僕はゼッタイユルサナイ

kozzy

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「ディディエ。こっちこっち」

「…そんなところに隠れて何してんですベル様…」
「いいから早く!」

「うわっ!」

今僕は第二書斎、つまりアシルの書斎にいる。場所は小さな収納庫。アシルは絶対に開けない扉の向こうだ。
そこで僕とディディエはピッタリと密着したまま、今から覗き見としゃれこむ予定なのだ。

「ちょ…く、くっつきすぎ…」
「しょうがないじゃん。いいからもっとこっちに寄って」

ええい!もぞもぞするな!


さて、アシルは自分の書斎が好きだ。
何事も形から入るアシルは、こうして書斎で最近流行のブランデーを傾けるのが、当主っぽい振る舞い(当主じゃないけど)だと思っている。

僕は食事とティータイムを除きほとんど三階で過ごしている。そのため友人を招く、命名『小姓の会』以外、一階サロンはほとんど無人状態なのだが、どうやら最近サロンに居ると不機嫌なミレイユから絡まれるらしい。
奴はそれを避けるため「男の時間」と称しこの書斎に籠っているのだ。

平民のメイドあがりでありながら貴族位のアシルをここまで振り回せるミレイユのあの魔性は本物と言えるだろう。

僕は密かにある一つの指令をディディエに与えていた。であれば指令の結果ぐらいは確認したいだろうという、これは僕からのささやかな気持ちだ。


「アシル様待って!まだ話は終わっていなくてよ!」
「いい加減にしてくれないか。彼女とは何でもないと言っているだろう!」
「何でもなくてあんな熱烈な文を送ってよこすかしら?そんな言葉でわたくしを誤魔化せると思っているの!」

はいきた修羅場ー!
この修羅場とは、セドリックに発注した精力剤の効果確認を、実地で自ら行ったが故の修羅場である。

「それもよりにもよってあの女だなんて…。あの女は目抜き通りのカフェでわたくしのことを「胸に脳みその詰まったバカ女」と言い放ったのよ!意地悪だわ!」

はいこれー!
これこそがディディエへの指令。
僕はディディエに、「アシルの浮気相手がカフェにくるよう差し向けて」と頼んであったのだ。

アシルの浮気相手、それは結婚前からの幼馴染で元は男爵家のご令嬢。
彼女はお家のためにとある豪商に嫁いのだが、運よく(?)夫に先立たれた未亡人である。

ディディエはアシルの恋文を未亡人へ届けるメッセンジャーの後をつけ、そのご婦人のコンパニオンに情報を流して上手く焚きつけたようだ。

己の首尾に満足したのか、僕に覆いかぶさる形で隙間から奴らを覗き見るディディエの鼓動は高ぶっている。

知性と教養は付け焼き刃で身に付くものではない。
マナー教師兼コンパニオンのコリンヌ夫人により、最低限の読み書きはなんとか身につけたミレイユだが、未だ活字だらけの新聞を読むには至っていない。彼女が読むのは主に挿絵が七割のチャップブック、それも恋愛や占いといった類のものだ。

「そう言われるのが嫌なら何故ケープを羽織っていかなかった!日中からあのようにはしたない格好で…」
「だって新しいドレスだったのですもの…」

貴族には貴族のドレスコードがある。
胸の空いたドレスは夜だけ、昼間の外出では肌を見せないのが淑女である。

「だいたいそのカフェで君はロンゲール男爵に色目を送っていたそうじゃないか!私の事ばかりを言うが自分はどうなんだ!」

ミレイユを庇うわけではないが、これは浮気男の常套句、責任転嫁というやつだな。

「まあ!ひどいいいがかりだわ!あの女がそう言ったのね!」

醜い男女の争いにドン引いたのか後ろに下がろうとするディディエ。だから狭いんだってば。僕は背後から伸びる二本の腕を掴み、さらに僕の方へと引き寄せた。

「大体あなたが悪いのよ!わたくしの願いならなんでも叶えて下さると言ったのに…あの見事なルビーさえ買えなかったじゃありませんの!」
「その隣のサファイアは買ってやったじゃないか」

ははあ…納戸の美術品はそれに化けたのか。

「あのようなルビーを持てるのは侯爵夫人などだよ。おいそれと買えるものか」

「…ごめんなさいアシル様。わたくしはただ…ただ少し妬いてしまっただけですの。あなたともっと幸せに暮らしたくて…」ツツツ
「ミレイユ…」

おっ?アシルを本気で怒らせる前に手を変えたな?この緩急、悪女の面目躍如じゃないか。
ミレイユはアシルにしなだれかかり、その胸元を指で撫でまくっている。

一応母親でもあるミレイユのそんな姿が辛いのだろうか?ディディエはさっきから息が荒い。気の毒に…

「ねえアシル様、ベルナール様からもっとお金を引き出せませんの?これではジーン様の存命時と変わりませんわ。いいえ!むしろ減っているではありませんの」

「仕方ないだろう。アランブール伯にセドリックを置くのも当主教育の一環と言われてしまっては…私に何が言える」

「忌々しいセドリック…たかが薬師のくせに!それにオルガ夫人の紹介でやってきたコリンヌときたら貴族ですらない三流で…ふん!何がブルジョワジーよ!」

「あれは私もベルナールに抗議はしたのだがね…「貴族のマナーに詳しく、かつ社交界に出入りしない婦人となるとなかなか選定が難しい」そう言われてしまったよ」
「わたくしにはわたくしが恥をかかないよう格下を選んだのだと仰っていたわ」
「だがそのお陰で貴族の振る舞いはある程度理解出来ただろう?」

あれはコリンヌが侍女時代に見て覚えた貴族っぽい振る舞いであって貴族の振る舞いではない。それがわからないならアシルも三流だよ。

「私は十分ベルナールを転がしているじゃないか。遊行費には渋い顔をするセドリックだが…投資金と言えばベルナールは浮かれていくらでも金を出す。事実儲けも出ているだろう?」

クククク…笑いを押し隠すのが大変だ。事実ディディエも僕の背後で震えている。

「では頑張ってもっと儲けてくださいませ。わたくしここを出てわたくしたちだけの屋敷が欲しいですわ。うんと豪華な」

「わかったわかった。とりあえず新しいドレスを作ってやろう。それで機嫌を直してくれないか?なあミレイユ」
「アシル様…、でしたらわたくしオリオール伯爵夫人のチャリティ会に行きたいですわ。お連れになって」
「チャリティ会か…」
「新しいドレスを作るのでしたら着ていく場所が必要でしょう?ねぇアシル様…、マダムエローのドレスを着ていけばきっとご婦人たちの注目はわたくしのものですわ」
「だが…」

「ねえアシル様、わたくし何だか眠たくなってしまったの。ベッドにお連れ下さらない?」

こ、子供の前で何を言う!盗み聞きだけど!

「…いいだろう。だがコンパニオンのコリンヌから離れては駄目だ。守れるかい?」
「ええ分かったわ。大好きアシル様」

バタン

こうして部屋を出て行った二人だが、彼らが今から何をするかは…ご想像にお任せしよう。

「はー、参った。ディディエ、もういいよ。扉開けて」
「待った。もう少しこのまま…」
「はぁ?」

配置的にディディエがどかないと出られないじゃないか!

「ほんともういい加減に…あっ!」

ドサドサッ

「何してるんですか二人して」

「…諜報活動?」

そこには憮然としたリオネルと顔を真っ赤にした小鹿のようなディディエが居た。



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