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それぞれの任務
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「オルガ夫人」
「まあベルナール様。ようこそお越しくださいました。リオネルは上手くやれていますか?この子は口ばかりでしょう?」
「止めて下さい母さん」
これよこれ!あのすましたリオネルが母親の前でだけはスキだらけになる。これこそ僕の望むリオネルの羞恥よ!
「ベル様、顔」
「うるさいなディディエ」
いかんいかん、人生二度目だというのに修行が足りないな、僕も。
「あらディディエ、たまにはこちらにいらっしゃいな。好物のパイを焼いておくわよ」
「え、う、うん」
これよこれ!意地っ張りのディディエが垣間見せる照れくさそうな顔!これこそが僕の望むディディエの無垢よ!
「ベル様、涎」
「うるさいリオネル」
やれやれ、人生二度目だというのに以下略。
だがこれこそが商売人と武士の大きな差異か。
禅をもって剣禅一致を極める武士と違い、商人とは儲けあってのもの。悟りとはかくも難しい。
武士への道は遠いな…目指してないが。
いかん、本題を忘れるとこだった。
その日僕は離れを訪れていた。訪問の目的はもちろん、鉛白粉に関してである。
「ところでセドリックは」
「調剤室でローズマリーの美肌薬を作っておりますわ」
「美肌か…ちょうどいいや。オルガ夫人もついてきて。それからリオネル」
「はい」
「大先生は?」
大先生は真夏と真冬、おじいさまの健康管理のため領地へ常駐する事になっている。そろそろ出発する頃だろう。
「まだ領地へは移動しておりませんが」
「良かった。じゃ呼んで来て」
「わかりました」
そうして始まった戦略会議。僕はハッキリと断言した。
「大先生、セドリック、女性に蔓延る慢性的な疾患、あれは白粉に使われる鉛によるものだと僕は考えています」
「坊ちゃまはそう思われますか」
「大先生、オルガ夫人のご友人を何人か診ていますよね。何かお気づきになりませんでしたか?」
「…実は年嵩の貴族女性に多い歯や毛髪の喪失、まさに長年にわたる化粧との因果関係を考えていたところでございます」
毛や歯を失う…だと?それは…江戸万戸の〝幽霊”とは些か症状が違うような…
「セドリックはどう思う?」
「ええ。私も同感です。ルーファ、ローズマリーの蒸留酒などを扱うようになり私は整肌の研究をおこなっております。そして気付いたのです。化粧をする婦人は化粧をしない紳士よりも肌が黒ずんでいるのではないか、と」
「…」ピーン!
そうか!
透き通るような青白い肌こそが高貴の証と言われる社交界。だが化粧を施せば施すほど、長年かけてその肌はより黒ずんでいく。となればそれを隠すようにもっと厚塗りをするものだ。
江戸万戸の女性たちは薄化粧を好んだ。庶民の化粧といえば白粉など使わずせいぜい紅をさす程度のもの。武家の妻でさえ米の粉を水で溶き薄く延ばすだけだ。
だが陶器のような肌が理想とされ社会的立場の象徴でもあるこの国の貴婦人たちは、すり身状のより粘着の強い鉛白粉をこってりと使用する。まさに江戸万戸での遊女や歌舞伎役者のように!
