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170 彼の不安
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「ノールさん。来週からのプレオープンは不備や不足を見つけるためのものだからマルクスさんたちにも気づいたことは全部伝えるよう言っといてね。」
「分かった。よく伝えておくよ」
「それからノールさんも。そういう事だから上手くいかない事があってもいちいち気にしないように。トライアンドエラー、それからメイクベターだからね。」
「ほとんど分からなかったけどなんとなく伝わったよ。ありがとう、励ましてくれたんだね。…そう心がけるよ」
ようやく開校の運びとなった平民参加型学院であるカレッジ。
繊細なノールさんはちょっとしたつまづきでも気に病むだろう。だからこそ先んじての一言だ。こういう気配り一つ一つが経営者には大切なんだと『社員を動かせ 経営者オンラインセミナー』でも講師の人が熱弁していた。
何しろここに集まる半分は平民なのだ。ノールさんが王都で時間を共にした貴族子息たちとは勝手の違う事も多々あるだろう。ノールさんが考えてもみない事だってきっとある。
ノールさんには全てが経験だという言葉を贈ってやりたい、これもセミナー講師の受け売りだけど…
「プレオープンの間に改良するところは改良して、不本意ながら設立を命じた王子を呼んで、最後はレセプションパーティーだ。豪勢にやろうね。いいでしょユーリ?」
「君がそうしたいならそうすればいい。だがアッシュ、招待客が多いと言う事はそれに伴う業者の出入りも多くなる。張り切るのは構わないが…、くれぐれも気を付けて。いいね。」
「分かってる。身の回りには注意を払うよ。それからユーリの側を極力離れない。これでいい?」
にっこり笑うユーリはもういつものユーリだ。良かった。けどホントに。心配かけないよう気をつけなくちゃ。何しろ僕は前科持ちだから…
さて、気を取り直してナッツ、サーダさんとの打ち合わせ。パーティーメニュー、それだって大切なPRタイムだ。
リッターホルムと提携領地の特産品をふんだんに盛り込んで…あとは僕の手腕次第!
ああっ!考える事が一杯だ…。
そんな風に過ごしていたからほんの少し浮足立ってたんだ。その頃の僕は…
カレッジの学舎も寮も出来上がり、書籍や備品など様々なものも運び入れて開校まではあと少し。
来週からの1か月間はアッシュ君が言うところの〝プレオープン”。招待客を呼んで案内したり試験的に講義を行い至らない部分はないか確認するための期間だ。
僕を信じて任せて下さった殿下、そしてアッシュ君の為にも初代学長、教育長官として立派にやり遂げなくてはならない。それを思うと落ち着かない…。
「アレクシ、ここだよ。お仕事お疲れ様。」
「ノール、君こそお疲れ様だ。カレッジの最終確認はもう済んだのかい。」
「お陰様で。ところでアレクシ、さっきチラッと見えたけどまた喧嘩の仲裁?アッシュ君が言ってたよ。大きな揉め事はともかく小競り合いまでは家令の仕事じゃないだろうっって。」
「分かってるさ。だが例え些細なことでもユーリウス様への評価につながると思えば手は抜けない。やっとここまで漕ぎつけたんだ。数年前にはとても考えられなかったことだ、君だってそうだろう?」
「そうだね…」
亡くなられた養父の言葉を守るため、人生全てをユーリウス様に捧げていたアレクシ。その大きくて大切な役割はアッシュ君へと引き継がれ彼はようやく自分の道を歩み始めた。
だからといって彼のその忠誠心は変わらない。彼がユーリウス様の為に必死になるよう、僕もまた僕をここまで引き上げてくれたアッシュ君の期待に応えたい。僕とアレクシ、僕達は似た者同士だ…
「それに、こうして気安く慕ってもらえることが今は嬉しいんだ。彼らはとても気の良い男たちで…、私はその…、ノール、君がここに来るまで友人と呼べる相手は一人もいなかったんだ。君も知っての通り公爵家は避けられていたからね…」
