コスプレ令息 王子を養う

kozzy

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イヴァーノの事情 ③

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ここで紹介しておこう。
父親の名はミキオ、母親の名はヨウコ。ついでに姉の名は〝ワカナ”で弟は〝アオバ”。
意味は分からないが幼い頃に連れて行ってもらった、緑あふれるコレッティ領の香りがする…

あれから幾日過ぎただろう?
貴族たるものいつ何時も冷静でなければならない。感情をあらわに騒ぎ立てるなど、慎みの無い真似はしないのが高位貴族としての嗜みである。
さすがの僕も初日は少しだけ…そう、ほんの少々僅か微かに狼狽えてしまったが、僕はこの生活にもすでに順応し始めていた。

当初は一人で着替えろと言われ「何を馬鹿な!」と憤ったものだが…

「あーっはっはっは、服も一人で着れないの?子供かっ!」
「馬鹿にするなワカナ!着れるに決まってる!」
「イブちゃん、俺が着せたげよーか?」
「手を出すなアオバ!自分でやれる!」

いまではあの小さなシャツのボタンもお手の物だ。

それから食事。
病院の薄いスープと違い、ヨーコの提供する食事はかなり美味なるものではあったが…

「こらイヴァーノ!煮物も残さず食べなさい!」

「ヨーコ、これは野菜を煮たものじゃないか。貴族足る僕に野菜を食べろというk」
「じゃあもーらい」
「それは野菜じゃない!貴重な肉、止せ!止めろワカナ!人の骨付きチキンを返せ!」
「イブちゃん、俺の一個あげよーか?」

「よしなさい若菜。青葉、お前は育ちざかりなんだから自分で食べなさい」フー「イヴァーノくん、君さあ、居候みたいなものなんだから言うこと聞けなきゃ追い出すよ?」

うっっ!

「食べる…」シブシブ「美味しい…」

くっ!人参のくせに美味しいとか…卑怯な!



どうもこの身体の両親、そして姉は労働階級でもまあまあ上位の庶民らしい。その身なりはなかなか上等なものだ。

ミキオのバッグは非常に柔らかく鞣した革だし、ヨーコの首にはキャラットは小さいがダイヤのネックレスがかけられている。
ワカナのイヤリング(耳に穴だと…?野蛮な!)…あれも間違いなく金だし、何より…この家には部屋の狭さをさらに圧迫するほどの高価な書籍が(絵だけのものも多い)ぎっしり詰まっている!詰まっているどころか所狭しとそこらじゅうに積まれている!

「タヌキのくせにミドルアッパーだと?生意気な…」

そうして彼らは各々家を留守にして仕事に行く。
そしてアオバは同じように学び舎へと出かけて行き、昼間この家に居るのは僕一人だ。

〝イブキ”なるこの身体はツーシンなるもので勉学を学んでいたらしいが、学んでいる形跡はあまり見受けられない。ふっ、イブキは勉強がきらいなのか?気持ちは分かるがしょうのない奴だ。

彼は時々働きに出て、あとは家で縫い物をして過ごす事が多かったらしいが、彼の衣装棚は異質な服で埋め尽くされ、とても着たいとは思えない代物ばかり。

なので僕は毎日、ワカナから奪い取った柔らかなブラウス数枚と、イブキのチェスト内で見つけた、ひざ下丈のドロワーズ?みたいな衣服を数枚で着回している。
それはワカナ曰く、一枚は〝バルーンパンツ”でもう一枚は〝サルエルパンツ”、もう一枚の裾が広いものはワイドパンツというらしい非常に着心地が良い。

さて、何故生活に順応した、と言いながらこの僕が外へ出ないか。
それは何も見知らぬ世界が怖いわけではない。僕はそれほど臆病ではない。むしろ本来であれば未開の地など誰よりも先に出向きたいところだ。

だ・が!

貴族の子女たるこの僕が従者もなく外をうろつくなど言語道断!ましてや…、あああ…、こんなあっさりした顔で外など出られるものか!ううぅ…僕の美貌を返せ!

