作家は二度、炎上する

箕田 はる

文字の大きさ
43 / 63

43

しおりを挟む

 作業は三日ほどかけて行った。今度こそデータが消えることがないように、保存場所も二つ作っておいた。
 完成した原稿を早速チェックしてもらうべく、安時を呼び出す。
 最近、いろんなことがあったせいか、安時との関係にギクシャクし始めていた。電話越しに聞こえた声にぎこちなさがある。
 本来であれば原稿をメールで送ることも出来るのだが、安時は実際に手に取って原稿を見たいと、本人の希望で今までやってきていた。急にそのスタイルを変えてしまえば、あからさまに避けているのだと言っているようなものだろう。
 訪問を待つ間、語部が行ったり来たりを繰り返していると、インターホンが鳴り、安時が現れる。その顔はいつになく暗く、語部とあまり目を合わせようとしなかった。
「原稿を見に来ました」
「ああ」
 安時がソファに座ったのを確認すると、語部は用意していた原稿を手渡す。
「拝見します」
 いつもならば目を輝かせて原稿を受け取るのだが、表情は硬いままだ。語部もこの空気から逃れようと、キッチンでコーヒーの準備に取りかかる。だが、意識しないようにすればするほどに、気になってしまう。チラリと目線を向けると、安時は黙々と原稿に目を通していた。
 いつもより時間をかけてコーヒーを入れ、お菓子と一緒にテーブルに運んだ。手元の原稿の持ち方からして、まだ読み終わる様子がなかった。いつもなら、テレビを見ながら待つか、もしくは途中であっても意見を交わしていたが、今日はそういう雰囲気ではなさそうだった。
「読み終えたら声をかけてくれ」
 そう声をかけてから、語部は書斎に入った。ドアを閉めてから、大きな溜息を吐く。重たい空気から逃れ、やっと酸素を得た魚のように呼吸が楽になる。安時を待つ間、新しいプロットでも考えようと、パソコンに向かった。
 資料を読んだり、メモを取ったりしていると、ドアをノックする音がした。
「先生、読み終わりましたよ」
 安時の声に、語部は「分かった」と答えて立ち上がる。
 リビングへと戻り、二人でソファに腰掛けた。
「いつも通り、先生らしい良い作品だと思います」
「そうか」
「僕が見た限りでは誤字脱字もありませんでした。ストーリーも読みやすく青少年向けになっていますし、先生のデビュー作である『紙上』みたいに夢に向かって突き進む姿は共感出来ると思います」
 いつも通りに講評をしながら、安時は原稿用紙を捲っていく。いつもと違うところは明らかに元気がないところぐらいだった。
「後は今申し上げた問題点の訂正したデータを送っていただければ、校閲に回します。お疲れ様でした」
 最後のページまでたどり着き終えると、手元の原稿を整える。
「色々と迷惑かけて悪かったな」
「いえ、良いんです」
「これからは気をつける」
「どう、気をつけるんですか?」
 下がっていた視線がやっと語部に向けられる。語部は自分なりに考えていた改善点を口にする。
「……そうですか。じゃあ、この件は解決ということでよろしいですね?」
 語部は頷く。これ以上誰かを疑ったところで、答えは出ないように思えた。それに、そもそもは自分の管理不足だった面もある。
「分かりました。じゃあ、気分転換に食事にでも行きませんか? 美味しいお店を見つけたんですよ。先生が好きな明太子を使った料理も豊富で――」
 駅の近くにある飲食店について、安時が熱弁する。久しぶりに見たいつもの安時の姿に、語部も肩の力が抜けていく。安時なりに気を遣っているからこその誘いなのだと、語部も二つ返事で了承した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀! 片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。 貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。 しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。 利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。 二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー? 曄琳の運命やいかに!

『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

【完結】“熟年恋愛”物語

山田森湖
恋愛
妻を亡くし、独りで過ごす日々に慣れつつあった 圭介(56)。 子育てを終え、長く封じ込めていた“自分の時間”をようやく取り戻した 佳奈美(54)。 どちらも、恋を求めていたわけではない。 ただ——「誰かと話したい」「同じ時間を共有したい」、 そんな小さな願いが胸に生まれた夜。 ふたりは、50代以上限定の交流イベント“シングルナイト”で出会う。 最初の一言は、たった「こんばんは」。 それだけなのに、どこか懐かしいような安心感が、お互いの心に灯った。 週末の夜に交わした小さな会話は、 やがて食事の誘いへ、 そして“誰にも言えない本音”を語り合える関係へと変わっていく。 過去の傷、家族の距離、仕事を終えた後の空虚—— 人生の後半戦だからこそ抱える孤独や不安を共有しながら、 ふたりはゆっくりと心の距離を縮めていく。 恋に臆病になった大人たちが、 無理をせず、飾らず、素のままの自分で惹かれ合う—— そんな“優しい恋”の物語。 もう恋なんてしないと思っていた。 でも、あの夜、確かに何かが始まった。

処理中です...