僕はゼッタイユルサナイ

kozzy

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修羅場

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昼過ぎ、無理を言い来訪をお願いしたおじいさまが到着なさった。

心臓病のおじいさまに重ねての心労はおかけしたくない。
最後の瞬間は屋敷の外で。見苦しいアシルの醜態など、気品あるおじいさまは見せたところで喜ばないだろう。
僕?見た過ぎてワクワクしてる!

さて、残り時間はあと僅か。アシルはどうなったか…

「ベル様」
「ディディエ、報告きた?」
「ああ。ついに未亡人がその気になった。なんでもミレイユとの離縁を条件に肩代わりを約束したそうだ」
「離縁…」

以前もお話したが、教会は夫婦の離縁を認めていない。
が、結婚とは道徳的、倫理的に子孫を未来に残すための仕組みである。

そのため男性機能に難のある夫は離縁されるわけだが、それなら妻側は?と疑問に思わないだろうか。

実はあの離縁条件とは教会の定める正確な文言によれば、『神の御前で子が成せない証明が出来ること』というものである。

ただ妻側においての子が出来ない証明は非常に難しく(ほら、身体的特徴がないからね)、頻繁な夫婦の営みがありながら婚姻より五年以上子が出来ないことであったり、あと夫側に問題がないと言う証明…など、多数の条件が必要となるため、世間的には分かりやすい夫の不能問題、と認識されている。

アシル…どうするつもりだ?

「その場しのぎじゃないの?」
「ありえるな。あのアシル様だし」

まあそれならそれで。

あの未亡人は社交界でも評判のなかなか厄介な女性だ。
そこそこ美貌もあり下位とは言え貴族位出身、今では富もある。だが苛烈だ…

なんでも色気で切り開いてきたミレイユが軟の悪女だとすれば、この未亡人は硬の猛女。つまみ食いには良いだろうが生活を共にするとなれば……うん、ごめんだな。

だからこそ独身時代のアシルは、気心の知れた幼なじみであり、多分関係もありながら結婚だけは申し込まなかったのだ。(お互い玉の輿狙いだったせいもあるだろうが)

怒らせればどのみちアシルは破滅。僕はどっちでもいい。

「よし。ディディエ、その話をミレイユに洩らしてけしかけて。今すぐアシルを止めないとミレイユは妻の座を失うって」
「了解!」

二階へ向かうディディエ。その直後、血相を変えたミレイユは屋敷を飛び出していった。

ミレイユにとってもっとも失いたくないもの、それは身分だ。
アシルの妻でいる限りミレイユは貴族の側に立っていられる。例え困窮していても。
だが離縁されればミレイユはただの平民女に戻る。
せめてアシルとの間に子でもあれば違っただろうが。

実はミレイユとアシルの間に子が出来なかったのは、柳の樹皮、ポプラの葉…などから処方された避妊薬(と言ってもどれほど効くかは眉唾だったのだが)を、こっそりディディエと組んだミレイユ付きのメイドが毎夜のお茶に混ぜていたからである。

言ったでしょ。ジーンを排除して手に入れるものなど何一つ持たせないって。
だが結果として妊娠しなかったのだから、爺の一念岩をも通す、だ。



さて、ディディエにミレイユを陰から追わせ、僕はおじいさまと静かにその時を待つ。
ここからは後ほど聞いたディディエからの現場実況である…



--------------------


貴族街…といっても厳密には様々な地区に分けられる。
商業区画、教会、公園、劇場などの公共施設区域、居住地区松、居住地区竹、居住地区梅だ。(暫定的に僕が命名した)

アランブールは当然松地区。未亡人の住むエリアはいくら豪商とは言え梅地区になる。
そして松地区と竹地区の間には公共地区があり、竹地区と梅地区の間に商業地区がある。

アシルはようやく未亡人を説き伏せ、残り二時間となったその時、大急ぎで商業地区の目抜き通りを未亡人とともに馬車で走っていたそうだ。

そこに躍り出たのが言わずと知れたミレイユである。

「見つけたわアシル様!そうはさせるものですか!二人とも馬車を降りなさいよ!」

「な!馬鹿な真似はよせミレイユ!私には時間がないのだぞ!」

「馬鹿な真似ですって!それはあなたのことよ!この私を離縁するですって…」ワナワナワナ…「本気なの?」
「そ!それは…ええい!誰から聞いた!」
「誰でもかまわないでしょ!どういうつもりよ!」

「ホホホホ!アシルはこのわたくし、幼馴染のわたくしを選ぶと言ったわ。所詮色気しか能のないメイド上がり…庶民街へお帰り!」

「なんですって!アシル様!私は別れないわ!何を言おうが同意などするものですか!妻の座は私のものよ!」

アシルなんかにどうして…と思わなくもないが、この男は本当に顔だけは良い男だ。ここぞという時の甘い台詞もマメさもけして惜しまない、天性の女たらしだ。

そしてこれだけは永遠の謎なのだが…
女性の何割かは、駄目な男にこそ惚れこむという、実に厄介な性質を持っているのだ。


ゴーン…ゴーン…

そこに鳴り響くのは十九時を告げる鐘の音。目抜き通りからアランブールの屋敷までは馬車を飛ばせば三十分程度の距離だ。リミットは二十時。どうするアシル!

「だめだ時間がない!イリス!ミレイユの相手を頼む!」
「行かせないわアシル様!」ガッ!
「離せミレイユ!」
「嫌よ!離縁など許さないわ!」
「止めろ!そこをどけ!」

ミレイユにとっては痛し痒しだろうが、借財を返せば離縁して追い出される。借財を返さなければ追い出されるが離縁はしなくて済む。
共通するのは追い出されると言うこと。ならばミレイユにとっては貴族の立場を失わないだけ離縁しない方がマシというもの!どうせ借財を返すのはアシルだ!

「このままではあの屋敷を追い出される!馬鹿な真似はよせ!」

「ホホホホ!いいではないのアシル!堅苦しいアランブールなど出てしまいなさいな。あなたはこのわたくしが養って差しあげてよ」

「な!イリス!君まで何を!」

ここでディディエは腹を抱えて笑ったらしい。アシルにとってはまさかの、味方陣営から裏切り者が出たのだから。

そして愕然とするミレイユ。これではどっちに転んでも離縁は確定だ!

なんと!残り時間僅か15分といったところでアシルはなんとかミレイユを引き剥がし馬車に乗り込む!
間に合うか!間に合うのか!


--------------------

「来ませんねおじいさま」
「来ぬな。あれだけの金額、やはり無理であったか」

「…」

金額の問題じゃないんだけどね。

「お待ちください旦那様。坊ちゃま。遠くからひずめの音が…」


パカッパカッ ガラガラガラ…

彼方に聞こえる馬車の音。だがその音は…

ゴーン…ゴーン…

二十時を告げる鐘の音によって無情にもかき消された。






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