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ロイド
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私と言う人間はとても姑息な人間だ。それを見透かすように視線を寄こすコンラッドの婚約者、シャノンが私は昔から苦手だった。
私の父は王の側近を努める、マーベリック伯爵家の当主である。だが幾人かいる側近の中でもっとも家格の低いのが当家だ。
その事実は私の心に灯った最初の劣等感だ。
現王に初の王子がお生まれになった時、ほんの数週間違いで生を受けたのがこの私だ。
王の側近家で年の近い男子は私とプリチャード侯爵家のシャノンしか居なかったこともあり、私は3歳になると小姓として王子殿下の遊び相手を務めることになったのだが、美しく聡明と噂のシャノンでなく私が選ばれたこと、それは幼心にささやかな優越感をもたらした。
それが一変したのは5歳の時、シャノンの母、プリチャード侯爵夫人であるカサンドラ様が病床に臥した時だ。
シャノンは王子殿下の婚約者として私の高みに現れたのだ…。
噂通りの美しい顔立ち。だがどこか冷たく居丈高なシャノンをコンラッドは好まなかった。
私と、シャノンの弟であるブラッドだけを誘うコンラッドの振る舞いに、私は安堵と共にまたしても優越感を得た。
連れ立ち部屋を出る私たち三人の背中をシャノンが冷たい目で見ていることは気付いていた。気付いていたが…私がコンラッドに何かを言うことは無かった。
殿下がお望みなのだ。私は殿下をお支えする側近となる者。殿下の望みを叶えるのは臣下として当然なのだ、そう自分に言い聞かせて。
そんなある日、私の耳に聞こえてきたのは苛立ったシャノンの声だ。彼は従者に向かってこう言った。「あの無能な腰巾着を僕より重宝なさるなんて…コンラッド様は何をお考えなのか」と。廊下を曲がった角で私が盗み聞いているとは気づきもしないで…。
それでもシャノンの発した「無能の腰巾着」その言葉は棘となって私の胸に突き刺さり、それ以来、事あるごとにチクチクと私を苛んだ…。
それを振り払おうと私は学業に邁進した。剣の腕ではブラッドに到底かなわないと諦めたからだ。
必死に勉強した甲斐あって貴族学院に入学してすぐの試験、張り出された順位は…一位がコンラッド、二位が私、そして三位がシャノン。
皆が次席をとった私を褒め湛えてくれたが私の心は晴れなかった。シャノンは授業の後、休校日、空いた時間の全てを王宮でのお妃教育に充てている。皆で集まり対策を練り、試験勉強をする私たちとは違うのだ。
シャノンが私に次いで三位の座を維持した事実は私をひどく苦しめた。
誰も来ない校舎の裏で、一人暗い顔をする私に声をかけてきたのが『聖なる力』の適正者であるアーロンだ。
特別奨学生であるアーロン。教会育ちの庶民である彼はとても気安く、そして『聖なる力』の適正者らしく、とても純粋だ。彼からかけられる励ましはまるで甘い蜜のようにいつでも私の心を溶かしていく。
以来私は、落ち込むたびにアーロンの姿を探し、彼からの言葉を強く望んだ。
アーロンは言う。「ロイド様はそれでいいのです」「何も間違っておりません」「誰であろうとロイド様を見下すことなど出来ません」甘美な言葉の数々…。
アーロンへの愛情が増すごとにシャノンへの嫌悪も増していく。。
だがあの日…、シャノンがあの大窓から転落した時…、はっきり断言はできないが…もちろんあの揉み合いの中で確証はないが…シャノンを押したのが私なのではないかと言う一抹の疑念を私は払しょくできないでいた。
だからこそあの場に居るのがいたたまれず、私はアーロンを送ると言い張り、無理やりコンラッドの馬車に乗り込んだのだ。
帰宅してからも消えない後ろめたさ。一言謝れば…、いいや、それをしたら押したと認めることになるじゃないか!だがハッキリそうだとは私にも言い切れないのだ!それくらいあの時あの場は混乱していた!
