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小さな変化
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いくら離れがおじいさまの持ち物で僕が大家の孫だとしても、彼らが住んでいる以上、そこはすでに使用人の居住区だ。
そして僕は伯爵家のお坊ちゃま。フラフラと頻繁に出入り出来ないのが玉に瑕ってね。(用があれば本館へ呼び付けるものだからね)
そんな理由から、同じ敷地に住まいながらも僕はディディエとそれほど顔を合わせられないでいた。
リオネルは本館三階に寝泊まりしているし、セドリックは本館に顔を出すから会う機会も多いけど…ディディエの顔を見るのは実に一か月ぶりだ。
「ディディエ、ディディエ」
「誰だ!な、なんだよ…お前か」
パシ!
「いって!」
「なんでございますか、でしょう!やり直し!」
なるほど。こりゃ確かに言葉使いは難有りだ。
「もう半年以上たつのにまだこんななの?ヤル気あんのディディエ」
「うるさいな…」
パシッ!
ペシッ!
おお、リオネルまで参加して二連打!
「ベルナール様になんてことを!」
「ディディエ、父親への恩情忘れたのか!」
「いってぇな…、…父さんのことは感謝してる。父さんからはあのことを知られてないアランブールの領地で平和に暮らしてるって手紙が来た」
「僕にもきたよ、お礼の手紙」
平民の親子は読み書きに問題がある。父親は領主邸の上級使用人に頼んで代筆してもらったようだ。そしてあのことはフワッと、子孫繁栄の宝、という表現でぼかされていた。
ということで、目の前のディディエも現在絶賛読み書きの特訓中ね。
…寺子屋にでも通っておけばいいものを…
はっ!寺子屋…?今僕は何を…
ま、そんなことはどうでもいいとして。
「だからって俺を上品な飼い犬に仕上げんのは無理があるだろ!」
「ディディエ…君はあの女に仕返ししたくないのか?」
「そうそう。他力じゃなく自力でさ」
「したいけどよ、こんなことめんどくせぇ。もっと他にあんだろ」
ピン!
「いて!お前までなにすんだよ」
鼻頭を弾いたぐらいで大袈裟な。
「仕返ししてディディエが不幸になるなら意味がないでしょ」
「なんで俺が不幸になるんだよ…」
ディディエは世の中を分ってない。なんだかんだ言ったってミレイユはあれでもすでに一応貴族側なのだ。
たとえ公衆の面前で悪行を全てぶちまけようが、引きずり出され嘲笑されるのはディディエの方だ。
ましてや暴力になんかにでようものなら…、罪に問われてディディエの将来はお先真っ暗。まともな職にもありつけず、物乞いか野垂れ死ぬ未来しか見えない。
そう説明してもなにやらブツブツ言っていたが、なんとなく想像は出来たのだろう。徐々に口調は大人しくなった。
「下品な仕返しは僕の流儀じゃない。もっとスマートにいこうよ」
そう。怒りや憎しみ、負の感情で動いても大抵の場合ろくなことにはならない。僕の経験がそう言っている。だからと言って奴らを赦せるほど僕は聖人じゃない。
「楽しむんだよディディエ。商い、ンン!仕返しは楽しくなくちゃ。生かさず殺さず、手のひらで転がしてほくそ笑むんだよ」
「…そりゃ楽しそうだ」
「ミレイユが君を見ても息子だってわからないぐらいにカッコよくなろう。いつか君の素性を知った時、心底後悔するぐらい魅力的な男に」
「そんで鼻で笑ってやるんだな?惨めに這いつくばるあいつを見下ろして「性悪狐を親に持った覚えはない」って」
「そうそう」
「わかった。……ならお前ももっと顔出せよ」
「は?」
「なんだディディエ。君はそんなことでへそを曲げていたのか」
「そんなんじゃねぇよ!」フイッ
か、かわいいな!
「え?もしかして僕がいないからヤル気出なかったの?」
「…お前が連れてきたんだからお前が責任持てよ!」
「ディディエ!」
「いいやリオネル。ディディエの言う通りだ」
うんそうだな。野良犬だって面倒見れないならエサやるなって言われるぐらいだ。ディディエをオルガ夫人に丸投げするのは僕が間違ってた。
「これから週に一度は来ることにするよ。その代わり試験だ。僕のお茶はディディエが淹れてね。僕は厳しいよ」
「分かったよ…」
自分で言っといて子供みたいで恥ずかしかったのだろうか。ディディエは照れくさそうにフイッとそっぽを向いた。
そのディディエは初めて会ったと比べてかなり磨き上げられている。…外身だけは。
父親の顔は見そびれたが、何てったってあのミレイユの息子だ。ディディエの容姿はそれなりに整っている。
明るい茶髪はあれからさらにスッキリと両側が刈り上げられ、真ん中部分は前髪にかけてクルクルと元気そうに踊っている。
前髪がやや目にかかっているのは顔を隠す意味があるのだろう。
缶詰だった肌はすっかり日焼けが抜けて白くなっているが、ほんのり残った赤い頬が彼の快活さを一段と引き立てている。
サラサラとしたブルネットを右から左に流し、後ろで小さな尻尾を作ったリオネルの髪もオルガ夫人の整髪だって話しだし、彼女とはイイ男の定義が似ているのかもしれない。
美男子予備軍二人が従者…ホクホク…
あ、あれ?そう言えば僕はどうしてイイ女ではなくイイ男にばかり目が行くのだろう?
前世の自分には間違いなく妻が居た。ならばこれは転生してからの現象…
う、うん。これはきっと僕がまだ幼児だからだ。かっこいいお兄ちゃんに、「あんな風になりたーい」みたいな憧れを抱いているだけだろう。そうに違いない。
その時感じた違和感こそが僕のセクシャリティを密かに予言していたのだが、それは一旦置いといて…も、いいかな?