さもありなん。あの頃のリッターホルムはユーリウス様を乗せた馬車が通るだけでも皆遠巻きにしていた…。
そのユーリウス様の従者である彼の事も…、それは想像に難くない。
「アレクシ…、屋敷にはオスモさんが居たじゃない…」
「彼は同僚だし年齢的にも祖父みたいなものだ。気にしていた訳では無いよ。ただこうして君やエスター、友人と呼べる存在が出来て…思いのほか心の支えになるなと思ったんだ。」
その感情には覚えがある。エスターにアレクシ、支えを得たのは僕も同じだ。
「そういえばマァの村ではタピオ君がとても気安くしてくれる。時々私信が来るんだよ、アッシュ君への手紙とは別で」
「何が書いてあるの?」
「たわいもないことさ。何が採れたとか今年の祭りはどうだったとか。そういえば最近ヘンリック様からの手紙が来ていないようだが…彼、どうかしたのかい?」
「ゴフッ…」
いきなり何…?変なところに気が付くんだから…
ヘンリック…ああヘンリック、どうすれば…どうしよう…でもこんな事誰にも言えない…ああ…
「忙しいのかな?そ、それよりスキルの練習?順調みたいだね」
「どうかな?距離は伸びたと思うんだが…」
不自然な程あからさまなその話題に彼は気付かないふりをしてくれる。アレクシ、彼の気遣いには助けられてばかりだ。ヘンリックの頼りがいのある優しさとはまた質の違うさりげない優しさ…。それが今はありがたい。
「この間のクレメンティン、甘くてとても美味しかった…。ふふ、ありがとうアレクシ。そう言えばヨルガオから声をとばすのにも慣れたみたいだね。君の声が鮮明に聞こえるようになってきたよ」
アッシュ君が〝レシーバー”と名付けたあのヨルガオのネックレス。
アレクシは僕が一人で居そうな時を見計らって時々声を送ってくる。これも練習だとそう言って。
アレクシのそんな行動は彼らしくなく意外だった。だけど…、アレクシとのたわいもない会話はカレッジの事ですぐに考え込んでしまう僕にとっても良い気晴らしになる。
「君にそう言ってもらえて一安心だ。練習に付き合ってくれるノールにはお礼をしないといけないな」
「そんなこと言わないでアレクシ。僕たちは友人じゃない」
その言葉に、彼の表情がほんの僅か寂しそうに見えたのは気のせいだろうか…
「分かった。よく伝えておくよ」
「それからノールさんも。そういう事だから上手くいかない事があってもいちいち気にしないように。トライアンドエラー、それからメイクベターだからね。」
「ほとんど分からなかったけどなんとなく伝わったよ。ありがとう、励ましてくれたんだね。…そう心がけるよ」
ようやく開校の運びとなった平民参加型学院であるカレッジ。
繊細なノールさんはちょっとしたつまづきでも気に病むだろう。だからこそ先んじての一言だ。こういう気配り一つ一つが経営者には大切なんだと『社員を動かせ 経営者オンラインセミナー』でも講師の人が熱弁していた。
何しろここに集まる半分は平民なのだ。ノールさんが王都で時間を共にした貴族子息たちとは勝手の違う事も多々あるだろう。ノールさんが考えてもみない事だってきっとある。
ノールさんには全てが経験だという言葉を贈ってやりたい、これもセミナー講師の受け売りだけど…
「プレオープンの間に改良するところは改良して、不本意ながら設立を命じた王子を呼んで、最後はレセプションパーティーだ。豪勢にやろうね。いいでしょユーリ?」
「君がそうしたいならそうすればいい。だがアッシュ、招待客が多いと言う事はそれに伴う業者の出入りも多くなる。張り切るのは構わないが…、くれぐれも気を付けて。いいね。」
「分かってる。身の回りには注意を払うよ。それからユーリの側を極力離れない。これでいい?」
にっこり笑うユーリはもういつものユーリだ。良かった。けどホントに。心配かけないよう気をつけなくちゃ。何しろ僕は前科持ちだから…
さて、気を取り直してナッツ、サーダさんとの打ち合わせ。パーティーメニュー、それだって大切なPRタイムだ。
リッターホルムと提携領地の特産品をふんだんに盛り込んで…あとは僕の手腕次第!
