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監督

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「ありがとうございました」

 そう言って宅配業者はオレに頭を下げて、玄関の扉を閉めた。
 10時頃になると、昨日ショッピングモールで購入した多数の家具が家にやってきた。
 大きな段ボールがいくつも運び込まれ、オレたちは手分けして、各部屋に荷物をかける。

「これはなかなか壮観ですね」
「有紗、これからの作業を考えて、その発言なの?」
「お姉ちゃん、ただの現実逃避だよ」
「おっきいのたくさんだねぇ」

 ほとんどの荷物は、物置として使用していた部屋を使う有紗と璃々夜のものだ。
 ロフトベッドから勉強机、その付属品、他にも服を仕舞う箪笥など。もちろんオレがリビングで使う棚や箪笥もあるが、今届いた七割は二人のものだ。

「これを組み立てると思うと……少し憂鬱になるな」
「業者さんに組み立てお願いすればよかったですね」
「何言ってるの。昨日たくさんお金使ってもらったのに、組み立てくらい自分たちでやれるでしょ」

 オレたちが購入した家具は全て組み立てるタイプのものだ。
 家に運び込むのが楽で、値段が安い。と言っても数がそれなりにあるので十万単位の出費だった。
 給料一月分とは言わないが、半月分くらいは飛んだ。
 買った家具を組み立てるサービスもあったのだが、当然有料だ。二つ目からは割引が適用されるが、数がそこそこあるので、それなりにかかることになるだろう。
 そのことを知っている麗羅は少しでも節約しようと考えてくれているようだ。
 さすが長女だ。金が湯水のようにあるわけじゃないことを知っているらしい。
これまでの貯蓄もあるし、これくらいの出費はそんなに痛くないのだが、その気遣いは素直に嬉しかった。

「璃々夜ね、図工好きだよ」

 少し気が引けていたオレの袖を引っ張って、璃々夜がまん丸の瞳でオレを見上げながら、そう主張する。
 義姉さんと同じ瞳に見つめられて、一瞬ドキっとしてしまった。
 不覚。8歳児相手にオレは何を意識して……。

「そうか、璃々夜は図工が好きなのか……なら、頑張って手伝ってくれ」

 オレは腰を落とし、璃々夜と視線を合わせ、ローズブロンドの髪を優しく撫でた。

「うん、がんばる」

 張り切って両手に拳を作って、胸の前に持ってくる仕草があまりにも子供らしくて、思わず頬が緩む。

「お兄さん、お兄さんっ、わたしも頑張りますよ!」
「叔父さん、私も頑張ります!」

 更に有紗と麗羅も協力的な意思表明をしてした。

「ああ、二人も頑張ってくれ」
「「…………」」
「うん? どうかしたか?」

 なぜか二人はキョトンとした顔をして、それからお互いにヒソヒソ話しをし始めた。

「(ねぇねぇ、お姉ちゃん、これって差別)」
「(叔父さんってもしかして……ロリコン?)」
「(なら、わたしにだってしてくれてもおかしくないよ)」
「(重度のロリコンってこと?)」
「(でも、お母さんのこと好きだったんだよね)」
「(そうだよね……叶わぬ恋のせいで、変な方向――)」
「二人でなにコソコソしてるんだ? 何か足りない物でもあるのか?」

 目の前でそんなことされると気になるだろ。

「「いえ、別に」」

 二人は声を揃えて首を横に振った。
 仲がいいな、オレもその輪の中に入れてほしい。気になるから。
 まぁ、年頃の少女なら秘密にしたいことの一つや二つあるだろうから、そっとしておいてあげるのが、気遣える親なのかもしれない。

「難しいな……」
「大丈夫だよ。リリヤが教えてあげるっ」
「……そうだな。璃々夜に教えてもらうか」

 組み立てに対しての発言ではなかったが、オレは元々こういう作業が得意ではない。自分で何か自由に作るならいいのだが、決められた物を決められた手順で作るのが嫌いなのだ。例えばプラモとか。
 そういうのは兄さんの得意分野だった。
 なんて言ったって、兄さんはスーパーゼネコンで施工管理をするくらい物作りが好きな人だったのだから。

