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初めの一手
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現在離れは僕が雇った侍医一家の住居兼研究室である。つまり一棟貸しの使用人部屋みたいな感じね。
大先生は専任主治医、セドリックは管財人、リオネルは従者、オルガ夫人は…これからディディエの教育係と、一家総出で僕の手足と言えるだろう。
離れと本邸の位置はそれなりに離れている。
ここは王都のタウンハウス。領地をもつおじいさまにとってはこちらが別荘みたいなものだ。
とはいえ、おじいさまはかなりの財を持つ裕福な大貴族。アランブールはこの国でも有数の資産家である。なので別荘と言っても何十もの部屋を有する、それはそれは豪華な屋敷だ。
まず、通りに面した正門から入ると、そこは馬車が出入りする広いロータリーになっている。
そして左右に羽を広げたような本館建物があり、中は入ってすぐ、眼前中央に見事な階段がある。
一階は夜会も可能な大ホールであり、私的な部屋は主に二階からになる。
現在アシルが使っているのは二階の部屋だ。因みに二間続きの書斎は一階奥ね。
そして僕が使っているのは三階。多くの貴族家において子供部屋は三階に位置し、二階と三階に行き来はない。
そして本館裏側にあるのが中庭である。と言ってもこれは庭園パーティーなどにも使われる、大変広く立派な大庭園だ。多分本館三個分ぐらいはあるんじゃなかろうか。
そのだだっ広い庭を突っ切ると、ようやく背の高いトピアリーで区切られた別館敷地になる。
本館敷地に比べ、一見雑多に見える、でも計算された自然な庭と、左右に目一杯広がった平屋の建物。
部屋数はメイドの部屋を除き十ほどだろうか。
この別館とは産後の肥立ちが悪かった先々代の伯爵夫人のために建てられたもので、夜会や茶会の喧騒が聞こえないよう、敢えてこれだけ離れているのだと聞いている。
まあそんなわけで、以来アランブール伯爵家では出産及び幼児期の養育を別館で行うようになり、ジーンが亡くなるまでは僕もここで暮らして居たわけだ。
そんなわけで、あの後工房から戻ったディディエの父、パスカルはセドリックと共にアランブール領へ向かい、息子ディディエは我が家の離れに居を移した。
いくら四年会っていないと言っても、いろんな意味でこのまま本館に出入りさせることは出来ないだろう。
彼は離れで働きながら、もと子爵家の四女だったオルガ夫人から貴族家の使用人に相応しい躾と教育を受け、伯爵家に相応しい佇まいになったら、もう一人の従者として僕の側に仕える予定だ。
「活発なリオネルと知的なディディエ。いいねぇ、両手に花か」
「両手に花…私とディディエですか?」
「そうだけど」
「ベル様。どこでその様に世俗的な言葉をお覚えに?」
「えっ?」
前世の癖でついうっかり…
「え、ええと…お、お父様…」
「ああ。確かにアシル様が言いそうな物言いですね」
良かった。アシルが軽薄で。
「私も花のように可憐な主人で幸運ですよ」
「は?何言って…」
「もっとも中身が可憐かは存じませんが」
クスクス笑うリオネル。こいつめ…だがそこがいい。
リオネルとは七つほどの歳の差がある。
僕が赤ちゃんの時からおじいさんについて診察に来ていたリオネルは、言うなれば幼馴染に近い。
リオネルは赤ちゃんだった僕の子守をよく押し付けられていた。片手でゆりかごを揺らしながらずっと静かに読書をしていたのを僕は覚えている。
ついでに言うと、とてもお利口なリオネルが、大人が居なくなった僕だけの部屋で、母親に叱られた愚痴とかをブツブツこぼしていたのも僕は覚えている。
「オルガ夫人。メイドに言ってディディエをピカピカに磨いてくれる?中身はともかく先ず見た目だけでも」
「かしこまりました」
この離れには、別館専用メイドが三人と、庭仕事をする男性下働きが一人人、計四人の使用人が居る。これはジーンを慕っていた使用人たちで強固な反ミレイユ派だ。つまりこっち側ね。
「おいおい。俺をどうする気だよ」
「お風呂で洗って整えるんだけど?」
「やめろ!女に裸なんかみせれるか!」
「その物言いも含め全て整えましょうね。なんて矯正のしがいがあるのかしら」
「わー!」
オルガ夫人はああ見えて凄腕である。首根っこを捕まえられた憐れなディディエは抵抗虚しく、翌日ピカピカになっていた。
「おお!オルガ夫人すごいですね!」
「素材は悪くありませんでしたのでね。ですが中身は時間がかかりそうですわ」
リオネルの昔の服を着て出てきたディディエは、どこからどう見てもおぼっちゃんだ。
「あれ?髪の毛巻いたの?」
真っすぐだった茶髪がクルクルしている。
「リオネルが印象を変えたいと言うものですから。いかがでしょう?」
「いいね!すごくよくなった!」
「…そ、そうかよ…」
そうだよ!快活なディディエにはクルクルはねた髪がとても良く似合っている。それにグっと印象が変わった。
明るい茶髪なんてごく一般的だし、これでもう少し洗練されたら、庶民街に捨てた自分の息子とはとても気付かないに違いない。
「何照れてるのディディエ」
「照れてない!」
こうしてディディエの育成をしながら過ごす日々が始まったのだが…
まったく!馬鹿につける薬は無いとはまさにこのことだ!
