10 / 11
二手準備よーし
しおりを挟む
ある晴れた日の離れ別館…、その庭では本日も恭しくティータイムがおこなわれていた。
「ディディエ、お茶」
「はい、ただいま」
トクトクトク…
「どれどれ…」ズズ…「ぬるい。それから僕はもっと濃いのが好みかな」
「わかりました…」ボソッ「うるせーな…」
パシッ!
うーん、いい音。
「いちいち叩くなよリオネル!」
「叩かれたく無きゃいい加減口の利き方を覚えろ!」
「まーまー、小声で言うだけ成長してるって」
静のリオネルと動のディディエ。思考派のリオネルと肉体派のディディエ。正反対の二人。それでもなんだかんだで仲良さそうと言うか、四つ違いのリオネルとディディエは兄弟みたいだ。
と言うか、出来たら取っ手の無い湯のみで、こう両手を添えて飲みたいなぁ…それももっとしぶーい緑色のお茶を落雁かなにかと…
はっ!落雁?今僕は何を…
ま、そんなことはどうでもいいとして。
ディディエの育成計画はまあまあ順調だ。
僕の前ではどうしてもこう、素に戻るがそれ以外、特にオルガ夫人の前ではかなり上品に振舞っている。
ま、恐怖による支配と言えなくも無いが…逆らっちゃいけない相手が見極められるなら上出来だろう。
オルガ夫人の友人の友人の従妹という微妙に知人っぽい、どこかの子爵家で侍女をしていた経験があるという、一見貴族っぽいけどよく考えたら一般庶民のご婦人は現在ミレイユのマナー講師だ。
彼女は伯爵家に出入りできるという栄誉を心行くまで満喫し、週に二度ほどミレイユのもとへ訪れては、ギリギリセーフでギリギリアウトなマナーを指導している。
社交界とは魑魅魍魎の跋扈する場所。ミレイユのガバガバなマナーなど、陰で笑うことはあっても誰がわざわざ指摘などしてくれるものか。
彼女は社交界に友人が欲しいようだがそう上手くいくかな?健闘を祈る。
「ところでセドリック」
「はい、ベルナール様」
こうして僕がディディエのお茶を振舞われる日はセドリックが薬剤師に戻る日でもある。
リオネルの父セドリックは、以前大先生が開いていた治療院の財務及び調薬を担っていた。
今はこうして僕の管財人及びチューターとして仕える身だが、空いた時間で相変わらず調薬の手伝いをしている。医師と薬剤師は似て非なる職業だ。
「治療薬の中にローズマリーの蒸留酒があるよね?」
「よくご存じですね。ですがあれは酒とは言っても手足のしびれ病に使われる薬です」
「もちろん知ってるよ。あれなんだけどね、世のご婦人方が喉から手がでるほど欲しがってるって知ってる?」
貴族の肌とは白ければ白いほど高貴とされている。
そのため彼女ら、時に彼らは夜会ともなれば様々な原料の白粉を塗りたくり、そのせいで自肌はボロボロだったりする。
その自肌を整えるのに大変効果があると言われているのが、このローズマリーの蒸留酒だ。
厳密に言うと、美容用はさらにいくつかのハーブエッセンスが加えられているのだが、なんでもさる国の王女さまご愛用とやらで、今社交界ではなかなか手に入らないと話題の一品である。
「そうなのですか?」
社交界の動きに疎い。この辺りが彼らの大成出来ない理由に違いない。
「薬師の伝手があれば医療用なら手に入るでしょ?欲しいなぁと思って」
「何故でしょう?ベル様に必要とは思えないのですが…」
さもありなん。手足のしびれ病とは主に大人がかかる病気だ。
「それにあれは蒸留に手間がかかり薬の中でも大変高価なもので…、ああ分かりました。領地の伯爵に贈られるのですね」
「ブッブー!ミレイユにプレゼントしようかと思って」
その言葉を聞いて沸騰したのがディディエ、ニヤリと笑ったのがリオネル。反応が実に分かりやすく二人を表わしている。
「あんな女にプレゼントなんかするのかよ!あ、いや、するんですか!」
「うんそう」
「…何をお考えでしょうベル様」
「んー?ミレイユにはもっといろんな贅沢を覚えてもらおうと思って」
「はぁ?」
「どういうことです?」
「考えてごらんよ、ミレイユのお金って出所はどこ?」
そう。それはもちろんアシルだ。
ミレイユが自由に使うお金はアシルが支払うことになる。かといってミレイユの遊行費など僕から引き出すことは不可能。管財人セドリックは許可しない。
となると、おじいさまから割り当てられた予算を使うしかない。
「そうしたらアシルは自分の遊ぶ金ほしさでますます投資にのめり込むよ」
例の投資話だが、セドリックがカマをかけたところ現在アシルは少しばかり儲けが出ている状態だ。
これは一見成功しているように見えるだろうが、騙されてはいけない。
先方はデカい投資金をドカンとつぎ込んだアシルをみて、もっと搾り取れる上客と見なしたのだろう。
これは序盤の罠。甘い夢を見させているにすぎない。
詐欺師の本番とはカモの欲望が頂点に達した時にこそ牙をむく。僕の経験値で言うとおよそ…破綻の時は五年から七年ぐらいか。ふっ…
「馬鹿ですね」
「でもこれでアシルは上手くやれていると思っているし僕を上手く転がしてると思い込んでる。世の中チョロいものだってね」
「バカだな」
フフフ…もっともっと依存するがいい…。この、息子という便利な巾着袋に。
「わかりました。ではアシル様から申し入れがあった場合ある程度までは貸し出せばよいのですね」
「御名答。でもほどほどにね」
「そのうえでアシル自身の持ち金はミレイユに使い切らせていくわけですか…」
「えーとね、出来る限り形の残らない物が望ましい。どうせ資産価値のあるものはいずれ差し押さえだけどあいつらに目利きが出来ると思えないからね」
どうせ奴らが買い入れる装飾品なんて、見た目だけのガラクタばかりに決まってる。それならいっそ、たとえ二束三文でも換金できるブツなんて無い方がいい。
「奴らを追い出す時には丸裸がお似合いでしょ?」
「…策士ですねベル様。今お幾つでしたっけ?」
「先日六歳になったところ」
「まるで老獪な商会主のようですね」
ギクッ!
