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イヴァーノの事情 ④
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「ここにこうしてライン引いて…、よしっ!あとはハイこれ」
「なにこれ…」
「カラコン。目に入れて」
「ええっ!目にガラスを入れろと言うのか!止めろ!目がつぶれる!よせリンリン!近寄るな!」
「お姉さん、イヴァーノ捕まえて!」
「合点でぃ!」
「あああああーーーー!」
はーはーはー…
リンリンとワカナ、二人の女子に弄ばれる憐れな仔ウサギ、それが僕だ。
僕は現在、休日出勤とやらで両親の居ない家の中でペタペタと化粧を施されていた。
化粧とは何も貴婦人だけの嗜みではない。高位貴族ともなれば男であっても場合に応じ、顔色をよくするために白粉をはたいたり頬に紅をさしたりするもの。だがこれは些か趣が違っている…
引っ張られテープを張られ、顔の周囲には陰影をつけ鼻の横にも影をいれる。逆に頬や鼻筋には明るい白で張り出しをつける。目の周りをインクで囲まれ上下に毛を貼られると…
「ほら出来た!」
「わー、イヴァーノみたい!」
「みたいじゃなくて本物のイヴァーノだ!見せろ!」バッ!
はっ…!あ…あ…、僕だ…!
完璧…とは言い難いが、ツンと上向いた鼻先、紅を差したように薄紅い唇…涼やかに切れ上がった目元…
全ては化粧によりそう見える、と言うだけのことだが、久々に見る己の顔に、ひどく安堵したのは間違いない。
「会いたかった僕…」ジワ…
「やだぁナルシー!」
「お姉さん、レイヤーなんて大なり小なりナルシーですよ」
これがコスプレ…
どうも衣装やメイクで架空の人物になりきる人たちを総称してレイヤーと呼ぶらしい。
「なるほど。これは化粧というより絵画の技法か…。なかなか面白い…」
どうだ、僕のこの適応力は!
「あれ?イブりんいける口?えー!じゃあ直近のイベント一緒に行こうよ。イヴァーノコスで。ぷはっ!」
「何がおかしい!だがいいだろう。そのイベントとやらには行ってやってもいい。そろそろ外の世界も見て見たかったし…」ソワソワ「こ、このように煌びやかな人物が他にも居るのだな?」
「うーんまあ居るっちゃいる」
「人外とか」
「…?まあいい。リンリン、お前を僕の侍女に命じる。不足ないよう外出の用意をせよ」バシッ「痛い!」
「誰が侍女よ!あたしはあんたよりコス歴長い先輩だよぉ?頭が高い!」
「じゃあワカナで我慢してや」ドガッ「わっ」ゴロゴロドスン!
「あたし来週は休日出勤だから」
こ、こいつら…
よくもこの世界の男どもはこんな凶暴な女子たちと社交が図れるものだな!揃いも揃って暴力的な…骨が折れたらどうしてくれる!
はっ!もしかしてこの二人の職業は職業戦士…?ディーブイディーなるものを観ていた二人の、踊る男性を見るあの目付き…間違いない!あれは獲物を射止めんと狙う猛獣の目だ!ゾッ…怒らせないようにしよう…
「えー、じゃああたしパンキーやっちゃおっかな」
「パンキー?もしかしてパンクラツィオのことか?止めろ!不愉快な!」
「じゃあアマーディオ」
「好みじゃない」
「ダリオ」
「ふん!あんな無能」
「マルティノ?」
「下位貴族などお呼びじゃない」
「ヴィットーレ」
「先生か…」
国語講師ヴィットーレ、彼は侯爵家のたかが三男ではあるが、二コラに篭絡された腑抜けばかりのあの学院において、数少ない、中立を貫くよく弁えた教師だ。
「まあ良いだろう」
待て!今気づいたがリンリンがあげた名は男ばかりじゃないか?女子であるリンリンが男の仮装を?
…まあテレビにはドレスを着た太った男も出ていたし、この世界の服飾において性別とはさしたる問題でないのだろう。いや…やはり待て!
「そう言えば何故お前は僕の知人を知っているんだ。それにイブキが僕のコスをしていたのは何故だ。ここは異世界なんだろう?」
ピタ「…」
「あ、えーと。それはイヴァーノがもう少し二次元への理解を深めてから説明するわね。今はまだショックが大きいだろうからってお父さんに止められてるの」
「ショック…?」
「まあいいじゃん!ほらお土産。ミセスドーナツ!飲み物もあるよ」
「あっミセスドーナツ!」ホワァァァン「リンリン、なかなか気が利くじゃないか。ワカナ、僕はカフェラテだ」
「ほい」ドン!
ワカナはいちいち乱暴だな…ペットボトルが割れたらどーする!だから二十歳を超えているのに結婚できないのだろう。だがそれを言ったらヤバイと僕の本能が告げている…。ブルブル…それより今はドーナツだ。
このフレンチクルーラーなる輪っかの菓子はすでに僕の好物となっている。不思議な食感…溶けてなくなる甘い生地…
モグモグまあいい。どうせ分からないことだらけなんだ。モグモグ僕は難しい話が好きではない。鷹揚に構えてこそ高位貴族の嗜み。モグモグそうだろう?
