作家は二度、炎上する

箕田 はる

文字の大きさ
44 / 63

44

しおりを挟む

 安時に案内された店は、こじんまりとした定食屋といった様相の個人店だ。二人が入った時には、遅い昼食を取る人の姿がちらほらある。テーブルと座敷席があったが、二人はテーブル席で向かい合わせに座った。
「久しぶりですよね。こうして先生と外で食事をするのって」
 安時がおしぼりで手を拭き、周囲を見渡す。手書きの短冊形のメニューが、壁に何カ所も張り出されていた。
「オススメは明太子定食です。大ぶりの明太子が二本と焼き魚がセットになっているんですよ」
「じゃあ、それにする」
 語部が即答すると、安時は「じゃあ、僕はから揚げ定食にします」と言い、手を上げて店員を呼んだ。
 安時の愚痴を聞きながら定食が来るのを待つ。最近、色々な事があり食欲がなかった語部だったが、原稿も完成し、安時が元に戻ったことで、自ずと食欲も戻ってきていた。店内を漂う揚げ物の匂いや醤油の香ばしい香りも、食欲をそそる。
 定食が届くと、山盛りのから揚げが安時の前に置かれる。安くて多い量を提供できるのが個人店の人気の秘訣なのだろう。語部の方に置かれたお盆には、大ぶりの明太子が二本と油の乗った大きなホッケが乗っていた。
「美味しそうですね」と感嘆の声をあげる安時に、語部も「そうだな」と同意する。
 それぞれ箸を取り、目の前に並んだご馳走に箸をつける。思わずお互いに「美味い」「美味しいですね」と言い合いながら、箸を動かす。
 ほどよい辛さの明太子が白飯に合い、語部は夢中になって頬張った。
「そういえば、先生。連載の話が来ているんです」
 危うく喉に詰まらせそうになり、語部は慌てて水で押し流す。
「うちの会社の文芸雑誌なんですけど、ちょうど完結する作家さんがいて一枠空くんですよ。そこで語部先生に白羽の矢が立ったわけなんですが」
「本当か?」
 ご飯茶碗を持ったままで、語部は身を乗り出す。ここでするような話ではないと批難したくもあるが、それ以上に初めての連載の打診を前に驚きの方が大きかった。
「ええ。ただ、プロットの提出期限が来月末でして……」
「来月か……」
 さすがに厳しいかもしれないと、乗り出していた身を引き下げる。やりたい気持ちはあれど、間に合う自信は半々だった。
「それに他にも候補の作家さんが出ているんです。だから、必ずしもってわけじゃあ……」
 言葉尻を萎ませながら、安時が箸を唇で挟む。
「そうなのか……でも、出来ることはやっていかないと」
 自分が作家として生き残っていく決意を固めた以上は、諦めてばかりもいられない。語部は箸を盆に置くと、姿勢を正す。元々、姿勢が良いうえに上背がある。迫力のある緊張感に、安時も慌てて箸を置く。
「やってみようと思う」
 自分自身にも言い聞かせるように、真っ直ぐな視線を安時に向ける。
「それでこそ先生です」
 安時が笑顔で頷く。
「ああ、いつも通りサポートを頼む」
 語部が軽く頭を下げる。
「はい。もちろんです。小説家と編集者、どちらかが欠けたら小説は生まれませんから。だから、二人三脚で良い作品を作り上げましょう」
 満面の笑みを浮かべ、「じゃあ、冷めないうちに食べましょう」と安時が茶碗片手に箸を持つ。
「腹が減っては戦が出来ないですよ」
「そうだな」
 口端を上げて、語部も箸を手に取る。唐揚げを頬張る安時を微笑ましく思いながら、語部も大きく切り分けた明太子を口に入れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

烏の王と宵の花嫁

水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。 唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。 その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。 ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。 死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。 ※初出2024年7月

恋い焦がれて

さとう涼
恋愛
小学校時代の担任教諭・佐野に七年ぶりに再会し、話の流れで佐野の恋人へのエンゲージリングを選ぶために一緒にジュエリーショップに行くことになってしまった二十歳の女子大学生・輝。 最初はそんなつもりはなかったのに、次第に佐野を意識してしまうようになり、自分でも困惑してしまう。 必死に自分の想いを打ち消そうとする輝。 だけど佐野も恋人との関係に悩んでいるようで、複雑な想いを抱え続けることになる。 そんな輝を見守る(ちょっかいをかける?)バイト先の店長。 さらに佐野の恋人は意外な人物で、輝は大混乱。 ※ドロドロではなく純愛系を目指していますが、ビターテイストなお話です ※理想的で格好いいヒーローではありません(…すみません) ※調べながら執筆をしているのですが、無知なところも多々あるので、間違っているところがありましたら教えてください。ツイッターでも受け付けています。 https://twitter.com/SATORYO_HOME

大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~

菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。 だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。 蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。 実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。

紅玉楽師は後宮の音を聞く 〜生き残りたい私の脱走計画〜

高里まつり
キャラ文芸
【耳のいい隠れ長公主】✕【したたかな美貌の文官】コンビが挑む後宮の陰謀! 片目が紅い娘・曄琳(イェリン)は訳あって後宮から逃走した妃の娘ーー先帝の血を引く、隠れ長公主。 貧民街で隠れて生活していたのに、ひょんなことから宮廷に舞い戻ってしまった曄琳は、生まれを秘匿し、楽師としてあらゆる音を聞き分けるという特技を活かしながら、宮廷からの脱走を目論んでいた。 しかしある日、後宮で起きた幽鬼騒動の解決に駆り出された先で、運命を狂わされてしまう。 利用できるものは利用します精神の美形の文官・暁明(シャオメイ)と、出生の秘密をなんとか隠して外に出たい曄琳。 二人が後宮での事件を追う中で、母や貴妃の死、過去の出来事が少しずつ絡んで、宮廷の陰謀に巻き込まれていく。契約じみた曄琳と暁明の関係も少しずつ、少しずつ、形を変えていきーー? 曄琳の運命やいかに!

『後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました』

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

【完結】“熟年恋愛”物語

山田森湖
恋愛
妻を亡くし、独りで過ごす日々に慣れつつあった 圭介(56)。 子育てを終え、長く封じ込めていた“自分の時間”をようやく取り戻した 佳奈美(54)。 どちらも、恋を求めていたわけではない。 ただ——「誰かと話したい」「同じ時間を共有したい」、 そんな小さな願いが胸に生まれた夜。 ふたりは、50代以上限定の交流イベント“シングルナイト”で出会う。 最初の一言は、たった「こんばんは」。 それだけなのに、どこか懐かしいような安心感が、お互いの心に灯った。 週末の夜に交わした小さな会話は、 やがて食事の誘いへ、 そして“誰にも言えない本音”を語り合える関係へと変わっていく。 過去の傷、家族の距離、仕事を終えた後の空虚—— 人生の後半戦だからこそ抱える孤独や不安を共有しながら、 ふたりはゆっくりと心の距離を縮めていく。 恋に臆病になった大人たちが、 無理をせず、飾らず、素のままの自分で惹かれ合う—— そんな“優しい恋”の物語。 もう恋なんてしないと思っていた。 でも、あの夜、確かに何かが始まった。

処理中です...