遊女や役者は汗で流れてしまわぬよう粘着の強い鉛白粉を使用するものだ。それでも歯が抜けた…などとは聞いたことがない。
だが前世の遊女や役者と違うのは使用する年月の長さだ。遊女や役者には期限がある。が、貴婦人はいくつになっても貴婦人だ。
それ故に症状の違いを引き起こしているのだろう。
僕はここまでで気付いたことを二人に伝えた。
「いい?鉛の白粉は身体に溜まれば溜まるほど重大な疾患を引き起こしているとみて間違いない。これは早急に何とかしなくちゃいけない社会問題だ」
「それが本当なら大変なことですね…」
「化粧とは貴婦人ほど施すもの。それは王女殿下や王妃殿下も例外ではありませぬ」
だからといって、声をあげただけでは誰も信じやしない。それには根拠となる何かが必要となる。そしてまた、この国が『陶器のような白い肌』を是としている以上、それを実現してくれる鉛白粉を止めさせるのは至難の業だ。
事実前世の花街でも、白粉について声が上がり始めたからといって、白粉の需要が減ることは一度としてなかったのだから。
世間の声なき声。それは商いをしている僕が一番分かっていた。
「大先生、セドリック。鉛の危険性を可視化し社交界に警鐘を鳴らしてください。その上で安全な代替品の製作を命じます」
「代替品…ですか」
「一つはすでにあるよね」
「わたくしの試している米粉の白粉ですわね。ですがあれは付きが悪く…社交界のご婦人方は好まないと存じますわ」
「わかってる。だからもう一つ」
「もう一つ?」
それは胡粉だ。
これは乾燥させた貝を細かく砕いて粉にしたもので、主に江戸万戸の伝統工芸に使われる白色顔料である。普通は人形の塗りに使用するものだがこれを何とかして白粉に出来ないか…
「貝なら身体に害はないと思うんだけど…」
「わかりました。それも含め研究を進めましょう」
「オルガ夫人。あなたには出来るだけ多くの社交場に出入りしてもらいたいです。いわゆる…工作員ですよ」
「まっ!…それは少々やりがいを感じますわね…」
この指令はオルガ夫人の心をいたく刺激したようだ。
「と言うことでリオネル、ディディエ、避暑に出かけようか」
「いきなり避暑かよ…」
「脈絡が分かりませんが」
「貝殻集めだよ!海に行こう!」
「海…ですか?」
「フランが南西の海なら最適な白砂があるって言ってたし!」
「砂かよ」
「新しい水着も持って行こう!」
「あのひものような水着…ですか?」
なにこの嫌そうな渋い顔。青い空青い海ときたらフンドシでしょうが!
「リオネルは…微妙に足りないかな」
「何がですか?」
「…」
筋肉が。
「ディディエはどうかな~?」
「何がだよ」
「…」
だから筋肉だってば!
さあ二人の従者よ!
大海原を前にせいぜい主人の目を楽しませるがいい!!!
「まあベルナール様。ようこそお越しくださいました。リオネルは上手くやれていますか?この子は口ばかりでしょう?」
「止めて下さい母さん」
これよこれ!あのすましたリオネルが母親の前でだけはスキだらけになる。これこそ僕の望むリオネルの羞恥よ!
「ベル様、顔」
「うるさいなディディエ」
いかんいかん、人生二度目だというのに修行が足りないな、僕も。
「あらディディエ、たまにはこちらにいらっしゃいな。好物のパイを焼いておくわよ」
「え、う、うん」
これよこれ!意地っ張りのディディエが垣間見せる照れくさそうな顔!これこそが僕の望むディディエの無垢よ!
「ベル様、涎」
「うるさいリオネル」
やれやれ、人生二度目だというのに以下略。
だがこれこそが商売人と武士の大きな差異か。
禅をもって剣禅一致を極める武士と違い、商人とは儲けあってのもの。悟りとはかくも難しい。
武士への道は遠いな…目指してないが。
いかん、本題を忘れるとこだった。
その日僕は離れを訪れていた。訪問の目的はもちろん、鉛白粉に関してである。
「ところでセドリックは」
「調剤室でローズマリーの美肌薬を作っておりますわ」
「美肌か…ちょうどいいや。オルガ夫人もついてきて。それからリオネル」
「はい」
「大先生は?」
大先生は真夏と真冬、おじいさまの健康管理のため領地へ常駐する事になっている。そろそろ出発する頃だろう。
「まだ領地へは移動しておりませんが」
「良かった。じゃ呼んで来て」
「わかりました」
そうして始まった戦略会議。僕はハッキリと断言した。
「大先生、セドリック、女性に蔓延る慢性的な疾患、あれは白粉に使われる鉛によるものだと僕は考えています」
「坊ちゃまはそう思われますか」
「大先生、オルガ夫人のご友人を何人か診ていますよね。何かお気づきになりませんでしたか?」
「…実は年嵩の貴族女性に多い歯や毛髪の喪失、まさに長年にわたる化粧との因果関係を考えていたところでございます」
毛や歯を失う…だと?それは…江戸万戸の〝幽霊”とは些か症状が違うような…
「セドリックはどう思う?」
「ええ。私も同感です。ルーファ、ローズマリーの蒸留酒などを扱うようになり私は整肌の研究をおこなっております。そして気付いたのです。化粧をする婦人は化粧をしない紳士よりも肌が黒ずんでいるのではないか、と」
「…」ピーン!