そしてメイクの練習をしながら待つこと一週間。リンリンが「ギリ間に合った」と言うイベント当日。
僕にはホケンキンとやらがおりているので、外出に際しヨーコからはこの世界の金銭が手渡されているが…
「この高貴な僕に支払いをさせるつもりか?」
「じゃあどうすんのよ」
「リンリン。必要があればそこから支払うように」
「はぁ?…まあそのほうが早いか」
僕は手渡された財布をそのままリンリンに押し付けた。
現場での着替えはハードルが高い(?)だろうと言うことで、僕はヨーコの仕立てた安っぽい布の、だが見た目だけなら貴族服といった煌びやかな衣装を家から着用している。もちろん礼儀にのっとりその上にはコートを羽織っている。
イヴァーノの化粧は現地まで禁止らしい。僕の不満にワカナが「イヴァーノ様の美貌に騒ぎが起きるじゃない?」と言うのでそれもそうかと納得した。初の外出…不慣れなうちに騒ぎを起こすのは得策でないだろう。
が、僕のメイク研究に余念は無い。
テレビに出る女性演者を見て、すでにこのあっさりした顔を生かす普通のメイクも僕は身につけている。ふむ…及第点…と言ったところか。とにかく、これで外出も万全である!
ガヤガヤと人の行きかう刺激溢れる街。右も左も全てが目新しい。ゆったりとした時のながれるサルディーニャとは違う…だがこの世界の喧騒が僕は嫌いではない。
「白線の内側でお待ちください」
「駆け込み乗車は危険ですのでおやめください」
「だ、誰がしゃべってるんだ!」
「駅員さんかな。あーホラホラ電車来た」
電車と呼ばれる巨大な鉄の箱…、どういった仕組みで動くのかはさっぱりわからないが、要は乗合馬車か。
ここがサルディーニャであれば高貴な僕が乗合馬車など言語道断だが、この世界において〝電車”とは大臣でさえ使う乗り物なのだとか。…確かに…これだけ斬新な乗り物だ。それを庶民にしか使わせない、などあり得ない…ならば倣うまで。
ガタンガタン…ゴトンゴトン…
車窓から見える〝自動車”ももうすっかり見慣れた。この僕がいつまでも狼狽えると思ったら大きな間違いだ。そういえば…
この電車なる乗り物にも車体に異様なほど目の大きい女子の絵が描かれていた。神官の服を着た女子の描かれていたミキオの車といい…
この世界の乗り物とは動くキャンバスみたいなものなのだろうか?
「なにこれ…」
「カラコン。目に入れて」
「ええっ!目にガラスを入れろと言うのか!止めろ!目がつぶれる!よせリンリン!近寄るな!」
「お姉さん、イヴァーノ捕まえて!」
「合点でぃ!」
「あああああーーーー!」
はーはーはー…
リンリンとワカナ、二人の女子に弄ばれる憐れな仔ウサギ、それが僕だ。
僕は現在、休日出勤とやらで両親の居ない家の中でペタペタと化粧を施されていた。
化粧とは何も貴婦人だけの嗜みではない。高位貴族ともなれば男であっても場合に応じ、顔色をよくするために白粉をはたいたり頬に紅をさしたりするもの。だがこれは些か趣が違っている…
引っ張られテープを張られ、顔の周囲には陰影をつけ鼻の横にも影をいれる。逆に頬や鼻筋には明るい白で張り出しをつける。目の周りをインクで囲まれ上下に毛を貼られると…
「ほら出来た!」
「わー、イヴァーノみたい!」
「みたいじゃなくて本物のイヴァーノだ!見せろ!」バッ!
はっ…!あ…あ…、僕だ…!
完璧…とは言い難いが、ツンと上向いた鼻先、紅を差したように薄紅い唇…涼やかに切れ上がった目元…
全ては化粧によりそう見える、と言うだけのことだが、久々に見る己の顔に、ひどく安堵したのは間違いない。
「会いたかった僕…」ジワ…
「やだぁナルシー!」
「お姉さん、レイヤーなんて大なり小なりナルシーですよ」
これがコスプレ…
どうも衣装やメイクで架空の人物になりきる人たちを総称してレイヤーと呼ぶらしい。
「なるほど。これは化粧というより絵画の技法か…。なかなか面白い…」
どうだ、僕のこの適応力は!
