チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する

kozzy

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234 彼らの集大成

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「あ、ああ…、お前はアルパなのか…⁉アルパ!何故ここに!」
「…お…父様…、もうおよし下さい…」

「アルパ…!何故こんな奴を庇ったのだ!こいつはお前から母を奪ったのだぞ!」
「ユ、ユーリウス様から…母親を奪ったのは…お父様、お母様…そして私です…」
「な、何だと…」

「…すぐに分かりました…どれだけ痩せても…私には分かる…お父様の眼はいつも…人を妬む…」
「アルパ!しっかりしろ!ああ何故だ!何故こんな事に…私の何が悪かったのだ!」

「お父様…全て…全てです…ペルクリットの民は…皆…暗く荒んだ目をしています…ここの民は皆…陽気で…生気に満ちて…いる…。お父様…それが答え…で…す……」
「死ぬな!お前が死んではダメなのだ!こ、こんな…アデリーナに何と言えば!」

「お…王都で暮らした18年より…っこ、ここで暮らした1年の方が…辛くとも…人で居られた…」
「何を言う!」

「わ…たしは…はじめて真心を知っ…た…」
「ア!アルパー!ああああ‼」


「邪魔だよどいて‼」


半狂乱になりながらも抗い切れず拘束されていくマテアスの目の前に、ユーリは毅然と、そして溢れ出る怒りを抑えて向かい合った。


「私は決して忘れはしない。貴方があの日、私に向かって投げつけた刃の様なあの言葉を。いいか、貴方たちは全てを壊す毒親だ!母も、私も、そしてアルパも貴方たちが壊した。貴方さえ居なければアルパはもっと上手く生きられたのだ。忘れるな!毒を振り撒く貴方は…一人寂しく生きて、絶望の中死んでいくのだ!恐ろしい毒…、それは貴方自身だ ‼」


言葉を失っていくマテアス…。彼にはもう一筋の気力も残ってはいない…彼はたったいま愛する妻の忘れ形見、そして自分自身をも失ったのだ…。




だけど僕のすべきことは他にある。アルパ君を助ける事だ!
これは必死に自分を探して一生懸命生きようとしたアルパ君の為、目の前でアルパ君まで失いアレクシさんにまた辛い思いをさせない為、そして自分を庇って誰かが命を落とす…そんな傷をユーリに負わせない為!

深淵は二度と誰にも近づけない!


頭の中の分厚い医学書。その中には当然刺創への初期対処も記されている。僕の指示出しはノータイムだ。

何よりも大切なのは先ず止血!体内の血液、その20%が急激に失われるとショック状態を起す。更に30%を失えば生命は危険にさらされる。一刻も早く血を止めなければ!

博士が乱暴に服を脱がせていく。そこからは血が溢れ出していた。


「この布で強く抑えて!」
「は、はいっ!」
「アッシュ様、血が止まりません!」
「片手じゃだめだ!両手で押さえて!」
「わかりました!」


幸いだったのはマテアスが痩せ細っていた事。全体重をかけても深部に達しなかったその傷は即致命傷にはならなかった。でも出血がこのまま続けば同じこと!


「アレクシさん!今すぐサーダさんつれてきて!意味は分かるよね!」
「無論だ!」


鍵になるのはサーダさんだ!一刻も早くサーダさんを!もう時間がない!


「ユーリ、アルパ君には輸血が必要だ」
「輸血?」


医学の遅れたこの世界では輸血も移植も、開腹手術すらまだ行われていない!死と共存するのがこの世界、だけど僕は受け入れない!


「一応検査はするけどユーリの血でアルパ君の失血を補う」
「他人の血を身体に入れるというのか⁉」
「他人じゃない!ユーリとアルパ君は異母兄弟だ!赤の他人よりも適合率は高い!」
「そっ…!」



あーもう!説得してる場合じゃない!


「いいから言う通りにして!人命がかかってるんだ‼」


その時、アレクシさんの〝転移”でサーダさんとナッツ、そしてエスターまでもが姿を現した。その後ろには騒ぎを聞きカレッジから駆けつけてきた教授も居る。

僕の勢いに飲まれ黙って腕を差し出すユーリ。
そしてサーダさんの〝状態分離”によりユーリとアルパ君の血清を取りだし凝集が起こらないかの確認をする。思った通りだ。これならいける!


