チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する

kozzy

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233 彼に付きまとう残滓

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領の西端、木々を倒して大きく拓いた新しい場所に今日も斧やノコギリの音が響き渡る。

ここは船の為に切り開いた造船所。多くの職人さんが出稼ぎにとやって来た領都は活気にあふれている。
なんにしろ冬は雪に閉ざされるこのリッターホルム。今のうちに稼ぐだけ稼いで冬はのんびりするのが領都も荘園も共通した慣例なのだ。
まぁ最近はスキーに訪れる貴族家のウインターリゾートによって冬場は冬場なりに賑わっているが…。


平穏な時間の流れるリッターホルムでは来週僕の二十歳の誕生日が開催される。
前世で言うところの成人…、感慨深い…。ついに…、ついにこの日が…

前世の年齢を更新する日がついに来たのだ!

そこで僕は記念も兼ねて、新しい領の産業を広めるために、いつもの広場の横に船の模型を展示することにした。
これは心のモニュメント。新たなる僕の船出。実に良い感じだ。

これは実物の10分の一くらいの模型。今回採用したのは『世界の海 帆船の歴史』から拝借した河川で運行するのに適したキャラベル船だ。その縮小版だが子供たちの遊具ぐらいにはなるだろう。


忙しく過ごすいつもの午後、だけどその日はなんだかざわついていた。なんだろうこの感じ…


「ユーリ、何があったの?」
「大したことじゃない。君は気にしなくていい」

「ノールさん、何があったの?」
「説明したいけど時間がないから後でね」

「エスター、は知ってる訳無いか。ヴェストさん何があったの?」
「ペルクリット伯爵、いえ、爵位ははく奪されておりますのでペルクリット氏と申しましょう。一昨日、彼が強制労働場から脱走したそうです」

「な、なんだってー!」


あのマテアスが脱走…
反省の色も無かったって事か?悪人というのは往々にしてそう言うものだ。思い通りにならない全ての理由は社会にあって自分の不遇はいつだって誰かのせいなのだ。

だからと言って脱走なんて…ここには来ないよね?

アデリーナが消滅したとは言えここの関所が他所より厳しいことに変わりはない。マテアスとアデリーナの顔は関所の内壁に何年も張り出されていた。あの似顔絵は嫌というほど役人の目にも従士の目にも焼き付いているはず。
山を抜ける…?徒歩で買い物にすら行かない貴族だったマテアスが?いや無いな…。それはない。むしろよく脱走できたと感心する。それほど強制労働場は辛かったのだろうか…。


「でもどうやって…」
「採掘場で落盤事故がありそれに紛れたと聞いております。」
「えっ!大丈夫だったのそれ?」
「多少の被害で済んだそうです。」
「被害はあったんだ…」
「そこは重罪人の集まる採掘場ですので」


つまり問題なし、と。
それにしても運の良いやつめ。あいつには確か色仕掛けみたいなスキルがあったはず。運命の女神って言うくらいだしね…運を味方につけたか…。

そのあとユーリともノールさんとも話したけれど二人とも現状では情報を把握するのが精一杯だった。
王宮でも捜索には相当な人員を割いている。とりあえずここで出来る事は関所のチェックと山間の見回りを強化させる事ぐらいだろう。

所詮マテアス。アデリーナとは違う。大した事にはならないだろうが…





そして翌週、誕生日の当日は雲一つない快晴で、気候も集まった領民もなにもかもが陽気だった。


「あれ?ユーリも一緒に来るの?船の模型の除幕式、テープカットしてご馳走振舞うだけだよ?」
「マテアスのこともあるのでね。出来るだけ君から目を離したくない」


心配性だなぁユーリは。でも心配性なのはもう一人。
ナッツの振舞う領民へのお菓子はサーダさんの意向により今年はボーイたちが運ぶことになった。妬かないって言ってたのにな…、でもナッツは嬉しそうだ。

そうして到着した広場ではアレクシさんがすでにハサミを持って待機中。
主人の供をするヴェストさんまで居るものだからこのテープカットはそれなりに公式行事の体を成している。


チョキン


「「「わぁぁぁぁ!」」」
「「「アッシュ様ー!」」」



そこから広場は狂乱の宴。
記念すべきこの日に領主さまは大量のビールを差し入れた。お屋敷で修行中のシェフ見習いは競い合って大皿料理を作り上げ、子供たちは走り回り、みんながお腹いっぱい御馳走を食べて…、なんて愉快な光景だろう…。





そんな時だ。車輪を軋ませ、物凄いスピードで一台の乗合馬車が飛び込んできたのは。


「ちょっとストップ!危ないでしょ!子供が怪我したらどうするのさ!」
「いったい何の騒ぎだ。誰か説明を!」

「造船所で怪我人が出たんだ!領主様見てくれ!」

「えっ!」


覗き込んだ馬車の中には血まみれのまま唸り続ける一人の男。た、大変だ!