あれから数か月。アシルが自信満々で持ってきたのはとある儲け話。
「ベルナール、これは君の資産をより増やすための投資なのだよ。倍にして返すから先ずは私に預けてみないかい?」
「元本保証…」
「必ず儲かるという話しでね、さる侯爵夫人はこれで海外に別荘を買ったそうだ」
ア…ア…アホかー!こんな分かりやすく怪しい投資話!
子供の僕でもわかるってのに…アシル正気か?ま、僕は子供でもないけど。
だが…
アシルに割り振られたおじいさまからの予算はかなり減らされている。
だからこそアシルは僕の持つジーンの遺産をこの投資話に出資させたいのだろう。
そんな話に付き合うのは愚の骨頂!が!僕は成人を迎えいざコイツらを追い出す時がきたら、たとえ銅貨一枚でもここから持ち出させたくないと考えている。
この話使えるな…
「セドリック、どう思う?」
「ベルナール様、なりません」
「ですって」
「ベルナール!お前は父よりもその男の言葉を信じるというのか!」
「ですよねぇ。ではお二人ともの顔を立てて…投資はしませんが融資をします」
「融資…ずいぶん水くさいのだね」
「えぇー、だって必ず儲ける話なのでしょう?何か問題が?」
「ふむ。それもそうか」
はいきたー!良かった。アシルが馬鹿で。
「では年ニ割の複利でいいですね」
「複利…???あ、ああ。いいとも」
「ではお父様、ここにサインを」
サラサラサラ
ホクホク顔のお父様。あーあ、やっちゃったね!
大先生は専任主治医、セドリックは管財人、リオネルは従者、オルガ夫人は…これからディディエの教育係と、一家総出で僕の手足と言えるだろう。
離れと本邸の位置はそれなりに離れている。
ここは王都のタウンハウス。領地をもつおじいさまにとってはこちらが別荘みたいなものだ。
とはいえ、おじいさまはかなりの財を持つ裕福な大貴族。アランブールはこの国でも有数の資産家である。なので別荘と言っても何十もの部屋を有する、それはそれは豪華な屋敷だ。
まず、通りに面した正門から入ると、そこは馬車が出入りする広いロータリーになっている。
そして左右に羽を広げたような本館建物があり、中は入ってすぐ、眼前中央に見事な階段がある。
一階は夜会も可能な大ホールであり、私的な部屋は主に二階からになる。
現在アシルが使っているのは二階の部屋だ。因みに二間続きの書斎は一階奥ね。
そして僕が使っているのは三階。多くの貴族家において子供部屋は三階に位置し、二階と三階に行き来はない。
そして本館裏側にあるのが中庭である。と言ってもこれは庭園パーティーなどにも使われる、大変広く立派な大庭園だ。多分本館三個分ぐらいはあるんじゃなかろうか。
そのだだっ広い庭を突っ切ると、ようやく背の高いトピアリーで区切られた別館敷地になる。
本館敷地に比べ、一見雑多に見える、でも計算された自然な庭と、左右に目一杯広がった平屋の建物。
部屋数はメイドの部屋を除き十ほどだろうか。
この別館とは産後の肥立ちが悪かった先々代の伯爵夫人のために建てられたもので、夜会や茶会の喧騒が聞こえないよう、敢えてこれだけ離れているのだと聞いている。
まあそんなわけで、以来アランブール伯爵家では出産及び幼児期の養育を別館で行うようになり、ジーンが亡くなるまでは僕もここで暮らして居たわけだ。
そんなわけで、あの後工房から戻ったディディエの父、パスカルはセドリックと共にアランブール領へ向かい、息子ディディエは我が家の離れに居を移した。
いくら四年会っていないと言っても、いろんな意味でこのまま本館に出入りさせることは出来ないだろう。
彼は離れで働きながら、もと子爵家の四女だったオルガ夫人から貴族家の使用人に相応しい躾と教育を受け、伯爵家に相応しい佇まいになったら、もう一人の従者として僕の側に仕える予定だ。
「活発なリオネルと知的なディディエ。いいねぇ、両手に花か」
「両手に花…私とディディエですか?」
「そうだけど」
