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15話 ロジウムの戦い
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アデルバートの北、ロジウム地区にもようやく春風が吹き始めた4月中旬─。
金獅子ことレオンハルト・ナイトは、大きく開いたロジウムゲートから湧き出してきたばかりの魔獣ブラックディア(※アデルバートに分布の多い鹿の魔獣で、ハイクラス魔獣に分類される)5体の群れに芦毛の愛馬リース(※体毛が白いことから、レオンの好物でもあるライスをアデルバート語に訳した名を彼が与えた)と共に突っ込むと、鋼の剣を抜いてそれらをなぎ倒した。
「ふぅ・・・。
これでしばらく魔獣は出てこないだろう。
じきに日が暮れることだし、今のうちにロジウム村まで引いて休憩するとしようか。」
彼は少し離れたところで別のブラックディアを倒し終えたばかりの自分の班の副班長、ゼニス騎士のヴィクトルに、そう声をかけた。
「了解しましたレオンハルト様。
しかしブラックディアを一気に5体も倒されるとは流石ですね・・・!
私なんて貴方の倍は生きているというのに、ブラックディア1体の相手でも精一杯ですよ。」
とヴィクトル。
「まぁこれでも一応ナイト家の直系だし、この班の班長でもあるからな。
僕は戦略をたてるのは得意じゃないし、せめて身体を張らないとと思って。」
とレオンは苦笑した。
「いや・・・同じ直系の騎士様でも、グリント様はレオンハルト様のように前には出ず、危なくなったら部下を盾にして何とか生きながらえていると、前に別の班の知り合いから聞きましたよ?」
と同じ班のゼニス騎士レフが言った。
「あぁそれ、俺も聞いたっすよ。
それで自分の班に盾に出来る人間がいなくなったら、別の班から盾にする人員を補っているんでしょ?
俺、マジレオンハルト様の班で良かったっすよ。」
と同じ班のオリーブ騎士ライも同意した。
「だがグリント様のせいもあって今戦場に残っている班も大分減った。
現在の所、出撃した騎士の半分の死亡が確認されているらしいが、実際は死んではいなくても、負傷が酷くてポーションでも回復が追いつかない奴らが大勢いて、そいつらはスティールに引っ込ませて療養中だから戦力には含まれないしな。
まぁレオンハルト様の活躍で魔獣の方も大分減って、今は時折ゲートから追加で湧いてくる魔獣を除けば、魔獣群のボス ブルードラゴンと、その配下の魔獣数体を残すのみだろ?
もうそろそろこの班とグリント様の班が合同でブルードラゴンに挑む・・・とかそんな流れになるんじゃないのか?
そしたら俺とお前だってグリント様の盾にされる可能性があるぞ?」
とライに向けて話すレフ。
それを聞いてライは、
「マジっすか・・・
俺、戦場から帰ったら本命の女がさせてくれるって約束してくれたんすよ!?
こんなところで死にたくないっすよ・・・」
と泣きそうな顔になった。
「おーい、レフにライ!
無駄口を叩いていないで、魔獣の死体を片付けを手伝ってくれないか!」
と副班長のヴィクトルが彼らを呼んだ。
「あっ、はい!」
「はいっす!」
「あ、僕も手伝うよ。」
そしてレオンの班の4人は、広大な平野に横たわる魔獣の死体をせっせとアイテムボックスに収納するのだった。
その日の夜、壊滅状態のロジウム村の中でも比較的無事な民家の庭先で、レオンの班が焚き火をして鍋を囲っていた。
「また鹿鍋っすか・・・。
もう俺、食い飽きたっすよ・・・」
とライが椀に盛られた料理を見て辟易とした顔をした。
「おいライ。
ヴィクトルさんの作った飯に文句をつけるな。
飯の支度は本来であれば一番階級の低いお前の仕事なんだぞ?」
とレフがライに注意をした。
「あっ、そーっすよね・・・。
すみませんヴィクトルさん。
俺、料理なんてしたことがないもんで、いつもヴィクトルさんに甘えちまって・・・。」
とライがヴィクトルに対して申し訳無さそうに頭を下げた。
「いや、いいさ。
私はこの班の中では1番料理スキルが高いようだからな。
雪鳥は適当に料理しても美味かったが、暖かくなってきたからかもう奴らも出てこなくなったし、今出てくる魔獣の中で捌き方がわかる魔獣はこいつだけなんだ。
狩人なら色んな魔獣を捌けるんだろうがな。
まぁ今は鹿鍋で我慢してくれ。
私も正直妻の料理が恋しいよ・・・。」
レオンはそう言って妻の姿を頭に思い浮かべているであろうヴィクトルを見て、ふふっと微笑んだ。
レオンは性に奔放で愛人を何人も抱えている者の多い騎士の中で、彼のように妻と子を一途に愛している者は非常に珍しいので、自分も将来彼みたいであれたらと尊敬の念を抱いていた。
そして、穏やかで心優しい彼が同じ班で自分の補佐を努めてくれるから、自分はこのロジウムの戦いでやってこれたと感謝もしていた。
「ヴィクトルは奥さんの作る料理の中で何が一番好きなんだ?」
とレオンが彼に尋ねた。
「えっ?そうですね・・・。
ボルシチでしょうか?
特に何の変哲もないボルシチなんですが、とてもホッとする味がするんですよ。
レオンハルト様も宮廷の食事が恋しいでしょう?」
とヴィクトル。
「いつも食事を作ってくれているヴィクトルには申し訳ないが、確かに恋しいな・・・。
最も僕が恋しいのは、料理長には悪いが宮廷の料理ではなく、僕の専属メイドが作ってくれる料理なんだが・・・」
と、レオンはモニカの笑顔と今まで彼女が作ってくれた数々の料理達を頭に思い浮かべてはにかんだ。
「あー、モニカさんでしょ?
俺、何度か宮廷で見かけたことがありますけど、すっげー美人ですよね!」
とレフ。
「マジっすか!?
いーなぁ美人の専属メイド!
夜毎特別なご奉仕をしてくれて、やりたい放題出来ちゃったりとかするんすか?」
とニヤニヤしながらライ。
そこで、
「やりたい放題も何も、我が弟は未だに男の証を立てていない童貞だぞ?」
と、背後から聞き覚えのある嫌な声がした。
レオンは眉間にシワを寄せながら後ろを振り返った。
するとそこには案の定、レオンの腹違いの兄であるグリントが、相変わらず薄い髪を靡かせて、1人のオリーブ騎士と共に立っていた。
「グリント兄さん・・・。」
レオンの班の皆は、緊張しながらグリントに頭を下げた。
「俺の班も今から休憩に入るところでな。
最も俺の班は、このオリーブ騎士のダニイルしか残っていないがな。」
グリントから今しがた紹介されたダニイルという名のアデルバートに最も多い灰色の髪と目をした青年が、レオンに向かって頭を下げた。
彼は前髪が長く顔が見えづらかったが、よく目を凝らして見ると、非常に整った顔をしていた。
「2人だけじゃこの先どうしようもないし、班員を補充しようと思い辺りを探したが、どうやらこの戦場でまともに動ける班は俺とお前の班だけらしい。
だが敵も残すところブルードラゴンの本群のみになったことだし、ここらで俺もそっちの班に混ぜてくれよ。
な?
レオンハルト・・・」
とグリントは口角を上げて挑発的にレオンを見た。
レオンは冷や汗を垂らしてグリントを見てからこう答えた。
「・・・わかった。
ただし条件がある。
合同班の指揮権は僕にくれ・・・」
「はぁ!?
なぜ兄である俺が弟の指揮下に入らなければならんのだ!」
とグリントは反論した。
レオンは黙り込むと、自分の方を不安そうに見ている班員たちの顔を1人ずつ順に見ていった。
そしてごくっと生唾を飲むと、勇気を振り絞ってグリントにこう言った。
「・・・グリント兄さんは、今まで何人の騎士を自分の盾にした?
この班の皆は僕にとって、3ヶ月半もの間共に死線を潜り抜けてきた大切な仲間なんだ。
それを兄さんの盾にされて失うわけにはいかない・・・。」
「ふん。
ならば次はダニイルが盾になるだけだ。
レオンハルト、お前は自分の班員可愛さに、このダニイルを見捨てるというのだな?
この人殺しの偽善者が!」
と皮肉タップリに声を荒げるグリント。
(人殺しはお前のほうだろう!!)
レオンはそう思うも、幼い頃この兄に苛められ、散々植え付けられて来た彼に対する恐怖心が、その喉まで出かかっていた本音を飲み込ませた。
レオンはグリントに背中を捕まれ、盾のように突き出されたダニイルを緊張した面差しで見上げた。
だがダニイルは肝の座った男なのだろう。
通常この状況ならレオンに救いを求めるかのような視線を送ってきそうなものだが、彼はまるで死を恐れていないかのように美しく凛々しい顔を微塵も崩す事なく、平然と落ち着き払っていた。
(美形嫌いのグリント兄さんなら、真っ先に彼を盾に使いそうなものだが、よく最後まで残しておいたな・・・。
オリーブ騎士のようだが、相当使える男なのか?
それに彼・・・この状況に全く動じていないことも気になる・・・。
彼にはグリント兄さんの元で生き残れるだけの自信があるのだろうか・・・。
どうする・・・?
彼を助けるということは、僕の班員達をグリント兄さんの盾候補として危険に晒すことになる・・・。
何とか両方を助けられる方法はないのか・・・!?)
とレオンが必死に考えていると、
『レオンハルト様。
グリント様の提案を受け入れましょう。』
とヴィクトルが耳打ちをした。
『しかしそれだと君達が危険だ・・・』
と小声で返すレオン。
『ですがここで彼を見捨てる選択をすれば、貴方は酷く後悔なさるでしょう・・・。
副班長として、その決断を若く将来のある貴方にさせたくはないのです・・・。
大丈夫、残った魔獣はもう僅かです。
グリント様がこれ以上誰かを盾にするような状況になる前に、全力で押し切りましょう。
それでもレフとライ、そしてダニイルが盾にされそうな時には、私が全力でサポートします・・・!』
「・・・・・」
レオンは暫く考え込むと、ヴィクトルの言葉に頷いた。
『わかった。
ならばヴィクトルには僕が母様より持たされたミスリルシールドを貸そう。
そしてブルードラゴンと対峙するときには、更に僕の光の強化魔法を付加させる。
それならきっとブルードラゴンが放つブレスにだって耐えられるはずだ。
それで皆を守ってやって欲しい。』
『そんな貴重なものを私などに・・・よろしいのですか?』
『うん。
僕は一本の剣を両手で持って戦うスタイルだし、盾は滅多なことで使わない。
ヴィクトルに役立ててもらえるなら母様も喜ぶと思うよ。』
レオンはそう言ってヴィクトルと頷き合うと、グリントに向けてこう言った。
「わかったよ兄さん。
合同でいい・・・。
指揮権も兄さんに譲る・・・。
だから彼を離してやってくれないか?」
グリントは満足気に微笑むと、ダニイルを開放してこう言った。
「わかればいいんだよ。
それじゃあ早速飯を分けて貰おうか。」
グリントはヴィクトルの作った鹿鍋に対し、「つまらん味だ!」等と不満を零していたが、余程腹が減っていたのか人一倍それを平らげた後、宿泊に使っている民家の中で1番綺麗な部屋を独占して勝手に寝てしまった。
村の中であってもたまに仕留めそこねた魔獣が迷い込み、人を襲うこともあるため、グリントを除くメンバーで1人1時間ずつ交代で見張りをしながら休んだ。
そしてあくる朝、レオンが井戸の水を汲んで顔を洗っていると、ダニイルが半分程崩れ落ちた教会から姿を現した。
彼とは昨晩同じ鍋を囲ったがその時も殆ど話すことはなかったので、彼は無口な男なのだろうし、自分が話しかけたりしたら迷惑そうな顔をされるかもしれないと思ったが、それでもこれから行動を共にする仲間なのだしと、思い切って彼に笑顔で声をかけてみた。
「おはようダニイル。
戦いの日々においても神に祈りを捧げるとは、随分と信心深いのだな。」
すると彼は口元を緩めて表情を崩すとこう返した。
「こんな僕でも無事を祈ってくれる子がいるので、僕の方も極力無事でいることを彼女に伝えたくて、こうして教会に来られるときには祈りを捧げるようにしているのですよ。」
レオンは彼がまともな返事をくれるとは思わなかったので、意表を突かれて目を丸く見開きながらこう返した。
「・・・そうか。
とても良い心がけだとは思うが、君がそうして祈っても彼女に君の無事は伝わらないのだし、無駄な労力ではないのか?」
それに対して彼は答えた。
「そんなことはありませんよ。
世界各地の教会にある全ての御神像は、創造神ヘリオス様を通して繋がっていますから。」
レオンは彼のその言葉にハッとした。
「どうかされましたか?
レオンハルト様。」
と首を傾げるダニイル。
「いや・・・。
君と同じようなことを僕の恋人が言ってたから、それを思い出してな・・・。
彼女も信心深くて、毎朝礼拝堂で祈りを捧げているんだ。
もしかしたら御神像を通して僕の無事を彼女が感じ取ってくれるかもしれないから、僕も君に習って祈っておこうかな・・。」
レオンはそう言って少し照れくさそうに笑った。
「良いと思います。
きっと彼女に貴方の無事が伝わりますよ・・・。
そろそろ朝食が出来上がりますから、祈りが終わりましたら昨日夕食を食べた焚き火の場所まで来て下さい。
あ・・・それと、大切なことを伝え忘れていました。
僕を助けてくれてありがとうございます。
レオンハルト様。」
ダニイルはそう言って微笑み頭を下げると、焚き火のある場所へと向かって行った。
(思っていたよりも話しやすい男だった・・・。
彼を見捨てる決断をしなくて本当に良かった・・・。
これもヴィクトルのお陰だ・・・。)
レオンはそんな事を思いながら崩れかけた教会の扉をくぐり、アデルバート像のある場所まで瓦礫を避けながら進んだ。
レオンは少しヒビが入り傾いたアデルバート像の前で跪くと、
(これ以上誰もグリント兄さんの犠牲になることなく、無事ブルードラゴンを倒せますように・・・・・。
そしてモニカ・・・。
早く君に会えますように・・・・・・)
と愛しいモニカの笑顔を頭に想い浮かべながら、祈りを捧げるのだった。
祈り終えたレオンが教会から出てくると、焚き火のところでダニイルが鍋をかき混ぜているのが見えた。
その近くではヴィクトルがいそいそと椅子と食器類を用意していたが、他の者はまだ寝ているのか、そこには彼ら2人の姿しか見当たらなかった。
レオンが彼らの方へと近づくにつれて、ほわん・・・といい香りが漂ってくる。
「あ・・・
これは味噌の匂いではないのか?」
とレオンが鼻をひくひくさせながら口にすると、ダニイルが笑顔で答えた。
「えぇ。
昨夜頂いた鹿鍋の残りにライスと味噌を加えてみたのです。
味噌はアデルバートには馴染みのない調味料ですのに、よくご存知でしたね?
レオンハルト様。」
「ああ・・・
僕の恋人がヘリオス連合国のジャポネ出身だから、毎朝味噌汁を作ってくれていたんだ。
ダニイルこそアデルバートの人間なのに、味噌を味付けに使うだなんて珍しいな。」
とレオン。
「前にジャポネに旅行したことがあるのですが、それ以来すっかりジャポネ料理にハマりまして、もともと僕は料理をするのが好きなほうなので、アデルバートにいてもあの味が食べられるようにと追求したのです。
あ、朝食が出来ましたので、皆さんを呼んで来て貰えますか?」
レオンとヴィクトルは頷くと、宿泊に使っている民家の中へと入っていった。
レオンはレフとライを起こすのをヴィクトルに任せ、自分はグリントを起こすために彼が寝ている部屋へと入った。
正直グリントに関わるのは気が重かったが、その役割をヴィクトルに任せてしまえば、寝起きの悪いグリントが心優しい彼を言葉で罵り傷つけてしまうことが安易に想像出来た。
それならば、兄の暴言に慣れている自分がその役を担うべきだと思ったのだ。
「グリント兄さん。
もうそろそろ起きてくれないかな。
グリント兄さんってば!」
レオンがそう声をかけながらグリントを揺すり起こすと、兄は自分だけ夜の見張りをせずにぐっすり眠っていたくせに、案の定不機嫌全開で目を覚まし、嫌味を言われた上に足蹴りまで繰り出してくる始末だった。
だがそんなグリントも、ダニイルの作る朝食の匂いを嗅ぐと表情を和らげ、無言で席につくとパクパクと勢い良く椀の中身をかきこみ始めた。
それを見てレオンは納得した。
(成る程・・・。
グリント兄さんが美形の彼を盾にせずに残しておいた理由はこれか・・・。)
と手元の椀に入った料理に目を落とし、自分もそれを口に運んでみた。
(昨日の鹿鍋の残りに、干した茸や野菜、溶き卵が加えられて、味にコクとまろやかさが出ているな・・・。
鹿肉のこってりした出汁に味噌の味付けがとても良く合っていて、ライスも入っているから腹にも溜まるし、久々に満足のいく食事にありつけた・・・。
同じ国の調味料を使っているからか?
