作家は二度、炎上する

箕田 はる

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 チェーン店ということもあり、店内はそこそこ人で賑わっている。語部はレジでアイスコーヒーとハムチーズサンドを注文した。
 商品を受け取ると二階に上がり、空いている窓際のカウンター席に腰を下ろす。眼下には駅のロータリーが広がっている。バスが何台も半円を描いては、一列で外へと流れて出ていた。
 その光景をぼんやりと眺め、ハムチーズサンドを齧る。コーヒーで流し込んでいると、俯き気味の男が足早に駅の構内に向かっている姿が目にとまった。俯きがちな男の長い前髪が揺れ、ちらりと黒縁眼鏡が見え隠れしている。
 語部は唖然としつつも、黎城と思しき人物を目で追った。何故またここにという疑問と、やっぱりこの辺りに住んでいるのだろうかという疑問が過る。
 追いかけようにも、吸い込まれるように駅構内に入ってしまった。語部は諦めてアイスコーヒーを啜る。スマホを取り出してみるも、前回のような着信はない。
 もしかしたら自分に用があって、来たわけじゃないのだろう。そう結論づけて語部は残りの分を口に詰めると、早々に席を立つ。
 日差しの強さが増した中、何とかマンションまでたどり着いた語部はエントランスで足を止めた。
 語部のポストから飛び出るように、大判サイズの茶封筒が差し込まれていたのだ。近づいて引き抜くと案の定、差出人はおろか宛先も書かれていない。中身を検めて見ると、一冊の文庫本。それは『息子の標』だった。
 やはりさっきの男は黎城で間違いないだろう。昨日話したことで、わざわざこの場所まで持ってきたに違いなかった。
 語部は握っている本屋の青い袋に視線を落とし、再度手元の封筒に視線を移す。一つ溜息を吐くと、語部はマンションのエレベーターへと向かった。
 買ってきた本を棚に黎城が持ってきたと思しき本をデスクに置くと、語部はコーヒーの準備を始めた。
 語部の買った方で読んでも良かった。だが、本人がわざわざ持ってきたことを考えると、何かメモが書かれているかもしれないという考えもあった。多くを語らない黎城だからこそ、こういったまどろっこしいやり方で、何かを伝えようとするのかもしれない。
 思い当たる節として、新しい担当となった神埼に関することかもしれないと胸騒ぎを覚える。安時の不安げな表情が思い出され、語部は険しい表情でデスクに乗っている『息子の標』を見下ろした。
 こないだ送られてきた原稿は、マネージャーの手によって辞めることになる俳優の話だ。
 それを編集者と小説家に置き換える。神埼と黎城。安時が言っていたのが事実であれば、当初は語部のゴーストライターになるつもりで神崎はいたという。担当が変わった今、その役目が黎城に移行した可能性はゼロではない。そのことを暗喩に語部に伝えようとしていることも考えられる。
 そこで何故自分に、という疑問が沸いた。
 安時や編集長に相談した方が、すぐにでも対応してくれるはずだ。自分から安時にそれとなく伝えておくべきかと悩んだが、自分の勝手な推測で大事にするのは忍びないと考え直す。
 それに神埼のことを語部は恨んではいなかった。作家としての年数を重ねたことで分かったが、何度も手直しさせられたりプロットを作り変えられたりするのはよくあることなのだ。若かりし頃は、反抗期かの如く臍を曲げてしまったが、今考えれば自分のしていることの方が恥ずかしいことだったと分かる。
 加えて安時の話が大げさだったとも考えられなくはない。たまたま耳にした言葉が、前後が抜けていたことで違った解釈を与えてしまうことなどよくあることだった。メディアでも印象操作と言われる事例でよく耳にする。
 コーヒーの香りが濃く部屋に漂う。手ずからでコーヒーを作る事が多いが、今日は早く読みたかった事もあり、マシーンで作っていた。できあがったのを皮切りに、語部はとりあえず読んでみてから考えようと、キッチンに足を向けた。
 棚から出したカップにコーヒーを注ぎ、それを片手にデスクに向かう。語部は椅子に腰を下ろすと、灰色の表紙を捲った。
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