「あれ?イブりんいける口?えー!じゃあ直近のイベント一緒に行こうよ。イヴァーノコスで。ぷはっ!」
「何がおかしい!だがいいだろう。そのイベントとやらには行ってやってもいい。そろそろ外の世界も見て見たかったし…」ソワソワ「こ、このように煌びやかな人物が他にも居るのだな?」
「うーんまあ居るっちゃいる」
「人外とか」
「…?まあいい。リンリン、お前を僕の侍女に命じる。不足ないよう外出の用意をせよ」バシッ「痛い!」
「誰が侍女よ!あたしはあんたよりコス歴長い先輩だよぉ?頭が高い!」
「じゃあワカナで我慢してや」ドガッ「わっ」ゴロゴロドスン!
「あたし来週は休日出勤だから」
こ、こいつら…
よくもこの世界の男どもはこんな凶暴な女子たちと社交が図れるものだな!揃いも揃って暴力的な…骨が折れたらどうしてくれる!
はっ!もしかしてこの二人の職業は職業戦士…?ディーブイディーなるものを観ていた二人の、踊る男性を見るあの目付き…間違いない!あれは獲物を射止めんと狙う猛獣の目だ!ゾッ…怒らせないようにしよう…
「えー、じゃああたしパンキーやっちゃおっかな」
「パンキー?もしかしてパンクラツィオのことか?止めろ!不愉快な!」
「じゃあアマーディオ」
「好みじゃない」
「ダリオ」
「ふん!あんな無能」
「マルティノ?」
「下位貴族などお呼びじゃない」
「ヴィットーレ」
「先生か…」
国語講師ヴィットーレ、彼は侯爵家のたかが三男ではあるが、二コラに篭絡された腑抜けばかりのあの学院において、数少ない、中立を貫くよく弁えた教師だ。
「まあ良いだろう」
待て!今気づいたがリンリンがあげた名は男ばかりじゃないか?女子であるリンリンが男の仮装を?
…まあテレビにはドレスを着た太った男も出ていたし、この世界の服飾において性別とはさしたる問題でないのだろう。いや…やはり待て!
「そう言えば何故お前は僕の知人を知っているんだ。それにイブキが僕のコスをしていたのは何故だ。ここは異世界なんだろう?」
ピタ「…」
「あ、えーと。それはイヴァーノがもう少し二次元への理解を深めてから説明するわね。今はまだショックが大きいだろうからってお父さんに止められてるの」
「ショック…?」
「まあいいじゃん!ほらお土産。ミセスドーナツ!飲み物もあるよ」
「あっミセスドーナツ!」ホワァァァン「リンリン、なかなか気が利くじゃないか。ワカナ、僕はカフェラテだ」
「ほい」ドン!
ワカナはいちいち乱暴だな…ペットボトルが割れたらどーする!だから二十歳を超えているのに結婚できないのだろう。だがそれを言ったらヤバイと僕の本能が告げている…。ブルブル…それより今はドーナツだ。
このフレンチクルーラーなる輪っかの菓子はすでに僕の好物となっている。不思議な食感…溶けてなくなる甘い生地…
モグモグまあいい。どうせ分からないことだらけなんだ。モグモグ僕は難しい話が好きではない。鷹揚に構えてこそ高位貴族の嗜み。モグモグそうだろう?
そしてメイクの練習をしながら待つこと一週間。リンリンが「ギリ間に合った」と言うイベント当日。
僕にはホケンキンとやらがおりているので、外出に際しヨーコからはこの世界の金銭が手渡されているが…
「この高貴な僕に支払いをさせるつもりか?」
「じゃあどうすんのよ」
「リンリン。必要があればそこから支払うように」
「はぁ?…まあそのほうが早いか」
僕は手渡された財布をそのままリンリンに押し付けた。
現場での着替えはハードルが高い(?)だろうと言うことで、僕はヨーコの仕立てた安っぽい布の、だが見た目だけなら貴族服といった煌びやかな衣装を家から着用している。もちろん礼儀にのっとりその上にはコートを羽織っている。
イヴァーノの化粧は現地まで禁止らしい。僕の不満にワカナが「イヴァーノ様の美貌に騒ぎが起きるじゃない?」と言うのでそれもそうかと納得した。初の外出…不慣れなうちに騒ぎを起こすのは得策でないだろう。
が、僕のメイク研究に余念は無い。
テレビに出る女性演者を見て、すでにこのあっさりした顔を生かす普通のメイクも僕は身につけている。ふむ…及第点…と言ったところか。とにかく、これで外出も万全である!
ガヤガヤと人の行きかう刺激溢れる街。右も左も全てが目新しい。ゆったりとした時のながれるサルディーニャとは違う…だがこの世界の喧騒が僕は嫌いではない。
「白線の内側でお待ちください」
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「だ、誰がしゃべってるんだ!」
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ここがサルディーニャであれば高貴な僕が乗合馬車など言語道断だが、この世界において〝電車”とは大臣でさえ使う乗り物なのだとか。…確かに…これだけ斬新な乗り物だ。それを庶民にしか使わせない、などあり得ない…ならば倣うまで。
ガタンガタン…ゴトンゴトン…
車窓から見える〝自動車”ももうすっかり見慣れた。この僕がいつまでも狼狽えると思ったら大きな間違いだ。そういえば…
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