モニカの味にも似ているし、何だか妙にホッとする・・・)
レオンはそんな感想を頭の中で述べながらお代わりをよそおった。
レフとライも味噌雑炊を気に入ったようで、レオンに続いてお代わりをしている。
「いやぁ、私の作った味気ない鹿鍋がここまで美味しく化けるだなんて、ダニイル・・・君は天才だ!
それにしても野菜はともかく卵なんてよく手に入ったね?」
とヴィクトル。
「あぁ、それは前に雪鳥の卵を見つけた時にアイテムボックスに入れておいたので、それを使ったのですよ。
そろそろブルードラゴンにぶつかる可能性もあるでしょう?
その前に精をつけないとと思いまして。」
とにこやかに答えるダニイル。
そこでグリントが顔を上げ、皆に向けてこう言った。
「そのことだが、飯を食っておのおの装備を整えたらゲートまで進撃するぞ!
一晩明けたからまたゲート付近に魔獣が湧いているだろうが、我ら騎士の現勢力ではそれを片付けるだけで精一杯で、なかなかブルードラゴンに辿り着けない・・・。
そこで、昨夜新たに湧いた魔獣を掃討した後、このロジウム村には戻らず、適当な場所に陣を取って野営することにする!
そして朝になったら一気にブルードラゴン本群に奇襲をかけるぞ!」
「えっ・・・ちょ、ちょっと待ってくださいよグリント様!
それって敵の陣地のど真ん中で夜を明かすってことですよね!?
そんなの無理ですって!
交代で見張りを立てるにしても、夜中は魔獣が湧き出すペースも早いですし、俺なんてライとペア組んで戦ってブラックディア1体倒すので精一杯なんですよ!?
ヴィクトルさんなら1人で1体倒せますけど、それでも一度に複数体湧いてきたらとても持ち堪えられませんよ!」
とレフが慌てて声を上げ、ライもそれに同意してコクコクと必死に頷いた。
「そんな事はわかっている。
だからレオンハルト1人で夜通し見張りをして貰うんだよ。
レオンハルトならそれくらい簡単にやってのけるだろうしな。
俺達はその間ブルードラゴン本群戦に備えてぐっすりと眠らせて貰えばいい。
素敵な作戦だろう?」
「ちょ!?
それってまるで、レオンハルト様に対するイビリじゃないっすか!
確かにレオンハルト様はチート級の強さっすけど、それでもそんな無茶をさせたら、ブルードラゴンと対峙した時に戦えなくなってしまうっすよ・・・!」
とライが汗を飛ばしながらグリントに意見した。
「・・・オリーブごときがこの俺に意見だと?
そんなに盾になりたいのか・・・!?」
「ひっ・・・!!」
と青褪めるライ。
「やめろ!
わかった・・・
僕が1人で見張りを・・・」
レオンがそう言いかけると、ヴィクトルが肩にそっと手を置き、それ以上は言わなくていいと言わんばかりに頭を振ると、グリントに冷静な眼差しを向けてこう言った。
「グリント様・・・恐れながら申し上げます。
レオンハルト様は我ら班の要となるお方ですので、ブルードラゴン戦までその戦力を温存していただくのが最も勝率を上げる作戦だと思われます。
ですが貴方様の仰るとおり、ロジウム村までいちいち引いていては、なかなかブルードラゴン本群に挑めないのもまた事実・・・。
そこで、ゲートの近くにあっても極力魔獣に見つかりにくい場所を探し、そこに潜伏して奇襲の機会を伺うのが宜しいかと思います。
そしてレオンハルト様とグリント様にはしっかりと休息を取っていただき、他の者達で見張りをするのです。」
「・・・フン。
ゼニスの中堅ポジションごときが偉そうに・・・。
それで、その潜伏場所に心当たりでもあるのか!?」
とグリント。
「そ、それはまだ・・・。
ゲート付近の魔獣を掃討した後、潜伏場所を探す時間を私に与えてくだされればと・・・」
とヴィクトルが頭を下げた。
「フン!
話にならんな!」
そこで、さっきからそれらのやり取りを黙って聞きながら味噌雑炊を食べていたダニイルが手を挙げた。
「あの・・・僕、潜伏に良さそうな場所を知っていますよ?」
「ほ、本当か!?
ダニイル!」
と身を乗り出すヴィクトル。
「はい。
先日魔獣の死体を片付けている時に見かけたのですが、ゲートの東側の森に洞窟がありました。
それほど深そうな洞窟でもありませんでしたし、そこを巣穴として使っている魔獣もいないと思いますよ?
洞窟の入口に結界魔法を張っておけば、見張り番をつけることもなく全員休めるのではないかと・・・。」
「それはいい!
情報に感謝するぞダニイル!
それではゲート付近の魔獣を掃討し終えたら、皆で洞窟の確認に行くとしようか!
それで宜しいですね?
グリント様。」
とヴィクトル。
グリントは、
「ちっ・・・」
と舌打ちをした後、
『一晩中1人で戦わされ、ろくに休む間もないままブルードラゴンと戦うことになり、一番の手柄を俺に奪われたレオンハルトの泣きっ面を拝めると思ったのに・・・』
と小声で呟くと、
「わかった・・・
それでいこうじゃないか・・・。」
とため息交じりに返すのだった。
朝食を食べたあとは作戦通りに出撃し、ゲート付近の魔獣を掃討した。
それから皆でダニイルの言った東の森に入ると、高さと幅が3m程度、奥行きは20mくらいの洞窟があった。
中には蝙蝠などが多少巣食ってはいたが、魔獣が潜んでいることもなく、ロジウム村の民家ほど清潔で快適ではないにしろ、雨風を凌げるし潜伏場所としては充分だった。
レオンは目を閉じて意識を集中させ、洞窟の入口に向って魔法を唱えた。
─ライトウォール─
洞窟の入口に光の壁が現れ、キラッと光った後透明になり、そこには何も無いように見えた。
「あれ?
一瞬光の壁が見えたっすけど、今は何もなくなっちゃいましたよ?」
と言いながらライが見えない壁に向って手を伸ばすと、ライに反応してキラッと壁が再び光を放った。
「この壁は発動時と消滅時、そして誰かが接触した時以外は透明なんだ。
人が触れると光るけど、通過すること自体は問題ないよ。
だが僕よりも弱い魔獣が近付くと弾いてくれる筈だ。
まぁジェイド兄さんが貼っている大規模結界の縮小版のようなものだよ。」
と説明するレオン。
「流石レオンハルト様です!
お陰様で今夜は全員しっかりと休めますし、とても助かります!」
とヴィクトルが言い、レフとライもレオンに口々に例を述べた。
グリントがフン!とソッポを向いているのは予想通りだったが、何故かダニイルは少し困ったように眉を寄せ、何かを考え込んでいた。
そしてアイテムボックスから簡易的なトイレとして用いられる浄化の魔石が取り付けられた台座と支柱、カーテンを取り出すと、いそいそとそれを設置し始めた。
「ダニイル。
用足しなら外で適当にすればいいんだし、態々トイレを設置することもないんじゃないのか?」
とレフが言うとダニイルは、
『いや・・・
僕が彼の張った光の壁を通過すると壊してしまうからな・・・。
そのことをすっかり失念していて、洞窟に結界を張ればいいだなんて言ってしまったから・・・』
とレフには聞こえない程度に小さく呟いてから、
「今晩は決戦前の特別な夜ですからね。
少しでも快適に過ごしたいじゃないですか。
簡易的ではありますが、風呂も用意しますよ。
風呂なんて皆さん久し振りでしょう?」
と微笑むのだった。
その後は順番で風呂に入り、夕食はダニイルが腕を振るったオーガボア(※フェリシア神国では鬼イノシシと呼ばれるハイクラス魔獣だが、アデルバートではオーガボアと呼ばれている)の肉をジンジャーと砂糖、ソイソースで味付けして焼き上げた生姜焼きと、オーガボア肉と根菜を贅沢に使い、味噌で味付けした汁物、そしてライスボールというメニューだった。
「俺、オーガボアなんて初めて食いましたけど、無茶苦茶美味いっすね!」
とライが生姜焼きを頬張りながら感想を述べた。
「オーガボアはアデルバートでは普段滅多に出没しないハイクラス魔獣ですから、こうして食べる機会も少ないですよね。
レオンハルト様が見事な剣さばきで狩ってくれたおかげで、こうして頂くことが出来ていますよ。
ありがとうございます。」
とダニイルはレオンに微笑みを向けて頭を下げた。
「いや、僕は自分の役目を果たしただけだし・・・。」
とレオンは照れくさそうに笑うと、汁物を啜った。
「うん、美味い!」
「・・・・・」
グリントはレオンがその獲物を狩ったという点は気に入らないようだったが、料理自体には大満足なのか、無言ながらも次々とそれらの料理を口に運んでいた。
ヴィクトルもレフも幸せそうに微笑んで、料理を口にしている。
レオンは続けて三角形に握られたライスボールに手を伸ばし、
「おむすびか・・・。
懐かしいな・・・」
と呟き、モニカが握ってくれた三角のおむすびを思い出して口元を綻ばせ、それを口にした。
中には昆布の佃煮が入っており、昆布の塩気とライスの甘さとモチモチ感、そしで外側を包む板海苔の香ばしい香りが口の中で溶け合い、幸せな気持ちで満たされていった。
「・・・レオンハルト様は本当にラスター・・・ラスター・ナイト様に似てらっしゃいますね・・・」
そんなレオンの横顔を隣でじっと見ながらダニイルが言った。
「えっ?
あぁ・・・僕の母と祖父がラスター・ナイトに似ていてね。
まぁアデルバートでは特に珍しい髪や目の色でもないし、この国ではごくありふれた顔ってことなんだろうな。
僕はその2人の外見的特徴を強く受け継いだみたいだ。」
とレオンは答えた。
それを聞いたグリントは、
「フン・・・
まだ気がついていないのか・・・」
と愚痴ったが、彼と離れた場所に座っているレオンにはそれは聞こえなかった。
「でもそれだけ整ったお顔立ちなら、大層女性におモテになるでしょう?」
とダニイル。
「えっ・・・そんな事はないよ。
というか、僕は向こうからぐいぐい来られるのは好きじゃないから、そういう子に言い寄って来られることがあっても、すぐに頭からシャットアウトしているからあまり覚えていないんだ・・・。
というか、君の方こそモテるんじゃないのか?
ダニイル。」
とレオンは逆に彼に尋ねた。
「僕ですか?
そうですね・・・。
こんな僕でも好きだと言ってくれた子が過去に2人いますが、今まで生きていた年月に対して2人だけですからね。
モテたなんてとても言えないですよ。」
とダニイルは苦笑しながら答えた。
「ダニイルお前、20歳かそこらだろ?
それで2人から告られたなら、充分にモテたと言えるんじゃないのか?
俺なんか告られたことなんか一度もないぜ?
まぁ腐ってもゼニスだから、ヤラせてくれる女は何人かいるけど・・・。」
とレフ。
「レフさんはナイト姓があるだけまだいいじゃないっすか!
オリーブでイケメンでもない俺なんか、金を払わないと誰も相手にしてくれないっすよ!?
本命の女にだってどれだけ貢いだか・・・
ヴィクトルさんは?
奥さん以外に何人抱いたんすか?」
ライに話題を振られたヴィクトルは、苦笑いを浮かべてこう答えた。
「私は妻しか知らないんだ・・・。
15になる前に経験しないと恥だと周囲から散々言われて、15になる直前に妻に頼み込んで経験させてもらって、そのまま結婚して今に至るよ・・・。」
「ヘェ~!
他の女を知りたいとは思わなかったんすか!?」
とライ。
「私は思わなかったな。
妻に惚れ込んだのは私の方だから頭が上がらなかったというのもあるが、他の女性をそんなふうに見ることが出来なくてな・・・。」
レオンはヴィクトルのその話を聞いて、本当に彼らしいなと思い柔らかく微笑みこう言った。
「ヴィクトルのそういう考え、僕は凄く好きだよ。
僕もモニカに対してそうでありたいと思ってる・・・」
そこでグリントが不快感を顕に「チッ・・・」と舌打ちしてから低く押し殺した声でこう言った。
「おいレオンハルト・・・。
そんな女の尻に敷かれた牙を持たない軟弱野郎に感化されてるんじゃねぇよ・・・。
お前は非処女では勃起しないとか積極的な女では萎えるとかいちいち面倒ではあるが、本当は俺と同じこっち側の人間の筈だ・・・。
モニカを賭けて剣を交えたあの日のお前に確かにそれを感じたから、今まで何も言わずに黙ってやっていたのに、それを研ぎ澄ますどころか逆に鈍らせていようとはな・・・。
どうせお前が非処女では勃起しないとモニカに言った為に、モニカが自分が非処女であることをお前に打ち明けられず、曖昧な関係がグダグダと続いた結果、未だに証を立てられずにいるのだろう?」
「・・・何故モニカが非処女だと知っている!?」
とレオンは険しい顔でグリントに尋ねた。
それに対してグリントはこう答えた。
「それくらいモニカを見ればわかるさ。
自分を性の対象として見ている男を前にしてあの堂々とした態度・・・。
そして女としての自信を感じさせる物腰・・・。
あれは男を知っているからこそ持てるものだ。
俺から勝ち取ってまで手に入れたモニカだろう?
非処女でもいいから押し倒し、セックスが出来るかどうか試してみれば良いじゃないか!
それで駄目ならモニカを捨てて、次の女を探せばいい・・・それだけのことだ。」
レオンはグリントを鋭く睨むとこう返した。
「・・・・・グリント兄さんに心配なんかされなくても、この戦いから帰ったらモニカで証を立てると約束しているよ・・・・・。
僕はこの戦いの出撃前、モニカから非処女だと聞かされたが、それでもモニカが欲しいと思えたんだ・・・。
それだけモニカは僕にとって唯一無二の、特別な女なんだよ・・・!!
そんな相手に出会えた経験が無いグリント兄さんに、それが理解出来るはずもないだろうがな!!
確かに僕にとってモニカが非処女である事実は、簡単に飲み込めることじゃない・・・。
だが、モニカが初めて身体を許した男は、彼女がずっと好きだった男だ・・・・・。
モニカと僕は、そいつより後から出会った・・・ただそれだけのことだ・・・・・。
後はモニカのすべてを僕のものへと何度も何度も上書きし、そいつの余韻を一欠片も残さず消し去ってやればいい・・・・・」
レオンが眉間にシワを寄せて食べかけのライスボールを睨みながらそう呟くと、彼の隣に座るダニイルが、今までの穏やかな態度からは想像もつかない程の冷たい眼差しをレオンに向けてからこう言った。
「・・・・・。
そうですか・・・・・。
レオンハルト様はお優しいようでいて、彼女に関することではとても激しい気性をお持ちなようですね・・・。
それではもし、その彼とレオンハルト様が同時に彼女と出会えていたなら、彼に勝てていたと思いますか・・・?」
「・・・・・?」
レオンはダニイルの予想外の問いかけに対し、怪訝そうな顔をして彼をじっと見てからこう返した。
「・・・その場合のモニカの気持ちがどうかは僕にはわからない・・・。
だがこの世界の誰よりも、モニカの初めてが欲しかったのは僕だということだけは確かだ・・・・・。
だから、もしそいつと同時にモニカに出会えていて、なおかつモニカが僕と性的関係を結んでもいいくらいに好きだと言ってくれるなら、そいつとやり合って殺してでもモニカの初めてを手に入れていたと思う・・・・・」
それを訊いたダニイルは、フッと口角を上げてレオンを嘲るように微笑みながらこう言った。
「・・・そうですか。
実は僕、奪った側の人間なんです。
さっき僕は、2人の女性から愛を告げられた経験があると言いましたね?
そのうちの1人は僕の本命です。
しかし彼女とは別の、とても大切な家族のように思っている子からも愛を告げられました。
僕はその子に抱いて欲しいと迫られ、最初は本命がいるからと拒みましたが、結局は彼女の魅力に抗えず、彼女を抱いてしまいました・・・。
そしてあまりにも彼女とのセックスが気持ち良かったものだから、本命からいっそのこと彼女へと乗り換えてしまおうか・・・なんて今、真剣に考えています・・・。
でもそんな彼女に想いを寄せ、僕から奪おうとしている年下の男がいましてね・・・。
僕は彼の大切な彼女の初めてを奪ってしまって申し訳ないと思うと同時に、彼女が生まれて初めて男を受け入れた時のあの特別な表情を知るのはこの世でたった1人、僕だけなのだと、優越感を感じてもいます・・・。
そんな僕を、レオンハルト様なら許せますか・・・?」
それに対してレオンは、普段の穏やかさを微塵も感じさせない冷ややかな眼差しをダニイルに返しながらこう答えた。
「・・・・・もしダニイルがモニカの処女を奪っておいて優越感を感じているその男ならば、僕は絶対に許せないから刃を向けていただろう・・・・・」
そんな2人のやり取りを黙って聞いていたグリントが、「フッ!」と笑いを零してから割り込んできた。
「それでいいんだよレオンハルト!
