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二手準備よーし
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ある晴れた日の離れ別館…、その庭では本日も恭しくティータイムがおこなわれていた。
「ディディエ、お茶」
「はい、ただいま」
トクトクトク…
「どれどれ…」ズズ…「ぬるい。それから僕はもっと濃いのが好みかな」
「わかりました…」ボソッ「うるせーな…」
パシッ!
うーん、いい音。
「いちいち叩くなよリオネル!」
「叩かれたく無きゃいい加減口の利き方を覚えろ!」
「まーまー、小声で言うだけ成長してるって」
静のリオネルと動のディディエ。思考派のリオネルと肉体派のディディエ。正反対の二人。それでもなんだかんだで仲良さそうと言うか、四つ違いのリオネルとディディエは兄弟みたいだ。
と言うか、出来たら取っ手の無い湯のみで、こう両手を添えて飲みたいなぁ…それももっとしぶーい緑色のお茶を落雁かなにかと…
はっ!落雁?今僕は何を…
ま、そんなことはどうでもいいとして。
ディディエの育成計画はまあまあ順調だ。
僕の前ではどうしてもこう、素に戻るがそれ以外、特にオルガ夫人の前ではかなり上品に振舞っている。
ま、恐怖による支配と言えなくも無いが…逆らっちゃいけない相手が見極められるなら上出来だろう。
オルガ夫人の友人の友人の従妹という微妙に知人っぽい、どこかの子爵家で侍女をしていた経験があるという、一見貴族っぽいけどよく考えたら一般庶民のご婦人は現在ミレイユのマナー講師だ。
彼女は伯爵家に出入りできるという栄誉を心行くまで満喫し、週に二度ほどミレイユのもとへ訪れては、ギリギリセーフでギリギリアウトなマナーを指導している。
社交界とは魑魅魍魎の跋扈する場所。ミレイユのガバガバなマナーなど、陰で笑うことはあっても誰がわざわざ指摘などしてくれるものか。
彼女は社交界に友人が欲しいようだがそう上手くいくかな?健闘を祈る。
「ところでセドリック」
「はい、ベルナール様」
こうして僕がディディエのお茶を振舞われる日はセドリックが薬剤師に戻る日でもある。
リオネルの父セドリックは、以前大先生が開いていた診療所の財務及び調薬を担っていた。
今はこうして僕の管財人及びチューターとして仕える身だが、空いた時間で相変わらず調薬の手伝いをしている。医師と薬剤師は似て非なる職業だ。
「治療薬の中にローズマリーの蒸留酒があるよね?」
「よくご存じですね。ですがあれは酒とは言っても手足のしびれ病に使われる薬です」
「もちろん知ってるよ。あれなんだけどね、世のご婦人方が喉から手がでるほど欲しがってるって知ってる?」
貴族の肌とは白ければ白いほど高貴とされている。
そのため彼女ら、時に彼らは夜会ともなれば様々な原料の白粉を塗りたくり、そのせいで自肌はボロボロだったりする。
その自肌を整えるのに大変効果があると言われているのが、このローズマリーの蒸留酒だ。
厳密に言うと、美容用はさらにいくつかのハーブエッセンスが加えられているのだが、なんでもさる国の王女さまご愛用とやらで、今社交界ではなかなか手に入らないと話題の一品である。
「そうなのですか?」
社交界の動きに疎い。この辺りが彼らの大成出来ない理由に違いない。
「薬師の伝手があれば医療用なら手に入るでしょ?欲しいなぁと思って」
「何故でしょう?ベル様に必要とは思えないのですが…」
さもありなん。手足のしびれ病とは主に大人がかかる病気だ。
「それにあれは蒸留に手間がかかり薬の中でも大変高価なもので…、ああ分かりました。領地の伯爵に贈られるのですね」
「ブッブー!ミレイユにプレゼントしようかと思って」
その言葉を聞いて沸騰したのがディディエ、ニヤリと笑ったのがリオネル。反応が実に分かりやすく二人を表わしている。
「あんな女にプレゼントなんかするのかよ!あ、いや、するんですか!」
「うんそう」
「…何をお考えでしょうベル様」
「んー?ミレイユにはもっといろんな贅沢を覚えてもらおうと思って」
「はぁ?」
「どういうことです?」
「考えてごらんよ、ミレイユのお金って出所はどこ?」
そう。それはもちろんアシルだ。