そして僕は伯爵家のお坊ちゃま。フラフラと頻繁に出入り出来ないのが玉に瑕ってね。(用があれば本館へ呼び付けるものだからね)
そんな理由から、同じ敷地に住まいながらも僕はディディエとそれほど顔を合わせられないでいた。
リオネルは本館三階に寝泊まりしているし、セドリックは本館に顔を出すから会う機会も多いけど…ディディエの顔を見るのは実に一か月ぶりだ。
「ディディエ、ディディエ」
「誰だ!な、なんだよ…お前か」
パシ!
「いって!」
「なんでございますか、でしょう!やり直し!」
なるほど。こりゃ確かに言葉使いは難有りだ。
「もう半年以上たつのにまだこんななの?ヤル気あんのディディエ」
「うるさいな…」
パシッ!
ペシッ!
おお、リオネルまで参加して二連打!
「ベルナール様になんてことを!」
「ディディエ、父親への恩情忘れたのか!」
「いってぇな…、…父さんのことは感謝してる。父さんからはあのことを知られてないアランブールの領地で平和に暮らしてるって手紙が来た」
「僕にもきたよ、お礼の手紙」
平民の親子は読み書きに問題がある。父親は領主邸の上級使用人に頼んで代筆してもらったようだ。そしてあのことはフワッと、子孫繁栄の宝、という表現でぼかされていた。
ということで、目の前のディディエも現在絶賛読み書きの特訓中ね。
…寺子屋にでも通っておけばいいものを…
はっ!寺子屋…?今僕は何を…
ま、そんなことはどうでもいいとして。
「だからって俺を上品な飼い犬に仕上げんのは無理があるだろ!」
「ディディエ…君はあの女に仕返ししたくないのか?」
「そうそう。他力じゃなく自力でさ」
「したいけどよ、こんなことめんどくせぇ。もっと他にあんだろ」
ピン!
「いて!お前までなにすんだよ」
鼻頭を弾いたぐらいで大袈裟な。
「仕返ししてディディエが不幸になるなら意味がないでしょ」
「なんで俺が不幸になるんだよ…」
ディディエは世の中を分ってない。なんだかんだ言ったってミレイユはあれでもすでに一応貴族側なのだ。
たとえ公衆の面前で悪行を全てぶちまけようが、引きずり出され嘲笑されるのはディディエの方だ。
ましてや暴力になんかにでようものなら…、罪に問われてディディエの将来はお先真っ暗。まともな職にもありつけず、物乞いか野垂れ死ぬ未来しか見えない。
そう説明してもなにやらブツブツ言っていたが、なんとなく想像は出来たのだろう。徐々に口調は大人しくなった。
「下品な仕返しは僕の流儀じゃない。もっとスマートにいこうよ」
そう。怒りや憎しみ、負の感情で動いても大抵の場合ろくなことにはならない。僕の経験がそう言っている。だからと言って奴らを赦せるほど僕は聖人じゃない。
「楽しむんだよディディエ。商い、ンン!仕返しは楽しくなくちゃ。生かさず殺さず、手のひらで転がしてほくそ笑むんだよ」
「…そりゃ楽しそうだ」
「ミレイユが君を見ても息子だってわからないぐらいにカッコよくなろう。いつか君の素性を知った時、心底後悔するぐらい魅力的な男に」
「そんで鼻で笑ってやるんだな?惨めに這いつくばるあいつを見下ろして「性悪狐を親に持った覚えはない」って」
「そうそう」
「わかった。……ならお前ももっと顔出せよ」
「は?」
「なんだディディエ。君はそんなことでへそを曲げていたのか」
「そんなんじゃねぇよ!」フイッ
か、かわいいな!
「え?もしかして僕がいないからヤル気出なかったの?」
「…お前が連れてきたんだからお前が責任持てよ!」
「ディディエ!」
「いいやリオネル。ディディエの言う通りだ」
うんそうだな。野良犬だって面倒見れないならエサやるなって言われるぐらいだ。ディディエをオルガ夫人に丸投げするのは僕が間違ってた。
「これから週に一度は来ることにするよ。その代わり試験だ。僕のお茶はディディエが淹れてね。僕は厳しいよ」
「分かったよ…」
自分で言っといて子供みたいで恥ずかしかったのだろうか。ディディエは照れくさそうにフイッとそっぽを向いた。
そのディディエは初めて会ったと比べてかなり磨き上げられている。…外身だけは。
父親の顔は見そびれたが、何てったってあのミレイユの息子だ。ディディエの容姿はそれなりに整っている。
明るい茶髪はあれからさらにスッキリと両側が刈り上げられ、真ん中部分は前髪にかけてクルクルと元気そうに踊っている。
前髪がやや目にかかっているのは顔を隠す意味があるのだろう。
缶詰だった肌はすっかり日焼けが抜けて白くなっているが、ほんのり残った赤い頬が彼の快活さを一段と引き立てている。
サラサラとしたブルネットを右から左に流し、後ろで小さな尻尾を作ったリオネルの髪もオルガ夫人の整髪だって話しだし、彼女とはイイ男の定義が似ているのかもしれない。
美男子予備軍二人が従者…ホクホク…
あ、あれ?そう言えば僕はどうしてイイ女ではなくイイ男にばかり目が行くのだろう?
前世の自分には間違いなく妻が居た。ならばこれは転生してからの現象…
う、うん。これはきっと僕がまだ幼児だからだ。かっこいいお兄ちゃんに、「あんな風になりたーい」みたいな憧れを抱いているだけだろう。そうに違いない。
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