やはり騎士たるもの、それくらいの激しさがないとな!
気に入った女を強いほうが手に入れる。
シンプルだが最も強い子孫を残していける確実な方法だ!
そしてお前がモニカから貰えずに満たされないものがあるというなら、別の女から気の済むだけ奪えばいい・・・。
強ければそれが叶う。
大体においてはな・・・。」
グリントはコップに入っている飲み物を一気に飲み干すと、更に続けた。
「先程お前は、特別な相手に出会えた経験が無い俺に、お前の気持ちが理解出来るはずがないと言ったな?
残念だったな。
実は俺にも、喉から手が出そうな程に欲しい女がいたんだよ・・・。
あれは俺がまだ10にもならない頃に宮廷に輿入れしてきた女・・・。
お前の母親のアンジェリカだよ。」
レオンは腹違いの兄から初めて聞くその事実に耳を疑い、彼をますます怪訝な顔で見た。
グリントは構わず続けた。
「今思えば、あれが一目惚れというやつだったのだろうな・・・。
俺が12で精通した後、アンジェリカで男の証を立てたいと父様にねだったが、父様はアンジェリカを俺に貸してはくれなかった・・・。
あの父様があんなにも夢中になるアンジェリカを俺はますます知りたくなったが、アンジェリカを寝取ろうものなら俺は父様に殺されてしまう・・・。
またアンジェリカのほうも俺なんかよりもずっと強く、一度も隙を見せなかった・・・。
それで今に至るまで手に入れられないでいるわけだ・・・。
母親にそっくりの顔で生まれてきたお前がもし女だったら、アンジェリカの代わりに犯すことが出来たのに思うと悔しくて、お前を虐めて憂さ晴らしをしたりもした・・・。
そのうちお前までも俺より強くなりやがったから、その憂さ晴らしも出来なくなったがな・・・。
だからお前の”1番欲しかった物を誰かに盗られた惨めな気持ち”は、それなりに分かるつもりだぜ?
そしてその惨めさを忘れるために、アンジェリカにやりたかったことを違う女で発散しているが、それでもまぁまぁ満たされる・・・。
だからお前もそうすればいい。
さっきも言ったが、お前はそこの軟弱な牙無しのヴィクトルとは違い、それが出来るこっち側の男だ・・・。」
「・・・・・はぁ!?
僕がモニカを悪戯に傷つけるような事をするわけが無いだろう!!?」
レオンは拳を握り込むと席を立ち、声を荒げた。
グリントはレオンを宥めるように両手を前に掲げた。
「そうムキになるなよレオンハルト。
俺は間違ったことを言ってはいないはずだぞ?
確かに俺が次期当主として決定されれば、お前はモニカを妃に出来て、一途な愛を貫けるかもしれない。
だがもしお前が次期当主に決まればとうだ?
お前は好きでもない、地位だけある女と結婚させられて、子を成すことを要求されるぞ?
この俺のようにな・・・。
まぁ俺も第1妃のカタリナは全く好みではないし、初夜に義理で抱いてやった以降どうにもその気になれないで放置してはいるが、必要とあれば子作りは可能だから問題はない。
だがお前は俺とは違い、女にいちいち好みがうるさい。
俺のように政治がらみで充てがわれた女を抱くなんて、到底無理だろう?
更に、はっきり言うとお前は人の上に立つ器ではない。
変に真面目で融通が利かず、プレッシャーに敏感・・・更には酷く打たれ弱いときた。
そんなお前が人の上に立たざるを得ない状況に追い込まれればどうなるか・・・俺には手に取るようにわかるぞ?
お前は与えられた立場に苦しみもがき、本命であるモニカを専属メイドとしてキープしておきながらも、なけなしのプライドを保つためにモニカ程ではないにしろ、そこそこ欲情出来て、なおかつモニカでは満たせないものを持っている女を追い求めて彷徨うだろう・・・。
下手したら、俺やジェイドなんか比にならない数の女に手を付けては捨てることを繰り返すかもしれないな?」
レオンは兄のその言葉に眉間に深くシワを寄せて強く反論した。
「・・・そんな馬鹿なこと、あるわけがないだろう!!!
第一次期当主は長男であるあんたがなるのが順当だ!!!」
「・・・・・。」
グリントはそれに対してしかめっ面をして無言で返した。
そして小さくため息をつくと席を立ち、レオンの側まで回り込んでからこう耳打ちをした。
『ここから先は兄弟だけの秘密の話だ。
俺について来い・・・。』
グリントはそのまま洞窟の入り口の方へと消えていった。
レオンは怪訝そうにグリントの後ろ姿を見てから、ヴィクトル、レフ、ライの3人に向けてこう言った。
「少しグリント兄さんと話をしてくるから、君達はここにいてくれるか?」
本来であればダニイルにも顔を見て伝えるべきだが、彼に対しては先程までの会話が尾を引いており、今は顔を合わせたくなくて無視をした。
ヴィクトルはレフとライと顔を見合わせてからこう答えた。
「・・・わかりました。
ですが、もし助けが必要なときは呼んでください。
すぐに助けに参りますから。」
「ありがとう。
僕は大丈夫だから皆は気にせず食事を続けていてくれ。」
レオンはそう言って微笑むと、グリントを追いかけた。
グリントは洞窟を出た所でレオンが来るのを待っていた。
レオンは自分の張った光の壁をチカッと光らせながら通り抜けると、グリントの前に立ち腰に手を当ててこう言った。
「・・・それで話とは?」
グリントはフン・・・と軽く悪態をついてから口を開いた。
「・・・本当は父様にまだ言うなと口止めをされているが、いい機会だから教えておいてやる。
お前は本物なんだよ。
お前とアンジェリカだけが、ナイト家においてラスター・ナイトの血を引く者だ・・・。
俺もジェイドも父様も、ラスター・ナイトの血を引いてなんかいない。
ラスター・ナイトの血の繋がらない弟が、義兄から奪い取った白の剣を掲げてラスター・ナイトのフリをして手に入れた・・・俺達はそんな地位にしがみつくだけの、偽物にすぎないんだよ・・・。
そしてラスター・ナイトが勇者達と共に打ち倒した魔王だが、お前も知っての通り、近い未来において復活・・・もしくは新しい魔王が誕生するのかもしれないが、とにかく魔王が倒されてから1000年前後経過した時に、再び現われることが千里眼能力を持つフェリシア神国の神使により予言されている・・・。
その時、英雄の子孫とされている我がナイト家にも、当然魔王討伐の期待が寄せられるだろう。
だが、白の剣を光らせる事もできない我らは、偽物であるとすぐに民・・・そして神々にもバレてしまうだろう・・・。
それを恐れた父様は、本物のラスター・ナイトの血を引くアンジェリカを3番目の妃に迎え、英雄の血を引きつつナイト家でもあるお前を産ませた・・・。
そしてお前を次期当主とし、お前の血をナイト家の中で繋いでいけば、魔王が再び現れた時にナイト家の頂点にいるのは本物の血を引くお前の子孫であり、ナイト家の過去の嘘がバレることもない・・・。
・・・もうわかっただろう?
お前は俺よりも有力な次期当主候補なんだよ・・・。」
レオンはグリントの話を受け止めきれずに酷く混乱して狼狽え、こう返した。
「・・・・・はぁ・・・・・!?
ちょっと待て・・・・・!
さっきからあんた、何言ってるんだよ・・・!?
僕だけがラスター・ナイトの血を引く公子だって!?
そんなこと、信じられるわけがっ・・・・・」
「簡単に受け入れられないのは無理もないが、それが真実だ。」
とグリント。
「・・・・・・・」
レオンは俯き、無言で返した。
そして、グリントはここからが本題だと言わんばかりに両腕を組むとこう言った。
「そこでレオンハルト。
取引をしようじゃないか。
俺はお前に次期当主の座を奪われれば笑い者にされ、宮廷からも追い出され、地方貴族として冴えない人生を送ることになるだろう・・・。
だから何としても俺は次期当主になりたい。
一方お前は次期当主になどなりたくないし、気楽な立場で好きな女を妃に迎えたい。
俺とお前の利害は一致している。
そうだろう?
だがこのまま行けば、お前が次期当主にされる・・・。
それを覆す方法が今目の前にある。
お前がこのロジウムの戦いでの手柄を俺に譲ればいい・・・。
絶大な被害が出たこの戦いに終止符を打ったのが俺ならば、民からの俺への支持はぐんと上がり、父様とて俺を次期当主にせざるを得なくなるだろうからな・・・。
そしてお前は成人後モニカを妃に迎え、父様が当主を引退し俺が正式に当主になったなら、宮廷を出てモニカと一緒に地方貴族でもやればいいさ。
ただしお前とモニカの子供・・・お前の家系を振り返り見るに産まれるのはまず男児1人のみだろうが、その子供にナイト家の地位の高い女を娶って貰うがな。
その2人の間に出来た子供なら、平民のモニカとの間に出来たお前の子とは違い、それなりの継承権を持つことになる。
そいつを魔王復活のタイミングと合わせて当主に持ち上げれば、ナイト家の嘘がバレることもないだろう?
何も知らない貴族達は、直系から少し外れたそいつを当主にすることに当然反対するだろうが、その時にはそいつらに真実を公表すれば、奴らは保身の為、それを受け入れざるを得なくなるだろうからな・・・。」
レオンは暫くの間口元に手を運び考え込んでいたが、やがてゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
「わかった・・・。
僕には手柄なんかより、モニカとの未来のほうが大切だ・・・。
僕とモニカの子供に望まない結婚を・・・更には孫に当主の座を押し付けることになるのは心苦しいが・・・その子達は僕だけじゃなく、しっかり者のモニカの血も引いているのだし、僕とは違ってそれらを受け入れられる器に育つかもしれない・・・。
だからブルードラゴンはあんたが倒せばいい。
僕はあんたがドラゴンにトドメが刺せるよう、サポートをすればいいのだろう?」
「あぁ、その通りだ。
頼むぞ?弟よ・・・。」
そう言ってグリントはレオンの肩をポンポンと叩いた。
レオンは、
「あぁ・・・。」
と返しながらもそれを少し鬱陶しそうに見た後、兄にこんなことを尋ねた。
「ところで僕からもあんたに聞きたいことがある。
あんたの班のダニイル・・・
彼は一体どういう男なんだ?」
グリントは食事中のレオンとダニイルの何かを含めたやり取りを聞いていたので、その質問の意味を察してニヤリとほくそ笑むとこう答えた。
「お前が奴を気にする理由は理解できるぞ?
だが残念ながら俺は大した情報を持ち得てはいないな。
そもそもあれは途中で補充した人員だ。」
「・・・誰の班だった?」
と訊くレオン。
「さぁな。
お前も知っての通り、俺は殆ど戦場に出ないからゼニス隊の奴等と面識もないし、戦場で転がっている死体を見た所でそれが何処のどいつなのかなんてまずわからない。
ただ奴が大勢の死体の中で無傷で生き残っていたから、盾要員として俺の班に誘っただけだ。
だがいざ行動を共にしてみると、奴の作る飯は変わった味付けではあるが非常に美味いし、魔獣の片付けや伝令役なんかも卒なく熟す便利な奴だから、盾にせずに最後まで残しておいた・・・それだけだ。」
「そうか・・・」
とレオンは表情を曇らせたままで返した。
「・・・奴がモニカの昔の男だと疑っているのか?」
とグリント。
それに対してレオンは頭を振った。
「いや・・・モニカが処女を捧げた相手はジャポネの男だ。
だからオリーブ騎士の筈はない・・・。
それに、最初は彼に対して特に何も思わなかったんだ。
時折彼に何かを探られているような感じはしたが、新しく行動を共にすることになった僕がどんな奴なのか気になるのは当然だし、話をしてみてからはいい奴だと思った。
だが今日の夕食の途中からは、明確な敵意を彼から感じた・・・。
それがやけにっ引っかかるんだ・・・。」
「フン。
そんなことにいちいち気を取られていないで、明日はしっかりとやってくれよ?
英雄の末裔さんよ。」
とグリント。
「・・・・・わかってる。
だが一言だけ言っておく。
僕があんたよりも強くなれたのは、決してラスター・ナイトの血を引いているからだけではないぞ・・・?
僕はあんたの何倍も努力してる。
僕が費やしてきた時間と労力を、”血”だなんてたった一言で、なかったことにされるのは気に入らない・・・・・」
とレオンは拳をグッと握りしめ、地面を睨みながらそう言った。
「・・・そいつは悪かったな。
だがその努力が実る地点で、お前はやはり特別なんだよ・・・。
・・・まぁとにかく明日は頼んだぞ?」
グリントはそれだけ言い残すと、一足先に洞窟へと戻って行った。
その場に1人残されたレオンは、地面を睨んだままで呟いた。
「・・・僕と母様だけが本物だって・・・?
そして僕は、グリント兄さんよりも有力な次期当主候補だというのか・・・・・
ジャポネのスパイであるモニカなら、当然それを知っていただろう・・・・・
今まで僕がモニカを求めると、時々寂しそうな顔をしていたのはきっと彼女に隠し事があったためだけじゃない・・・。
僕の望む甘っちょろい未来が、すべてを知っていたモニカにとって、現実的ではなかったからだ・・・・・。
だが、グリント兄さんが次期当主になればまだ希望はある・・・・・。
大丈夫。
うまくやって見せる・・・・・・・」
レオンは碧い瞳を夜の闇の中で静かに鋭く光らせると、洞窟の中へと戻って行った。
そして翌朝─。
朝食を食べて装備を整えたレオン&グリントの合同班は、それぞれの愛馬に跨り、ゲートの奥にあるブルードラゴンが拠点にしている黒い森を目指した。
魔獣は道中で遭遇し、道を塞ぐ個体のみを倒し、それ以外は見かけても素通りした。
いちいちそれらを相手にしていては、ブルードラゴンの本群にぶつかる前に消耗してしまうからだ。
(魔獣群のボスであるブルードラゴンを倒せば、恐らく大きく開いたゲートも元通りに縮まっていくだろう。
この辺りには僕たち以外の騎士もいないし、これ以上被害が出ることもないのだから、残党狩りはその後で行えばいい・・・。)
レオンは自分の前を行くグリントの背中を見ながらそう考えていた。
(さて・・・後はどうやって大して強くもないグリント兄さんに手柄を立てさせるかだ・・・。
グリント兄さんは、対人戦闘においては浅はかですぐに先手をしかけてくるが、魔獣相手には慎重なようだから、確実な勝算がない限りは前に出ないと見ていいだろう。
だからまずは僕が前に出て、ブルードラゴンの動きを封じよう。
ブルードラゴンは10mくらいの高さあるから僕達人間では心臓を狙い辛い。
僕はまだドラゴンとはやり合ったことがないから確実な事は言えないが、スチールスパイダー(※フェリシア神国においては鋼蜘蛛と呼ばれる魔虫)のように装甲が硬い魔獣でも大体関節には刃が通る。
足をやられればブルードラゴンは飛んで逃げられなくなるだろうし、姿勢が下がって充分に心臓を狙えるようになるだろう。
だから足をやったタイミングでグリント兄さんに合図を送り、ファイアブランドでトドメを刺して貰えばいい。
だがもしもブルードラゴンがグリント兄さんに向かってブレスを吐いてきた時には、きっとグリント兄さんは誰かを盾に使うだろう。
その時はヴィクトル・・・皆を頼むぞ。)
レオンはそう思ってから、隣を走るヴィクトルにアイコンタクトを送った。
彼の左手には、レオンが母アンジェリカから持たされた貴重なミスリル銀製の盾が陽光を反射して煌めいていた。
ヴィクトルはレオンの言いたいことを汲み取ってくれたのか、黙って深く頷いた。
そして洞窟を発ってから1時間が経過した頃、ついに黒い森に辿り着いた。
レオンはこの森が遠くから黒く見えていたのは、大きく開いた魔界ゲートから溢れ出したドス黒い瘴気のもやが、この森にいるであろうブルードラゴンに吸い寄せられて溜まっている為だとすぐにわかった。
合同班がもやの中心に向かって馬を走らせると、高さ10m程の巨大なドラゴンのシルエットが見えてきた。
その姿を確認すべく更に進むと、もや越しに青い鱗でびっしりと覆われた姿が確認できた。
(やはりブルードラゴンで間違いないようだ・・・)
ブルードラゴンの周りには、ハイクラス魔獣とされる中でも強い部類に含まれるオーガボアやオーガベア(※フェリシア神国においては鬼熊と呼ばれているハイクラス魔獣)、更にはマンティコアやヘルハウンドの姿も見られた。
(オーガボアとベアはともかくとして、マンティコアとヘルハウンドは火属性を持つ魔獣で、冷気属性を持つブルードラゴンとは相性が悪い筈だ・・・。
通常複数体の魔獣が集まるときには、似た属性のものでつるむ傾向が強い・・・。
なのに何故・・・?)
