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コンラッド
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私はこの国ルテティア王国を治める王家の第一王子、名をコンラッドと言う。
王位継承者である私には、まだ幼い5歳のときから婚約者が決まっていた。
それは先々代の王と、その妹の孫、つまり大叔母上の孫であるカサンドラ様との間で交わされたたわいもない口約束がきっかけだった。
王家の血筋であることに大変矜持の強い方であられたカサンドラ様。彼女は病魔におかされ床に伏せると、たった一人の大切な息子の行く末をそれは強く案じられた。そこで先々代との約束を持ち出し、私との婚約を強引に取り決めてしまわれたのだ。
もちろん序列の高いプリチャード侯爵家であれば家格的に何も問題はない。ましてや王家に縁を持つカサンドラ様の息子であれば不足はない。
一人息子のシャノンは、美しく聡明で気品溢れたカサンドラ様の血を引くだけあって王家に相応しい美貌と資質を備えていた。
こうして父と母はカサンドラ様の願いを問題無いものとして受け入れたのだ。
だが私は当時からこの婚約者のことが好きではなかった。
カサンドラ様の教えに忠実なシャノンは、己より家格が下の者には常に一線を引いて接する。
私に対しても常に薄く微笑むだけで、その顔はまるで氷の仮面のようで…、私が臣下の子らと積み木遊びなどをしていても、彼は決して交ざらすソファに浅く腰掛け、まるで高みから私たちを嘲笑するかのようにこちらを見ていたのだ。
だが私の感情に反して、王宮付きの教師陣は日に日にシャノンの評価を高めていった。
泣き言を言わないシャノンは分厚い歴史書にも厳しいマナーレッスンにも、一度も音をあげたりしなかったからだ。
幼馴染のロイドと共に彼の義弟であるブラッドを誘う私に、彼はいつも一瞥もくれず教本に視線を落とすばかり。この冷たく取り澄ました彼が私の伴侶…、仕方のない事だと分かっていても、それを思うとうんざりした。
その不満は年月とともに積み重なり、結果私とシャノンの関係はひどく険悪なものになる。
シャノンは一向に愛情を示さない私に対し不満を膨らましていったし、私も顔を合わせば棘のある言葉しか言わないシャノンが目ざわりで仕方がない。
『茨姫』私が名付けたその呼び名はいつしか宮廷内での通称となっていた。
それでも王家と侯爵家で結ばれた婚約が簡単に覆せるはずはない。シャノンは能力的には完璧な婚約者なのだ。
王族の結婚など所詮は国政を見据えた契約でしかない。
形だけシャノンを正妃として、あとは父のように側妃を持ちその相手と愛を育めばいい、当時の私はとても簡単に考えていた。
だがその感情は15歳になり貴族学院へ入学すると一変することになる。
そこには彼が居たのだ。
誰よりも純粋で、誰よりも無邪気で、誰よりも優しく慈悲深い、『聖なる力』の適正者であるアーロン、その人が。
教会で育てられた孤児だというアーロンはそれまで私の周りにいたどんな貴公子や令嬢とも違っていた。
くるくると変わる表情、無邪気な笑い声、草の上では踊るように走り、小川にはその素足で波紋を描く。
私の心に咲いた一輪の花…。学内で過ごす私の毎日はアーロンによってようやく充足を得る。
彼無しでは息をするのも辛いほどのめり込んだ私は、いつしか彼を生涯の伴侶にしたいと考えるに至っていた。だが、この純粋な彼を側妃にするのはひどく…ひどく無礼な事にも思えたのだ。
どうにかしてシャノンとの婚約を誰もが納得する形で解消できないか。そんな考えが浮かび始めた頃、学院は夏休みに入り、アーロンと過ごす時間を失った私は焦燥の日々を過ごしていた。
そんな時だ。ブラッドがアーロンを屋敷に招くと耳にしたのは。
私はこれ幸いとその招きに割り入った。
ブラッドもアーロンに惹かれているのは分かっていたのだ。その彼に遅れをとるのは愉快じゃない。それにアーロンと会える機会は1日たりとも無駄にしたくはない。だからこそ、そこにシャノンが居ることも承知の上で、私はプリチャード侯爵家を訪れたのだ。
アーロンの姿を見つけいつになく感情的になったシャノン。恐らくはそれが王宮でもなく学内でもなく自分のテリトリーだったことで、押さえつけていた不満が全て噴き出したのだろう。
揉み合いになったあげく…シャノンとアーロンは大きくバランスを崩し…割れた2階の大窓から揃って外庭へと転落しかけ…、だがその身を空に投げ出したのはシャノンただ一人。
ロイドの腕はアーロンの左腕を掴み、ブラッドの腕はアーロンの右腕を、そして私の腕は…アーロンの胴にまわされていた…。
動揺し取り乱すアーロンを送っていくと言ったのはロイドだ。だが私の腕の中で小刻みに震えるアーロンを彼に任せることなど何故出来よう。私は馬車にアーロンを乗せると半ば強引に送っていったが、平民街の教会に王家の馬車は目立ちすぎる。
仕方なく彼をロイドに任せると、私は婚約者としての礼を尽くすため、シャノンの様子を見にプリチャードの屋敷に戻ったのだ。
が…そこに居たのは、まるで今までとは別人のように白んだシャノン…
一度感情を爆発させたシャノンは、氷の笑顔で取り繕う事をやめたのだろう。
これはいつもの怒りではない。愛情を向けない私への反感でなく、悲しむこともなく、怒りをぶつけることもせず、…そこにあるのは嫌悪と軽蔑、そう軽蔑だ!
