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記憶の開封
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誕生日パーティ当日。
そこには多くの近隣領主夫妻、そのご子息ご息女たちが庭中にうごめいていた。
いや、近隣だけではない。わざわざ数日前から泊まり掛けで駆けつけている方々も大勢いる。
これ全ておじいさまの威光か…
長蛇の列となった挨拶を求める貴族たち。
おじいさまおばあさまは、その一人一人を詳細かつ丁寧にご紹介くださる。
つまりその意味は、おじいさまが相手の爵位にかかわらず、誰一人として軽んじてはいないということだ。
そんなおじいさまを慕う人物は多い。目の前の男性もそんな一人だ。
「ベルナール、こちらは西のタウンゼント男爵。我がアランブールとは所縁の深い家門だ、よく覚えておくのだよ」
西?そういえば三人前の子爵がちらっと話題にしていたな…
「はいおじいさま。お初お目にかかりますタウンゼント男爵。僕が孫のベルナールです。以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に」
「…時に男爵…」
「なんですかな?」
「先程ちらりと小耳に挟んだのですがなんでも西にはエメラルド鉱山があるとか…」
「お聞き及びでしたか。仰る通り西側には鉱山がございます。ですが我がタウンゼント領のエメラルドは質があまり良くないのですよ」
「では買い叩かれたり…」
「ええまあ…」
彼は見るからに善良そうな典型的田舎領主だ。王都の商人相手に交渉…など考えたこともないのだろう。もったいない…
「取引は原石塊で?」
「ええ」
「自領で加工して付加価値をお付けになったらいいのに」
「タウンゼントのような田舎領にはたいした職人がいないのですよ」
ふむ…
この国に限らず、田舎になればなるほど農民比率は上がりる。
そうなると職人、商人として一旗揚げたければ都会、つまり王都へ出ていかなくては仕事がない。
さてどうするか…
「ご興味がおありですかな?」
「まあそれなりに…」
田舎と都会、例え同じ金貨一枚であってもその価値は大きく違う。
都における職人の日当が例えば一銀貨だとしたら、田舎でなら銅貨六、七枚ですむ。
それもふまえて、どれほど二級の宝石であっても、王都までの輸送費、王都での高い加工賃を加味し、そこから利益を確保しようとすれば自ずと物の値付けは高くなる。
そうなると庶民には手がだせず、けれど貴族からは敬遠されるという、実に売りづらい一品が出来上がるってわけだ。
売れない商品の価値は低い。
だからといってタウンゼントで採掘されるエメラルドが高級品に化けはしない。
なら逆にだよ…?品質に見合った値まで下げれば良いじゃないか。程良い値段であれば普段使いにするだろう。
中間支出が下がれば可能…
「男爵、もしよければその加工、このアランブールがお引き受けしましょうか?」
「ベルナールや!何を言うのだね!」
「もちろんいますぐではありません。今からここである程度の数まで職人を育てて…、でもそうですね。安価な細工品であれば半年から一年あれば使い物になる…でしょうかね?」
ここには王都で腕の良い細工職人だったパスカルがいる。
あのまま金物の修繕だけさせておくのはもったいないと思っていたところだ。
「彼を指導員にして…ブツブツ…」
「職人を抱え込んで育てるには金がかかりますぞ」
「先行投資です。かまいません。ねえおじいさま?」
「う、うむ…」
「一オンス辺り王都の工房よりも一割高く買いましょう。それに王都より近いここに運び込むなら輸送費も半分になりますよ?」
「いいのですか?」
「代わりに廃棄予定の鉱石屑をオマケで付けて頂けませんか?」
「こ、これベルナールや…」
屑には屑の使い道がある…頭さえ使えば利の道筋など無尽蔵だ。
「いやはや、なんと利発なお孫さまでしょう。参りました!」
「は、はは…」
「ベルナール、ここはいいから少しはご子息たちと遊んでいらっしゃいな」
と、そこで僕を見ていたおばあさまから思いがけない物言いがつく。
「ええー?楽しいのにー!」
心湧きたつほど有意義なのにー!