レオンはそれを疑問に思うが、ここから先に進むにはそれらの魔獣とやり合わなければならないため、一旦止まるようにと皆に合図を送った。
「奴等にこちらを捕捉されていないうちに、皆に強化魔法をかけておきたい。
僕のMP(※魔法を使うために必要な魔力容量のこと)はそれ程多くないから、基本的に2度がけは出来ないと思っておいて欲しい。
強化魔法の持続時間は2時間程・・・魔法が有効なうちに一気に畳み掛けよう・・・!」
レオンの言葉にヴィクトル、レフとライ、ダニイルの4人はしっかりと頷くが、グリントだけは不服そうな顔をして、
「おい・・・
この合同班の指揮を取るのは俺だぞ?
偉そうに仕切ってるんじゃねぇよ・・・」
と言った。
「あ・・・そうだった。
ごめんグリント兄さん。」
「・・・いいからさっさと強化魔法をかけやがれ。」
レオンは頷くと目を閉じて、魔法を唱えるために意識を集中させるのと同時に、どの魔法が有効かを考え始めた。
(武器に火属性をつけるのは冷気属性を持つブルードラゴンには有効かもしれないが、奴の配下に火属性を持つ魔獣がいることから、皆の武器に火属性をつけるのはやめておいたほうがいいだろう・・・。
それならあそこにいる魔獣は全員闇属性を持っていることだし、僕の光の強化魔法は非常に有効だから、全員の武器に光の属性を付与して・・・。
いや・・・グリント兄さんにはデフォルトで火属性を持つファイアブランドがあるし、光属性を重ねがけすることで、ファイアブランドの持つポテンシャルを落してしまうかもしれない・・・。
どうせグリント兄さんはファイアブランドと同じく火属性を持つマンティコアやヘルハウンドの相手はしないのだろうから、それなら敢えて火の属性を追加で付与させて、対ブルードラゴンに特化させたほうがいいな。
防御魔法はどうしよう?
馬や鎧に火属性の防御強化魔法をかければ、僕程度の火魔法ではブルードラゴンの冷気ブレスには焼け石に水かもしれないが、かけないよりは若干マシかもしれない。
だが相手には火属性を持つマンティコアやヘルハウンドもいるし、僕の火魔法より奴らのほうが勝っていれば、逆に炎を吸収されてクリティカルダメージになりかねない・・・。
それなら全員に光属性の防御強化魔法をかけておこう。
これなら闇属性を持つ奴ら全員の攻撃に対応出来るし、火や冷気の属性攻撃を受けてもクリティカルになることはない。
防御の要となるヴィクトルの盾には特に強めにかけておくとしよう・・・。
よし!)
レオンは使う魔法が決定したため、魔法を唱え始めた。
─ライトウェポン!─
グリントを除く全員の武器に光属性が付与された。
続けてレオンは唱える。
─ファイアウェポン!─
グリントのファイアブランドに火属性が追加で付与され、鞘の中でボウッ!と炎が燃える音がした。
レオンは更に唱えた。
─ライトディフェンス!─
全員の馬と鎧に光属性が付与され、ほんのりと白く光った。
そしてヴィクトルの持つミスリルシールドには更に強い光が宿った。
レオンが魔法をかけ終えて目を開けると、グリントがこう言った。
「これで下準備は終わりだな?
ここから先はレオンハルト、お前が前に出ろ。
そしてヴィクトル、1番守りの硬そうなお前が最後尾だ。
後は各自、適当にフォローしろ。
俺は1番安全な真ん中で、ブルードラゴンを仕留める契機を伺う。」
(やはり・・・)
と思ったのか、グリント以外の全員が呆れたように彼を見た。
グリントはそれに構わずファイアブランドを鞘から抜くと、それをブルードラゴンのいる方向へと突き出し声を張り上げた。
「では、突撃開始!!」
レオンは先頭を走りながら考えた。
(ブルードラゴンの足を狙う前に、まず配下の魔獣を早急に片付けなければならないだろう・・・。
奴等はブラックディアと同じハイランクに該当しても、ブラックディアよりは格上の魔獣ばかりだ。
この合同班には僕以外に太刀打ちできる者がいないし、放置すれば皆を危険に晒すことになるからな・・・)
レオンは鋼の剣を鞘から抜くと、
「リース・・・行くぞ!」
と愛馬リースに声をかけて加速させ、ブルードラゴン率いる魔獣群へと突っ込むのだった。
「は、はえぇ~~~・・・
レオンハルト様、マジつえぇ~~~…!
あっという間にブルードラゴンの配下が全滅っすよ・・・!」
とライがヘルハウンドの死体をアイテムボックスに片付けながら間抜けな声を上げた。
「ライ!
死体回収は後でいいからそこを退くんだ!
レオンハルト様の邪魔になる!」
とヴィクトルが叫び、
「は、ハイっす!」
とライは慌てて馬を走らせた。
(ナイスアシストだヴィクトル!
これで広範囲攻撃が出せる!)
レオンはグッと剣を持つ手に力を込めると、鋼の剣を薙ぎ払った!
─ライトスウィング!─
レオンの剣の切っ先が白く光り、幅5mはあろうかという湾曲した刃の軌道が剣から離れて、ブルードラゴン目掛けて飛んでいった。
それはブルードラゴンの後ろ足にヒットしたが、対象を前かがみにさせるには今ひとつ威力不足だった。
(くそ・・・ライトスウィングは広範囲を狙える分威力が弱いから、ブルードラゴン相手に一撃では無理か・・・
だが奴が痛みに気を取られている今なら懐に潜り込める!)
レオンは愛馬リースを再び加速させると、ブルードラゴンの足元に潜り込んだ。
(本来であればここで奴の皮膚の中でも柔らかそうな腹を上段攻撃で狙うところだが、グリント兄さんに倒して貰うために足をもう一度狙う・・・!)
レオンはブルードラゴンの両足の関節部を斬り込んだ!
ズシャッ!と刃が通った手応えはあったものの、レオンの想像以上にブルードラゴンの関節部の皮膚は固く、鋼の剣に負担をかけてしまったのか攻撃が終わると同時にそれは折れてしまった。
だがブルードラゴンを前かがみにさせることには成功した。
そこですかさずレオンはグリントに向かって叫んだ。
「兄さん!今だ!!」
グリントは待ってましたと言わんばかりにファイアブランドを掲げ、馬を蹴って走らせた。
そしてファイアブランドの射程内まで距離を詰めると、
「唸れ炎よ!!」
と言いながらファイアブランドを振り上げ、ブルードラゴンの首にそれを払いつけた!
ファイアブランドによる攻撃は炎を滾らせながらブルードラゴンの首に確かにヒットしたが、おかしい。
ダメージが通るどころか、ブルードラゴンはその炎を吸収し、目を赤く光らせたのだ!
そして息を大きく吸い込んだかと思うと、グリントめがけて炎のブレスを吐き出した!!
(ブルードラゴンは冷気か闇属性のブレスを吐く魔獣の筈だ!
なのに何故炎を!?)
レオンと同じ疑問をグリントも感じたようで、
「なっ・・・炎だと!!?」
と驚きの声を上げながら馬を走らせ、ブレスから逃げた。
だが炎のブレスはしつこくグリントを追い続けた。
グリントはヴィクトルがいる方へと方向を変えると、
「そこの牙無しの腑抜け!
最初から気に入らなかったんだよ!!
せめて俺の盾として役立ちやがれ!!」
と叫びながら接近し、彼の首根っこを捕まえて盾のように自分の前に突き出したのだ!!
ヴィクトルは咄嗟にミスリルシールドを構えたが、炎のブレスは直撃し、全身が炎に包まれてしまった!
「ヴィクトルーーー!!!」
「「ヴィクトルさーーーん!!!」」
レオン、そしてレフとライが同時に叫んだ!
ヴィクトルは炎に包まれたまま地面に落ち、そのままゴロゴロと転がり身を包んでいた炎は摩擦により消えたが、彼の受けたダメージが致命的なのは誰の目にも明らかだった。
(そんな・・・!!
ヴィクトルがやられた!!!
くそっ!あの野郎・・・ヴィクトルを盾に使いやがって!!!
ライトディフェンスをかけてあったから盾があったところは無事なはずだが、ああ全身に炎を浴びさせられては・・・)
レオンがヴィクトルの安否を確認するため馬を走らせようとしたところで、ブルードラゴンがまた大きく息を吸い込み始め、グリントに狙いを定めているのが見えた。
ドラゴンの口元に集まるエネルギーの気配から、今度は闇属性のダークブレスが放たれると感じたレオンは、急いで魔法を唱えた!
─ライトウォール!!─
グリントの眼の前に広範囲の光の壁が現れた!
(ヴィクトルを盾に使いやがったあいつだが、それでも僕にとっては必要な男なんだ・・・
見捨てるわけにはいかない・・・!
僕は火より光魔法のほうが強いし、ダークブレスにライトウォールは非常に有効だから、これでブレスをかなり防げる筈だ・・・)
そう思ったレオンだったが、ブルードラゴンが吐き出したダークブレスはなんと光の壁を吸収してより大きく膨らみ、更にグリントにかけてあったライトディフェンスの魔法まで吸収し、彼の全身を大きな黒い塊で覆い尽くしたのだ!
「うわあぁぁぁーーーーー!!!」
グリントが悲鳴を上げて馬から転がり落ちた!
「グリント兄さん!!?」
ダークブレスはシュワシュワと音を立てながらグリントの生命エネルギーを吸っていった。
そしてやがて音がしなくなり、吸うものがなくなったと言わんばかりに黒い塊が小さくなり始め、数秒もすると完全に消えてなくなってしまった。
レオンは慌てて馬を降り、グリントの下へと駆け寄った。
その時にはグリントは完全に息絶えており、呼吸も止まっていた─。
(グリント兄さんが死んだ・・・!?
嘘・・・嘘だ・・・!!!
僕一人に面倒なものを押し付けて先に逝くなよ・・・!!!
何故・・・何故こうなった!!?
奴は冷気ではなく、炎のブレスを吐いてきた・・・
それだけじゃない・・・。
僕の火魔法と光魔法・・・ファイアブランドの炎すらも吸収してブレスの威力が増していた・・・
何がどうなっているのかわからない・・・!
くそっ・・・!くそっ・・・・・!!
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・でも・・・・・もうどうでもいいか・・・・・
これから先のことなんて、考えたくもない・・・・・
どうせこの戦いに勝ったとしても、僕にはモニカと幸せになれる道なんて残されていないのだから・・・
それならもうひと思いに僕を殺してくれよ・・・・・)
レオンは戦意を喪失して目に光を失い、グリントの亡骸の側で膝をついたまま動かなくなってしまった。
レフとライが遠くから自分の名を呼んでいるような気がしたが、それすらどうでも良いと目を閉じた。
その直後のことである。
自分の左頬に鈍く重い痛みが走ったかと思うと、レオンは左後ろへと数メートルふっ飛ばされていた!
レオンが左頬を手で抑えながら身を起こし顔を上げると、先程まで自分が膝をついていたグリントの亡骸の側に、非常に険しく怒りに満ちた表情のダニイルが、拳を握りしめて立っていた。
レオンはこの頰の痛みは彼に殴られたものによることを理解し、怪訝そうに眉を寄せた。
ダニイルはそんなレオンに向けて強く怒鳴った。
「しっかりしろ!!
レオンハルト・ナイト!!!
このままお前が何もかも諦めて目を閉じていれば、そこの兄みたいにドラゴンに殺され、やがてはお前の愛する女までも魔獣に殺され、国ごと魔獣共に滅ぼされてしまうのだぞ!!?
本当にお前はそれでいいのか!!?
お前がラスターの子孫ならばちゃんと目を開けて、全力で騎士の役目を全うしろ!!!!」
レオンはその言葉でモニカの笑顔を頭に思い浮かべた。
そして失っていた目の光を取り戻すと、無言で立ち上がった。
それからレオンはグリントの亡骸と地面に転がったままのヴィクトルを愛馬リースの背に乗せて愛馬と共に走り、ブルードラゴンから距離を取った。
そして2人を安全そうな木の陰に下ろし、状態を確認した。
やはりグリントは完全に息絶えていたが、ヴィクトルは気を失ってはいるものの、まだ息があった。
彼は炎のブレスを浴びる前にライトディフェンスがかけられたミスリルシールドを構えた為か、上半身の火傷はそこまで酷くはなかった。
だが下半身の火傷は深く、広範囲に及んでいた。
レオンは自分が火傷した時にモニカがしてくれたことを思い出し、アイテムボックスから水の魔石を取り出すと、ヴィクトルの下半身の火傷の酷い部位に水をかけて良く冷やした。
少し時間が経ってしまったので今更冷やしても無駄なのかもしれないとも思ったが、冷やさずに服を脱がせば、比較的無事な皮膚までも服と共に剥がれて損なわせてしまうのだとモニカが言っていたのでそうしたのだ。
それからヴィクトルの下半身の装備を外し服を脱がせてから、モニカが持たせてくれた桜色の駒鳥のラベルのついた傷薬の缶を取り出して、その中身を1番酷い火傷に塗っていった。
するとその部位はゆっくりとだが確実に癒えていった。
レオンはこのぶんなら火傷は殆ど痕も残さず完治するだろうと、ホッとため息をついた。
そこでレオンは初めてブルードラゴンが今どうしているのかが気になり、顔を上げた。
すると、ダニイルがブルードラゴンの攻撃がこちらへと向かないようにと引き付けてくれている姿が目に映った。
彼の身のこなしはオリーブ騎士のそれとは思えない程に無駄がなく、かなり余裕があるようにすら感じられた。
だが、彼は剣を抜いて攻撃に転じる気配を全く見せなかった。
(・・・ダニイル・・・君は本当に何者なんだ?)
レオンはそう思うも、今大事なのはそれを考えることではないと頭を振り、レフとライに視線を移して声を上げた。
「レフ!ライ!
こちらへ!」
「「は、はい!!」」
2人はすぐにレオンの元へと駆けつけた。
レオンは2人に傷薬の缶を渡してこう言った。
「2人はここでヴィクトルの火傷にこの傷薬を塗って治療をしてやってくれ。
僕はあのドラゴンを倒してくる・・・!」
「わ、わかりました!」
と言ってすぐに傷薬を塗り始めるレフ。
「で、でもレオンハルト様・・・大丈夫っすか?
剣・・・折られちゃってましたし、訊いていたブルードラゴンとは何かこいつ、違うみたいっすし・・・・・」
と心配して眉を寄せるライ。
「ありがとうライ。
でも僕にはこの白の剣があるから大丈夫だよ。」
そう言ってレオンは白の剣をそっと鞘から抜いた。
その刃は白く光り、まるで夜の闇に浮かぶ三日月のように、瘴気のもやで暗い森の中を照らし出した。
レフとライの2人は、あまりにも神秘的なその光景に、思わず息を呑んだ。
レオンはそのまま愛馬リースの背に乗ると、
「リース!行くぞ!」
と声を上げ、ブルードラゴン目掛けて駆けていった。
レオンがこちらへと向かって駆けてくることに気がついたダニイルは、
「やっとその気になったようだな。
本当に世話の焼ける・・・」
と零して少しホッとしたように微笑むと、黙ってブルードラゴンから距離を取った。
レオンはそのままドラゴンの懐に飛び込むと、腹に白の剣を突き刺し、そのまま喉元にかけて一気に斬り裂いた。
そして最後にその首を大きく軌道を描きながら払い上げるだった!
首を跳ね飛ばされたブルードラゴンは、すぐに息絶えて動かなくなった。
そしてダニイルことファルガー・ニゲルは、そんなレオンの姿をかつての親友と重ねてしまったのか、気がつけばつー・・・と頬に涙が伝っていた。
(ラスター・・・
まだ荒削りだけど、彼の中に確かに君を見たよ・・・。
やはり君の太刀筋はとても格好よくて、憧れてしまうな・・・。
そして彼の性格もまた、君と同じ優しさと脆さを併せ持っているようだ・・・。
君とは恋敵じゃなかったから友達でいられたけど、残念ながら彼とは友達になれそうにないよ・・・。
彼は国の代表になるのに乗り気だった兄を失い、もう次期当主になるしかなくなってしまった・・・。
このままでは彼は、彼の兄が言っていたように桃花を苦しめる道を歩むのだろう・・・・。
こんなときくらいは、僕の900年生きてきた男の勘が、外れてくれるといいのだけどね・・・・・)
レオンはブルードラゴンが完全に息絶えている事を確認すると、ヴィクトルの治療をしているレフとライのところへと向かった。
ヴィクトルの火傷は傷薬のお蔭でほぼ完治しており、レオンが何度か呼びかけると、ヴィクトルは意識を取り戻した。
「あれっ・・・?
