僕はゼッタイユルサナイ

kozzy

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導く人

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契約書とはよく読みもせずサインをするものではない。

アシルは自分が何をしてしまったかよくわかっていないだろう。
すっかり大儲けした気でいる馬鹿はこのまま当分放置の方向で。

「ベルナール様」
「なに、セドリック」
「あのように高度な金融知識をいつ身につけられたのでしょうか」

「…え、ええと…、り、領地の家令?」
「ああなるほど。ベルナール様は領地を訪れたことがお有りなのですね」

イヤ無いけど。

「父さん。ベル様は子供の皮を被った小さな大人ですよ」

ギクッ!

「貴族の子はそう育てられるのです。私たちと同じに考えるのは間違いです父さん」
「それもそうだね」

そっちか…、うん?なんだその訳知り顔。不可解な。

「セドリック。この調子でお父様は泳がせておけばいいからお金の使い道だけは把握しておいて」
「隠し財産などを持たせぬようにすればいいのですね」
「その通り」

これでよし。
やったらやり返される。僕の仕返しはあくまで〝見殺し”が望ましい。直接奴らに攻撃を仕掛けるなんて…下品な真似、僕はしない。

間接的に奴らから搾れるだけ搾り取って、これぞというその時が来たら…
その時こそ〝見捨てて”やるのだ。一瞥もしないで。「お出口はそちらですよ」って。輩な客が店で暴れたあの時のように。



さて、なんだかんだであれからさらに数か月がたった。

ミレイユは日々態度も胸もデカくなり、使用人たちに幅を利かせている。
見たところ今じゃすっかり貴族夫人を気取っているが、貴族のマナーすら知らないのでは、さすがのアシルもミレイユを本当の貴婦人が集まる夜会や茶会など、とても連れてはいけないだろう。アシルは見栄っ張りだ。

そういった事情から意外なことだがミレイユは屋敷の中で大人しくしていた。

「アシル様、何故わたくしをお友だちに紹介してくださらないの。ひどいわ」

今日も今日とてサンルームで朝食を摂りながら、僕が居るにも関わらずミレイユの愚痴が止むことはない。

「仕方がないだろう。貴族とはマナーが全て。挨拶の手順も知らないようではとても同伴出来ないよ」

そういうなり席を立つアシル。
これは僕の見立だが、恐らくアシルは一人で社交場に顔を出し、あわよくばどっかの未亡人とイチャイチャ…とでも思っているのだろう。人間そうそう性根は変わらない。

取り残されたミレイユはひどくむくれている。

「なんてひどい仰り様かしら!あれ程わたくしに入れあげておきながらこんな風に扱うなんて!」

そりゃあれだよ。釣った魚にエサはやらないってね。

「ミレイユ夫人、恐らくアシル様は美しいミレイユ様をお友だちに紹介して虜にしてしまうのを心配しているのですよ」

「まあ!うまいのね」

リオネル!
お、おま…ほんと外面いいんだから。

「いやあねアシルったらヤキモチ焼きで。でもそうね。お高くとまったご婦人方に馬鹿にされるのは我慢ならないわ」

「ミレイユさん、よければマナー講師の先生を探してあげましょうか?」
「まあベルナール様…よろしいんですの?」
「はやく社交界に馴染みたいんでしょう?」
「ええ、それはもう」

「ですが必死にマナーを学んでいると知られるわけにはいきませんね?それこそ社交界から陰口をたたかれてしまいます」

察したリオネルのナイスな合いの手。

「それはいやだわ…」

「リオネル」
「はいなんでしょう」
「オルガ夫人のご友人筋で誰か見繕ってくれるかな」
「かしこまりました」

その後、ミレイユの去ったサンルームで僕はもう一つ付け加えた。
リオネルの母、オルガ夫人は元子爵家の四女だ。なら彼女と同じような、貴族として育ったけど今は貴族じゃない、(僕にとって)絶妙な立場のご友人がいるはずだ。

「リオネル、探す女性はマナーにやや乏しいご婦人だよ。間違ってもよく出来た貴婦人なんか探さないように」
「ぷっ、分かりました」

意味ありげに微笑むリオネル。

彼とセドリックの親子は、朴訥な祖父に「伯爵家の往診より一般庶民の手当てをとった愚か者」という汚名を着せたアシルとミレイユを毛嫌いしている。

幸い僕が一家を囲い込んだことで、彼らの生活は向上こそすれ困ったことになってはいないが、それでも社交界での評判は地に堕ちている。あのままだったら恐らく顧客(患者ね)を根こそぎ失っていただろう。
株が上がったのは彼らを受け入れたアランブールのおじいさまだけってね。

専属となった大先生は研究に没頭している。現在取り組んでいるのはより効果の高い、病の原因菌を殺す特効薬だとか。よほどジーンの件が堪えたに違いない。

オルガ夫人はディディエの教育係で孫のリオネルは僕の従者。セドリックも監査人および僕のチューター、彼らは一家総出で僕の手足にな…手足?てあし…て、て、手代…

そう。丁稚や手代、使用人には手厚い僕によって一家の将来はまさに安泰。

はて、丁稚?手代?僕は何を口走った…

そんなことはどうでもいいとして。


「ねえリオネル。ディディエの様子はどう?」
「言葉使いは手ごわいですが立ち居振る舞いは徐々に」

「今日は音楽の先生も来ないし…じゃあ様子でも見にこうかな」
「では庭を抜けて行きましょうか」

あたたかな日差しを受けポテポテと歩く二人の子供。

「ベル様。あなたは面白い方ですね」
「面白い…どこが?」

「幼児にしては一筋縄ではいかないその抜け目なさとか小賢しいところが」

褒めてる?それ褒めてるの?

「覚えてますか?まだジーン奥様がご存命でいらしたあの時のことを」
「なんのこと?」

というか、ジーンが居た頃って僕まだ五歳未満じゃん。無茶言うな。普通記憶ないよ?ま、僕は覚えてるけど。

「乳母がいない部屋で私はその日もあなたの子守を任されていました」

つーと…、三歳か四歳の頃か。それ以前は乳母が離れること無かったし。

「その日母とケンカした私はあなたの前で少しばかり悪態をついていました」

あー、あれね。いつものこと過ぎて中身まで覚えてないや。

「まだ三歳程度のあなたには何を聞かせてもどうせわからないと思っていました」

普通に考えたらそうだよね。

「有無を言わせず医師への道を示す母に反発を感じながら逆らうこともできず…グズグズ言う私にあなたは午睡から目覚め目をこすりいきなりこう言ったのです」

「何か言ったっけ?」

「財は独立の基本、そして学問はもっとも役立つ財、その先が医者かどうかは関係ない。学んでおけ、と」

……寝ぼけてたんだな。

「あの時から私の興味の対象はいつでもあなたです。ベル様、あなたに仕えられて良かった」

「…で?」
「で、とは」
「日々学んでる?」
「寝る間も惜しんで」

…そりゃよかった。






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