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しおりを挟む「神崎さんって昔、小説家を目指していたみたいなんです。そのせいなのか自分の考えた話に寄せていたんだと思うんです」
勝手な憶測だろうと思った。それでも何度も改稿させられたのを思い出し、語部は否定はせずにいた。
「僕は語部先生の初期の頃からのファンなんです。だから急に作風が変わったりして、変だなって思っていたんです」
語部は驚いて安時を見る。愛嬌のある目元が今は伏せられていた。
「だからこの出版社に転職できたのは、僕の人生で全部の運を使い果たしたんじゃないかって、思うぐらいに幸福なことでした。それに先生の担当になれたのも」
そう言って少し泣きそな笑みを浮かべた。さすがに語部も戸惑いを隠せず、視線を彷徨わせた。そこまで自分のことを賛美してくれる人間など、今までにいなかった。安時の膝に乗せている拳が、かすかに震えていた。
「僕が先生のファンだからこそ、気づいたことがあるんです。神埼さん……もしかしたら語部先生のゴーストライターになろうとしていたんじゃないかって」
「……どういうことだ」
信じられない言葉に、さっきまでの浮足立っていた気持ちがすっと冷めていくのを語部は感じた。
安時は迷うように、小さく口を開閉している。もしかしたら自分が傷つく、もしくは知らないほうが良いことを言うか言わまいか迷っているのかもしれなかった。
語部は「良いから、言え」と言って先を促した。
安時はゆっくりと息を吸い込み、吐き出すと「実は……神崎さんが編集長と話しているのを聞いちゃったんです」と切り出す。語部の脳裏にはヤクザの組長のような容姿が浮かんだ。
「語部先生のプロット見せながら神崎さんが、彼のプロットは見るに堪えない。最初の作品だって、面白くなかったって——」
愕然として何も言えない語部に、痛々しげな表情の安時が「すみません」と言って、俯いた。
「編集長は語部先生のプロットにオッケーを出してたんです。でも、神崎さんはこっちの方が面白いからって、別の企画書を見せていたこともあって」
血の気が引く思いがした。編集長が了承したものを変えてまで、自分の話を書かせようとしていたなんて、想像できるはずがなかった。
「こんなこと、言うべきじゃなかったですね。でも、僕は黎城先生のことも好きなんです。だって、語部先生のファンだから……同じ目に遭うんじゃないかって心配なんですよ」
あからさまに不安を滲ませている。それでも語部は黙っていた。肯定も否定もしないが、ただ暗澹とした不安だけは胸に渦巻いていた。
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