ミレイユが自由に使うお金はアシルが支払うことになる。かといってミレイユの遊行費など僕から引き出すことは不可能。管財人セドリックは許可しない。
となると、おじいさまから割り当てられた予算を使うしかない。
「そうしたらアシルは自分の遊ぶ金ほしさでますます投資にのめり込むよ」
例の投資話だが、セドリックがカマをかけたところ現在アシルは少しばかり儲けが出ている状態だ。
これは一見成功しているように見えるだろうが、騙されてはいけない。
先方はデカい投資金をドカンとつぎ込んだアシルをみて、もっと搾り取れる上客と見なしたのだろう。
これは序盤の罠。甘い夢を見させているにすぎない。
詐欺師の本番とはカモの欲望が頂点に達した時にこそ牙をむく。僕の経験値で言うとおよそ…破綻の時は五年から七年ぐらいか。ふっ…
「馬鹿ですね」
「でもこれでアシルは上手くやれていると思っているし僕を上手く転がしてると思い込んでる。世の中チョロいものだってね」
「バカだな」
フフフ…もっともっと依存するがいい…。この、息子という便利な巾着袋に。
「わかりました。ではアシル様から申し入れがあった場合ある程度までは貸し出せばよいのですね」
「御名答。でもほどほどにね」
「そのうえでアシル自身の持ち金はミレイユに使い切らせていくわけですか…」
「えーとね、出来る限り形の残らない物が望ましい。どうせ資産価値のあるものはいずれ差し押さえだけどあいつらに目利きが出来ると思えないからね」
どうせ奴らが買い入れる装飾品なんて、見た目だけのガラクタばかりに決まってる。それならいっそ、たとえ二束三文でも換金できるブツなんて無い方がいい。
「奴らを追い出す時には丸裸がお似合いでしょ?」
「…策士ですねベル様。今お幾つでしたっけ?」
「先日六歳になったところ」
「まるで老獪な商会主のようですね」
ギクッ!
リオネル…何が見えてるんだろう…
「ど?納得した?ディディエ」
「なんとか…」
「子供には高度な戦術だったか?」
「う、うるせーリオネル!」
パシッ!
「ディディエ!今夜は寝ないで言葉使いをなおしてやる!」
「はぁ?いやなこった!」
「アハハハハ!」
朗らかな午後のお茶会。いたって平和な日々。
アシル、ミレイユ、もうしばらく夢を見るといいよ。
年寄りは気が長くてね。待つことなんてなーんにも苦じゃないんだから。
「ディディエ、お茶」
「はい、ただいま」
トクトクトク…
「どれどれ…」ズズ…「ぬるい。それから僕はもっと濃いのが好みかな」
「わかりました…」ボソッ「うるせーな…」
パシッ!
うーん、いい音。
「いちいち叩くなよリオネル!」
「叩かれたく無きゃいい加減口の利き方を覚えろ!」
「まーまー、小声で言うだけ成長してるって」
静のリオネルと動のディディエ。思考派のリオネルと肉体派のディディエ。正反対の二人。それでもなんだかんだで仲良さそうと言うか、四つ違いのリオネルとディディエは兄弟みたいだ。
と言うか、出来たら取っ手の無い湯のみで、こう両手を添えて飲みたいなぁ…それももっとしぶーい緑色のお茶を落雁かなにかと…
はっ!落雁?今僕は何を…
ま、そんなことはどうでもいいとして。
ディディエの育成計画はまあまあ順調だ。
僕の前ではどうしてもこう、素に戻るがそれ以外、特にオルガ夫人の前ではかなり上品に振舞っている。
ま、恐怖による支配と言えなくも無いが…逆らっちゃいけない相手が見極められるなら上出来だろう。
オルガ夫人の友人の友人の従妹という微妙に知人っぽい、どこかの子爵家で侍女をしていた経験があるという、一見貴族っぽいけどよく考えたら一般庶民のご婦人は現在ミレイユのマナー講師だ。
彼女は伯爵家に出入りできるという栄誉を心行くまで満喫し、週に二度ほどミレイユのもとへ訪れては、ギリギリセーフでギリギリアウトなマナーを指導している。
社交界とは魑魅魍魎の跋扈する場所。ミレイユのガバガバなマナーなど、陰で笑うことはあっても誰がわざわざ指摘などしてくれるものか。
彼女は社交界に友人が欲しいようだがそう上手くいくかな?健闘を祈る。
「ところでセドリック」
「はい、ベルナール様」
こうして僕がディディエのお茶を振舞われる日はセドリックが薬剤師に戻る日でもある。
リオネルの父セドリックは、以前大先生が開いていた診療所の財務及び調薬を担っていた。