私は確かドラゴンの炎のブレスに焼かれて・・・
そうか・・・レオンハルト様がお持ちだったあのとても良く効く傷薬で助けてくださったのですね・・・!
ありがとうございます・・・
この御恩は決して忘れません・・・!」
「ヴィクトル・・・!!
本当に助かって良かった・・・!!」
レオンが泣きながらヴィクトルを抱きしめているその時、ファルガーはドラゴンに近付き、その遺体を調べていた。
すると、その胸元には小さな◆の形をした黒い印があった。
(◆の印・・・。
やはり・・・)
とファルガーはその印を神の力の象徴として持つダルダンテ神の姿を思い浮かべた。
だがその印は時間の経過と共に徐々に薄くなっていき、1分もすると完全に消えて無くなってしまった。
(どうやらこいつは、ダルダンテ神がブルードラゴンをベースにして弱点である火属性や光属性を吸収して強化するように調整を加えられた特殊な個体だったようだな・・・。
それだけではなく、ブルードラゴンの上位種であるレッドドラゴンと同程度に全体のパラメータが底上げされてあった・・・。
そしてきっとあの◆印を媒体として、ドラゴンの遠隔操作をしていたのだろう・・・。
だがその証拠となる◆の印も消えてしまった。
きっと対象となるものの命が尽きると自動的に消えていく仕組みだったのだろうが、またしても証拠を掴めなかった・・・。
本当に、全く持って姑息な神だよ・・・。
ロジウムのゲートは、きっとあのドラゴンがこの地に放たれたことに影響を受けて大きく開いてしまったのだろうが、そのドラゴンをレオンハルトくんが倒した為、ゲートはこれから少しずつ元通りに縮まっていく筈・・・。
それを後で確認すれば、僕のここでの仕事も終わりだ。
もうダニイルでいる必要もない。
彼等が僕を見ていない今のうちに、さっさと姿を消してしまおう・・・。)
ファルガーがそう思ったところで、レオンからの視線を感じたので彼はそちらを見た。
レオンは難しい顔でこちらを見つめた後、スッと立ち上がってファルガーの方へと歩いて来た。
(・・・僕に何か話でもあるのか?
正直僕は君と同じ空間にはもういたくないのだが・・・。
じゃないと、もうじき彼に桃花の身も心も全て奪われてしまうというみっともない嫉妬心から、また彼に酷く嫌な言葉を投げつけてしまう・・・・・)
レオンはそんなことを思うファルガーの目の前に立つとこう言った。
「・・・正直僕は、僕の一番欲しかった物を奪った憎き恋敵と同じ経験を持つ君のことを、まだ許せないでいる・・・。
だが君があの時僕を叱咤してくれなければ、僕はモニカの元へは生きて帰れなかっただろう・・・。
だからその事に対して礼を言うよ。
ありがとう・・・・・」
ファルガーは険しい顔で少しの間レオンを見つめてからこう返した。
「・・・君が戦死し、深く傷付いた彼女を見たくなかったから君を奮い立たせた・・・。
そして、僕の憧れる友達にそっくりなその姿で腑抜けてほしくもなかった・・・それだけだ・・・。
だがもし君の死んだ兄が言っていたように、次期当主から逃れられなくなった君が彼女を苦しめ、それに耐えきれなくなった彼女が僕に縋ってきたのなら・・・僕は遠慮なく彼女を攫っていくぞ・・・・・?
それを肝に銘じておくといい・・・」
ファルガーはそれだけ言うと変装を解いた。
そして黒い髪を風になびかせ、同じく黒い瞳でレオンを一瞥してから、物凄い速度でその場から走り去って行った。
「・・・な、何だ!?
ダニイルの奴・・・変装だったのか!?」
とレフ。
「スッゲー速度だったが・・・なんだったんだありゃあ・・・」
とライ。
「・・・彼は、創造神ヘリオス様の神使・・・この世界の監視者様だったのかもしれん・・・。
監視者様は黒い髪と瞳を持つ、稲妻のように早い脚を持つ男だと訊いたことがある・・・」
とヴィクトルが呟いた。
レオンはダニイルが変装だったことに対し、最初は驚きから目を大きく見開いていたが、事の次第が飲み込めていくと同時にその表情を徐々に険しいものへと変えていった。
そして、
「・・・・・・・ファルガー・ニゲル・・・・・・・
お前だったのか・・・・・!!!」
と、もう居なくなってしまった彼に向かって怒鳴ると、拳を激しく地面に叩きつけるのだった。
レオンがロジウムでの様々な後始末を終えてヴィクトル、レフ、ライと共にミスティルに帰還したのは、モニカが17歳を迎えてばかりの5月3日だった。
その日のモニカは半月程前にファルガーから任務が完了したこと、そしてレオンがドラゴンを倒したという連絡を受けていたし、ジェイドからも「そろそろレオくんが帰ってくるみたいだよ?」と訊かされていたので暇さえあれば窓際に立ち、門の方ばかりを見ていた。
すると真っ赤な夕日を背負い、宮廷の門を愛馬と共にくぐっているレオンの姿をついに見つけたのだ!
モニカは栗色の瞳に涙を浮かべながら彼を迎えにと走った。
そうとは知らないレオンは、愛馬リースを馬小屋へと返した後、少しでも早くモニカに会いたくて、宮廷の入口に続く中庭を早足で通り抜けようとしていた。
すると宮廷の方から、
「レオン様ーーーーー!」
というずっと聴きたかった自分を呼ぶ彼女の声が聴こえてきたので、
「モニカ!?」
と声を上げて声のする方へと走った。
そして宮廷の入り口のところでずっと会いたかった愛しの彼女の姿を見つけると、両手を広げて自分の胸元へと飛び込んでくる彼女をぎゅっと抱き止めた!
「モニカ!!」
「おかえりなさいませレオン様・・・!
・・・また少し背が伸びましたか?
お顔立ちも男らしくなられて・・・」
とモニカは4ヶ月ぶりに会う主人の顔を涙目で見上げてそう言った。
「そうかな・・・。
自分ではよくわからないよ。
君の方こそ女性らしくなったんじゃないか?」
と微笑むレオンに対し、モニカはこう返した。
「うふふっ!
私、先週17歳になりましたもの!」
「えっ・・・本当か!
帰還が誕生日に間に合わなくてごめん・・・!
近いうちにお祝いをするよ・・・」
そう言ってモニカの手を握るレオンに対し、モニカはフルフルと頭を振った。
「良いんです。
こうして無事に帰ってきて下さいましたから、それだけで充分ですわ・・・!」
「いや・・・絶対にする・・・!
させてくれ・・・!
これからは僕・・・今までよりも忙しくなるとは思うが・・・それでも時間を見つけて必ずするから・・・」
「はい・・・・・」
モニカはそう言って微笑んだが、ファルガーとジェイドからレオンがロジウムの戦いを終えたことと同時にグリントの訃報も訊いていたので、彼がこれから忙しくなる理由をわかっていた。
そして自分の17の誕生日を彼から祝ってもらう機会も、きっと巡って来ないことも・・・。
レオンは少し悲しげに瞳を揺らすモニカを見て、感極まって強く抱きしめた!
モニカも彼の背中に手を回して強く抱きしめ返す。
レオンはモニカを抱きしめたままで少し震える声でこう言った。
「モニカ・・・君に話したいことがある・・・。
何から話せばいいのかわからないくらいにいっぱいあるんだ・・・・・
全部聞いてくれるか・・・?」
「はい・・・」
モニカは彼の胸元に顔を埋めたままで頷いた。
レオンは更に続けた。
「それから・・・戦場に向かう前にしたあの約束を覚えているよな・・・?
それを今夜、君と果たしたい・・・・・」
モニカはその言葉に頬を染めると、潤んだ瞳で彼を見上げてからこう答えた。
「はい・・・。
勿論覚えております・・・。
今夜はいっぱいお話をして、レオン様が証を立てるお手伝いを精一杯努めさせていただきますわ・・・!
そして朝が来るまで一緒に眠りましょう・・・」
そこでついにレオンの身体が震え、嗚咽を零し始めた。
「レオン様・・・泣いていらしゃるのですか・・・?」
と彼の背中を優しく撫でるモニカ。
「だ、だって・・・君の柔らかさと温かさっ・・・そして桃の香りがっ・・・本当に、久し振りだからっ・・・」
とレオンは泣きながら返した。
「もう・・・甘えん坊なんですから・・・・・。
いいですよ?
少し恥ずかしいですけど、好きなだけ私の感触と温度と香りを確かめてください・・・・・」
「モニカ・・・・・!!!」
レオンは更に強くモニカを抱きしめた。
彼に抱きしめられているモニカには見えなかったが、涙に濡れた彼の碧い瞳は、何かを睨みつけるかのように鋭く尖り、光っていた。
(ファルガー・ニゲル・・・
今夜、モニカの身も心も全て僕のものへと上書きしてやる・・・・・
今後一切お前が入り込む余地がないくらいにな・・・!!!)
金獅子ことレオンハルト・ナイトは、大きく開いたロジウムゲートから湧き出してきたばかりの魔獣ブラックディア(※アデルバートに分布の多い鹿の魔獣で、ハイクラス魔獣に分類される)5体の群れに芦毛の愛馬リース(※体毛が白いことから、レオンの好物でもあるライスをアデルバート語に訳した名を彼が与えた)と共に突っ込むと、鋼の剣を抜いてそれらをなぎ倒した。
「ふぅ・・・。
これでしばらく魔獣は出てこないだろう。
じきに日が暮れることだし、今のうちにロジウム村まで引いて休憩するとしようか。」
彼は少し離れたところで別のブラックディアを倒し終えたばかりの自分の班の副班長、ゼニス騎士のヴィクトルに、そう声をかけた。
「了解しましたレオンハルト様。
しかしブラックディアを一気に5体も倒されるとは流石ですね・・・!
私なんて貴方の倍は生きているというのに、ブラックディア1体の相手でも精一杯ですよ。」
とヴィクトル。
「まぁこれでも一応ナイト家の直系だし、この班の班長でもあるからな。
僕は戦略をたてるのは得意じゃないし、せめて身体を張らないとと思って。」
とレオンは苦笑した。
「いや・・・同じ直系の騎士様でも、グリント様はレオンハルト様のように前には出ず、危なくなったら部下を盾にして何とか生きながらえていると、前に別の班の知り合いから聞きましたよ?」
と同じ班のゼニス騎士レフが言った。
「あぁそれ、俺も聞いたっすよ。
それで自分の班に盾に出来る人間がいなくなったら、別の班から盾にする人員を補っているんでしょ?
俺、マジレオンハルト様の班で良かったっすよ。」
と同じ班のオリーブ騎士ライも同意した。
「だがグリント様のせいもあって今戦場に残っている班も大分減った。
現在の所、出撃した騎士の半分の死亡が確認されているらしいが、実際は死んではいなくても、負傷が酷くてポーションでも回復が追いつかない奴らが大勢いて、そいつらはスティールに引っ込ませて療養中だから戦力には含まれないしな。
まぁレオンハルト様の活躍で魔獣の方も大分減って、今は時折ゲートから追加で湧いてくる魔獣を除けば、魔獣群のボス ブルードラゴンと、その配下の魔獣数体を残すのみだろ?
もうそろそろこの班とグリント様の班が合同でブルードラゴンに挑む・・・とかそんな流れになるんじゃないのか?
そしたら俺とお前だってグリント様の盾にされる可能性があるぞ?」
とライに向けて話すレフ。
それを聞いてライは、
「マジっすか・・・
俺、戦場から帰ったら本命の女がさせてくれるって約束してくれたんすよ!?
こんなところで死にたくないっすよ・・・」
と泣きそうな顔になった。
「おーい、レフにライ!
無駄口を叩いていないで、魔獣の死体を片付けを手伝ってくれないか!」
と副班長のヴィクトルが彼らを呼んだ。
「あっ、はい!」
「はいっす!」
「あ、僕も手伝うよ。」
そしてレオンの班の4人は、広大な平野に横たわる魔獣の死体をせっせとアイテムボックスに収納するのだった。
その日の夜、壊滅状態のロジウム村の中でも比較的無事な民家の庭先で、レオンの班が焚き火をして鍋を囲っていた。
「また鹿鍋っすか・・・。
もう俺、食い飽きたっすよ・・・」
とライが椀に盛られた料理を見て辟易とした顔をした。
「おいライ。
ヴィクトルさんの作った飯に文句をつけるな。
飯の支度は本来であれば一番階級の低いお前の仕事なんだぞ?」
とレフがライに注意をした。
「あっ、そーっすよね・・・。
すみませんヴィクトルさん。
俺、料理なんてしたことがないもんで、いつもヴィクトルさんに甘えちまって・・・。」
とライがヴィクトルに対して申し訳無さそうに頭を下げた。
「いや、いいさ。
私はこの班の中では1番料理スキルが高いようだからな。
雪鳥は適当に料理しても美味かったが、暖かくなってきたからかもう奴らも出てこなくなったし、今出てくる魔獣の中で捌き方がわかる魔獣はこいつだけなんだ。
狩人なら色んな魔獣を捌けるんだろうがな。
まぁ今は鹿鍋で我慢してくれ。
私も正直妻の料理が恋しいよ・・・。」
レオンはそう言って妻の姿を頭に思い浮かべているであろうヴィクトルを見て、ふふっと微笑んだ。
レオンは性に奔放で愛人を何人も抱えている者の多い騎士の中で、彼のように妻と子を一途に愛している者は非常に珍しいので、自分も将来彼みたいであれたらと尊敬の念を抱いていた。
そして、穏やかで心優しい彼が同じ班で自分の補佐を努めてくれるから、自分はこのロジウムの戦いでやってこれたと感謝もしていた。
「ヴィクトルは奥さんの作る料理の中で何が一番好きなんだ?」
とレオンが彼に尋ねた。
「えっ?そうですね・・・。
ボルシチでしょうか?
特に何の変哲もないボルシチなんですが、とてもホッとする味がするんですよ。
レオンハルト様も宮廷の食事が恋しいでしょう?」
とヴィクトル。
「いつも食事を作ってくれているヴィクトルには申し訳ないが、確かに恋しいな・・・。
最も僕が恋しいのは、料理長には悪いが宮廷の料理ではなく、僕の専属メイドが作ってくれる料理なんだが・・・」
と、レオンはモニカの笑顔と今まで彼女が作ってくれた数々の料理達を頭に思い浮かべてはにかんだ。
「あー、モニカさんでしょ?
俺、何度か宮廷で見かけたことがありますけど、すっげー美人ですよね!」
とレフ。
「マジっすか!?
いーなぁ美人の専属メイド!
夜毎特別なご奉仕をしてくれて、やりたい放題出来ちゃったりとかするんすか?」
とニヤニヤしながらライ。
そこで、
「やりたい放題も何も、我が弟は未だに男の証を立てていない童貞だぞ?」
と、背後から聞き覚えのある嫌な声がした。
レオンは眉間にシワを寄せながら後ろを振り返った。
するとそこには案の定、レオンの腹違いの兄であるグリントが、相変わらず薄い髪を靡かせて、1人のオリーブ騎士と共に立っていた。
「グリント兄さん・・・。」
レオンの班の皆は、緊張しながらグリントに頭を下げた。
「俺の班も今から休憩に入るところでな。
最も俺の班は、このオリーブ騎士のダニイルしか残っていないがな。」
グリントから今しがた紹介されたダニイルという名のアデルバートに最も多い灰色の髪と目をした青年が、レオンに向かって頭を下げた。
彼は前髪が長く顔が見えづらかったが、よく目を凝らして見ると、非常に整った顔をしていた。
「2人だけじゃこの先どうしようもないし、班員を補充しようと思い辺りを探したが、どうやらこの戦場でまともに動ける班は俺とお前の班だけらしい。
だが敵も残すところブルードラゴンの本群のみになったことだし、ここらで俺もそっちの班に混ぜてくれよ。
な?
レオンハルト・・・」
とグリントは口角を上げて挑発的にレオンを見た。
レオンは冷や汗を垂らしてグリントを見てからこう答えた。
「・・・わかった。
ただし条件がある。
合同班の指揮権は僕にくれ・・・」
「はぁ!?
なぜ兄である俺が弟の指揮下に入らなければならんのだ!」
とグリントは反論した。
レオンは黙り込むと、自分の方を不安そうに見ている班員たちの顔を1人ずつ順に見ていった。
そしてごくっと生唾を飲むと、勇気を振り絞ってグリントにこう言った。
「・・・グリント兄さんは、今まで何人の騎士を自分の盾にした?
この班の皆は僕にとって、3ヶ月半もの間共に死線を潜り抜けてきた大切な仲間なんだ。
それを兄さんの盾にされて失うわけにはいかない・・・。」
「ふん。
ならば次はダニイルが盾になるだけだ。
レオンハルト、お前は自分の班員可愛さに、このダニイルを見捨てるというのだな?