「次期当主としての自覚があるのは良いことだが…私はね、こんな歳からお前を責務に縛り付けるつもりはないのだよ」
「でもぉ…」
「なあに、私はまだまだ現役だ。ゆっくり成長しなさいベルナールや。私はそれが楽しみなのだよ」
なるほど。おじいさまは僕の成長を楽しんでおられる…と。
確かに成長の過程は二度と見られぬ刹那の時間。一理ある。
「わかりました。そうしますね。あ、でもさっきの話は有効ですから」
そして数年後、このアランブール領の街は細工師の街として今以上に栄え、筆頭細工師のパスカルは『奇跡を生み出す美しき細工師』として名を馳せていくのだが…それはまた別のお話。
「では男爵、あなたのご子息はどこに?」
本日の集まりはあくまで僕の誕生祝いだ。招待客は僕に歳の近い息子や娘を同行している。
「それが…敷地内の礼拝堂を見に行ってしまいました。直に戻ると思うのですが…、困ったものです」
「礼拝堂?またなんでそんな場所に…」
この屋敷には素晴らしい庭も見事なミュージアムもあるのに。
「うちの息子は時折修道院へ見習いに行っておりましてな。そのため気になったのでしょう」
息子カミーユくんは男爵家の三男、だからこそ修道院に放り込んだのだろう。
修道院に入れば高度な教育を受けられる。家を受け継ぐ長兄次兄の役に立つと考えたのか、
この国の規則では修道院に入れるのは十六の歳より。けれど見習いと称し今から通えば一足早く読み書きを学ぶことが出来る。
「父さん」
「おお戻ったかカミーユ」
修道士見習いの彼は、ディディエと同じ歳だというのにとても落ち着いている。涼やかなその姿は若竹のようだ。
「カミーユは修道院で見習いをしているのだってね」
「ベルナール様、貴族家の小姓のようなものですよ」
「けど修道院は大変でしょう?」
「ですが司祭様は尊敬すべき方ですし兄弟子たる助祭さまも良くしてくださいます。大丈夫ですよ」
あ…兄弟子だと…!
「あ、兄弟子…、そ、その助祭とは特別親しく…?」
「え?ええ。同じく神を己の主と崇める身。時に厳しく時に優しく私を導いて下さいます」
はうぁっ!!!何だこの身体中を駆け巡る衝撃は!!!
兄弟子…師弟…主従…の絆…。精神のつながり…教え導く年者…いや、念者!そしてそれを慕い従う小姓…!
はっ!修道院…修道士…修道…しゅうどう…しゅどう…しゅ、しゅ、…衆道?衆道!?
そうだ!衆道だ!
何故こんな大事なことを忘れてたんだ!
過去の自分が憧れてやまなかったもの…それが衆道。
商人だった自分には縁無き風雅な趣味。腰に刀をさしたお武家様と武士の嗜みともいえる、永遠の忠誠を誓う男色の絆…!
あ、あ…
だから僕はあんなにも男同士の触れあいに心惹かれたのか!
「ベルナール様?」
その日僕は、僕自身のセクシャリティにおける原点を思い出した。
そこには多くの近隣領主夫妻、そのご子息ご息女たちが庭中にうごめいていた。
いや、近隣だけではない。わざわざ数日前から泊まり掛けで駆けつけている方々も大勢いる。
これ全ておじいさまの威光か…
長蛇の列となった挨拶を求める貴族たち。
おじいさまおばあさまは、その一人一人を詳細かつ丁寧にご紹介くださる。
つまりその意味は、おじいさまが相手の爵位にかかわらず、誰一人として軽んじてはいないということだ。
そんなおじいさまを慕う人物は多い。目の前の男性もそんな一人だ。
「ベルナール、こちらは西のタウンゼント男爵。我がアランブールとは所縁の深い家門だ、よく覚えておくのだよ」
西?そういえば三人前の子爵がちらっと話題にしていたな…
「はいおじいさま。お初お目にかかりますタウンゼント男爵。僕が孫のベルナールです。以後お見知りおきを」
「これはこれはご丁寧に」
「…時に男爵…」
「なんですかな?」
「先程ちらりと小耳に挟んだのですがなんでも西にはエメラルド鉱山があるとか…」
「お聞き及びでしたか。仰る通り西側には鉱山がございます。ですが我がタウンゼント領のエメラルドは質があまり良くないのですよ」
「では買い叩かれたり…」
「ええまあ…」
彼は見るからに善良そうな典型的田舎領主だ。王都の商人相手に交渉…など考えたこともないのだろう。もったいない…
「取引は原石塊で?」
「ええ」
「自領で加工して付加価値をお付けになったらいいのに」
「タウンゼントのような田舎領にはたいした職人がいないのですよ」
ふむ…
この国に限らず、田舎になればなるほど農民比率は上がりる。
そうなると職人、商人として一旗揚げたければ都会、つまり王都へ出ていかなくては仕事がない。
さてどうするか…
「ご興味がおありですかな?」
「まあそれなりに…」
田舎と都会、例え同じ金貨一枚であってもその価値は大きく違う。
