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しおりを挟む「違いますよ。ただの銀行員です」
それから鳴河は、大手バンクの名前を口にした。
「ただのって言うには、随分と出世してるね。部屋も広いし」
一人暮らしにしては充分な広さなうえ、高層階だった。銀行員とはいえ、四、五年勤めただけで、家賃が高額な部屋に住めるのか疑問もある。
「部屋は親が所有している物件を借りてるんで、何とかなっているだけです。そういう理玖さんも、大手の飲料メーカーじゃないですか」
「僕はただ、運が良かっただけだから」
鳴河がカレーを運ぶと、水瀬の向かいに腰を下ろす。
「ありがとう。いただきます」
そう言って、水瀬はスプーンを手に取る。口に運ぶと、懐かしい味がした。
「変わらないね」
水瀬がぽつりと漏らす。六年という歳月が流れてもなお、この味を舌は覚えていた。同時に込み上げる哀愁に、スプーンの進みが鈍くなる。
「変わってませんよ。味も……俺の気持ちも」
スプーンを動かす手を止め、水瀬は鳴河を見た。
頬杖を付いた鳴河と目が合う。凍り付いたように固まる水瀬に、鳴河は少しだけ困った笑みを浮かべた。
「そんな信じられないみたいな顔、しないでくださいよ。好きじゃなかったら、わざわざ探し出したりなんてしないですから」
「どうやって……僕の居場所が分かったんだ?」
「教えて欲しいですか?」
口端を上げ、悪戯な笑みを浮かべる鳴河に、水瀬は怖々と頷く。
「だったら、早く食べてください。せっかく、理玖さんの為に昨日から下準備してたんです。俺の努力を無駄にして欲しくはないんですけど」
鳴河もスプーンを手に取ると、食事を再開する。それにつられるように、水瀬もスプーンを動かした。
食事を終えると、片付けをしようと水瀬は早々に立ち上がる。キッチンに運んで水に浸した所で、鳴河が「後でやるんで、そのままで」と言って、スポンジを持った水瀬を制した。
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