作家は二度、炎上する

箕田 はる

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「……原稿が消えていたんだ」
 憤りに声が震えていた。
「えっ……そんな」
 安時がデスクに駆け寄ってくる。立ち入れないと言っていたが、さすがに状況では安時も混乱しているようだ。
「確かにこのフォルダーに入れていたはずなんだ」
 あまりのショックから、語部は両手を机について俯く。書き直すにも、前と同じ物を書ける自信がなかった。
「最近、この部屋に誰か入っていませんか? 僕以外の誰かが」
 安時が遠慮がちに後ろから言った。そこで語部ははっとして、顔を上げる。さっきまで黎城がいた。それも書斎に入っている。だが、自分とはずっと一緒だった。それにそんなことをするように思えない。
「……いや、いない」
 黎城の名前を出して、場を混乱させるわけにはいかないとシラを切る。
「本当ですか? 少しでも心当たりがあるなら、きちんと確認しないと」
 早口でそう言う安時も、この状況に焦りを抱いているようだった。担当として今後の対策を取るには、正確な情報が必要なのだろう。
 仕方なく語部は本当のことを口にした。黎城がさっきまで来ていて、原稿を読ませたのだと。
「だが、黎城先生は無実だ。ずっと俺と一緒に居たんだからな」
 いつになく険しい顔をする安時に語部は告げる。
「本当に……ずっと一緒にいたんですか? 目を離したりしてませんか?」
 念を押すように言われ、「一時たりとも目を離してないわけじゃないが」と言わざるを得なくなる。
「僕だって疑いたくはありません。だけど……もしかすると神崎さんが――」
「証拠もなしに人を疑うんじゃねぇ」
 強い口調で安時の言葉を遮る。
「そんなこと言ったら、俺が出てる間にお前だって消すことは可能なはずだ」
「僕を疑ってるってことですか」
 いつもならば、今にも泣きそうな顔をする安時が、今はキッとした目で語部を睨んでいる。
「そうじゃない。お前が黎城先生を疑うのならば、お前も同じく疑わしくなると言いたいだけだ」
 互いに睨み合いの状態になる。安時の焦りも分からなくはないが、だからと言って受け入れるわけにはいかない。
「とにかく、なんとかする」
 いつまでもこうしていても仕方がない。語部は黎城から原稿をもらうべく、スマホを手に取る。
「なぁなぁにして良いんですか? 原稿を落とすかもしれないんですよ」
「大丈夫だ。コピーを黎城先生が持っている。それを打ち直せば済む」
「何で黎城先生がコピーを持っているんですか?」
 安時に問いただされ、語部は諦めて一旦スマホを机に伏せた。
「欲しいと言われたんだ。別段おかしくはない」
「おかしいですよ。作家にとっては命より大事な物なんです。それを簡単にくれだなんて……いくら黎城先生でも許されません」
「俺がいいと言ったんだ。かまわないだろ」
 やはり厄介なことになったと、語部は頭を抱えたくなった。
「黎城先生に僕から問い詰めてみます」
 スマホを取り出す安時を押しとどめ「俺がする」と、語部が自身のスマホを手に取る。
「大事にしたくない。俺のミスかもしれないからな」
 黎城に電話をすると、通話がつながる。無言ではあるものの、電話の向こうからは人の気配がしていた。
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