 ◇

 それからオレたちは有紗と璃々夜のロフトベッドの組み立てに取り掛かった。
 班分けはオレと璃々夜、麗羅と有紗だ。

「まずは収納棚を組み立てていくみたいだな」

 段ボールからそれぞれの部品を取り出して並べ、説明書を眺める。
 璃々夜たちが選んだロフトベッドはとにかく収納スペースの多いもので、ベッドを浮かせて支える部分、柱なのか足と言うのかわからないが、その部分が収納棚兼階段となっている。

「うんうんうん、これがここ、こっちがこれ――おじちゃん、それ持って」

 色んな部位と説明書を見比べているオレの脇から、璃々夜は説明書を覗き込むと、三度頷いた。
 そしてオレに大きな板を持つように指示を出す。

「うん? こ、これか?」
「うん、でこれとくっつけて」

 璃々夜は小さな板を手に取ると、それをオレに手渡してきた。

「くっつけるって、どことどこを?」
「下のところ、六角で」
「六角とかよく知ってるな」

 小学二年生だよな? で、これから小三で……そんなの使う機会、どこであったんだ?
 オレは更に六角ボルトと六角レンチを受け取り、言われるがまま締め付ける。

「次はこれ。上だよ」
「あ、ああ」

 オレが説明書を見るまでもなく、璃々夜が次々に部品と指示を出してくる。

「で、このおっきいのを六角で固定すれば完成」
「……ホントだな。できた」

 早くも一つ目の棚が完成した。
 戸惑うことなくスムーズに出来上がったことに驚いて、璃々夜と棚を交互に見比べると、璃々夜はまだ成長してない胸を自慢げに突き出す。

「リリヤ、こういうの得意なの」
「そうだな。今痛感してるところだ」

 因みに麗羅と有紗は多少苦戦しつつも、部材同士を固定している最中だった。
 そんなオレの視線に気付いたのか、麗羅が苦笑いを浮かべる。

「璃々夜はお父さんと一緒になって、家具の組み立てとかしていたおかげか、把握能
力って言うんすか? それがずば抜けて高いみたいなんですよ」
「元々の才能ってのもあると思いますよ。パズルとかも得意ですし、テトリスとかジェンガも」
「なんか聞いたころある話だな」

 オレが子供の頃、どれも兄さんが得意だったことだ。
 璃々夜は兄さんの得意としていたことを強く遺伝しているのかもしれない。

「手加減抜きで勝てないもんね」
「そうそう。逆に手加減されて勝たせてもらったりとかね」

 きっと笑い話なのだろうけど、二人の顔に笑みはない。
 麗羅からすれば5歳、有紗で3歳、年下の妹に手心を加えられるのは悔しいようだ。

「まぁ……人には得意不得意があるからな」

 組み立てているのはオレだが、指示を出しているのは璃々夜だ。オレが一人で作業していたなら、麗羅と有紗よりも遅かった可能性もある。

「おじちゃん、口ばっかり動いてるよ。手動かして」
「お、おう……」

 そしてこのなかなかの鬼監督っぷり。
 璃々夜は将来、兄さんの意思を継いで施工管理なんかするといいと思うぞ。


 その後も璃々夜監督の指示の下、下請けの平社員であるオレは汗水垂らしてせっせと働いた。
 監督、これでよろしいでしょうか?
 オレは完成したロフトベッドを見上げて、心の中でそう尋ねた。

「できたねぇー」
「そうだな。璃々夜の指示が的確だったから、あっと言う間だったぞ」

 出来上がりが納得いくものだったのか、璃々夜は満足そうだった。
 オレはそんな璃々夜の頭を撫でて、労をねぎらった。
 うん? 今はオレよりも璃々夜の立場が上だから失礼か? まぁ、いいか。姪だし。

「むふふ……んふふ」

 璃々夜はくすぐったそうな、嬉しそうな笑みを浮かべて、照れを隠すようにオレの腰回りにしがみ付いてきた。
 なんだ、この小動物特有の可愛さは。
 世の父親が娘を嫁に出したくない気持ちを一瞬悟ったような気さえした。
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