「丁度良いところに…。スヴァルトさんこの辺の道具ぜんぶ〝浄化”してくれる?」
『いいとも』

「いい?血はゆっくり落として。少しづつ慎重に」
「は、はい!」


蜜蝋の袋に針をくっつけただけの簡単な輸血パック。それを腕の血管に刺したらこの世界初の輸血は始まる。ユーリの血を採血するのは勿論引き続きサーダさんのスキル〝状態分離”だ。

だからと言ってユーリ一人から際限なく採血は出来ない。


「ユーリの体重から考えて血液量は約4.6、いや4.8…、ナッツ、〝計量”して500ミリ以上採らないで。ユーリが倒れる。ノールさん、ユーリの血液〝複製”して!」

「気を付ける!」
「分かった!」



「がんばれアルパ、分かるか?みんな力を合わせてお前を助けようとしてるんだ!」


半分朦朧としながら、それでもアレクシさんの声に反応を示す。良かった…ショック症状は起きてない。


「だめです!入れる血によりも出ていく血が多すぎる!なんとかこの出血を止めなければ!」
「大きな血管が切れてるんだ!お腹を切る!博士!破れた血管を縫合して!」

「まさか‼か、開腹など…そんなことが出来るのですか!」

「出来る!ここにはあれがあるよね?」
奇跡の林檎モルヒネですね」


本当なら僕だって血は大の苦手だし、何より知り合いの臓物なんか見たくない。砂となって消えたアデリーナとはわけが違う…。
それでも絶対目は逸らさない。それは臆病なノールさんも同じだ。四の五の言ってる場合じゃない!

奇跡の林檎モルヒネで苦痛を感じないアルパ君の腹部をレッカラン博士はしっかりとした手つきで開腹していく。その手つきに迷いはない。

開かれた患部から切れた血管を探し出す博士。鉗子代わりの木製クリップで出血を止めるとそこを縫合していくのはカットグート。動物の腸から作られた細い縫合糸だ。余計な血液を綿に吸わせてスヴァルトさんに浄化をかけてもらえばあとはお腹を閉じるだけ。


「ああ…、錆びた剣先でえぐれてしまっている、気の毒に。これでは深い傷跡が残るだろう…」

「縫合待って!ノールさんちょっと…」


こんなきれいな顔立ちのアルパ君にこんな酷い傷跡が残るなんて…、そんなのって無いよ!僕やノールさん、みんながあの両親の痕跡を消そうと躍起になってるのにこんな醜い傷…、これじゃあまるで…永遠に消えない烙印みたいじゃないか!


「この部分の皮膚を四角く複製出来る?それを移植してもらう」
「移植…、アッシュ君、君は次から次へととんでもないことを思いつくんだね。分かった、やってみるよ『造形複製』」


そしてああ…レッカラン博士は神の手だった…







「ヴェストさんのおかげで最悪が免れたよ。気付くのがもう少し遅かったら隙を突かれてたかも…」
「本当にね。あの男がマテアスだったなんて…ヴェストが血の不自然さを指摘するまで誰も疑わなかったもの…」


手術の終わった僕らはようやく肩の力を抜いた。そしてアルパ君は…


博士は病院での経過観察を申し出たが、アレクシさんの転移によりすぐさま公爵邸へと送られた。何故ならヴェストさんがこう〝認識”したからだ。

「ここには事態を知り人が大挙して押し寄せます。安静と安全、そしていろんな好奇の目から彼を守るためには公爵邸が最善です。」


ヴェストさんに始まりヴェストさんで締める。こうして僕の記念すべき二十歳の誕生日は…一生忘れられない日になった。




「それでエスターはあそこで何してたのさ?」

「知らなかったのかい。僕は記録をしてたのさ。サーダを迎えに来たアレクシに君が何かしようとしていると聞いてね。いやぁ慌てたよ。前代未聞の治療だ。まさか開腹までするとは実に驚いた。君にも分かるだろう。これを後世に残さず何を残すって言うんだ。僕の十八番おはこ〝速記”によって一部始終ひとつとして漏らさず記録した。いやぁ有意義な時間だったよ」

「で、でもあれはいろんなスキルを駆使してるから純粋なオペとは言い難い…」
「それでもだ。記録さえあればそれでいい。成功も失敗も、残された文字を見て彼らはそこから学び、進歩する。機会が与えられることが大切なのさ。書物は入り口に過ぎない。成長とはそう言うものだろう?」


エスターの言う通りだ。いつだって知識はアップデートを待っている。今この瞬間の記録なんて…一時間後には過去の記録だ。


『経験に勝る知識なし。その箱の中に全てが詰まっていると思うなら成長はありませんよ』

大好きな大好きな祖母の言葉だ。あの言葉もその言葉も今なら全て理解できる…。
右往左往しながら刻み続けた経験。中には余計な経験だってあったけど…、ああ…前世の家族にも見せたかったな。




ねぇ、僕はまぁまぁ成長したでしょう?




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