都における職人の日当が例えば一銀貨だとしたら、田舎でなら銅貨六、七枚ですむ。
それもふまえて、どれほど二級の宝石であっても、王都までの輸送費、王都での高い加工賃を加味し、そこから利益を確保しようとすれば自ずと物の値付けは高くなる。
そうなると庶民には手がだせず、けれど貴族からは敬遠されるという、実に売りづらい一品が出来上がるってわけだ。
売れない商品の価値は低い。
だからといってタウンゼントで採掘されるエメラルドが高級品に化けはしない。
なら逆にだよ…?品質に見合った値まで下げれば良いじゃないか。程良い値段であれば普段使いにするだろう。
中間支出が下がれば可能…
「男爵、もしよければその加工、このアランブールがお引き受けしましょうか?」
「ベルナールや!何を言うのだね!」
「もちろんいますぐではありません。今からここである程度の数まで職人を育てて…、でもそうですね。安価な細工品であれば半年から一年あれば使い物になる…でしょうかね?」
ここには王都で腕の良い細工職人だったパスカルがいる。
あのまま金物の修繕だけさせておくのはもったいないと思っていたところだ。
「彼を指導員にして…ブツブツ…」
「職人を抱え込んで育てるには金がかかりますぞ」
「先行投資です。かまいません。ねえおじいさま?」
「う、うむ…」
「一オンス辺り王都の工房よりも一割高く買いましょう。それに王都より近いここに運び込むなら輸送費も半分になりますよ?」
「いいのですか?」
「代わりに廃棄予定の鉱石屑をオマケで付けて頂けませんか?」
「こ、これベルナールや…」
屑には屑の使い道がある…頭さえ使えば利の道筋など無尽蔵だ。
「いやはや、なんと利発なお孫さまでしょう。参りました!」
「は、はは…」
「ベルナール、ここはいいから少しはご子息たちと遊んでいらっしゃいな」
と、そこで僕を見ていたおばあさまから思いがけない物言いがつく。
「ええー?楽しいのにー!」
心湧きたつほど有意義なのにー!
「次期当主としての自覚があるのは良いことだが…私はね、こんな歳からお前を責務に縛り付けるつもりはないのだよ」
「でもぉ…」
「なあに、私はまだまだ現役だ。ゆっくり成長しなさいベルナールや。私はそれが楽しみなのだよ」
なるほど。おじいさまは僕の成長を楽しんでおられる…と。
確かに成長の過程は二度と見られぬ刹那の時間。一理ある。
「わかりました。そうしますね。あ、でもさっきの話は有効ですから」
そして数年後、このアランブール領の街は細工師の街として今以上に栄え、筆頭細工師のパスカルは『奇跡を生み出す美しき細工師』として名を馳せていくのだが…それはまた別のお話。
「では男爵、あなたのご子息はどこに?」
本日の集まりはあくまで僕の誕生祝いだ。招待客は僕に歳の近い息子や娘を同行している。
「それが…敷地内の礼拝堂を見に行ってしまいました。直に戻ると思うのですが…、困ったものです」
「礼拝堂?またなんでそんな場所に…」
この屋敷には素晴らしい庭も見事なミュージアムもあるのに。
「うちの息子は時折修道院へ見習いに行っておりましてな。そのため気になったのでしょう」
息子カミーユくんは男爵家の三男、だからこそ修道院に放り込んだのだろう。
修道院に入れば高度な教育を受けられる。家を受け継ぐ長兄次兄の役に立つと考えたのか、
この国の規則では修道院に入れるのは十六の歳より。けれど見習いと称し今から通えば一足早く読み書きを学ぶことが出来る。
「父さん」
「おお戻ったかカミーユ」
修道士見習いの彼は、ディディエと同じ歳だというのにとても落ち着いている。涼やかなその姿は若竹のようだ。
「カミーユは修道院で見習いをしているのだってね」
「ベルナール様、貴族家の小姓のようなものですよ」
「けど修道院は大変でしょう?」
「ですが司祭様は尊敬すべき方ですし兄弟子たる助祭さまも良くしてくださいます。大丈夫ですよ」
あ…兄弟子だと…!
「あ、兄弟子…、そ、その助祭とは特別親しく…?」
「え?ええ。同じく神を己の主と崇める身。時に厳しく時に優しく私を導いて下さいます」
はうぁっ!!!何だこの身体中を駆け巡る衝撃は!!!
兄弟子…師弟…主従…の絆…。精神のつながり…教え導く年者…いや、念者!そしてそれを慕い従う小姓…!
はっ!修道院…修道士…修道…しゅうどう…しゅどう…しゅ、しゅ、…衆道?衆道!?
そうだ!衆道だ!
何故こんな大事なことを忘れてたんだ!
過去の自分が憧れてやまなかったもの…それが衆道。
商人だった自分には縁無き風雅な趣味。腰に刀をさしたお武家様と武士の嗜みともいえる、永遠の忠誠を誓う男色の絆…!
あ、あ…
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