ一つに「どうしてこの設定にしたのですか」「彼はどうしてこの発言をしたのですか」と聞いてきた。神埼が納得のいく答えでないと、何度も変更を余儀なくされていた。
 やっとプロットが通り初稿を終えると、今度は何度も改稿を迫ってきた。
 改稿は誤字脱字や文章表記に間違いはないかを確認し、互いに原稿を行き来させることを指す。初稿から始まり、戻ってきた原稿は二稿となる。早ければ少ない改稿で終わる。しかし、神崎相手の時には何十稿と改稿を繰り返すこととなった。
 それを終えても、今度は校閲との間で改稿が行われる。でもこちらは、何とか少ないやり取りで終えることができた。
 それでも原稿を落としそうになったことは多々ある。それに改稿を重ね過ぎたせいか、気づけば自分の最初に考えていたのと、全く違う設定に成り果てていた。それでも文句は言わずに、必死で食らいついた。せっかく憧れだった小説家になれたのだ。編集の言いなりになっているとはいえ名義は自分。それに神崎の手直しが入ったことで、良くなったことは否定できなかった。
 出版した作品は読者受けは良かったが、初期の頃からのファンは戸惑っているようだった。ファンレターには「初期の作品のほうが良かった」と書かれることもあった。
 語部はデビュー当時から、ファンレターをマメに返していた。そのことも神崎は気に食わなかったようで「そんなことしてないで、次のプロットを考えてください」と言っては、いい顔をしていなかった。自分の何もかもを否定してくるような神埼を語部は苦手としていた。担当が変わると聞いた時は少しだけホッとしたぐらいだ。
 だが、それを安時に言う必要はない。
「そうなのか」と、複雑な心境を隠すように、語部は淡々とした風を装った。
「気にならないんですか?」
「気にならないわけじゃないが、別に俺には関係ない」
「心配なんですよ。語部先生の時、大変だったみたいじゃないですか」
 安時が同情の眼差しを語部に向ける。どこまで知っているか分からないが、それなりに話は他所から聞いているのだろう。でも語部は自ら神埼のことを口にする気はなく、鬱陶しげに「別に」とだけ言って、居心地悪くソファーに寄りかかった。当時の自分は恥でしかなく、思い出したくなかった。
 嫌がる素振りを見せているのに、安時は気づいていないのか話を続けた。
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