断罪希望の令息は何故か断罪から遠ざかる

kozzy

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エンブリーの一コマ 

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目の前に広がる光景が、何度見ても私には理解できないでいる。あの日プリチャード邸で若返った己の姿を見た時よりも、それ以上の緊張が私を襲っている。
ああ…、どうしてこんなことになってしまったのか…

事は一週間程前に遡る。

その日は私にとってかけがえのない存在であるシャノン様と、このルテティア国第二王子アレイスター殿下がようやく迎えた婚姻の儀が執り行なわれた。

ルテティア国のひなびた東部。それよりさらに貧しい北部の素朴な教会。そこが二人の記念すべき舞台だ。だが、今日という日のために修繕されたとは言え…それでも人手のほとんどを街道整備に、資材のほとんどを舞踏館に費やされたため、お二人の身分を考えればあり得ないほど質素なものだ。

招待客を迎えるための備えを優先された結果なれど、お二人の質実さには頭の下がる思いだ。

だが北部の慣習に合わせて行われた式は、家族の愛に包まれたとても心温まるもので…

シャノン様の手を引かれるプリチャード侯、頭からかけられたベールの裾を持つシェイナ、殿下とシャノン様の元へ誓いの指輪を届けるダニエル様。それを見守るニコール夫人、ブラッド君の表情にも心からの祝福が浮かび、困難を乗り越え結ばれた二人には、王都の格式ばった婚儀よりこのほうが似合っていると誰もが思ったに違いない。

挙式を終えられた二人は装飾を施された馬車に乗り、祝宴が催される舞踏館へと場所を移された。

円に近い形の舞踏館は非常に珍しい作りで、内部の中央にホールがありそれを囲むように椅子やソファが用意されている。テーブルには女王から提供されたという食事が用意されており、豪勢なそれらはとても食べきれないほどだ。
そして内壁と外壁の間にはぐるりと回廊があり、そのギャラリーを飾る絵画や彫像こそがローグ王が息子に贈られた品々だとか。
回廊の二階部分にはいくつかの心地良い個室が用意され、そこが今回この地に縁者を持たない招待客たちにあてがわれている客室なのだという。

これは大きな宮殿を不要とされたお二人の苦肉の策。円形の建物はごくわずかな装飾で予算を極限まで抑えてあり、かつ礼を失しないよう客室だけはかなりの誂えとなっている。
発案はシャノン様だと伺っているが、知れば知るほど敬服せずにはおれない明哲さだ。もちろんそれはシャノン様の分身でもあるシェイナにも言えることだが。


その舞踏館にいきなり現れたのは、この国の第一王位継承者であるトレヴァー殿下とその婚約者であるポーレット侯のご息女である。
二人は政治的な意図など何も持たず、純粋に祝福のため訪れたようだが…これに困り果てたのがシャノン様だ。

何故ならシャノン様はアドリアナ女王陛下の、脈々と繋がれる王家の尊き系図に対する強い想いをよくご存じだ。

アレイスター殿下…あの方は本来であれば王の血を引く庶子として、保護されながらも市井で暮らし、一臣下としてせいぜい子爵位あたりを与えられれば上出来、といったはずの立場である。それが正式に王子として王宮暮らしとなったのはひとえにローグ王の強硬に過ぎない。
アドリアナ女王はアレイスター殿下を嘲るようなお方ではないが、それでも彼が王家の中央で勢力を持つことに良い感情は持たれていない。

だからこそお二人は王都、そして女王へ最大限の配慮をされたというのに…まさか成人を待って立太子為されるトレヴァー殿下と序列第一位ポーレット侯のご息女という、もっとも高位なお立場の子女方が揃ってお出ましになるとは…

「…仕方ありませんね。ジェローム、騒ぎになる前にお二人をこのままエンブリーへとお連れしましょう」
「なんだってシェイナ!エンブリーにはプリチャード家の皆様も招く予定じゃないか!」
「尚更好都合ではありませんか。父とポーレットのおじさまは友人ですし、お二人がいればトレヴァー殿下に失礼も無い」
「だ、だが…」

「ここ副王都は殿下ほどの身分高きお方をもてなせるほど設備も人材も整っておりません。そこへいくと何年もかけ整えてきたエンブリーの屋敷であれば、十分とは言えませんが失礼のないもてなしが可能でしょう」
「それはそうだが…」

「ジェローム。あなたはいずれ東部を牽引して行かれるお方。これは本国との関係を強化する良い機会となりますよ」
「シェイナ…大きく出たね」
「ふふ、だって僕が付いているんですから」

シェイナの言葉通り、今となってはどこから見ても洗練されたエンブリー伯爵邸…、であればそれに見合った当主であるよう私も背筋を伸ばすべきだろう。
頭一つ分小さなシェイナが隣にいて、こうして幸せそうに私を見上げてくれるのだから…



だからと言って…これはまた…

「ジェローム君、いくら婚約者と言えどもう少しシェイナから離れて座ってはどうだね?」
「はっ、あ、いえ…」

そうしたいのはやまやまなのだが…

「お父様。ここに座ったのは僕の意志です。ジェロームにおかしなことを仰らないで」
「シェイナ、だがお前は王都へもなかなか帰郷しないのだしこんな時くらいは父の隣へ来てはどうだね」

「まあプリチャードのおじさま!あいしあう二人はいつでもそばにいるべきですわ。そうですわねおとうさま?」

「だがローザよ。お前もトレヴァー殿下は王太子となられるお方なのだから少しは人からどう見られるか考えt」
「おとうさまったら!しんぱいいりませんわ。あいじょうあふれるすがたを見せることこそ、この国をみちびくこうきなるわたくしたちのやくめですもの」
「それはそうだが…」

娘たちに遣り込められる二人の父親…これは将来娘を持った際の己の姿だろうか…

「…ゴホン!エンブリー卿、プリチャード侯の心中察する必要があるのではないかね?」
「こ、心得ております…」

ポーレット侯のこれは…恐らく八つ当たりではないだろうか。いくら殿下に物申せないからといって…
そのトレヴァー殿下に至っては我関せずを貫き、副王都でいただいたルッソ原産のシナモンスティックをただひたすら数えておられる有様だ。

室内に充満する父親の憂い…

「シェイナ…、お前は父を嫌っているのだろうか?」
「お父さまのことはプリチャードの当主として心から尊敬しております」
「お…おお!」
「ですが僕のいるべき場所はジェロームの隣です」キュ

ギリ…「仲が良くて何よりだ。ジェローム君…、…その手を離したまえ」
「は、はい…」

離せるものなら離したいが…

「駄目ジェリー、離さないで」
「しかし…」

「…ノンがこう言いました。お父様はノンとの過去に深い後悔をお持ちだと。だから僕がどんな我儘を言おうが今のお父様ならきっと分かって下さる、自分の感情に蓋をしてはいけないって。涙ぐみながら…。お父様…そうでしょう?」
「う…うむ」
「では許して下さる?」
「…もちろんだとも…」

こうしてプリチャード侯は何事もなかったかのようにしばらく歓談されたのち、ポーレット侯と共にエンブリー騎士団を視察に行かれた。が…

「シェイナ…、シャノン様は本当に泣きながらあのようなことを?」
「もっと我儘をいうよう背中を押されたのは本当です。涙ぐんではいませんが…。お父さまの件は言葉で聞いてはいませんが内心ではそう思っていると…」

なるほど。言われてはいないのだな…



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