それでも数日後、シャノンを見舞うと言うコンラッドを一人で行かせることは出来なかった…。
深夜、まるで自死を望むかのようにナイフを持って佇んでいたと言うシャノン…。シャノンと直接話したコンラッドもブラッドも、互いに王や侯爵からひどく叱責されたこともあり、今や罪悪感で一杯になっている。
目の前に居るのは私たちへの感情など、まるで抜けきったかのようにひどく冷めたシャノン。狼狽えた私は思わずシャノンに向かってひどい言葉をぶつけてしまった。が、それは後ろめたさの裏返しでしかない。
そんな姑息な考えなどあっさり看破し、シャノンは淡々と私の言葉を切って捨てる。
コンラッドの危惧したように、シャノンは婚約を破棄しようとしているのかもしれない。この状況下でシャノンから破棄を申し出れば、それは恐らく受理されるだろう。しかしその咎は全てコンラッドに向き彼の評価を下げると思えた。彼はまだ立太子してはいないのだ。コンラッドの側近として、今シャノンにそれをさせてはならない。
だが開き直ったシャノンは今迄では考えられないような言葉で私を責め立てる。ひどく小馬鹿にした物言いで。
その物言いに思わず過去が蘇る。私はいつの間にか、コンラッドの前では決して言うまいと思っていた憤りを口にしていた。
『無能な腰巾着』…私を苦しめる過去の呪縛。だがシャノンはあっさりとその言葉を認めたのだ。
ただ一つ違ったのは…、その言葉の持つ、真の意味だけ。
能力、それを決めるのは他者の評価だと思っていた。だからこそ私は努力したのだ。第一王子殿下の側にいることを、「彼ならば当然だ」と、そう誰からも認められるように。
ただ歳が近かったから選ばれた…、シャノンが婚約者に内定したから代わりに選ばれた…、口さがない者にそう言われるのが嫌で。
それでもシャノンの発したあの言葉が胸から消えたことは一日もない。
シャノンは言うのだ。自分で自分を認めない限り、私は永遠に『無能』なのだと。ああ…そうなのかもしれない。足りないものなどいくらでも見つけられるのだ…。自分の能力を自分自身で認めた時、その時初めて私は『有能』になる。
そうだったのか…、私は私自身の劣等感をシャノンのせいにして、奥底にある己の問題から目を背けていたのだ。アーロンの甘い励ましで自分自身を誤魔化しながら…。
しかし続く言葉はもっと私の頭を打った。
そうだ。私は何度もコンラッドへの苦言を促されてきた。コンラッドの振舞いに呆れた歳の近い第二王子からも、王の側近である父からも。あれではいくらなんでも外聞が悪いと。なのに何故私はコンラッドの行いを正そうとしなかったのか…。決まっている。コンラッドがシャノンの価値を下げる、それこそが私の優越感だったからだ。
シャノンの言うとおりだ…。今の私は腰巾着以外の何者でもない。
姑息な己をこれほどまでに恥じたことがあるだろうか…。そうだ。私はまだシャノンに事故の謝罪すらできていないではないか。
ああ…こんな私が今からでも真の側近になれるのだろうか。私はまだ…間に合うのだろうか…
私の父は王の側近を努める、マーベリック伯爵家の当主である。だが幾人かいる側近の中でもっとも家格の低いのが当家だ。
その事実は私の心に灯った最初の劣等感だ。
現王に初の王子がお生まれになった時、ほんの数週間違いで生を受けたのがこの私だ。
王の側近家で年の近い男子は私とプリチャード侯爵家のシャノンしか居なかったこともあり、私は3歳になると小姓として王子殿下の遊び相手を務めることになったのだが、美しく聡明と噂のシャノンでなく私が選ばれたこと、それは幼心にささやかな優越感をもたらした。
それが一変したのは5歳の時、シャノンの母、プリチャード侯爵夫人であるカサンドラ様が病床に臥した時だ。
シャノンは王子殿下の婚約者として私の高みに現れたのだ…。
噂通りの美しい顔立ち。だがどこか冷たく居丈高なシャノンをコンラッドは好まなかった。
私と、シャノンの弟であるブラッドだけを誘うコンラッドの振る舞いに、私は安堵と共にまたしても優越感を得た。
連れ立ち部屋を出る私たち三人の背中をシャノンが冷たい目で見ていることは気付いていた。気付いていたが…私がコンラッドに何かを言うことは無かった。
殿下がお望みなのだ。私は殿下をお支えする側近となる者。殿下の望みを叶えるのは臣下として当然なのだ、そう自分に言い聞かせて。
そんなある日、私の耳に聞こえてきたのは苛立ったシャノンの声だ。彼は従者に向かってこう言った。「あの無能な腰巾着を僕より重宝なさるなんて…コンラッド様は何をお考えなのか」と。廊下を曲がった角で私が盗み聞いているとは気づきもしないで…。
それでもシャノンの発した「無能の腰巾着」その言葉は棘となって私の胸に突き刺さり、それ以来、事あるごとにチクチクと私を苛んだ…。
それを振り払おうと私は学業に邁進した。剣の腕ではブラッドに到底かなわないと諦めたからだ。
