作家は二度、炎上する

箕田 はる

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 黎城が食事のセッティングを終えると、ちょうど語部の方もコーヒーができあがる。二人でソファに腰を下すと、早速黎城が皿に惣菜を取り分けていく。
「うまそうだな」
 差し出された皿の上にはバランス良く、惣菜が盛られていた。感心しつつ、語部はまずローストビーフに箸を伸ばした。口に入れた途端に柔らかな牛肉のうま味が口に広がり、甘酸っぱいソースと相まって蕩けていった。
「美味いな。これ」
『美味しくて、惣菜の種類の豊富なお店なんです』
 テーブルに置いていた手帳に書き込み、黎城が応える。
「どこにある店なんだ?」
『駅地下にある惣菜美味ってお店です』
 わざわざ皿を置いてペンに持ち替えている黎城に申し訳なくなり、「そうか」と言って語部は食べることに集中した。
 語部が喋らなければ、部屋は静寂に包まれる。サラダを咀嚼する音や、外から時折聞こえてくる車の走行音ぐらいしかない。気まずい空気が流れているものの、惣菜が美味しいことには変わりなかった。
 余すことなく二人で食べ尽くすと、良い感じにお腹が膨れていた。コーヒーを入れ直している間に、黎城がテーブルの上を片付けている。
「わざわざ悪かったな。でも、うまかった」
 感謝を述べるとテーブルを拭いていた黎城がこちらを見て、慌てたように首を横に振る。
「そういえば、助けて貰ったのに何もしてなかったな」
 原稿を届けて貰ったりもしたのに、忙しさにかまけて黎城にお礼が出来ていなかったことを思い出す。黎城が首を横に振るも、語部はそういうわけにはいかないと、頭を悩ませる。
「……何かお礼をしないと」
 そう思い至るも、これと言って今すぐに渡せそうな物がない。
『だったら、先生の完成した原稿が見たいです』
 黎城が手帳に書き付けるなり、語部の傍に来て突きつける。
「特に内容は変わっていないが良いのか?」
 修正はしていても、内容自体に大きな変更はない。誤字脱字や表記ブレを訂正したぐらいだ。
『読みたいです。お願いします』
 手帳をこちらに向けて、黎城が頭を下げる。
「分かった。ちょっと待ってろ」
 抽出途中のコーヒーをそのままにするわけにはいかない。ゆっくりお湯を回し注ぎ入れ、落としきる前にお湯を注ぐを繰り返す。興味深そうに見ている黎城が何だか可笑しかった。
『僕、本当はコーヒーが苦手だったんです。だけど、先生のコーヒーを飲んで、こんなに美味しいものなのかって知ったんです』
「そうだったのか。苦手なら、最初からそう言ってくれれば良かったのに」
 そこは遠慮せずに言って貰いたかったと、語部は少しだけムッとした声を出す。
 コーヒーポットからカップにコーヒーを移し入れていく。別にコーヒーしか出せないわけではない。それでも黎城は首を横に振ると、『先生の入れるコーヒーは飲めます』と手帳を力強く見せつけてきた。
「それならいいが……」
 社交辞令かもしれないが、コーヒーに拘りがあるだけに、そう言われて悪い気はしなかった。
「でも、無理はするなよ。別にコーヒーしかないわけじゃないからな」
 ソファで黎城がコーヒーを飲んでいる間に、語部は書斎で完成した原稿を印刷する。黎城に原稿を渡すのは二度目になる。どちらにしろ、安時にも渡すことになるからともう一部用意しておくことにした。
 印刷した一部を渡すと、黎城が時計を見上げる。それから困ったように唇を歪ませた。手帳にペンを走らせ、『これ、お預かりしても良いですか?』と書き付ける。
 語部も時計を見上げ、もう二十二時近いことに驚く。明日は早くから準備もしなければならず、そろそろ休んだ方がいいのは間違いない。それに黎城も帰りが遅くなるのは、いくら男でも危険が伴う。
「構わない。ゆっくり読んでくれ」
 黎城が何度も頭を下げる。
『先生と食事が出来て良かったです。色々と感謝してます』
「いや、こちらこそ、黎城先生には感謝してるよ」
 玄関で見送る際に、黎城が手帳で謝辞を述べる。
『僕は先生を尊敬しています。だから、何があっても先生は僕が必ず守ります』
「大袈裟だな。黎城先生は」
 過保護な発言に、語部は苦笑いする。傾倒しすぎるのも良くない気もするが、気持ちは分からなくなかった。自分が尊敬していたり、好感を持っている相手に庇護欲を駆られるのは、相手が同性であろうと異性であろうと一緒なのだから。
「気をつけて帰れよ」
 暗闇に浮かぶ黎城の背に向かって声をかける。廊下からその姿が見えなくなるまで、語部は玄関の外に立って見送った。
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