そうか!
透き通るような青白い肌こそが高貴の証と言われる社交界。だが化粧を施せば施すほど、長年かけてその肌はより黒ずんでいく。となればそれを隠すようにもっと厚塗りをするものだ。
江戸万戸の女性たちは薄化粧を好んだ。庶民の化粧といえば白粉など使わずせいぜい紅をさす程度のもの。武家の妻でさえ米の粉を水で溶き薄く延ばすだけだ。
だが陶器のような肌が理想とされ社会的立場の象徴でもあるこの国の貴婦人たちは、すり身状のより粘着の強い鉛白粉をこってりと使用する。まさに江戸万戸での遊女や歌舞伎役者のように!
遊女や役者は汗で流れてしまわぬよう粘着の強い鉛白粉を使用するものだ。それでも歯が抜けた…などとは聞いたことがない。
だが前世の遊女や役者と違うのは使用する年月の長さだ。遊女や役者には期限がある。が、貴婦人はいくつになっても貴婦人だ。
それ故に症状の違いを引き起こしているのだろう。
僕はここまでで気付いたことを二人に伝えた。
「いい?鉛の白粉は身体に溜まれば溜まるほど重大な疾患を引き起こしているとみて間違いない。これは早急に何とかしなくちゃいけない社会問題だ」
「それが本当なら大変なことですね…」
「化粧とは貴婦人ほど施すもの。それは王女殿下や王妃殿下も例外ではありませぬ」
だからといって、声をあげただけでは誰も信じやしない。それには根拠となる何かが必要となる。そしてまた、この国が『陶器のような白い肌』を是としている以上、それを実現してくれる鉛白粉を止めさせるのは至難の業だ。
事実前世の花街でも、白粉について声が上がり始めたからといって、白粉の需要が減ることは一度としてなかったのだから。
世間の声なき声。それは商いをしている僕が一番分かっていた。
「大先生、セドリック。鉛の危険性を可視化し社交界に警鐘を鳴らしてください。その上で安全な代替品の製作を命じます」
「代替品…ですか」
「一つはすでにあるよね」
「わたくしの試している米粉の白粉ですわね。ですがあれは付きが悪く…社交界のご婦人方は好まないと存じますわ」
「わかってる。だからもう一つ」
「もう一つ?」
それは胡粉だ。
これは乾燥させた貝を細かく砕いて粉にしたもので、主に江戸万戸の伝統工芸に使われる白色顔料である。普通は人形の塗りに使用するものだがこれを何とかして白粉に出来ないか…
「貝なら身体に害はないと思うんだけど…」
「わかりました。それも含め研究を進めましょう」
「オルガ夫人。あなたには出来るだけ多くの社交場に出入りしてもらいたいです。いわゆる…工作員ですよ」
「まっ!…それは少々やりがいを感じますわね…」
この指令はオルガ夫人の心をいたく刺激したようだ。
「と言うことでリオネル、ディディエ、避暑に出かけようか」
「いきなり避暑かよ…」
「脈絡が分かりませんが」
「貝殻集めだよ!海に行こう!」
「海…ですか?」
「フランが南西の海なら最適な白砂があるって言ってたし!」
「砂かよ」
「新しい水着も持って行こう!」
「あのひものような水着…ですか?」
なにこの嫌そうな渋い顔。青い空青い海ときたらフンドシでしょうが!
「リオネルは…微妙に足りないかな」
「何がですか?」
「…」
筋肉が。
「ディディエはどうかな~?」
「何がだよ」
「…」
だから筋肉だってば!
さあ二人の従者よ!
大海原を前にせいぜい主人の目を楽しませるがいい!!!
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