必死に勉強した甲斐あって貴族学院に入学してすぐの試験、張り出された順位は…一位がコンラッド、二位が私、そして三位がシャノン。
皆が次席をとった私を褒め湛えてくれたが私の心は晴れなかった。シャノンは授業の後、休校日、空いた時間の全てを王宮でのお妃教育に充てている。皆で集まり対策を練り、試験勉強をする私たちとは違うのだ。
シャノンが私に次いで三位の座を維持した事実は私をひどく苦しめた。
誰も来ない校舎の裏で、一人暗い顔をする私に声をかけてきたのが『聖なる力』の適正者であるアーロンだ。
特別奨学生であるアーロン。教会育ちの庶民である彼はとても気安く、そして『聖なる力』の適正者らしく、とても純粋だ。彼からかけられる励ましはまるで甘い蜜のようにいつでも私の心を溶かしていく。
以来私は、落ち込むたびにアーロンの姿を探し、彼からの言葉を強く望んだ。
アーロンは言う。「ロイド様はそれでいいのです」「何も間違っておりません」「誰であろうとロイド様を見下すことなど出来ません」甘美な言葉の数々…。
アーロンへの愛情が増すごとにシャノンへの嫌悪も増していく。。
だがあの日…、シャノンがあの大窓から転落した時…、はっきり断言はできないが…もちろんあの揉み合いの中で確証はないが…シャノンを押したのが私なのではないかと言う一抹の疑念を私は払しょくできないでいた。
だからこそあの場に居るのがいたたまれず、私はアーロンを送ると言い張り、無理やりコンラッドの馬車に乗り込んだのだ。
帰宅してからも消えない後ろめたさ。一言謝れば…、いいや、それをしたら押したと認めることになるじゃないか!だがハッキリそうだとは私にも言い切れないのだ!それくらいあの時あの場は混乱していた!
それでも数日後、シャノンを見舞うと言うコンラッドを一人で行かせることは出来なかった…。
深夜、まるで自死を望むかのようにナイフを持って佇んでいたと言うシャノン…。シャノンと直接話したコンラッドもブラッドも、互いに王や侯爵からひどく叱責されたこともあり、今や罪悪感で一杯になっている。
目の前に居るのは私たちへの感情など、まるで抜けきったかのようにひどく冷めたシャノン。狼狽えた私は思わずシャノンに向かってひどい言葉をぶつけてしまった。が、それは後ろめたさの裏返しでしかない。
そんな姑息な考えなどあっさり看破し、シャノンは淡々と私の言葉を切って捨てる。
コンラッドの危惧したように、シャノンは婚約を破棄しようとしているのかもしれない。この状況下でシャノンから破棄を申し出れば、それは恐らく受理されるだろう。しかしその咎は全てコンラッドに向き彼の評価を下げると思えた。彼はまだ立太子してはいないのだ。コンラッドの側近として、今シャノンにそれをさせてはならない。
だが開き直ったシャノンは今迄では考えられないような言葉で私を責め立てる。ひどく小馬鹿にした物言いで。
その物言いに思わず過去が蘇る。私はいつの間にか、コンラッドの前では決して言うまいと思っていた憤りを口にしていた。
『無能な腰巾着』…私を苦しめる過去の呪縛。だがシャノンはあっさりとその言葉を認めたのだ。
ただ一つ違ったのは…、その言葉の持つ、真の意味だけ。
能力、それを決めるのは他者の評価だと思っていた。だからこそ私は努力したのだ。第一王子殿下の側にいることを、「彼ならば当然だ」と、そう誰からも認められるように。
ただ歳が近かったから選ばれた…、シャノンが婚約者に内定したから代わりに選ばれた…、口さがない者にそう言われるのが嫌で。
それでもシャノンの発したあの言葉が胸から消えたことは一日もない。
シャノンは言うのだ。自分で自分を認めない限り、私は永遠に『無能』なのだと。ああ…そうなのかもしれない。足りないものなどいくらでも見つけられるのだ…。自分の能力を自分自身で認めた時、その時初めて私は『有能』になる。
そうだったのか…、私は私自身の劣等感をシャノンのせいにして、奥底にある己の問題から目を背けていたのだ。アーロンの甘い励ましで自分自身を誤魔化しながら…。
しかし続く言葉はもっと私の頭を打った。
そうだ。私は何度もコンラッドへの苦言を促されてきた。コンラッドの振舞いに呆れた歳の近い第二王子からも、王の側近である父からも。あれではいくらなんでも外聞が悪いと。なのに何故私はコンラッドの行いを正そうとしなかったのか…。決まっている。コンラッドがシャノンの価値を下げる、それこそが私の優越感だったからだ。
シャノンの言うとおりだ…。今の私は腰巾着以外の何者でもない。
姑息な己をこれほどまでに恥じたことがあるだろうか…。そうだ。私はまだシャノンに事故の謝罪すらできていないではないか。
ああ…こんな私が今からでも真の側近になれるのだろうか。私はまだ…間に合うのだろうか…
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