ああっ!考える事が一杯だ…。
そんな風に過ごしていたからほんの少し浮足立ってたんだ。その頃の僕は…
カレッジの学舎も寮も出来上がり、書籍や備品など様々なものも運び入れて開校まではあと少し。
来週からの1か月間はアッシュ君が言うところの〝プレオープン”。招待客を呼んで案内したり試験的に講義を行い至らない部分はないか確認するための期間だ。
僕を信じて任せて下さった殿下、そしてアッシュ君の為にも初代学長、教育長官として立派にやり遂げなくてはならない。それを思うと落ち着かない…。
「アレクシ、ここだよ。お仕事お疲れ様。」
「ノール、君こそお疲れ様だ。カレッジの最終確認はもう済んだのかい。」
「お陰様で。ところでアレクシ、さっきチラッと見えたけどまた喧嘩の仲裁?アッシュ君が言ってたよ。大きな揉め事はともかく小競り合いまでは家令の仕事じゃないだろうっって。」
「分かってるさ。だが例え些細なことでもユーリウス様への評価につながると思えば手は抜けない。やっとここまで漕ぎつけたんだ。数年前にはとても考えられなかったことだ、君だってそうだろう?」
「そうだね…」
亡くなられた養父の言葉を守るため、人生全てをユーリウス様に捧げていたアレクシ。その大きくて大切な役割はアッシュ君へと引き継がれ彼はようやく自分の道を歩み始めた。
だからといって彼のその忠誠心は変わらない。彼がユーリウス様の為に必死になるよう、僕もまた僕をここまで引き上げてくれたアッシュ君の期待に応えたい。僕とアレクシ、僕達は似た者同士だ…
「それに、こうして気安く慕ってもらえることが今は嬉しいんだ。彼らはとても気の良い男たちで…、私はその…、ノール、君がここに来るまで友人と呼べる相手は一人もいなかったんだ。君も知っての通り公爵家は避けられていたからね…」
さもありなん。あの頃のリッターホルムはユーリウス様を乗せた馬車が通るだけでも皆遠巻きにしていた…。
そのユーリウス様の従者である彼の事も…、それは想像に難くない。
「アレクシ…、屋敷にはオスモさんが居たじゃない…」
「彼は同僚だし年齢的にも祖父みたいなものだ。気にしていた訳では無いよ。ただこうして君やエスター、友人と呼べる存在が出来て…思いのほか心の支えになるなと思ったんだ。」
その感情には覚えがある。エスターにアレクシ、支えを得たのは僕も同じだ。
「そういえばマァの村ではタピオ君がとても気安くしてくれる。時々私信が来るんだよ、アッシュ君への手紙とは別で」
「何が書いてあるの?」
「たわいもないことさ。何が採れたとか今年の祭りはどうだったとか。そういえば最近ヘンリック様からの手紙が来ていないようだが…彼、どうかしたのかい?」
「ゴフッ…」
いきなり何…?変なところに気が付くんだから…
ヘンリック…ああヘンリック、どうすれば…どうしよう…でもこんな事誰にも言えない…ああ…
「忙しいのかな?そ、それよりスキルの練習?順調みたいだね」
「どうかな?距離は伸びたと思うんだが…」
不自然な程あからさまなその話題に彼は気付かないふりをしてくれる。アレクシ、彼の気遣いには助けられてばかりだ。ヘンリックの頼りがいのある優しさとはまた質の違うさりげない優しさ…。それが今はありがたい。
「この間のクレメンティン、甘くてとても美味しかった…。ふふ、ありがとうアレクシ。そう言えばヨルガオから声をとばすのにも慣れたみたいだね。君の声が鮮明に聞こえるようになってきたよ」
アッシュ君が〝レシーバー”と名付けたあのヨルガオのネックレス。
アレクシは僕が一人で居そうな時を見計らって時々声を送ってくる。これも練習だとそう言って。
アレクシのそんな行動は彼らしくなく意外だった。だけど…、アレクシとのたわいもない会話はカレッジの事ですぐに考え込んでしまう僕にとっても良い気晴らしになる。
「君にそう言ってもらえて一安心だ。練習に付き合ってくれるノールにはお礼をしないといけないな」
「そんなこと言わないでアレクシ。僕たちは友人じゃない」
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