「分かった。あの建物に急いで運んで。僕も行くから!」
「アッシュ!何故君が行かなくてはならないんだ!」

「造船所の事故なら僕にも責任がある。せめて治療が合わるまでは…」
「では私も行こう」

「アレクシさん!念のためノールさん呼んで来て!」
「ああすぐに!」


造船所で一体何が…。危険なもの…材木が倒れた?鋸で手を切った?それにしては全身が血まみれだ…





病院はカレッジに併設した敷地内にある病院兼研究所。いわゆる大学病院だ。ここには僕が脳内から清書したあらゆる医学が書物となって納められている。といっても、もちろんこの世界の常識から逸脱しない範疇で。
院長はあのレッカラン博士。前王のもと幽閉され蟲毒の研究に従事していた優秀な医学者だ。


運び込まれた血まみれの男。伸びきった髪は泥で固まり衣類はボロボロだ。傷を負った手足は痩せ細っている。

喰うに困って造船所に来たんだろうか…。そしてフラフラと崖でも落ちた?

僕の思案を余所に博士は診療台の上に男を乗せる。落ちくぼんだ眼、こけた頬、泥だらけのその顔は彼の惨状を伝えてくる。

人垣の割れた所からノールさんとアレクシさんが到着した。そして荷物を持ったアルパ君がその後ろから心配そうにのぞき込んでいる。


「皆邪魔だ!関係無い者は去りなさい!」


博士の大きな声が響き渡り野次馬たちは立ち退かされた。ここに居るのは男と博士とその助手たち。そして僕、ユーリ、ヴェストさん。たった今やって来たノールさんにアレクシさん。そして…場違いなアルパ君…。

緊張感漂う密室の中、針や縫合糸を用意するため部屋を離れる博士と助手。代りに作業台に近寄ったのは何かを〝認識”したヴェストさんだ。その手には今脱がされたシャツを手にしている。


「アッシュ様。この血は乾いております。正確には乾いた血の上に新しい血が付いています。」
「え…?」

「それにたくさんの泥が付着しています。このリッターホルムでこの2週間降った雨はごく僅かです。」
「確かにそうだ。農奴たちが困っていた。水の恵みが足りないと…」


僕とアレクシさんは思わずヴェストさんの居る作業台に駆け寄った。赤い血の付いたシャツ…確かにヴェストさんの言うとおりだ。この真っ赤な血の飛び散り方は不自然で…


一斉に男へ向けられる懐疑的な視線。ハッとしたノールさんは逃げようとする男に近寄りその髪をひと房掴んだ。


「泥…、泥だよ!この泥の下はグレージュ!アレクシと同じ!あ、あなたは…‼」

「くそっ!どうせ私はここで終わりだ…アデリーナの仇!一矢報いてやる!どけぇー!」



そこから先の光景は修羅場だった…。

マテアスの言葉で真っ先に動いたのはユーリ。ユーリはアデリーナの仇を僕だと思い、守ろうと一歩前に出たのだ。
だけどマテアスが狙ったのはユーリ自身。アデリーナと自分の野望を踏みにじった憎き公爵、取り澄ましたカルロッタの子供、自分たちが手に入れるはずだった公爵位を奪った赤ん坊…。

ボロボロのトラウザーズから短剣を引き出すと、ノールさんを力任せに突き飛ばし真っ直ぐにユーリへと突進した。

さして大きくも無い診療室。その距離はほんの数歩の距離。

転がるノールさん。作業台に居る僕たち。目を見張るユーリ。そして…身体の前で持った剣に全体重をかけるマテアス!





だけど僕たちが見たのは…水色のベストを真っ赤に染めたアルパ君の姿だった…






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