だが斬新なもの、珍しいものを誰より先に手に入れるのは貴族の矜持であり特権である。流行りを率先して、いや、作り上げることこそ貴族の務め。

ということで僕は居間にあるテレビでこの世界への理解をより深めている。

ところでこのテレビなるものだが…仕組みは分からないが実に興味深い。

僕は遊戯…娯楽…、そういったものが昔から大好きなのだが、このテレビとは娯楽の宝箱だ。

劇場まで出向かなくてもテレビをつければ演劇、歌劇を観賞できる。楽団の音楽もだ。

「アハハハハハ!馬鹿じゃないの!落とし穴とか…ククク…」

大道芸人のような男たちによる〝バラエティ”なる非常に愉快な番組もある。

その他にも興味ぶかいのが…

「アオバアオバ、あの動く絵はなんだ。イブキの部屋にもアレの絵がたくさんあったが色鮮やかで面白い!」
「あー、あれは俺とイブちゃんが好きなアニメだよ。少年マンガ原作のアニメで映画にもなってんの。興行収入第一位だって。今度観に行く?」
「…行く」

またこんなのも…

「ワカナワカナ、あの男たちはなんだ。躍りながら珍妙な歌を歌っているが…実に華やかで見目が良い。あの右端などなかなか美形じゃないか」
「おー!お目が高いねイヴァーノくん!あれはあたしの好きなアイドルでね、十代から研究生にはいり苦節六年、ようやくデビューが決まってfdghjkl」

説明が長い!

そんな僕にも理解出来ないものが一つだけ…

「ヨーコ、机の上にあるあの機械はなんだ」
「あれは私があげたお古のミシンよ。服を縫う道具。伊吹の宝物」

服を縫う道具?イブキは家で縫い物をしていたと言っていたが…

「もしかしてイブキはお針子なのか?」
「そうじゃなくて…レイヤーって言ってね」

「?」

「そうだ!イヴァーノくん、いいもの見せたげる」

「な、何だ…」

スィスィスィ

「これこれ」
「なっ!」

なんだこれはー!
限りなく僕に似ているが明らかに僕ではない、どこか安っぽい貴族服を着た僕がいる…

「イヴァーノコスしてる伊吹、似てるでしょ?」
「これがイブキだと!だってイブキは僕じゃないか!」

甚だ不本意ながら!

「このあっさりした顔に僕のような端整さはない!」
「あのねえ…親の私が言うのもなんだけど…伊吹は素っぴんでも可愛いわよ?そりゃには到底敵わないでしょうけど」

「そんなことはどうでもいい!なにがどうなってる…」

僕の問いかけに応え、ヨーコが持ってきたのは箱に詰め込まれた化粧道具だ。

「いつ伊吹が戻ってもいいように荒らされないよう隠してたんだけど…」
「こんなにいっぱい…この映像の貴族服は?」

「あー、病院で捨てられちゃった。他のあるかな?探してなかったら作ったげる」

「作る…?ヨーコは仕立ても出来るのか?」

「あの子に教えたの私だもの。でも…コスメイクは無理。あ!リンリンちゃん呼ぼうか?」

そうして僕は何が何だかわからないまま、例のリンリンなる女子が来る週末を待つことになった。


愛と自由の国サルディーニャ。僕の愛する美しい国。だが…

愚民ニコラと憎きパンクラツィオの悪辣な陰謀により儚く麗しい僕の評判は地の底を這っている…。
卒業パーティーという社交界の注目が集まる大切な節目、よりにもよってあのように公衆の面前で水をかけられ婚約破棄を言い渡されるとは…何たる屈辱!イブキには悪いがあれだけ恥をかかされ社交界に返り咲けるとはとても思えない。

すまないイブキ…

人に頭を下げるなど名誉にかかわる行為だが、イブキは別だ。言ってみれば彼は僕。僕は彼。自分にならどれほど頭を下げても構わない。

…後始末は全て任せた。達者で暮らせよイブキ…どこぞの田舎貴族にでも嫁がされるかもしれないが…






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