この人殺しの偽善者が!」
と皮肉タップリに声を荒げるグリント。
(人殺しはお前のほうだろう!!)
レオンはそう思うも、幼い頃この兄に苛められ、散々植え付けられて来た彼に対する恐怖心が、その喉まで出かかっていた本音を飲み込ませた。
レオンはグリントに背中を捕まれ、盾のように突き出されたダニイルを緊張した面差しで見上げた。
だがダニイルは肝の座った男なのだろう。
通常この状況ならレオンに救いを求めるかのような視線を送ってきそうなものだが、彼はまるで死を恐れていないかのように美しく凛々しい顔を微塵も崩す事なく、平然と落ち着き払っていた。
(美形嫌いのグリント兄さんなら、真っ先に彼を盾に使いそうなものだが、よく最後まで残しておいたな・・・。
オリーブ騎士のようだが、相当使える男なのか?
それに彼・・・この状況に全く動じていないことも気になる・・・。
彼にはグリント兄さんの元で生き残れるだけの自信があるのだろうか・・・。
どうする・・・?
彼を助けるということは、僕の班員達をグリント兄さんの盾候補として危険に晒すことになる・・・。
何とか両方を助けられる方法はないのか・・・!?)
とレオンが必死に考えていると、
『レオンハルト様。
グリント様の提案を受け入れましょう。』
とヴィクトルが耳打ちをした。
『しかしそれだと君達が危険だ・・・』
と小声で返すレオン。
『ですがここで彼を見捨てる選択をすれば、貴方は酷く後悔なさるでしょう・・・。
副班長として、その決断を若く将来のある貴方にさせたくはないのです・・・。
大丈夫、残った魔獣はもう僅かです。
グリント様がこれ以上誰かを盾にするような状況になる前に、全力で押し切りましょう。
それでもレフとライ、そしてダニイルが盾にされそうな時には、私が全力でサポートします・・・!』
「・・・・・」
レオンは暫く考え込むと、ヴィクトルの言葉に頷いた。
『わかった。
ならばヴィクトルには僕が母様より持たされたミスリルシールドを貸そう。
そしてブルードラゴンと対峙するときには、更に僕の光の強化魔法を付加させる。
それならきっとブルードラゴンが放つブレスにだって耐えられるはずだ。
それで皆を守ってやって欲しい。』
『そんな貴重なものを私などに・・・よろしいのですか?』
『うん。
僕は一本の剣を両手で持って戦うスタイルだし、盾は滅多なことで使わない。
ヴィクトルに役立ててもらえるなら母様も喜ぶと思うよ。』
レオンはそう言ってヴィクトルと頷き合うと、グリントに向けてこう言った。
「わかったよ兄さん。
合同でいい・・・。
指揮権も兄さんに譲る・・・。
だから彼を離してやってくれないか?」
グリントは満足気に微笑むと、ダニイルを開放してこう言った。
「わかればいいんだよ。
それじゃあ早速飯を分けて貰おうか。」
グリントはヴィクトルの作った鹿鍋に対し、「つまらん味だ!」等と不満を零していたが、余程腹が減っていたのか人一倍それを平らげた後、宿泊に使っている民家の中で1番綺麗な部屋を独占して勝手に寝てしまった。
村の中であってもたまに仕留めそこねた魔獣が迷い込み、人を襲うこともあるため、グリントを除くメンバーで1人1時間ずつ交代で見張りをしながら休んだ。
そしてあくる朝、レオンが井戸の水を汲んで顔を洗っていると、ダニイルが半分程崩れ落ちた教会から姿を現した。
彼とは昨晩同じ鍋を囲ったがその時も殆ど話すことはなかったので、彼は無口な男なのだろうし、自分が話しかけたりしたら迷惑そうな顔をされるかもしれないと思ったが、それでもこれから行動を共にする仲間なのだしと、思い切って彼に笑顔で声をかけてみた。
「おはようダニイル。
戦いの日々においても神に祈りを捧げるとは、随分と信心深いのだな。」
すると彼は口元を緩めて表情を崩すとこう返した。
「こんな僕でも無事を祈ってくれる子がいるので、僕の方も極力無事でいることを彼女に伝えたくて、こうして教会に来られるときには祈りを捧げるようにしているのですよ。」
レオンは彼がまともな返事をくれるとは思わなかったので、意表を突かれて目を丸く見開きながらこう返した。
「・・・そうか。
とても良い心がけだとは思うが、君がそうして祈っても彼女に君の無事は伝わらないのだし、無駄な労力ではないのか?」
それに対して彼は答えた。
「そんなことはありませんよ。
世界各地の教会にある全ての御神像は、創造神ヘリオス様を通して繋がっていますから。」
レオンは彼のその言葉にハッとした。
「どうかされましたか?
レオンハルト様。」
と首を傾げるダニイル。
「いや・・・。
君と同じようなことを僕の恋人が言ってたから、それを思い出してな・・・。
彼女も信心深くて、毎朝礼拝堂で祈りを捧げているんだ。
もしかしたら御神像を通して僕の無事を彼女が感じ取ってくれるかもしれないから、僕も君に習って祈っておこうかな・・。」
レオンはそう言って少し照れくさそうに笑った。
「良いと思います。
きっと彼女に貴方の無事が伝わりますよ・・・。
そろそろ朝食が出来上がりますから、祈りが終わりましたら昨日夕食を食べた焚き火の場所まで来て下さい。
あ・・・それと、大切なことを伝え忘れていました。
僕を助けてくれてありがとうございます。
レオンハルト様。」
ダニイルはそう言って微笑み頭を下げると、焚き火のある場所へと向かって行った。
(思っていたよりも話しやすい男だった・・・。
彼を見捨てる決断をしなくて本当に良かった・・・。
これもヴィクトルのお陰だ・・・。)
レオンはそんな事を思いながら崩れかけた教会の扉をくぐり、アデルバート像のある場所まで瓦礫を避けながら進んだ。
レオンは少しヒビが入り傾いたアデルバート像の前で跪くと、
(これ以上誰もグリント兄さんの犠牲になることなく、無事ブルードラゴンを倒せますように・・・・・。
そしてモニカ・・・。
早く君に会えますように・・・・・・)
と愛しいモニカの笑顔を頭に想い浮かべながら、祈りを捧げるのだった。
祈り終えたレオンが教会から出てくると、焚き火のところでダニイルが鍋をかき混ぜているのが見えた。
その近くではヴィクトルがいそいそと椅子と食器類を用意していたが、他の者はまだ寝ているのか、そこには彼ら2人の姿しか見当たらなかった。
レオンが彼らの方へと近づくにつれて、ほわん・・・といい香りが漂ってくる。
「あ・・・
これは味噌の匂いではないのか?」
とレオンが鼻をひくひくさせながら口にすると、ダニイルが笑顔で答えた。
「えぇ。
昨夜頂いた鹿鍋の残りにライスと味噌を加えてみたのです。
味噌はアデルバートには馴染みのない調味料ですのに、よくご存知でしたね?
レオンハルト様。」
「ああ・・・
僕の恋人がヘリオス連合国のジャポネ出身だから、毎朝味噌汁を作ってくれていたんだ。
ダニイルこそアデルバートの人間なのに、味噌を味付けに使うだなんて珍しいな。」
とレオン。
「前にジャポネに旅行したことがあるのですが、それ以来すっかりジャポネ料理にハマりまして、もともと僕は料理をするのが好きなほうなので、アデルバートにいてもあの味が食べられるようにと追求したのです。
あ、朝食が出来ましたので、皆さんを呼んで来て貰えますか?」
レオンとヴィクトルは頷くと、宿泊に使っている民家の中へと入っていった。
レオンはレフとライを起こすのをヴィクトルに任せ、自分はグリントを起こすために彼が寝ている部屋へと入った。
正直グリントに関わるのは気が重かったが、その役割をヴィクトルに任せてしまえば、寝起きの悪いグリントが心優しい彼を言葉で罵り傷つけてしまうことが安易に想像出来た。
それならば、兄の暴言に慣れている自分がその役を担うべきだと思ったのだ。
「グリント兄さん。
もうそろそろ起きてくれないかな。
グリント兄さんってば!」
レオンがそう声をかけながらグリントを揺すり起こすと、兄は自分だけ夜の見張りをせずにぐっすり眠っていたくせに、案の定不機嫌全開で目を覚まし、嫌味を言われた上に足蹴りまで繰り出してくる始末だった。
だがそんなグリントも、ダニイルの作る朝食の匂いを嗅ぐと表情を和らげ、無言で席につくとパクパクと勢い良く椀の中身をかきこみ始めた。
それを見てレオンは納得した。
(成る程・・・。
グリント兄さんが美形の彼を盾にせずに残しておいた理由はこれか・・・。)
と手元の椀に入った料理に目を落とし、自分もそれを口に運んでみた。
(昨日の鹿鍋の残りに、干した茸や野菜、溶き卵が加えられて、味にコクとまろやかさが出ているな・・・。
鹿肉のこってりした出汁に味噌の味付けがとても良く合っていて、ライスも入っているから腹にも溜まるし、久々に満足のいく食事にありつけた・・・。
同じ国の調味料を使っているからか?
モニカの味にも似ているし、何だか妙にホッとする・・・)
レオンはそんな感想を頭の中で述べながらお代わりをよそおった。
レフとライも味噌雑炊を気に入ったようで、レオンに続いてお代わりをしている。
「いやぁ、私の作った味気ない鹿鍋がここまで美味しく化けるだなんて、ダニイル・・・君は天才だ!
それにしても野菜はともかく卵なんてよく手に入ったね?」
とヴィクトル。
「あぁ、それは前に雪鳥の卵を見つけた時にアイテムボックスに入れておいたので、それを使ったのですよ。
そろそろブルードラゴンにぶつかる可能性もあるでしょう?
その前に精をつけないとと思いまして。」
とにこやかに答えるダニイル。
そこでグリントが顔を上げ、皆に向けてこう言った。
「そのことだが、飯を食っておのおの装備を整えたらゲートまで進撃するぞ!
一晩明けたからまたゲート付近に魔獣が湧いているだろうが、我ら騎士の現勢力ではそれを片付けるだけで精一杯で、なかなかブルードラゴンに辿り着けない・・・。
そこで、昨夜新たに湧いた魔獣を掃討した後、このロジウム村には戻らず、適当な場所に陣を取って野営することにする!
そして朝になったら一気にブルードラゴン本群に奇襲をかけるぞ!」
「えっ・・・ちょ、ちょっと待ってくださいよグリント様!
それって敵の陣地のど真ん中で夜を明かすってことですよね!?
そんなの無理ですって!
交代で見張りを立てるにしても、夜中は魔獣が湧き出すペースも早いですし、俺なんてライとペア組んで戦ってブラックディア1体倒すので精一杯なんですよ!?
ヴィクトルさんなら1人で1体倒せますけど、それでも一度に複数体湧いてきたらとても持ち堪えられませんよ!」
とレフが慌てて声を上げ、ライもそれに同意してコクコクと必死に頷いた。
「そんな事はわかっている。
だからレオンハルト1人で夜通し見張りをして貰うんだよ。
レオンハルトならそれくらい簡単にやってのけるだろうしな。
俺達はその間ブルードラゴン本群戦に備えてぐっすりと眠らせて貰えばいい。
素敵な作戦だろう?」
「ちょ!?
それってまるで、レオンハルト様に対するイビリじゃないっすか!
確かにレオンハルト様はチート級の強さっすけど、それでもそんな無茶をさせたら、ブルードラゴンと対峙した時に戦えなくなってしまうっすよ・・・!」
とライが汗を飛ばしながらグリントに意見した。
「・・・オリーブごときがこの俺に意見だと?
そんなに盾になりたいのか・・・!?」
「ひっ・・・!!」
と青褪めるライ。
「やめろ!
わかった・・・
僕が1人で見張りを・・・」
レオンがそう言いかけると、ヴィクトルが肩にそっと手を置き、それ以上は言わなくていいと言わんばかりに頭を振ると、グリントに冷静な眼差しを向けてこう言った。
「グリント様・・・恐れながら申し上げます。
レオンハルト様は我ら班の要となるお方ですので、ブルードラゴン戦までその戦力を温存していただくのが最も勝率を上げる作戦だと思われます。
ですが貴方様の仰るとおり、ロジウム村までいちいち引いていては、なかなかブルードラゴン本群に挑めないのもまた事実・・・。
そこで、ゲートの近くにあっても極力魔獣に見つかりにくい場所を探し、そこに潜伏して奇襲の機会を伺うのが宜しいかと思います。
そしてレオンハルト様とグリント様にはしっかりと休息を取っていただき、他の者達で見張りをするのです。」
「・・・フン。
ゼニスの中堅ポジションごときが偉そうに・・・。
それで、その潜伏場所に心当たりでもあるのか!?」
とグリント。
「そ、それはまだ・・・。
ゲート付近の魔獣を掃討した後、潜伏場所を探す時間を私に与えてくだされればと・・・」
とヴィクトルが頭を下げた。
「フン!
話にならんな!」
そこで、さっきからそれらのやり取りを黙って聞きながら味噌雑炊を食べていたダニイルが手を挙げた。
「あの・・・僕、潜伏に良さそうな場所を知っていますよ?」
「ほ、本当か!?
ダニイル!」
と身を乗り出すヴィクトル。
「はい。
先日魔獣の死体を片付けている時に見かけたのですが、ゲートの東側の森に洞窟がありました。
それほど深そうな洞窟でもありませんでしたし、そこを巣穴として使っている魔獣もいないと思いますよ?
洞窟の入口に結界魔法を張っておけば、見張り番をつけることもなく全員休めるのではないかと・・・。」
「それはいい!
情報に感謝するぞダニイル!
それではゲート付近の魔獣を掃討し終えたら、皆で洞窟の確認に行くとしようか!
それで宜しいですね?
グリント様。」
とヴィクトル。
グリントは、
「ちっ・・・」
と舌打ちをした後、
『一晩中1人で戦わされ、ろくに休む間もないままブルードラゴンと戦うことになり、一番の手柄を俺に奪われたレオンハルトの泣きっ面を拝めると思ったのに・・・』
と小声で呟くと、
「わかった・・・
それでいこうじゃないか・・・。」
とため息交じりに返すのだった。
朝食を食べたあとは作戦通りに出撃し、ゲート付近の魔獣を掃討した。
それから皆でダニイルの言った東の森に入ると、高さと幅が3m程度、奥行きは20mくらいの洞窟があった。
中には蝙蝠などが多少巣食ってはいたが、魔獣が潜んでいることもなく、ロジウム村の民家ほど清潔で快適ではないにしろ、雨風を凌げるし潜伏場所としては充分だった。
レオンは目を閉じて意識を集中させ、洞窟の入口に向って魔法を唱えた。
─ライトウォール─
洞窟の入口に光の壁が現れ、キラッと光った後透明になり、そこには何も無いように見えた。
「あれ?
一瞬光の壁が見えたっすけど、今は何もなくなっちゃいましたよ?」
と言いながらライが見えない壁に向って手を伸ばすと、ライに反応してキラッと壁が再び光を放った。
「この壁は発動時と消滅時、そして誰かが接触した時以外は透明なんだ。
人が触れると光るけど、通過すること自体は問題ないよ。
だが僕よりも弱い魔獣が近付くと弾いてくれる筈だ。
まぁジェイド兄さんが貼っている大規模結界の縮小版のようなものだよ。」
と説明するレオン。
「流石レオンハルト様です!