軽蔑の向こうに示されるのは私の愚行。その行いがどれほど恥ずべきことかが一つ一つ明確になる…。
そうだ…、三人も居ながら誰一人シャノンを助けようとしないなど…これが人の道を外れていないと何故言える!
結果彼は窓から落下し、軽傷で済んだのは幸運だっただけで、彼が言うよう、場合によっては命を落としていてもおかしくは無かったのだ!
少なくとも婚約者である私か弟であるブラッドはシャノンに手を伸ばすべきだったし、ましてや落下した彼をおいて、いくら震えているからといって無事だったアーロンを心配し優先すべきでは無かった…。
そんな当たり前のことすら今の今まで気づかぬほど、私たちはのぼせ上っていたというのか!
もしシャノンがここで命を落としていたら…私はそれを喜んだのだろうか?私はそれを幸いと、アーロンを伴侶に迎える気でいたのだろうか?
シャノンはそうだろうと考えている。そう思えるほど私に失望している…。それを私は否定できるのか?
一国の王子でありながら、いつの間に私という人間はこのような浅ましい考えを持つに至っていたのか…、その事実に愕然とする。
主導権は常に王子である私にある、そう思って憚らなかった。私の愛を求めるシャノンが私を拒否するなど…考えたこともなかった。だからこそ婚約者であるシャノンの目の前でアーロンと親しくすることがどれほど心無い振舞であるのかにも思い至らなかったのだ。
ああ…自分でも気づかないうちに私はなんと驕り高ぶっていたのか。高みから見下ろしていたのはシャノンではなく私だったのか…!
お妃教育すら拒否するシャノン。彼の心中に去来するものは…
王位継承者である私には、まだ幼い5歳のときから婚約者が決まっていた。
それは先々代の王と、その妹の孫、つまり大叔母上の孫であるカサンドラ様との間で交わされたたわいもない口約束がきっかけだった。
王家の血筋であることに大変矜持の強い方であられたカサンドラ様。彼女は病魔におかされ床に伏せると、たった一人の大切な息子の行く末をそれは強く案じられた。そこで先々代との約束を持ち出し、私との婚約を強引に取り決めてしまわれたのだ。
もちろん序列の高いプリチャード侯爵家であれば家格的に何も問題はない。ましてや王家に縁を持つカサンドラ様の息子であれば不足はない。
一人息子のシャノンは、美しく聡明で気品溢れたカサンドラ様の血を引くだけあって王家に相応しい美貌と資質を備えていた。
こうして父と母はカサンドラ様の願いを問題無いものとして受け入れたのだ。
だが私は当時からこの婚約者のことが好きではなかった。
カサンドラ様の教えに忠実なシャノンは、己より家格が下の者には常に一線を引いて接する。
私に対しても常に薄く微笑むだけで、その顔はまるで氷の仮面のようで…、私が臣下の子らと積み木遊びなどをしていても、彼は決して交ざらすソファに浅く腰掛け、まるで高みから私たちを嘲笑するかのようにこちらを見ていたのだ。
だが私の感情に反して、王宮付きの教師陣は日に日にシャノンの評価を高めていった。
泣き言を言わないシャノンは分厚い歴史書にも厳しいマナーレッスンにも、一度も音をあげたりしなかったからだ。
幼馴染のロイドと共に彼の義弟であるブラッドを誘う私に、彼はいつも一瞥もくれず教本に視線を落とすばかり。この冷たく取り澄ました彼が私の伴侶…、仕方のない事だと分かっていても、それを思うとうんざりした。
その不満は年月とともに積み重なり、結果私とシャノンの関係はひどく険悪なものになる。
シャノンは一向に愛情を示さない私に対し不満を膨らましていったし、私も顔を合わせば棘のある言葉しか言わないシャノンが目ざわりで仕方がない。
『茨姫』私が名付けたその呼び名はいつしか宮廷内での通称となっていた。
それでも王家と侯爵家で結ばれた婚約が簡単に覆せるはずはない。シャノンは能力的には完璧な婚約者なのだ。
王族の結婚など所詮は国政を見据えた契約でしかない。
形だけシャノンを正妃として、あとは父のように側妃を持ちその相手と愛を育めばいい、当時の私はとても簡単に考えていた。
だがその感情は15歳になり貴族学院へ入学すると一変することになる。
そこには彼が居たのだ。
