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しおりを挟む「語部先生の作品、好きなんですか?」
急に話しかけられ、語部は慌てて振り返る。ここの店員なのだろうか。エプロン姿の四十代ぐらいの女性が、本を数冊抱えて立っていた。髪を後ろに束ね、少しやつれた頬で笑みを作っている。
「私、この作家さんが好きなんです。ファンレターを出したこともあるんですよ」
「……そうなんですか」
語部は驚くも、それを表向きには出さないように押さえ込む。まさかファンレターを出した張本人に会うとはとんだ偶然だ。
「普通の作家さんのほとんどは、返事を返してくださらないんです。もちろん、私だって期待はしていなかったんですよ。お忙しいのは分かっていますから。でも語部先生は返事だけでなく、ご丁寧に資料までつけてくださって……本当にあの時は助かったんです」
女性の目が僅かに赤くなる。どのファンレターの返事のことを言っているのかは、何通も返事をしているせいで見当も付かなかった。
「作品も素晴らしくて好きでしたが、先生のお人柄もすっかり好きになりました」
そんな大それた人間ではないと言いたかったが、語部は俯いて誤魔化した。まさか自分がその著者だとはとても言い出せない。
「芥川賞の授賞式の時、あんなことになりましたが……きっと先生なりに、何か思われることがあったのかもしれません。私はそう信じてます」
そう言ってから、女性は語部をじっと見た。そこで「あれ?」と言って、首を傾げる。
「語部先生に似てらっしゃいますね……えっ、もしかしてご本人ですか?」
「いいえ、違います」
まさかと目を見開いている女性に、語部はすぐさま否定した。
メディアに出ることは滅多にないせいか、あまり指摘されることは少ない。それに小説家の顔を覚えている人間など、よっぽど作家のファンでなければ稀だろう。
「そうですか。失礼しました」
女性はそう言ってから、少し残念そうに眉を下げた。
それからハッとした顔をして「やだ、話込んじゃった」と言って、近くにいたエプロン姿の男性店員に視線を向けた。その男性店員もこちらを見て、顔を顰めている。女性店員は頭を下げると「失礼しました」と言ってきまり悪げに立ち去った。
語部は張っていた肩の力を抜くと、目当てであった黎城の『息子の標』を手に取る。レジに持っていくと、さきほどの眼鏡の男性店員がすばやくレジに収まった。
手早く会計を済ませると、背後に視線を感じつつも語部はそそくさと店を後にした。女性との会話が聞こえていたのだろう。きっと、本物かどうか確かめるためにレジに入ったのかもしれないと、被害妄想に陥った。
こうなってしまうと、あの書店に行きづらくなってしまう。だが、マスクと眼鏡をして堂々としていれば、簡単にはバレはしないだろうと思い直す。
店内のとの温度差に辟易しながら、語部は朝食と昼食を兼ねた食事を取ろうと近くのカフェに足を向けた。
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