お陰様で今夜は全員しっかりと休めますし、とても助かります!」
とヴィクトルが言い、レフとライもレオンに口々に例を述べた。
グリントがフン!とソッポを向いているのは予想通りだったが、何故かダニイルは少し困ったように眉を寄せ、何かを考え込んでいた。
そしてアイテムボックスから簡易的なトイレとして用いられる浄化の魔石が取り付けられた台座と支柱、カーテンを取り出すと、いそいそとそれを設置し始めた。
「ダニイル。
用足しなら外で適当にすればいいんだし、態々トイレを設置することもないんじゃないのか?」
とレフが言うとダニイルは、
『いや・・・
僕が彼の張った光の壁を通過すると壊してしまうからな・・・。
そのことをすっかり失念していて、洞窟に結界を張ればいいだなんて言ってしまったから・・・』
とレフには聞こえない程度に小さく呟いてから、
「今晩は決戦前の特別な夜ですからね。
少しでも快適に過ごしたいじゃないですか。
簡易的ではありますが、風呂も用意しますよ。
風呂なんて皆さん久し振りでしょう?」
と微笑むのだった。
その後は順番で風呂に入り、夕食はダニイルが腕を振るったオーガボア(※フェリシア神国では鬼イノシシと呼ばれるハイクラス魔獣だが、アデルバートではオーガボアと呼ばれている)の肉をジンジャーと砂糖、ソイソースで味付けして焼き上げた生姜焼きと、オーガボア肉と根菜を贅沢に使い、味噌で味付けした汁物、そしてライスボールというメニューだった。
「俺、オーガボアなんて初めて食いましたけど、無茶苦茶美味いっすね!」
とライが生姜焼きを頬張りながら感想を述べた。
「オーガボアはアデルバートでは普段滅多に出没しないハイクラス魔獣ですから、こうして食べる機会も少ないですよね。
レオンハルト様が見事な剣さばきで狩ってくれたおかげで、こうして頂くことが出来ていますよ。
ありがとうございます。」
とダニイルはレオンに微笑みを向けて頭を下げた。
「いや、僕は自分の役目を果たしただけだし・・・。」
とレオンは照れくさそうに笑うと、汁物を啜った。
「うん、美味い!」
「・・・・・」
グリントはレオンがその獲物を狩ったという点は気に入らないようだったが、料理自体には大満足なのか、無言ながらも次々とそれらの料理を口に運んでいた。
ヴィクトルもレフも幸せそうに微笑んで、料理を口にしている。
レオンは続けて三角形に握られたライスボールに手を伸ばし、
「おむすびか・・・。
懐かしいな・・・」
と呟き、モニカが握ってくれた三角のおむすびを思い出して口元を綻ばせ、それを口にした。
中には昆布の佃煮が入っており、昆布の塩気とライスの甘さとモチモチ感、そしで外側を包む板海苔の香ばしい香りが口の中で溶け合い、幸せな気持ちで満たされていった。
「・・・レオンハルト様は本当にラスター・・・ラスター・ナイト様に似てらっしゃいますね・・・」
そんなレオンの横顔を隣でじっと見ながらダニイルが言った。
「えっ?
あぁ・・・僕の母と祖父がラスター・ナイトに似ていてね。
まぁアデルバートでは特に珍しい髪や目の色でもないし、この国ではごくありふれた顔ってことなんだろうな。
僕はその2人の外見的特徴を強く受け継いだみたいだ。」
とレオンは答えた。
それを聞いたグリントは、
「フン・・・
まだ気がついていないのか・・・」
と愚痴ったが、彼と離れた場所に座っているレオンにはそれは聞こえなかった。
「でもそれだけ整ったお顔立ちなら、大層女性におモテになるでしょう?」
とダニイル。
「えっ・・・そんな事はないよ。
というか、僕は向こうからぐいぐい来られるのは好きじゃないから、そういう子に言い寄って来られることがあっても、すぐに頭からシャットアウトしているからあまり覚えていないんだ・・・。
というか、君の方こそモテるんじゃないのか?
ダニイル。」
とレオンは逆に彼に尋ねた。
「僕ですか?
そうですね・・・。
こんな僕でも好きだと言ってくれた子が過去に2人いますが、今まで生きていた年月に対して2人だけですからね。
モテたなんてとても言えないですよ。」
とダニイルは苦笑しながら答えた。
「ダニイルお前、20歳かそこらだろ?
それで2人から告られたなら、充分にモテたと言えるんじゃないのか?
俺なんか告られたことなんか一度もないぜ?
まぁ腐ってもゼニスだから、ヤラせてくれる女は何人かいるけど・・・。」
とレフ。
「レフさんはナイト姓があるだけまだいいじゃないっすか!
オリーブでイケメンでもない俺なんか、金を払わないと誰も相手にしてくれないっすよ!?
本命の女にだってどれだけ貢いだか・・・
ヴィクトルさんは?
奥さん以外に何人抱いたんすか?」
ライに話題を振られたヴィクトルは、苦笑いを浮かべてこう答えた。
「私は妻しか知らないんだ・・・。
15になる前に経験しないと恥だと周囲から散々言われて、15になる直前に妻に頼み込んで経験させてもらって、そのまま結婚して今に至るよ・・・。」
「ヘェ~!
他の女を知りたいとは思わなかったんすか!?」
とライ。
「私は思わなかったな。
妻に惚れ込んだのは私の方だから頭が上がらなかったというのもあるが、他の女性をそんなふうに見ることが出来なくてな・・・。」
レオンはヴィクトルのその話を聞いて、本当に彼らしいなと思い柔らかく微笑みこう言った。
「ヴィクトルのそういう考え、僕は凄く好きだよ。
僕もモニカに対してそうでありたいと思ってる・・・」
そこでグリントが不快感を顕に「チッ・・・」と舌打ちしてから低く押し殺した声でこう言った。
「おいレオンハルト・・・。
そんな女の尻に敷かれた牙を持たない軟弱野郎に感化されてるんじゃねぇよ・・・。
お前は非処女では勃起しないとか積極的な女では萎えるとかいちいち面倒ではあるが、本当は俺と同じこっち側の人間の筈だ・・・。
モニカを賭けて剣を交えたあの日のお前に確かにそれを感じたから、今まで何も言わずに黙ってやっていたのに、それを研ぎ澄ますどころか逆に鈍らせていようとはな・・・。
どうせお前が非処女では勃起しないとモニカに言った為に、モニカが自分が非処女であることをお前に打ち明けられず、曖昧な関係がグダグダと続いた結果、未だに証を立てられずにいるのだろう?」
「・・・何故モニカが非処女だと知っている!?」
とレオンは険しい顔でグリントに尋ねた。
それに対してグリントはこう答えた。
「それくらいモニカを見ればわかるさ。
自分を性の対象として見ている男を前にしてあの堂々とした態度・・・。
そして女としての自信を感じさせる物腰・・・。
あれは男を知っているからこそ持てるものだ。
俺から勝ち取ってまで手に入れたモニカだろう?
非処女でもいいから押し倒し、セックスが出来るかどうか試してみれば良いじゃないか!
それで駄目ならモニカを捨てて、次の女を探せばいい・・・それだけのことだ。」
レオンはグリントを鋭く睨むとこう返した。
「・・・・・グリント兄さんに心配なんかされなくても、この戦いから帰ったらモニカで証を立てると約束しているよ・・・・・。
僕はこの戦いの出撃前、モニカから非処女だと聞かされたが、それでもモニカが欲しいと思えたんだ・・・。
それだけモニカは僕にとって唯一無二の、特別な女なんだよ・・・!!
そんな相手に出会えた経験が無いグリント兄さんに、それが理解出来るはずもないだろうがな!!
確かに僕にとってモニカが非処女である事実は、簡単に飲み込めることじゃない・・・。
だが、モニカが初めて身体を許した男は、彼女がずっと好きだった男だ・・・・・。
モニカと僕は、そいつより後から出会った・・・ただそれだけのことだ・・・・・。
後はモニカのすべてを僕のものへと何度も何度も上書きし、そいつの余韻を一欠片も残さず消し去ってやればいい・・・・・」
レオンが眉間にシワを寄せて食べかけのライスボールを睨みながらそう呟くと、彼の隣に座るダニイルが、今までの穏やかな態度からは想像もつかない程の冷たい眼差しをレオンに向けてからこう言った。
「・・・・・。
そうですか・・・・・。
レオンハルト様はお優しいようでいて、彼女に関することではとても激しい気性をお持ちなようですね・・・。
それではもし、その彼とレオンハルト様が同時に彼女と出会えていたなら、彼に勝てていたと思いますか・・・?」
「・・・・・?」
レオンはダニイルの予想外の問いかけに対し、怪訝そうな顔をして彼をじっと見てからこう返した。
「・・・その場合のモニカの気持ちがどうかは僕にはわからない・・・。
だがこの世界の誰よりも、モニカの初めてが欲しかったのは僕だということだけは確かだ・・・・・。
だから、もしそいつと同時にモニカに出会えていて、なおかつモニカが僕と性的関係を結んでもいいくらいに好きだと言ってくれるなら、そいつとやり合って殺してでもモニカの初めてを手に入れていたと思う・・・・・」
それを訊いたダニイルは、フッと口角を上げてレオンを嘲るように微笑みながらこう言った。
「・・・そうですか。
実は僕、奪った側の人間なんです。
さっき僕は、2人の女性から愛を告げられた経験があると言いましたね?
そのうちの1人は僕の本命です。
しかし彼女とは別の、とても大切な家族のように思っている子からも愛を告げられました。
僕はその子に抱いて欲しいと迫られ、最初は本命がいるからと拒みましたが、結局は彼女の魅力に抗えず、彼女を抱いてしまいました・・・。
そしてあまりにも彼女とのセックスが気持ち良かったものだから、本命からいっそのこと彼女へと乗り換えてしまおうか・・・なんて今、真剣に考えています・・・。
でもそんな彼女に想いを寄せ、僕から奪おうとしている年下の男がいましてね・・・。
僕は彼の大切な彼女の初めてを奪ってしまって申し訳ないと思うと同時に、彼女が生まれて初めて男を受け入れた時のあの特別な表情を知るのはこの世でたった1人、僕だけなのだと、優越感を感じてもいます・・・。
そんな僕を、レオンハルト様なら許せますか・・・?」
それに対してレオンは、普段の穏やかさを微塵も感じさせない冷ややかな眼差しをダニイルに返しながらこう答えた。
「・・・・・もしダニイルがモニカの処女を奪っておいて優越感を感じているその男ならば、僕は絶対に許せないから刃を向けていただろう・・・・・」
そんな2人のやり取りを黙って聞いていたグリントが、「フッ!」と笑いを零してから割り込んできた。
「それでいいんだよレオンハルト!
やはり騎士たるもの、それくらいの激しさがないとな!
気に入った女を強いほうが手に入れる。
シンプルだが最も強い子孫を残していける確実な方法だ!
そしてお前がモニカから貰えずに満たされないものがあるというなら、別の女から気の済むだけ奪えばいい・・・。
強ければそれが叶う。
大体においてはな・・・。」
グリントはコップに入っている飲み物を一気に飲み干すと、更に続けた。
「先程お前は、特別な相手に出会えた経験が無い俺に、お前の気持ちが理解出来るはずがないと言ったな?
残念だったな。
実は俺にも、喉から手が出そうな程に欲しい女がいたんだよ・・・。
あれは俺がまだ10にもならない頃に宮廷に輿入れしてきた女・・・。
お前の母親のアンジェリカだよ。」
レオンは腹違いの兄から初めて聞くその事実に耳を疑い、彼をますます怪訝な顔で見た。
グリントは構わず続けた。
「今思えば、あれが一目惚れというやつだったのだろうな・・・。
俺が12で精通した後、アンジェリカで男の証を立てたいと父様にねだったが、父様はアンジェリカを俺に貸してはくれなかった・・・。
あの父様があんなにも夢中になるアンジェリカを俺はますます知りたくなったが、アンジェリカを寝取ろうものなら俺は父様に殺されてしまう・・・。
またアンジェリカのほうも俺なんかよりもずっと強く、一度も隙を見せなかった・・・。
それで今に至るまで手に入れられないでいるわけだ・・・。
母親にそっくりの顔で生まれてきたお前がもし女だったら、アンジェリカの代わりに犯すことが出来たのに思うと悔しくて、お前を虐めて憂さ晴らしをしたりもした・・・。
そのうちお前までも俺より強くなりやがったから、その憂さ晴らしも出来なくなったがな・・・。
だからお前の”1番欲しかった物を誰かに盗られた惨めな気持ち”は、それなりに分かるつもりだぜ?
そしてその惨めさを忘れるために、アンジェリカにやりたかったことを違う女で発散しているが、それでもまぁまぁ満たされる・・・。
だからお前もそうすればいい。
さっきも言ったが、お前はそこの軟弱な牙無しのヴィクトルとは違い、それが出来るこっち側の男だ・・・。」
「・・・・・はぁ!?
僕がモニカを悪戯に傷つけるような事をするわけが無いだろう!!?」
レオンは拳を握り込むと席を立ち、声を荒げた。
グリントはレオンを宥めるように両手を前に掲げた。
「そうムキになるなよレオンハルト。
俺は間違ったことを言ってはいないはずだぞ?
確かに俺が次期当主として決定されれば、お前はモニカを妃に出来て、一途な愛を貫けるかもしれない。
だがもしお前が次期当主に決まればとうだ?
お前は好きでもない、地位だけある女と結婚させられて、子を成すことを要求されるぞ?
この俺のようにな・・・。
まぁ俺も第1妃のカタリナは全く好みではないし、初夜に義理で抱いてやった以降どうにもその気になれないで放置してはいるが、必要とあれば子作りは可能だから問題はない。
だがお前は俺とは違い、女にいちいち好みがうるさい。
俺のように政治がらみで充てがわれた女を抱くなんて、到底無理だろう?
更に、はっきり言うとお前は人の上に立つ器ではない。
変に真面目で融通が利かず、プレッシャーに敏感・・・更には酷く打たれ弱いときた。
そんなお前が人の上に立たざるを得ない状況に追い込まれればどうなるか・・・俺には手に取るようにわかるぞ?
お前は与えられた立場に苦しみもがき、本命であるモニカを専属メイドとしてキープしておきながらも、なけなしのプライドを保つためにモニカ程ではないにしろ、そこそこ欲情出来て、なおかつモニカでは満たせないものを持っている女を追い求めて彷徨うだろう・・・。
下手したら、俺やジェイドなんか比にならない数の女に手を付けては捨てることを繰り返すかもしれないな?」
レオンは兄のその言葉に眉間に深くシワを寄せて強く反論した。
「・・・そんな馬鹿なこと、あるわけがないだろう!!!
第一次期当主は長男であるあんたがなるのが順当だ!!!」
「・・・・・。」
グリントはそれに対してしかめっ面をして無言で返した。
そして小さくため息をつくと席を立ち、レオンの側まで回り込んでからこう耳打ちをした。
『ここから先は兄弟だけの秘密の話だ。
俺について来い・・・。』
グリントはそのまま洞窟の入り口の方へと消えていった。
レオンは怪訝そうにグリントの後ろ姿を見てから、ヴィクトル、レフ、ライの3人に向けてこう言った。
「少しグリント兄さんと話をしてくるから、君達はここにいてくれるか?」
本来であればダニイルにも顔を見て伝えるべきだが、彼に対しては先程までの会話が尾を引いており、今は顔を合わせたくなくて無視をした。
ヴィクトルはレフとライと顔を見合わせてからこう答えた。
「・・・わかりました。
ですが、もし助けが必要なときは呼んでください。
すぐに助けに参りますから。」
「ありがとう。
僕は大丈夫だから皆は気にせず食事を続けていてくれ。」
レオンはそう言って微笑むと、グリントを追いかけた。
グリントは洞窟を出た所でレオンが来るのを待っていた。
レオンは自分の張った光の壁をチカッと光らせながら通り抜けると、グリントの前に立ち腰に手を当ててこう言った。
「・・・それで話とは?」
グリントはフン・・・と軽く悪態をついてから口を開いた。
「・・・本当は父様にまだ言うなと口止めをされているが、いい機会だから教えておいてやる。
お前は本物なんだよ。
お前とアンジェリカだけが、ナイト家においてラスター・ナイトの血を引く者だ・・・。
俺もジェイドも父様も、ラスター・ナイトの血を引いてなんかいない。
ラスター・ナイトの血の繋がらない弟が、義兄から奪い取った白の剣を掲げてラスター・ナイトのフリをして手に入れた・・・俺達はそんな地位にしがみつくだけの、偽物にすぎないんだよ・・・。
そしてラスター・ナイトが勇者達と共に打ち倒した魔王だが、お前も知っての通り、近い未来において復活・・・もしくは新しい魔王が誕生するのかもしれないが、とにかく魔王が倒されてから1000年前後経過した時に、再び現われることが千里眼能力を持つフェリシア神国の神使により予言されている・・・。
その時、英雄の子孫とされている我がナイト家にも、当然魔王討伐の期待が寄せられるだろう。
だが、白の剣を光らせる事もできない我らは、偽物であるとすぐに民・・・そして神々にもバレてしまうだろう・・・。
それを恐れた父様は、本物のラスター・ナイトの血を引くアンジェリカを3番目の妃に迎え、英雄の血を引きつつナイト家でもあるお前を産ませた・・・。
そしてお前を次期当主とし、お前の血をナイト家の中で繋いでいけば、魔王が再び現れた時にナイト家の頂点にいるのは本物の血を引くお前の子孫であり、ナイト家の過去の嘘がバレることもない・・・。
・・・もうわかっただろう?
お前は俺よりも有力な次期当主候補なんだよ・・・。」
レオンはグリントの話を受け止めきれずに酷く混乱して狼狽え、こう返した。
「・・・・・はぁ・・・・・!?
ちょっと待て・・・・・!
さっきからあんた、何言ってるんだよ・・・!?
僕だけがラスター・ナイトの血を引く公子だって!?
そんなこと、信じられるわけがっ・・・・・」
「簡単に受け入れられないのは無理もないが、それが真実だ。」
とグリント。
「・・・・・・・」
レオンは俯き、無言で返した。
そして、グリントはここからが本題だと言わんばかりに両腕を組むとこう言った。
「そこでレオンハルト。
取引をしようじゃないか。
俺はお前に次期当主の座を奪われれば笑い者にされ、宮廷からも追い出され、地方貴族として冴えない人生を送ることになるだろう・・・。
だから何としても俺は次期当主になりたい。
一方お前は次期当主になどなりたくないし、気楽な立場で好きな女を妃に迎えたい。
俺とお前の利害は一致している。
そうだろう?