リオネル…何が見えてるんだろう…
「ど?納得した?ディディエ」
「なんとか…」
「子供には高度な戦術だったか?」
「う、うるせーリオネル!」
パシッ!
「ディディエ!今夜は寝ないで言葉使いをなおしてやる!」
「はぁ?いやなこった!」
「アハハハハ!」
朗らかな午後のお茶会。いたって平和な日々。
アシル、ミレイユ、もうしばらく夢を見るといいよ。
年寄りは気が長くてね。待つことなんてなーんにも苦じゃないんだから。
「ディディエ、お茶」
「はい、ただいま」
トクトクトク…
「どれどれ…」ズズ…「ぬるい。それから僕はもっと濃いのが好みかな」
「わかりました…」ボソッ「うるせーな…」
パシッ!
うーん、いい音。
「いちいち叩くなよリオネル!」
「叩かれたく無きゃいい加減口の利き方を覚えろ!」
「まーまー、小声で言うだけ成長してるって」
静のリオネルと動のディディエ。思考派のリオネルと肉体派のディディエ。正反対の二人。それでもなんだかんだで仲良さそうと言うか、四つ違いのリオネルとディディエは兄弟みたいだ。
と言うか、出来たら取っ手の無い湯のみで、こう両手を添えて飲みたいなぁ…それももっとしぶーい緑色のお茶を落雁かなにかと…
はっ!落雁?今僕は何を…
ま、そんなことはどうでもいいとして。
ディディエの育成計画はまあまあ順調だ。
僕の前ではどうしてもこう、素に戻るがそれ以外、特にオルガ夫人の前ではかなり上品に振舞っている。
ま、恐怖による支配と言えなくも無いが…逆らっちゃいけない相手が見極められるなら上出来だろう。
オルガ夫人の友人の友人の従妹という微妙に知人っぽい、どこかの子爵家で侍女をしていた経験があるという、一見貴族っぽいけどよく考えたら一般庶民のご婦人は現在ミレイユのマナー講師だ。
彼女は伯爵家に出入りできるという栄誉を心行くまで満喫し、週に二度ほどミレイユのもとへ訪れては、ギリギリセーフでギリギリアウトなマナーを指導している。
社交界とは魑魅魍魎の跋扈する場所。ミレイユのガバガバなマナーなど、陰で笑うことはあっても誰がわざわざ指摘などしてくれるものか。
彼女は社交界に友人が欲しいようだがそう上手くいくかな?健闘を祈る。
「ところでセドリック」
「はい、ベルナール様」
こうして僕がディディエのお茶を振舞われる日はセドリックが薬剤師に戻る日でもある。
リオネルの父セドリックは、以前大先生が開いていた治療院の財務及び調薬を担っていた。
今はこうして僕の管財人及びチューターとして仕える身だが、空いた時間で相変わらず調薬の手伝いをしている。医師と薬剤師は似て非なる職業だ。
「治療薬の中にローズマリーの蒸留酒があるよね?」
「よくご存じですね。ですがあれは酒とは言っても手足のしびれ病に使われる薬です」
「もちろん知ってるよ。あれなんだけどね、世のご婦人方が喉から手がでるほど欲しがってるって知ってる?」
貴族の肌とは白ければ白いほど高貴とされている。
そのため彼女ら、時に彼らは夜会ともなれば様々な原料の白粉を塗りたくり、そのせいで自肌はボロボロだったりする。
その自肌を整えるのに大変効果があると言われているのが、このローズマリーの蒸留酒だ。
厳密に言うと、美容用はさらにいくつかのハーブエッセンスが加えられているのだが、なんでもさる国の王女さまご愛用とやらで、今社交界ではなかなか手に入らないと話題の一品である。
「そうなのですか?」
社交界の動きに疎い。この辺りが彼らの大成出来ない理由に違いない。
「薬師の伝手があれば医療用なら手に入るでしょ?欲しいなぁと思って」
「何故でしょう?ベル様に必要とは思えないのですが…」
さもありなん。手足のしびれ病とは主に大人がかかる病気だ。
「それにあれは蒸留に手間がかかり薬の中でも大変高価なもので…、ああ分かりました。領地の伯爵に贈られるのですね」
「ブッブー!ミレイユにプレゼントしようかと思って」
その言葉を聞いて沸騰したのがディディエ、ニヤリと笑ったのがリオネル。反応が実に分かりやすく二人を表わしている。
「あんな女にプレゼントなんかするのかよ!あ、いや、するんですか!」
「うんそう」
「…何をお考えでしょうベル様」
「んー?ミレイユにはもっといろんな贅沢を覚えてもらおうと思って」
「はぁ?」
「どういうことです?」
「考えてごらんよ、ミレイユのお金って出所はどこ?」
