作家は二度、炎上する

箕田 はる

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『当時の僕は人と話すことが怖くてたまらなかったのです。みんな僕を嘘つきだといい、イジメられていました。だからずっと部屋に引きこもって、学校も休んでいて――』
 よほど辛かったのだろう。黎城の手がかすかに震え、字が乱れていた。詳しい理由を聞くのは躊躇われ、語部は傾聴するに留めた。
『そんな時に先生のデビュー作である『壇上』を読んで、僕は衝撃を受けたんです。言葉を上手く発することが出来なくても、自分がしたいと思ったことに真っ正面から向き合う主人公の姿に感動して……どうしたら、そうなれるのかと、僕は先生に手紙で問いかけました』
 デビュー作ということは、およそ八年以上前になる。そんな昔に書いた手紙であれば、今は残ってはいないはずだ。黎城がメモ用紙をめくり、白紙にすると再びペンを滑らせる。
『そのとき、先生はこう答えていたんです。〝無理に喋る必要はない。口で言えないなら、伝えたいことを紙に書けばいい。小説家も口に出さずとも、自分の信条を紙上で伝えているのだから。臆する必要はない〟と』
「……そうだったか」
 自分がそう回答したことを覚えておらず、語部は眉を寄せる。一方で八年も前の手紙の言葉を覚えていた黎城に戸惑いを隠せずにいた。何度も繰り返し読んだのだろうと想像出来るからだ。
『その言葉に感銘を受けて、僕は今もこうして小説を書いているんです。語部先生が里垣先生に感化されて、小説を書き始めたように。僕も語部先生の言葉に背中を押されて、小説を書き始めたんです』
 黎城が顔を上げる。長い前髪の間から覗く瞳が、強く語部を捉えていた。その熱意に溢れた眼差しを前に、語部は返す言葉を見失っていた。自分に憧れて小説家になった人間が目の前にいる。その事実を前に熱いものがこみ上げてきていた。
『だから先生には誰よりも長く、書き続けていて欲しいんです』
 語部の方に向き直ると、それだけを書いたメモを胸元でかざした黎城が頭を下げる。
「そのつもりだ」
 早口で言いながら、語部は視線を背ける。これ以上、黎城の熱意に押されてしまったら、羞恥で余計なことを口走りそうだった。空気を変えるために、キッチンに置きっぱなしにしてあるコーヒーを入れ直そうと立ち上がったところで、スマホが鳴り出す。
 テーブルの上で震えるスマホを手に取ると、安時の名前が着信画面に表示されていた。
「はい」と出るなり、「近くにいるので、これから寄ってもいいですか?」といつもの明るい声が響く。
 語部はチラリと黎城に目をやる。黎城が来ていると知ったら面倒くさいことになる。どうしたものかと思考を巡らせていると、黎城が立ち上がってメモを向けてきた。
『そろそろ帰ります。原稿お借りしてもいいですか?』
 向けられたメモに語部は頷き返す。
『安時さんには言わないでください』
 続く言葉を示され、語部は再度頷いて答える。黎城も知られたりしたら、面倒なことになると分かっているのだろう。もしかしたら、黎城も安時から「二人で会うなら僕も」などと、同じことを言われたのだろうと容易に察しがついた。
 無言のままだったせいか、電話越しに「先生?」と声がかかる。
「ああ、大丈夫だ」
 そう返しつつ、頭を下げて辞去をする黎城を片手をあげて語部は見送った。
 電話を切った十分後にはインターホンが鳴り、安時が現れる。証拠隠滅するようにカップを洗い終えたと同時だった。
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