今はこうして僕の管財人及びチューターとして仕える身だが、空いた時間で相変わらず調薬の手伝いをしている。医師と薬剤師は似て非なる職業だ。
「治療薬の中にローズマリーの蒸留酒があるよね?」
「よくご存じですね。ですがあれは酒とは言っても手足のしびれ病に使われる薬です」
「もちろん知ってるよ。あれなんだけどね、世のご婦人方が喉から手がでるほど欲しがってるって知ってる?」
貴族の肌とは白ければ白いほど高貴とされている。
そのため彼女ら、時に彼らは夜会ともなれば様々な原料の白粉を塗りたくり、そのせいで自肌はボロボロだったりする。
その自肌を整えるのに大変効果があると言われているのが、このローズマリーの蒸留酒だ。
厳密に言うと、美容用はさらにいくつかのハーブエッセンスが加えられているのだが、なんでもさる国の王女さまご愛用とやらで、今社交界ではなかなか手に入らないと話題の一品である。
「そうなのですか?」
社交界の動きに疎い。この辺りが彼らの大成出来ない理由に違いない。
「薬師の伝手があれば医療用なら手に入るでしょ?欲しいなぁと思って」
「何故でしょう?ベル様に必要とは思えないのですが…」
さもありなん。手足のしびれ病とは主に大人がかかる病気だ。
「それにあれは蒸留に手間がかかり薬の中でも大変高価なもので…、ああ分かりました。領地の伯爵に贈られるのですね」
「ブッブー!ミレイユにプレゼントしようかと思って」
その言葉を聞いて沸騰したのがディディエ、ニヤリと笑ったのがリオネル。反応が実に分かりやすく二人を表わしている。
「あんな女にプレゼントなんかするのかよ!あ、いや、するんですか!」
「うんそう」
「…何をお考えでしょうベル様」
「んー?ミレイユにはもっといろんな贅沢を覚えてもらおうと思って」
「はぁ?」
「どういうことです?」
「考えてごらんよ、ミレイユのお金って出所はどこ?」
そう。それはもちろんアシルだ。
ミレイユが自由に使うお金はアシルが支払うことになる。かといってミレイユの遊行費など僕から引き出すことは不可能。管財人セドリックは許可しない。
となると、おじいさまから割り当てられた予算を使うしかない。
「そうしたらアシルは自分の遊ぶ金ほしさでますます投資にのめり込むよ」
例の投資話だが、セドリックがカマをかけたところ現在アシルは少しばかり儲けが出ている状態だ。
これは一見成功しているように見えるだろうが、騙されてはいけない。
先方はデカい投資金をドカンとつぎ込んだアシルをみて、もっと搾り取れる上客と見なしたのだろう。
これは序盤の罠。甘い夢を見させているにすぎない。
詐欺師の本番とはカモの欲望が頂点に達した時にこそ牙をむく。僕の経験値で言うとおよそ…破綻の時は五年から七年ぐらいか。ふっ…
「馬鹿ですね」
「でもこれでアシルは上手くやれていると思っているし僕を上手く転がしてると思い込んでる。世の中チョロいものだってね」
「バカだな」
フフフ…もっともっと依存するがいい…。この、息子という便利な巾着袋に。
「わかりました。ではアシル様から申し入れがあった場合ある程度までは貸し出せばよいのですね」
「御名答。でもほどほどにね」
「そのうえでアシル自身の持ち金はミレイユに使い切らせていくわけですか…」
「えーとね、出来る限り形の残らない物が望ましい。どうせ資産価値のあるものはいずれ差し押さえだけどあいつらに目利きが出来ると思えないからね」
どうせ奴らが買い入れる装飾品なんて、見た目だけのガラクタばかりに決まってる。それならいっそ、たとえ二束三文でも換金できるブツなんて無い方がいい。
「奴らを追い出す時には丸裸がお似合いでしょ?」
「…策士ですねベル様。今お幾つでしたっけ?」
「先日六歳になったところ」
「まるで老獪な商会主のようですね」
ギクッ!
リオネル…何が見えてるんだろう…
「ど?納得した?ディディエ」
「なんとか…」
「子供には高度な戦術だったか?」
「う、うるせーリオネル!」
パシッ!
「ディディエ!今夜は寝ないで言葉使いをなおしてやる!」
「はぁ?いやなこった!」
「アハハハハ!」
朗らかな午後のお茶会。いたって平和な日々。
アシル、ミレイユ、もうしばらく夢を見るといいよ。
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