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アードラスヘルムの歴史
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「オスヴァルト、神子様は?」
「ええ。神殿に入るのを見届けて参りました」
「そう。ではあなたももう休みなさい」
「そうしましょう」
頑なに神殿へ戻ると言い張るウーリ。
彼は王妹宮では気が休まらぬと考えているようだ。
「よもや王城内で仕掛けはすまいが…」
ブリッタ様が言われるに、王不在の宮廷は現在統制が取れていない。
弟のリュティガー様は聡明だが強い物言いは出来ぬお方だ。
それゆえに各々が各々の思惑で廷臣たちを振り回している。私にはそれが不安材料に思えてならない。
彼は私がフォルスト候の標的になることを危惧し、その矛先を自分へと向けた。
再生の力…神子の持つその奇跡は果たして彼が思うほど万能だろうか?
彼はその身を犠牲にして私を優先する。
だがそれをどうして喜べよう。
彼が私の自由な未来を願うように、私もまた彼の幸せな未来を望んでいるのだから。
我らが新しい首都として望むは神殿都市サンクトアリウム。そこは軍事力を持たぬ都市だ。
だからこそ、盾としての役割を我らは東の王城に求めている。
亡き父を含め、このアードラスヘルム王家は常に力を欲し力の誇示を望んできた。
そうして拡げてきた国土は広大にして強固。王城は何者をも寄せ付けぬ軍事力を誇っている。
神殿都市サンクトアリウムは遷都にあたり王城側に国の守備を求め、見返りとして王弟に副王の座を与えるつもりでいる。
それを考えると、軍務大臣の籍にあの男が座り続けることはとても看過できない…
東の廷臣たちは西を国の中心とすることに「分不相応」と不満をぶつけるが、古の君主一族、東に渡った彼らは故郷である西の神殿都市を真似て王城をつくったのだ。
いわばこれは神への奉還。どこが「不相応」だと言うのか。
どこまでも続く未開の地を存分に開拓し、西をはるかに上回る城を構えこの地をアードラスヘルム国と名づけた古の君主一族。
一族は手を携えながら上手く国を治めていたという。
放棄した西より連れ出した〝奇跡の神子”は、国に大きな幸運をもたらした。それは王の長寿である。
王が変わらぬことで国は混乱を遠ざけ安寧な時が続く。それは国をより繁栄へと導いていった。
繁栄により増える民。君主は精力的に国土を増やした。
そうしていつしか一族は、地を広げ国を守る君主家、神を祀り民を護る親族、そのように分かれていったという。
両者は長い長い年月とともに血筋を分かち、今では誰もが個々の系譜と認識しているが、元をただせば同じ血筋。王と大司教が同等の立場と言われる所以はここにあるのだろう。
その両者の間に横たわり互いに欲したのが〝奇跡の神子”である。
拮抗した二つの力は不要な衝突を生む。神子の所有権を奪い合い、互いが互いへ干渉を強めたのだ。
だが幾度かの内紛は国と互いを疲弊させた。
結果、両者の間では取り決めと調印がなされていくのだが、これによって教会は神子の管理権を得、代わりに政治力を手放した。
また王は統治における全ての権限を得る代わりに神子の管理権を失った。
以来、神子が王の手を離れたことで、高位貴族や豪商は教会にお布施を積み上げ奇跡の確約を得ようと躍起になり始めた。これが現在も続くお布施の優位性となる。
そこで教会は神子を限られた者しか出入りできぬ聖域、神殿内部で手厚く保護し、神官長に神子の守護と〝癒し”の選別を一任した。
これが王家と教会、そして神殿における関係性の歴史だ。
ナンナー伯爵家は神子を生み出す不可侵域でありながらどこにも属さない。
古の出来事を伺った今ならばその理由に合点がいく。
彼らは自らの系譜を罪を背負った家系と恥じ入っている。なればこそ教会とも神殿とも距離を保っているのだろう。
神殿都市サンクトアリウムの復活において東を統治下におくことは不可欠。
だがウーリを危険にさらさずフォルスト候を下すにはどうすればよいのか…
その夜、私は眠れずにいた。
悶々と思案を続け、夜明け前の薄暗い室内で私はベルの紐を握りしめた。
「駄目だ眠れぬ!爺や!」
チリンチリン
「なんでしょうオスヴァルト様」
「今すぐ神殿に向かう。支度を」
「畏まりました」
身支度を整え一人の近衛と共に神殿を目指す。
「オスヴァルト様、遊歩道は使わぬのですか?」
「気が急くのだ。すまぬが森を抜ける」
「墓所を横切るのですね」
「ああ」
だが私はこの時の選択を一生誇ることになる。何故なら…
「お待ちくださいオスヴァルト様!あれは!」
「墓所を狙う賊か?何たることだ!」
私たちが目にしたもの。
それは数人の不審な者が今まさに大きな麻袋を抱え森に消えようとしている光景!
「ドミニク!追え!」
「はっ!殿下は至急お戻りください!」
「うむ。すぐに増援を呼ぶ!」
引き換えそうしたその時、足元に落ちる一枚の薄布が目に留まった。
「これは…」
見覚えがある。
これは私が襲撃を受けた二年近く前のあの時ウーリが身につけていた夜着の上掛け…、修道院で織られる特別な衣だ。
「まさかあの麻袋は…」
なんということだ!ウーリは今まさに私の目の前で連れ去られたのだ!
だから止せと言ったであろうに…!