「ベル様。どこでその様に世俗的な言葉をお覚えに?」
「えっ?」
前世の癖でついうっかり…
「え、ええと…お、お父様…」
「ああ。確かにアシル様が言いそうな物言いですね」
良かった。アシルが軽薄で。
「私も花のように可憐な主人で幸運ですよ」
「は?何言って…」
「もっとも中身が可憐かは存じませんが」
クスクス笑うリオネル。こいつめ…だがそこがいい。
リオネルとは七つほどの歳の差がある。
僕が赤ちゃんの時からおじいさんについて診察に来ていたリオネルは、言うなれば幼馴染に近い。
リオネルは赤ちゃんだった僕の子守をよく押し付けられていた。片手でゆりかごを揺らしながらずっと静かに読書をしていたのを僕は覚えている。
ついでに言うと、とてもお利口なリオネルが、大人が居なくなった僕だけの部屋で、母親に叱られた愚痴とかをブツブツこぼしていたのも僕は覚えている。
「オルガ夫人。メイドに言ってディディエをピカピカに磨いてくれる?中身はともかく先ず見た目だけでも」
「かしこまりました」
この離れには、別館専用メイドが三人と、庭仕事をする男性下働きが一人人、計四人の使用人が居る。これはジーンを慕っていた使用人たちで強固な反ミレイユ派だ。つまりこっち側ね。
「おいおい。俺をどうする気だよ」
「お風呂で洗って整えるんだけど?」
「やめろ!女に裸なんかみせれるか!」
「その物言いも含め全て整えましょうね。なんて矯正のしがいがあるのかしら」
「わー!」
オルガ夫人はああ見えて凄腕である。首根っこを捕まえられた憐れなディディエは抵抗虚しく、翌日ピカピカになっていた。
「おお!オルガ夫人すごいですね!」
「素材は悪くありませんでしたのでね。ですが中身は時間がかかりそうですわ」
リオネルの昔の服を着て出てきたディディエは、どこからどう見てもおぼっちゃんだ。
「あれ?髪の毛巻いたの?」
真っすぐだった茶髪がクルクルしている。
「リオネルが印象を変えたいと言うものですから。いかがでしょう?」
「いいね!すごくよくなった!」
「…そ、そうかよ…」
そうだよ!快活なディディエにはクルクルはねた髪がとても良く似合っている。それにグっと印象が変わった。
明るい茶髪なんてごく一般的だし、これでもう少し洗練されたら、庶民街に捨てた自分の息子とはとても気付かないに違いない。
「何照れてるのディディエ」
「照れてない!」
こうしてディディエの育成をしながら過ごす日々が始まったのだが…
まったく!馬鹿につける薬は無いとはまさにこのことだ!
あれから数か月。アシルが自信満々で持ってきたのはとある儲け話。
「ベルナール、これは君の資産をより増やすための投資なのだよ。倍にして返すから先ずは私に預けてみないかい?」
「元本保証…」
「必ず儲かるという話しでね、さる侯爵夫人はこれで海外に別荘を買ったそうだ」
ア…ア…アホかー!こんな分かりやすく怪しい投資話!
子供の僕でもわかるってのに…アシル正気か?ま、僕は子供でもないけど。
だが…
アシルに割り振られたおじいさまからの予算はかなり減らされている。
だからこそアシルは僕の持つジーンの遺産をこの投資話に出資させたいのだろう。
そんな話に付き合うのは愚の骨頂!が!僕は成人を迎えいざコイツらを追い出す時がきたら、たとえ銅貨一枚でもここから持ち出させたくないと考えている。
この話使えるな…
「セドリック、どう思う?」
「ベルナール様、なりません」
「ですって」
「ベルナール!お前は父よりもその男の言葉を信じるというのか!」
「ですよねぇ。ではお二人ともの顔を立てて…投資はしませんが融資をします」
「融資…ずいぶん水くさいのだね」
「えぇー、だって必ず儲ける話なのでしょう?何か問題が?」
「ふむ。それもそうか」
はいきたー!良かった。アシルが馬鹿で。
「では年ニ割の複利でいいですね」
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