そう。それはもちろんアシルだ。
ミレイユが自由に使うお金はアシルが支払うことになる。かといってミレイユの遊行費など僕から引き出すことは不可能。管財人セドリックは許可しない。
となると、おじいさまから割り当てられた予算を使うしかない。
「そうしたらアシルは自分の遊ぶ金ほしさでますます投資にのめり込むよ」
例の投資話だが、セドリックがカマをかけたところ現在アシルは少しばかり儲けが出ている状態だ。
これは一見成功しているように見えるだろうが、騙されてはいけない。
先方はデカい投資金をドカンとつぎ込んだアシルをみて、もっと搾り取れる上客と見なしたのだろう。
これは序盤の罠。甘い夢を見させているにすぎない。
詐欺師の本番とはカモの欲望が頂点に達した時にこそ牙をむく。僕の経験値で言うとおよそ…破綻の時は五年から七年ぐらいか。ふっ…
「馬鹿ですね」
「でもこれでアシルは上手くやれていると思っているし僕を上手く転がしてると思い込んでる。世の中チョロいものだってね」
「バカだな」
フフフ…もっともっと依存するがいい…。この、息子という便利な巾着袋に。
「わかりました。ではアシル様から申し入れがあった場合ある程度までは貸し出せばよいのですね」
「御名答。でもほどほどにね」
「そのうえでアシル自身の持ち金はミレイユに使い切らせていくわけですか…」
「えーとね、出来る限り形の残らない物が望ましい。どうせ資産価値のあるものはいずれ差し押さえだけどあいつらに目利きが出来ると思えないからね」
どうせ奴らが買い入れる装飾品なんて、見た目だけのガラクタばかりに決まってる。それならいっそ、たとえ二束三文でも換金できるブツなんて無い方がいい。
「奴らを追い出す時には丸裸がお似合いでしょ?」
「…策士ですねベル様。今お幾つでしたっけ?」
「先日六歳になったところ」
「まるで老獪な商会主のようですね」
ギクッ!
リオネル…何が見えてるんだろう…
「ど?納得した?ディディエ」
「なんとか…」
「子供には高度な戦術だったか?」
「う、うるせーリオネル!」
パシッ!
「ディディエ!今夜は寝ないで言葉使いをなおしてやる!」
「はぁ?いやなこった!」
「アハハハハ!」
朗らかな午後のお茶会。いたって平和な日々。
アシル、ミレイユ、もうしばらく夢を見るといいよ。
年寄りは気が長くてね。待つことなんてなーんにも苦じゃないんだから。
534
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
【完結】恋した君は別の誰かが好きだから
花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。
青春BLカップ31位。
BETありがとうございました。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
二つの視点から見た、片思い恋愛模様。
じれきゅん
ギャップ攻め
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
第十王子は天然侍従には敵わない。
きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」
学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。
貴方に復讐しようと、思っていたのに。
黒狐
BL
前世、馬車の事故で亡くなった令嬢(今世は男)の『私』は、幽霊のような存在になってこの世に残っていた。
婚約者である『彼』が私と婚約破棄をする為に細工をしたのだと考え、彼が無惨な末路を迎える様を見てやろうと考えていた。
しかし、真実はほんの少し違っていて…?
前世の罪や罰に翻弄される、私と彼のやり直しの物語。
⭐︎一部残酷な描写があります、ご注意下さい。
神子の余分
朝山みどり
BL
ずっと自分をいじめていた男と一緒に異世界に召喚されたオオヤナギは、なんとか逃げ出した。
おまけながらも、それなりのチートがあるようで、冒険者として暮らしていく。
途中、長く中断致しましたが、完結できました。最後の部分を修正しております。よければ読み直してみて下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる