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調味料は大切
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「おじいさま、今年もよろしくお願いします」
「いやいや、それは私の言葉だよベルナールや」
「何をおっしゃいますか」
「お前がくるたび領内に新しい産業が増え人が集まりより活気づく。今年は何を見せてくれるか楽しみにしていたのだよ」
アランブールへの領地訪問。
初めて訪れた年には街近くに細工師の育成場を設けすでにパスカルは指導についている。
翌年には多くの工房を立ち上げ、一級品よりも安価で、だけど安っぽくはない華やかな細工物を、噂を聞きつけた小売人たちが仕入れて売ろうと集まり始めている。
「タウンゼントの低級エメラルドに目をつけるとはね…素晴らしい先見の明だ」
「おじいさま。商売とはいかに安く仕入れるかで決まるんですよ」
「う、うむ…」
そしてその同じ年、何度かの試行錯誤を経てついに白米の種もみから発芽に成功、この春に植えた苗は現在緑の波を風に揺らしている。
「高級品のホワイトライスをまさかここで収穫できるとはね…恐れ入ったよ」
「領地貴族の富みは小麦の収穫量で測るのでしょうが…、人と同じことをしていては儲かりませんからね」
「う、うむ…」
秋には白米、来春には米ぬか化粧品の販売に着手できるだろう。
そう。僕は九歳になっていた。
その頃になると、領地における僕の振舞い、王都の友人たちから聞かされる僕の評判、それらを鑑み、おじいさまはようやく僕に子供らしさを求める、と言う無駄な足掻きをやめたようだ。
それでも僕は領地入りするたび、近隣の少年を集めてちょっとした茶会を開くことにしている。
僕にとって将来的な人脈となるのは次代を背負う彼らなのだ。
ならば今は彼らがどれ程未熟だろうと、いずれ僕にとって最適な隣人となるよう導きながら、時に間引きながら、青い芽に水をやって待てば良いこと。それもまた一興。顧客。取引先とは育てるものだ。
「時におじいさま」
「なんだね?」
「夕餉の後でお時間を頂戴できませんか?大事な話があるのです」
アシルの件をちょっとね。
「大事な話…、それはディナーの間では駄目なのかね」
「出来ましたらその後改めて」
「うむ分かった」
おばあさまに聞かせる話ではない。
それに、どうもこの国の貴族とは夕餉の席で歓談と称し政治や経済を語りたがるが、僕は正直、食事とは静かに味わうものだと思っている。
そもそもこの国の食事はたとえ貴族家であっても大味なものが多い。
出汁はどうした!
ディディエに聞いたところ、庶民の食事に至ってはまともな調味料など塩ぐらい。「本気か⁉」と正気を疑う味の貧相さだった。
記憶に残る前世の秋島津国、それよりも明らかに壮大で恵まれたこの国ではあるが、こと食事や厚生に関しては前世が勝っているように強く感じる。
前世の以前、素浪人宅で夕餉を馳走になったこともあるが、限られた食材、限られた調味料の中で、手を凝らし労を惜しまず、大層美味しく仕上げていたものだ。
そのような訳で、王都邸の食事に関しては僕の口うるさい指導によりかなり改善が進んでいた。
そして、その際方々に手を尽くして仕入れさせた異国の様々なスパイス、その伝手をそのままにするには惜しく、僕は腕試しとばかりにリオネルの名で小さな商会を立ち上げている。
これを皮切りにそれはいずれ王都一の大商会へと育っていくのだが…それはまた別のお話。
とまあ…それが僕の食事情なのだが、アシルやミレイユの舌が肥えるのはいささか不本意と思わなくもない。
けれど別々の食事を用意するわけにもいかないだろうし、この贅沢を奴らが失った時のことを考え納得することにした。
差異とは大きければ大きい方が絶望も深まるものだ。
そんな夕餉の時間…
リオネルの最終到達点は家令である。
家令とは主人の代理人。使用人である執事と違い、主人との同席が許されている。そこで僕はリオネルの成人を機に同じテーブルで食事をするよう言いつけていた。
これはディディエにそろそろ給仕をさせたい、との想いであって、決して咀嚼するリオネルがなんとも色気を感じるから見ていたい…といった理由ではない。違うから。本当だから。誤解だから。
そしてまたたどたどしく給仕するディディエの所作がなんとも…
「ディーン、皿は左から」
「す、すみません」
「音をたてては駄目だ」
「は、はい」
おじいさまの手前文句こそ言わないが、苦々し気に眉を寄せ、言われた通り一生懸命給仕をこなすその様子ときたら…
「…」ニヤニヤ
ご馳走さまです。
と、その時!
「リオネル。そういったことは使用人用の小ダイニングでやりなさい。いかにも見苦しい」
はぁ!?
「い、いいえ!おじいさまいけません!ディディエの給仕特訓はここで!この本ダイニングでお願いします!」
あわわわわ!おじいさまなんてことを!僕は今静のリオネルと動のディディエが織り成す極上のハーモニーを、そう、まるで和食のように粋な様子を味わっていたのに!
「だがねベルナール」
「おじいさま。僕はディディエの過程を、いずれは執事へと至るはじめの一歩をつぶさにこの眼で見たいのです。おじいさまも言われたではありませんか。僕の成長をみるのが楽しみだって」
「なるほど…。ベルナール、お前は自らが屋敷に連れてきたこの少年に対し責任を果たしたいと、そう感じているのだね」
責任…、うん。責任とって一生大事にします。
「そうです。そしてそれはディーンに限らずリオネルに対してもです」
「ベル様…」
「僕は主人ですから。一度懐に入れた彼らをどう育てるかは僕次第。他人任せにするつもりはありませんよ」
この二人は僕のものでっす!
「ふむ…。お前のいう通りだベルナール」
「お分かり下さいますか?」
「…昔の話だ。私の友人で家令に財を持ち逃げされた者が居た。友人はクラブに顔を出すたび逃げた家令を悪し様に罵っていたが…所詮友人は家令とその程度の信頼関係しか結べていなかったのだ。私は言ったのだよ。それも含めて己の恥。これ以上吹聴してはならないと」
「そう!おじいさま、僕が言いたいのはまさにそういう事です!」
信頼に信頼で応える主従の絆。そこに愛という調味料が加われば…
それすなわち衆道の絆!
あああっ!おじいさまとは是非前世の自分で語り合いたかった!さぞ話が弾んだに違いない。無二の友になったかもー!
「主従とは互いに育て合うもの。よろしい。リオネル、ディーン、この子の心に応えてみせなさい」
おおお!
「ええもちろん。必ずやお応えしましょう」ニコリ
「望むところです!」ニッカリ
ああー!約束された薔薇色の未来!
「いやいや、それは私の言葉だよベルナールや」
「何をおっしゃいますか」
「お前がくるたび領内に新しい産業が増え人が集まりより活気づく。今年は何を見せてくれるか楽しみにしていたのだよ」
アランブールへの領地訪問。
初めて訪れた年には街近くに細工師の育成場を設けすでにパスカルは指導についている。
翌年には多くの工房を立ち上げ、一級品よりも安価で、だけど安っぽくはない華やかな細工物を、噂を聞きつけた小売人たちが仕入れて売ろうと集まり始めている。
「タウンゼントの低級エメラルドに目をつけるとはね…素晴らしい先見の明だ」
「おじいさま。商売とはいかに安く仕入れるかで決まるんですよ」
「う、うむ…」
そしてその同じ年、何度かの試行錯誤を経てついに白米の種もみから発芽に成功、この春に植えた苗は現在緑の波を風に揺らしている。
「高級品のホワイトライスをまさかここで収穫できるとはね…恐れ入ったよ」
「領地貴族の富みは小麦の収穫量で測るのでしょうが…、人と同じことをしていては儲かりませんからね」
「う、うむ…」
秋には白米、来春には米ぬか化粧品の販売に着手できるだろう。
そう。僕は九歳になっていた。
その頃になると、領地における僕の振舞い、王都の友人たちから聞かされる僕の評判、それらを鑑み、おじいさまはようやく僕に子供らしさを求める、と言う無駄な足掻きをやめたようだ。
それでも僕は領地入りするたび、近隣の少年を集めてちょっとした茶会を開くことにしている。
僕にとって将来的な人脈となるのは次代を背負う彼らなのだ。
ならば今は彼らがどれ程未熟だろうと、いずれ僕にとって最適な隣人となるよう導きながら、時に間引きながら、青い芽に水をやって待てば良いこと。それもまた一興。顧客。取引先とは育てるものだ。
「時におじいさま」
「なんだね?」
「夕餉の後でお時間を頂戴できませんか?大事な話があるのです」
アシルの件をちょっとね。
「大事な話…、それはディナーの間では駄目なのかね」
「出来ましたらその後改めて」
「うむ分かった」
おばあさまに聞かせる話ではない。
それに、どうもこの国の貴族とは夕餉の席で歓談と称し政治や経済を語りたがるが、僕は正直、食事とは静かに味わうものだと思っている。
そもそもこの国の食事はたとえ貴族家であっても大味なものが多い。
出汁はどうした!
ディディエに聞いたところ、庶民の食事に至ってはまともな調味料など塩ぐらい。「本気か⁉」と正気を疑う味の貧相さだった。
記憶に残る前世の秋島津国、それよりも明らかに壮大で恵まれたこの国ではあるが、こと食事や厚生に関しては前世が勝っているように強く感じる。
前世の以前、素浪人宅で夕餉を馳走になったこともあるが、限られた食材、限られた調味料の中で、手を凝らし労を惜しまず、大層美味しく仕上げていたものだ。
そのような訳で、王都邸の食事に関しては僕の口うるさい指導によりかなり改善が進んでいた。
そして、その際方々に手を尽くして仕入れさせた異国の様々なスパイス、その伝手をそのままにするには惜しく、僕は腕試しとばかりにリオネルの名で小さな商会を立ち上げている。
これを皮切りにそれはいずれ王都一の大商会へと育っていくのだが…それはまた別のお話。
とまあ…それが僕の食事情なのだが、アシルやミレイユの舌が肥えるのはいささか不本意と思わなくもない。
けれど別々の食事を用意するわけにもいかないだろうし、この贅沢を奴らが失った時のことを考え納得することにした。
差異とは大きければ大きい方が絶望も深まるものだ。
そんな夕餉の時間…
リオネルの最終到達点は家令である。
家令とは主人の代理人。使用人である執事と違い、主人との同席が許されている。そこで僕はリオネルの成人を機に同じテーブルで食事をするよう言いつけていた。
これはディディエにそろそろ給仕をさせたい、との想いであって、決して咀嚼するリオネルがなんとも色気を感じるから見ていたい…といった理由ではない。違うから。本当だから。誤解だから。
そしてまたたどたどしく給仕するディディエの所作がなんとも…
「ディーン、皿は左から」
「す、すみません」
「音をたてては駄目だ」
「は、はい」
おじいさまの手前文句こそ言わないが、苦々し気に眉を寄せ、言われた通り一生懸命給仕をこなすその様子ときたら…
「…」ニヤニヤ
ご馳走さまです。
と、その時!
「リオネル。そういったことは使用人用の小ダイニングでやりなさい。いかにも見苦しい」
はぁ!?
「い、いいえ!おじいさまいけません!ディディエの給仕特訓はここで!この本ダイニングでお願いします!」
あわわわわ!おじいさまなんてことを!僕は今静のリオネルと動のディディエが織り成す極上のハーモニーを、そう、まるで和食のように粋な様子を味わっていたのに!
「だがねベルナール」
「おじいさま。僕はディディエの過程を、いずれは執事へと至るはじめの一歩をつぶさにこの眼で見たいのです。おじいさまも言われたではありませんか。僕の成長をみるのが楽しみだって」
「なるほど…。ベルナール、お前は自らが屋敷に連れてきたこの少年に対し責任を果たしたいと、そう感じているのだね」
責任…、うん。責任とって一生大事にします。
「そうです。そしてそれはディーンに限らずリオネルに対してもです」
「ベル様…」
「僕は主人ですから。一度懐に入れた彼らをどう育てるかは僕次第。他人任せにするつもりはありませんよ」
この二人は僕のものでっす!
「ふむ…。お前のいう通りだベルナール」
「お分かり下さいますか?」
「…昔の話だ。私の友人で家令に財を持ち逃げされた者が居た。友人はクラブに顔を出すたび逃げた家令を悪し様に罵っていたが…所詮友人は家令とその程度の信頼関係しか結べていなかったのだ。私は言ったのだよ。それも含めて己の恥。これ以上吹聴してはならないと」
「そう!おじいさま、僕が言いたいのはまさにそういう事です!」
信頼に信頼で応える主従の絆。そこに愛という調味料が加われば…
それすなわち衆道の絆!
あああっ!おじいさまとは是非前世の自分で語り合いたかった!さぞ話が弾んだに違いない。無二の友になったかもー!
「主従とは互いに育て合うもの。よろしい。リオネル、ディーン、この子の心に応えてみせなさい」
おおお!
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