作家は二度、炎上する

箕田 はる

文字の大きさ
21 / 63

21

しおりを挟む

 チェーン店ということもあり、店内はそこそこ人で賑わっている。語部はレジでアイスコーヒーとハムチーズサンドを注文した。
 商品を受け取ると二階に上がり、空いている窓際のカウンター席に腰を下ろす。眼下には駅のロータリーが広がっている。バスが何台も半円を描いては、一列で外へと流れて出ていた。
 その光景をぼんやりと眺め、ハムチーズサンドを齧る。コーヒーで流し込んでいると、俯き気味の男が足早に駅の構内に向かっている姿が目にとまった。俯きがちな男の長い前髪が揺れ、ちらりと黒縁眼鏡が見え隠れしている。
 語部は唖然としつつも、黎城と思しき人物を目で追った。何故またここにという疑問と、やっぱりこの辺りに住んでいるのだろうかという疑問が過る。
 追いかけようにも、吸い込まれるように駅構内に入ってしまった。語部は諦めてアイスコーヒーを啜る。スマホを取り出してみるも、前回のような着信はない。
 もしかしたら自分に用があって、来たわけじゃないのだろう。そう結論づけて語部は残りの分を口に詰めると、早々に席を立つ。
 日差しの強さが増した中、何とかマンションまでたどり着いた語部はエントランスで足を止めた。
 語部のポストから飛び出るように、大判サイズの茶封筒が差し込まれていたのだ。近づいて引き抜くと案の定、差出人はおろか宛先も書かれていない。中身を検めて見ると、一冊の文庫本。それは『息子の標』だった。
 やはりさっきの男は黎城で間違いないだろう。昨日話したことで、わざわざこの場所まで持ってきたに違いなかった。
 語部は握っている本屋の青い袋に視線を落とし、再度手元の封筒に視線を移す。一つ溜息を吐くと、語部はマンションのエレベーターへと向かった。
 買ってきた本を棚に黎城が持ってきたと思しき本をデスクに置くと、語部はコーヒーの準備を始めた。
 語部の買った方で読んでも良かった。だが、本人がわざわざ持ってきたことを考えると、何かメモが書かれているかもしれないという考えもあった。多くを語らない黎城だからこそ、こういったまどろっこしいやり方で、何かを伝えようとするのかもしれない。
 思い当たる節として、新しい担当となった神埼に関することかもしれないと胸騒ぎを覚える。安時の不安げな表情が思い出され、語部は険しい表情でデスクに乗っている『息子の標』を見下ろした。
 こないだ送られてきた原稿は、マネージャーの手によって辞めることになる俳優の話だ。
 それを編集者と小説家に置き換える。神埼と黎城。安時が言っていたのが事実であれば、当初は語部のゴーストライターになるつもりで神崎はいたという。担当が変わった今、その役目が黎城に移行した可能性はゼロではない。そのことを暗喩に語部に伝えようとしていることも考えられる。
 そこで何故自分に、という疑問が沸いた。
 安時や編集長に相談した方が、すぐにでも対応してくれるはずだ。自分から安時にそれとなく伝えておくべきかと悩んだが、自分の勝手な推測で大事にするのは忍びないと考え直す。
 それに神埼のことを語部は恨んではいなかった。作家としての年数を重ねたことで分かったが、何度も手直しさせられたりプロットを作り変えられたりするのはよくあることなのだ。若かりし頃は、反抗期かの如く臍を曲げてしまったが、今考えれば自分のしていることの方が恥ずかしいことだったと分かる。
 加えて安時の話が大げさだったとも考えられなくはない。たまたま耳にした言葉が、前後が抜けていたことで違った解釈を与えてしまうことなどよくあることだった。メディアでも印象操作と言われる事例でよく耳にする。
 コーヒーの香りが濃く部屋に漂う。手ずからでコーヒーを作る事が多いが、今日は早く読みたかった事もあり、マシーンで作っていた。できあがったのを皮切りに、語部はとりあえず読んでみてから考えようと、キッチンに足を向けた。
 棚から出したカップにコーヒーを注ぎ、それを片手にデスクに向かう。語部は椅子に腰を下ろすと、灰色の表紙を捲った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀! 片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。 貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。 しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。 利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。 二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー? 曄琳の運命やいかに!

『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

【完結】“熟年恋愛”物語

山田森湖
恋愛
妻を亡くし、独りで過ごす日々に慣れつつあった 圭介(56)。 子育てを終え、長く封じ込めていた“自分の時間”をようやく取り戻した 佳奈美(54)。 どちらも、恋を求めていたわけではない。 ただ——「誰かと話したい」「同じ時間を共有したい」、 そんな小さな願いが胸に生まれた夜。 ふたりは、50代以上限定の交流イベント“シングルナイト”で出会う。 最初の一言は、たった「こんばんは」。 それだけなのに、どこか懐かしいような安心感が、お互いの心に灯った。 週末の夜に交わした小さな会話は、 やがて食事の誘いへ、 そして“誰にも言えない本音”を語り合える関係へと変わっていく。 過去の傷、家族の距離、仕事を終えた後の空虚—— 人生の後半戦だからこそ抱える孤独や不安を共有しながら、 ふたりはゆっくりと心の距離を縮めていく。 恋に臆病になった大人たちが、 無理をせず、飾らず、素のままの自分で惹かれ合う—— そんな“優しい恋”の物語。 もう恋なんてしないと思っていた。 でも、あの夜、確かに何かが始まった。

処理中です...