誰よりも純粋で、誰よりも無邪気で、誰よりも優しく慈悲深い、『聖なる力』の適正者であるアーロン、その人が。
教会で育てられた孤児だというアーロンはそれまで私の周りにいたどんな貴公子や令嬢とも違っていた。
くるくると変わる表情、無邪気な笑い声、草の上では踊るように走り、小川にはその素足で波紋を描く。
私の心に咲いた一輪の花…。学内で過ごす私の毎日はアーロンによってようやく充足を得る。
彼無しでは息をするのも辛いほどのめり込んだ私は、いつしか彼を生涯の伴侶にしたいと考えるに至っていた。だが、この純粋な彼を側妃にするのはひどく…ひどく無礼な事にも思えたのだ。
どうにかしてシャノンとの婚約を誰もが納得する形で解消できないか。そんな考えが浮かび始めた頃、学院は夏休みに入り、アーロンと過ごす時間を失った私は焦燥の日々を過ごしていた。
そんな時だ。ブラッドがアーロンを屋敷に招くと耳にしたのは。
私はこれ幸いとその招きに割り入った。
ブラッドもアーロンに惹かれているのは分かっていたのだ。その彼に遅れをとるのは愉快じゃない。それにアーロンと会える機会は1日たりとも無駄にしたくはない。だからこそ、そこにシャノンが居ることも承知の上で、私はプリチャード侯爵家を訪れたのだ。
アーロンの姿を見つけいつになく感情的になったシャノン。恐らくはそれが王宮でもなく学内でもなく自分のテリトリーだったことで、押さえつけていた不満が全て噴き出したのだろう。
揉み合いになったあげく…シャノンとアーロンは大きくバランスを崩し…割れた2階の大窓から揃って外庭へと転落しかけ…、だがその身を空に投げ出したのはシャノンただ一人。
ロイドの腕はアーロンの左腕を掴み、ブラッドの腕はアーロンの右腕を、そして私の腕は…アーロンの胴にまわされていた…。
動揺し取り乱すアーロンを送っていくと言ったのはロイドだ。だが私の腕の中で小刻みに震えるアーロンを彼に任せることなど何故出来よう。私は馬車にアーロンを乗せると半ば強引に送っていったが、平民街の教会に王家の馬車は目立ちすぎる。
仕方なく彼をロイドに任せると、私は婚約者としての礼を尽くすため、シャノンの様子を見にプリチャードの屋敷に戻ったのだ。
が…そこに居たのは、まるで今までとは別人のように白んだシャノン…
一度感情を爆発させたシャノンは、氷の笑顔で取り繕う事をやめたのだろう。
これはいつもの怒りではない。愛情を向けない私への反感でなく、悲しむこともなく、怒りをぶつけることもせず、…そこにあるのは嫌悪と軽蔑、そう軽蔑だ!
軽蔑の向こうに示されるのは私の愚行。その行いがどれほど恥ずべきことかが一つ一つ明確になる…。
そうだ…、三人も居ながら誰一人シャノンを助けようとしないなど…これが人の道を外れていないと何故言える!
結果彼は窓から落下し、軽傷で済んだのは幸運だっただけで、彼が言うよう、場合によっては命を落としていてもおかしくは無かったのだ!
少なくとも婚約者である私か弟であるブラッドはシャノンに手を伸ばすべきだったし、ましてや落下した彼をおいて、いくら震えているからといって無事だったアーロンを心配し優先すべきでは無かった…。
そんな当たり前のことすら今の今まで気づかぬほど、私たちはのぼせ上っていたというのか!
もしシャノンがここで命を落としていたら…私はそれを喜んだのだろうか?私はそれを幸いと、アーロンを伴侶に迎える気でいたのだろうか?
シャノンはそうだろうと考えている。そう思えるほど私に失望している…。それを私は否定できるのか?
一国の王子でありながら、いつの間に私という人間はこのような浅ましい考えを持つに至っていたのか…、その事実に愕然とする。
主導権は常に王子である私にある、そう思って憚らなかった。私の愛を求めるシャノンが私を拒否するなど…考えたこともなかった。だからこそ婚約者であるシャノンの目の前でアーロンと親しくすることがどれほど心無い振舞であるのかにも思い至らなかったのだ。
ああ…自分でも気づかないうちに私はなんと驕り高ぶっていたのか。高みから見下ろしていたのはシャノンではなく私だったのか…!
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