「ウーリ!今すぐ助けてやる!」
「ええ。神殿に入るのを見届けて参りました」
「そう。ではあなたももう休みなさい」
「そうしましょう」
頑なに神殿へ戻ると言い張るウーリ。
彼は王妹宮では気が休まらぬと考えているようだ。
「よもや王城内で仕掛けはすまいが…」
ブリッタ様が言われるに、王不在の宮廷は現在統制が取れていない。
弟のリュティガー様は聡明だが強い物言いは出来ぬお方だ。
それゆえに各々が各々の思惑で廷臣たちを振り回している。私にはそれが不安材料に思えてならない。
彼は私がフォルスト候の標的になることを危惧し、その矛先を自分へと向けた。
再生の力…神子の持つその奇跡は果たして彼が思うほど万能だろうか?
彼はその身を犠牲にして私を優先する。
だがそれをどうして喜べよう。
彼が私の自由な未来を願うように、私もまた彼の幸せな未来を望んでいるのだから。
我らが新しい首都として望むは神殿都市サンクトアリウム。そこは軍事力を持たぬ都市だ。
だからこそ、盾としての役割を我らは東の王城に求めている。
亡き父を含め、このアードラスヘルム王家は常に力を欲し力の誇示を望んできた。
そうして拡げてきた国土は広大にして強固。王城は何者をも寄せ付けぬ軍事力を誇っている。
神殿都市サンクトアリウムは遷都にあたり王城側に国の守備を求め、見返りとして王弟に副王の座を与えるつもりでいる。
それを考えると、軍務大臣の籍にあの男が座り続けることはとても看過できない…
東の廷臣たちは西を国の中心とすることに「分不相応」と不満をぶつけるが、古の君主一族、東に渡った彼らは故郷である西の神殿都市を真似て王城をつくったのだ。
いわばこれは神への奉還。どこが「不相応」だと言うのか。
どこまでも続く未開の地を存分に開拓し、西をはるかに上回る城を構えこの地をアードラスヘルム国と名づけた古の君主一族。
一族は手を携えながら上手く国を治めていたという。
放棄した西より連れ出した〝奇跡の神子”は、国に大きな幸運をもたらした。それは王の長寿である。
王が変わらぬことで国は混乱を遠ざけ安寧な時が続く。それは国をより繁栄へと導いていった。
繁栄により増える民。君主は精力的に国土を増やした。
そうしていつしか一族は、地を広げ国を守る君主家、神を祀り民を護る親族、そのように分かれていったという。
両者は長い長い年月とともに血筋を分かち、今では誰もが個々の系譜と認識しているが、元をただせば同じ血筋。王と大司教が同等の立場と言われる所以はここにあるのだろう。
その両者の間に横たわり互いに欲したのが〝奇跡の神子”である。
拮抗した二つの力は不要な衝突を生む。神子の所有権を奪い合い、互いが互いへ干渉を強めたのだ。
だが幾度かの内紛は国と互いを疲弊させた。
結果、両者の間では取り決めと調印がなされていくのだが、これによって教会は神子の管理権を得、代わりに政治力を手放した。
また王は統治における全ての権限を得る代わりに神子の管理権を失った。
以来、神子が王の手を離れたことで、高位貴族や豪商は教会にお布施を積み上げ奇跡の確約を得ようと躍起になり始めた。これが現在も続くお布施の優位性となる。
そこで教会は神子を限られた者しか出入りできぬ聖域、神殿内部で手厚く保護し、神官長に神子の守護と〝癒し”の選別を一任した。
これが王家と教会、そして神殿における関係性の歴史だ。
ナンナー伯爵家は神子を生み出す不可侵域でありながらどこにも属さない。
古の出来事を伺った今ならばその理由に合点がいく。
彼らは自らの系譜を罪を背負った家系と恥じ入っている。なればこそ教会とも神殿とも距離を保っているのだろう。
神殿都市サンクトアリウムの復活において東を統治下におくことは不可欠。
だがウーリを危険にさらさずフォルスト候を下すにはどうすればよいのか…
その夜、私は眠れずにいた。
悶々と思案を続け、夜明け前の薄暗い室内で私はベルの紐を握りしめた。
「駄目だ眠れぬ!爺や!」
チリンチリン
「なんでしょうオスヴァルト様」
「今すぐ神殿に向かう。支度を」
「畏まりました」
身支度を整え一人の近衛と共に神殿を目指す。
「オスヴァルト様、遊歩道は使わぬのですか?」
「気が急くのだ。すまぬが森を抜ける」
「墓所を横切るのですね」
「ああ」
だが私はこの時の選択を一生誇ることになる。何故なら…
「お待ちくださいオスヴァルト様!あれは!」
「墓所を狙う賊か?何たることだ!」
私たちが目にしたもの。
それは数人の不審な者が今まさに大きな麻袋を抱え森に消えようとしている光景!
「ドミニク!追え!」
「はっ!殿下は至急お戻りください!」
「うむ。すぐに増援を呼ぶ!」
引き換えそうしたその時、足元に落ちる一枚の薄布が目に留まった。
「これは…」
見覚えがある。
これは私が襲撃を受けた二年近く前のあの時ウーリが身につけていた夜着の上掛け…、修道院で織られる特別な衣だ。
「まさかあの麻袋は…」
なんということだ!ウーリは今まさに私の目の前で連れ去られたのだ!
だから止せと言ったであろうに…!
「ウーリ!今すぐ助けてやる!」
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