僕はゼッタイユルサナイ

kozzy

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前哨戦

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ここのところ二階にある一室からは、夜な夜な男女の醜い言い争いが響いている。
その主とはいうまでもなくアシルとミレイユである。

「だから何度も潮時だと言ったじゃないの!さっさとあるだけの私財を持ってここを出ましょうって!どうせ借りた相手は自分の息子、配当さえ諦めれば借りなど踏み倒せるって!」
「馬鹿を言うな!私はアランブール伯爵家の婿であり次期当主の父なのだぞ!この地位を簡単に捨てられるものか!」
「その地位にしがみついたせいでどうにもならなくなっているんじゃない!」
「そもそもここを出てどこへ行くつもりだ!」
「どこでもいいわよここじゃなきゃ!こんなところ好きじゃなかったわ!小憎らしいベルナール。あの子供のせいで計画が台無しよ!それともあなたが能無しなのかしら!」
「黙れ!大体お前だって「豪華な屋敷が欲しいの」などと言っていたではないか!」
「はっ!なにが豪華な屋敷よ!わたしの衣装や宝石を売るですって?いやよ!これは全部私のものよ!」
「それらはすべて私の金で買ったものだ!権利は私にある!いいから寄こせ!」

ガッシャーン ドッスーン

見苦しい…

二階の廊下中に響く怒声。ミレイユに至ってはすました貴族ふうの喋り方さえお留守になっている。

けど正当性はアシルにある。
ミレイユがどれほど抵抗してもあれらの私物は僕に奪われるって寸法だ。
そして僕はそれを間髪入れずに一つ残らず道具屋へ流す。例え二束三文でも。

バーン!ダダダダ…

奪い取ったドレスを手にアシルが階下の小サロンへと向かう。そこは現在アシルとミレイユ、二人の私物が所狭しと積み上げられている。

そして残されたミレイユが居る二階の部屋からは更なる絶叫とグラスの割れる音。

ヤレヤレ…借りに上乗せしてやろうか…

「ふー、これで全てか…。些か惜しいが仕方がない。この苦境を乗り越えたら買い直せばいいことだ」

うーんアシルってば前向き。褒めるべきなのか?

「お父様、金策状況はいかがですか?」ハラハラ
「ベルナール、あ、ああ…今は色よい返事を待っているところだ…」

あれからアシルは金策に忙殺され、期限までの折り返し地点はあっという間に過ぎている。残るは数日…

想定通り、予想外の巨額に未亡人もさすがに驚き、簡単に首を縦に振ることは出来ないでいた。亡き豪商の夫に鍛えられた彼女は金勘定に慎重である。

けれどアシルを突き放すことも躊躇われた。女盛りの彼女は一人寝の寂しさに耐えかねていたのだ。
理性と情愛の狭間で揺れ動く女心…

と言うのが、ディディエに頼んだ監視からの報告である。

「すまないがベルナール。私はしばらく帰れないだろう…。だが約束の日までには何としても戻る。お義父上の出迎えは任せていいかい?」
「分っていますお父様。信じていますよ、きっとなんとかなさるって!陰ながら応援してますから!」グッ!



ふむ…。今からアシルは単身敵陣に乗り込み白兵戦にもつれ込むのだろう。なんの白兵戦かは敢えて言わないが。
そんな大人の事情ならぬ大人の情事はさておき、もう一方はどうかな…?

「ディディエ。この部屋にある宝飾品は確認した?」
「予想通りだ。父さんの作った模造品は含まれてない」

やっぱりな。本当に分かりやすい…

「未亡人邸の監視は誰に頼んだの?」
「俺の紹介で屋敷に入った窓拭き人夫は…長屋の知り合いだよ。面白がって逐一報告してくれる」

庶民にとっては良い娯楽か。

「よし。じゃあ例の報告があったらミレイユを焚き付けて向かわせて。出来るね」
「簡単だ。俺はあの女に詳しいからな」

もっとも、詳しかったのは四歳で離ればなれになったディディエでなくパスカルだけど。

「なあベル様、ところでリオネルはどこにいるんだ。こんな時だって言うのに…」

「ああ、リオネルね。僕のお使いだよ」
「お使い…?」
「うん、大事なお使い」

そもそもリオネルの家族は大先生の名誉が貶められたことに憤ってはいるが、僕たちほどの深い遺恨はない。
そこでリオネルとセドリックには借財の肩代わりに引き続き、詐欺被害者たちのまとめあげを任せていた。

投資会社の首謀者は被害者たちが声をあげだしたことで逃げ出しているが、抜かりなく僕は逃亡先を見つけ、騎士の一人を見張りにつけている。

正義の味方を気取るつもりはサラサラない。が、商いを愚弄するうつけ者には鉄槌を下すべし!みすみす逃がしはしない。

そしてそいつの隠し財産を暴き、僕の作成した、同情の余地有りリストの上位者から順に被害額の一部を返す予定だ。
一部の…というのは、今後のために被害者自身も勉強代くらいは払うべきだと思うから。僕は甘くない。これぞ身を削った学びである。


カッカッカッカッ!

この苛立った荒々しい足音は最近のミレイユか…

「そこを退きなさいよディーン!」

どうやらミレイユはディディエに見張らせている、二人の私物が保管されたこの部屋に入りたいようだ。

「困りますミレイユ夫人。ベル様がこの部屋には誰も通すなと」
「お黙り!わたくしを誰だと思っているの!」
「アシル様の…後妻…でしょうか」
「こ、この平民風情が!そこをお退き!」
「平民と言うならそれはあなたもだミレイユ夫人!」
「なんですって!」

「少なくとも俺はベルナール様直々に認められたアランブールの執事候補!この部屋の権限は俺にある!アシル様が居なければ何者でもないあなたに見下げられる謂れはない!」

「よ、よくもそのようなこと…」ワナワナ…

「分不相応なものを手にしようと色んなものを踏みにじったツケがまわったんだ!諦めろ!」

「くっ!」

よく言った!

これこそがディディエの本懐!さぞ胸がすいたことだろう!

「もういいわ!」

捨て台詞と共に踵を返すミレイユ。
だがその顔は怒りと悔しさに醜くゆがみ…自慢の美貌はどこへやら、跡形もなく消え失せていた。






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