だがこのまま行けば、お前が次期当主にされる・・・。
それを覆す方法が今目の前にある。
お前がこのロジウムの戦いでの手柄を俺に譲ればいい・・・。
絶大な被害が出たこの戦いに終止符を打ったのが俺ならば、民からの俺への支持はぐんと上がり、父様とて俺を次期当主にせざるを得なくなるだろうからな・・・。
そしてお前は成人後モニカを妃に迎え、父様が当主を引退し俺が正式に当主になったなら、宮廷を出てモニカと一緒に地方貴族でもやればいいさ。
ただしお前とモニカの子供・・・お前の家系を振り返り見るに産まれるのはまず男児1人のみだろうが、その子供にナイト家の地位の高い女を娶って貰うがな。
その2人の間に出来た子供なら、平民のモニカとの間に出来たお前の子とは違い、それなりの継承権を持つことになる。
そいつを魔王復活のタイミングと合わせて当主に持ち上げれば、ナイト家の嘘がバレることもないだろう?
何も知らない貴族達は、直系から少し外れたそいつを当主にすることに当然反対するだろうが、その時にはそいつらに真実を公表すれば、奴らは保身の為、それを受け入れざるを得なくなるだろうからな・・・。」
レオンは暫くの間口元に手を運び考え込んでいたが、やがてゆっくりと顔を上げ、口を開いた。
「わかった・・・。
僕には手柄なんかより、モニカとの未来のほうが大切だ・・・。
僕とモニカの子供に望まない結婚を・・・更には孫に当主の座を押し付けることになるのは心苦しいが・・・その子達は僕だけじゃなく、しっかり者のモニカの血も引いているのだし、僕とは違ってそれらを受け入れられる器に育つかもしれない・・・。
だからブルードラゴンはあんたが倒せばいい。
僕はあんたがドラゴンにトドメが刺せるよう、サポートをすればいいのだろう?」
「あぁ、その通りだ。
頼むぞ?弟よ・・・。」
そう言ってグリントはレオンの肩をポンポンと叩いた。
レオンは、
「あぁ・・・。」
と返しながらもそれを少し鬱陶しそうに見た後、兄にこんなことを尋ねた。
「ところで僕からもあんたに聞きたいことがある。
あんたの班のダニイル・・・
彼は一体どういう男なんだ?」
グリントは食事中のレオンとダニイルの何かを含めたやり取りを聞いていたので、その質問の意味を察してニヤリとほくそ笑むとこう答えた。
「お前が奴を気にする理由は理解できるぞ?
だが残念ながら俺は大した情報を持ち得てはいないな。
そもそもあれは途中で補充した人員だ。」
「・・・誰の班だった?」
と訊くレオン。
「さぁな。
お前も知っての通り、俺は殆ど戦場に出ないからゼニス隊の奴等と面識もないし、戦場で転がっている死体を見た所でそれが何処のどいつなのかなんてまずわからない。
ただ奴が大勢の死体の中で無傷で生き残っていたから、盾要員として俺の班に誘っただけだ。
だがいざ行動を共にしてみると、奴の作る飯は変わった味付けではあるが非常に美味いし、魔獣の片付けや伝令役なんかも卒なく熟す便利な奴だから、盾にせずに最後まで残しておいた・・・それだけだ。」
「そうか・・・」
とレオンは表情を曇らせたままで返した。
「・・・奴がモニカの昔の男だと疑っているのか?」
とグリント。
それに対してレオンは頭を振った。
「いや・・・モニカが処女を捧げた相手はジャポネの男だ。
だからオリーブ騎士の筈はない・・・。
それに、最初は彼に対して特に何も思わなかったんだ。
時折彼に何かを探られているような感じはしたが、新しく行動を共にすることになった僕がどんな奴なのか気になるのは当然だし、話をしてみてからはいい奴だと思った。
だが今日の夕食の途中からは、明確な敵意を彼から感じた・・・。
それがやけにっ引っかかるんだ・・・。」
「フン。
そんなことにいちいち気を取られていないで、明日はしっかりとやってくれよ?
英雄の末裔さんよ。」
とグリント。
「・・・・・わかってる。
だが一言だけ言っておく。
僕があんたよりも強くなれたのは、決してラスター・ナイトの血を引いているからだけではないぞ・・・?
僕はあんたの何倍も努力してる。
僕が費やしてきた時間と労力を、”血”だなんてたった一言で、なかったことにされるのは気に入らない・・・・・」
とレオンは拳をグッと握りしめ、地面を睨みながらそう言った。
「・・・そいつは悪かったな。
だがその努力が実る地点で、お前はやはり特別なんだよ・・・。
・・・まぁとにかく明日は頼んだぞ?」
グリントはそれだけ言い残すと、一足先に洞窟へと戻って行った。
その場に1人残されたレオンは、地面を睨んだままで呟いた。
「・・・僕と母様だけが本物だって・・・?
そして僕は、グリント兄さんよりも有力な次期当主候補だというのか・・・・・
ジャポネのスパイであるモニカなら、当然それを知っていただろう・・・・・
今まで僕がモニカを求めると、時々寂しそうな顔をしていたのはきっと彼女に隠し事があったためだけじゃない・・・。
僕の望む甘っちょろい未来が、すべてを知っていたモニカにとって、現実的ではなかったからだ・・・・・。
だが、グリント兄さんが次期当主になればまだ希望はある・・・・・。
大丈夫。
うまくやって見せる・・・・・・・」
レオンは碧い瞳を夜の闇の中で静かに鋭く光らせると、洞窟の中へと戻って行った。
そして翌朝─。
朝食を食べて装備を整えたレオン&グリントの合同班は、それぞれの愛馬に跨り、ゲートの奥にあるブルードラゴンが拠点にしている黒い森を目指した。
魔獣は道中で遭遇し、道を塞ぐ個体のみを倒し、それ以外は見かけても素通りした。
いちいちそれらを相手にしていては、ブルードラゴンの本群にぶつかる前に消耗してしまうからだ。
(魔獣群のボスであるブルードラゴンを倒せば、恐らく大きく開いたゲートも元通りに縮まっていくだろう。
この辺りには僕たち以外の騎士もいないし、これ以上被害が出ることもないのだから、残党狩りはその後で行えばいい・・・。)
レオンは自分の前を行くグリントの背中を見ながらそう考えていた。
(さて・・・後はどうやって大して強くもないグリント兄さんに手柄を立てさせるかだ・・・。
グリント兄さんは、対人戦闘においては浅はかですぐに先手をしかけてくるが、魔獣相手には慎重なようだから、確実な勝算がない限りは前に出ないと見ていいだろう。
だからまずは僕が前に出て、ブルードラゴンの動きを封じよう。
ブルードラゴンは10mくらいの高さあるから僕達人間では心臓を狙い辛い。
僕はまだドラゴンとはやり合ったことがないから確実な事は言えないが、スチールスパイダー(※フェリシア神国においては鋼蜘蛛と呼ばれる魔虫)のように装甲が硬い魔獣でも大体関節には刃が通る。
足をやられればブルードラゴンは飛んで逃げられなくなるだろうし、姿勢が下がって充分に心臓を狙えるようになるだろう。
だから足をやったタイミングでグリント兄さんに合図を送り、ファイアブランドでトドメを刺して貰えばいい。
だがもしもブルードラゴンがグリント兄さんに向かってブレスを吐いてきた時には、きっとグリント兄さんは誰かを盾に使うだろう。
その時はヴィクトル・・・皆を頼むぞ。)
レオンはそう思ってから、隣を走るヴィクトルにアイコンタクトを送った。
彼の左手には、レオンが母アンジェリカから持たされた貴重なミスリル銀製の盾が陽光を反射して煌めいていた。
ヴィクトルはレオンの言いたいことを汲み取ってくれたのか、黙って深く頷いた。
そして洞窟を発ってから1時間が経過した頃、ついに黒い森に辿り着いた。
レオンはこの森が遠くから黒く見えていたのは、大きく開いた魔界ゲートから溢れ出したドス黒い瘴気のもやが、この森にいるであろうブルードラゴンに吸い寄せられて溜まっている為だとすぐにわかった。
合同班がもやの中心に向かって馬を走らせると、高さ10m程の巨大なドラゴンのシルエットが見えてきた。
その姿を確認すべく更に進むと、もや越しに青い鱗でびっしりと覆われた姿が確認できた。
(やはりブルードラゴンで間違いないようだ・・・)
ブルードラゴンの周りには、ハイクラス魔獣とされる中でも強い部類に含まれるオーガボアやオーガベア(※フェリシア神国においては鬼熊と呼ばれているハイクラス魔獣)、更にはマンティコアやヘルハウンドの姿も見られた。
(オーガボアとベアはともかくとして、マンティコアとヘルハウンドは火属性を持つ魔獣で、冷気属性を持つブルードラゴンとは相性が悪い筈だ・・・。
通常複数体の魔獣が集まるときには、似た属性のものでつるむ傾向が強い・・・。
なのに何故・・・?)
レオンはそれを疑問に思うが、ここから先に進むにはそれらの魔獣とやり合わなければならないため、一旦止まるようにと皆に合図を送った。
「奴等にこちらを捕捉されていないうちに、皆に強化魔法をかけておきたい。
僕のMP(※魔法を使うために必要な魔力容量のこと)はそれ程多くないから、基本的に2度がけは出来ないと思っておいて欲しい。
強化魔法の持続時間は2時間程・・・魔法が有効なうちに一気に畳み掛けよう・・・!」
レオンの言葉にヴィクトル、レフとライ、ダニイルの4人はしっかりと頷くが、グリントだけは不服そうな顔をして、
「おい・・・
この合同班の指揮を取るのは俺だぞ?
偉そうに仕切ってるんじゃねぇよ・・・」
と言った。
「あ・・・そうだった。
ごめんグリント兄さん。」
「・・・いいからさっさと強化魔法をかけやがれ。」
レオンは頷くと目を閉じて、魔法を唱えるために意識を集中させるのと同時に、どの魔法が有効かを考え始めた。
(武器に火属性をつけるのは冷気属性を持つブルードラゴンには有効かもしれないが、奴の配下に火属性を持つ魔獣がいることから、皆の武器に火属性をつけるのはやめておいたほうがいいだろう・・・。
それならあそこにいる魔獣は全員闇属性を持っていることだし、僕の光の強化魔法は非常に有効だから、全員の武器に光の属性を付与して・・・。
いや・・・グリント兄さんにはデフォルトで火属性を持つファイアブランドがあるし、光属性を重ねがけすることで、ファイアブランドの持つポテンシャルを落してしまうかもしれない・・・。
どうせグリント兄さんはファイアブランドと同じく火属性を持つマンティコアやヘルハウンドの相手はしないのだろうから、それなら敢えて火の属性を追加で付与させて、対ブルードラゴンに特化させたほうがいいな。
防御魔法はどうしよう?
馬や鎧に火属性の防御強化魔法をかければ、僕程度の火魔法ではブルードラゴンの冷気ブレスには焼け石に水かもしれないが、かけないよりは若干マシかもしれない。
だが相手には火属性を持つマンティコアやヘルハウンドもいるし、僕の火魔法より奴らのほうが勝っていれば、逆に炎を吸収されてクリティカルダメージになりかねない・・・。
それなら全員に光属性の防御強化魔法をかけておこう。
これなら闇属性を持つ奴ら全員の攻撃に対応出来るし、火や冷気の属性攻撃を受けてもクリティカルになることはない。
防御の要となるヴィクトルの盾には特に強めにかけておくとしよう・・・。
よし!)
レオンは使う魔法が決定したため、魔法を唱え始めた。
─ライトウェポン!─
グリントを除く全員の武器に光属性が付与された。
続けてレオンは唱える。
─ファイアウェポン!─
グリントのファイアブランドに火属性が追加で付与され、鞘の中でボウッ!と炎が燃える音がした。
レオンは更に唱えた。
─ライトディフェンス!─
全員の馬と鎧に光属性が付与され、ほんのりと白く光った。
そしてヴィクトルの持つミスリルシールドには更に強い光が宿った。
レオンが魔法をかけ終えて目を開けると、グリントがこう言った。
「これで下準備は終わりだな?
ここから先はレオンハルト、お前が前に出ろ。
そしてヴィクトル、1番守りの硬そうなお前が最後尾だ。
後は各自、適当にフォローしろ。
俺は1番安全な真ん中で、ブルードラゴンを仕留める契機を伺う。」
(やはり・・・)
と思ったのか、グリント以外の全員が呆れたように彼を見た。
グリントはそれに構わずファイアブランドを鞘から抜くと、それをブルードラゴンのいる方向へと突き出し声を張り上げた。
「では、突撃開始!!」
レオンは先頭を走りながら考えた。
(ブルードラゴンの足を狙う前に、まず配下の魔獣を早急に片付けなければならないだろう・・・。
奴等はブラックディアと同じハイランクに該当しても、ブラックディアよりは格上の魔獣ばかりだ。
この合同班には僕以外に太刀打ちできる者がいないし、放置すれば皆を危険に晒すことになるからな・・・)
レオンは鋼の剣を鞘から抜くと、
「リース・・・行くぞ!」
と愛馬リースに声をかけて加速させ、ブルードラゴン率いる魔獣群へと突っ込むのだった。
「は、はえぇ~~~・・・
レオンハルト様、マジつえぇ~~~…!
あっという間にブルードラゴンの配下が全滅っすよ・・・!」
とライがヘルハウンドの死体をアイテムボックスに片付けながら間抜けな声を上げた。
「ライ!
死体回収は後でいいからそこを退くんだ!
レオンハルト様の邪魔になる!」
とヴィクトルが叫び、
「は、ハイっす!」
とライは慌てて馬を走らせた。
(ナイスアシストだヴィクトル!
これで広範囲攻撃が出せる!)
レオンはグッと剣を持つ手に力を込めると、鋼の剣を薙ぎ払った!
─ライトスウィング!─
レオンの剣の切っ先が白く光り、幅5mはあろうかという湾曲した刃の軌道が剣から離れて、ブルードラゴン目掛けて飛んでいった。
それはブルードラゴンの後ろ足にヒットしたが、対象を前かがみにさせるには今ひとつ威力不足だった。
(くそ・・・ライトスウィングは広範囲を狙える分威力が弱いから、ブルードラゴン相手に一撃では無理か・・・
だが奴が痛みに気を取られている今なら懐に潜り込める!)
レオンは愛馬リースを再び加速させると、ブルードラゴンの足元に潜り込んだ。
(本来であればここで奴の皮膚の中でも柔らかそうな腹を上段攻撃で狙うところだが、グリント兄さんに倒して貰うために足をもう一度狙う・・・!)
レオンはブルードラゴンの両足の関節部を斬り込んだ!
ズシャッ!と刃が通った手応えはあったものの、レオンの想像以上にブルードラゴンの関節部の皮膚は固く、鋼の剣に負担をかけてしまったのか攻撃が終わると同時にそれは折れてしまった。
だがブルードラゴンを前かがみにさせることには成功した。
そこですかさずレオンはグリントに向かって叫んだ。
「兄さん!今だ!!」
グリントは待ってましたと言わんばかりにファイアブランドを掲げ、馬を蹴って走らせた。
そしてファイアブランドの射程内まで距離を詰めると、
「唸れ炎よ!!」
と言いながらファイアブランドを振り上げ、ブルードラゴンの首にそれを払いつけた!
ファイアブランドによる攻撃は炎を滾らせながらブルードラゴンの首に確かにヒットしたが、おかしい。
ダメージが通るどころか、ブルードラゴンはその炎を吸収し、目を赤く光らせたのだ!
そして息を大きく吸い込んだかと思うと、グリントめがけて炎のブレスを吐き出した!!
(ブルードラゴンは冷気か闇属性のブレスを吐く魔獣の筈だ!
なのに何故炎を!?)
レオンと同じ疑問をグリントも感じたようで、
「なっ・・・炎だと!!?」
と驚きの声を上げながら馬を走らせ、ブレスから逃げた。
だが炎のブレスはしつこくグリントを追い続けた。
グリントはヴィクトルがいる方へと方向を変えると、
「そこの牙無しの腑抜け!
最初から気に入らなかったんだよ!!
せめて俺の盾として役立ちやがれ!!」
と叫びながら接近し、彼の首根っこを捕まえて盾のように自分の前に突き出したのだ!!
ヴィクトルは咄嗟にミスリルシールドを構えたが、炎のブレスは直撃し、全身が炎に包まれてしまった!
「ヴィクトルーーー!!!」
「「ヴィクトルさーーーん!!!」」
レオン、そしてレフとライが同時に叫んだ!
ヴィクトルは炎に包まれたまま地面に落ち、そのままゴロゴロと転がり身を包んでいた炎は摩擦により消えたが、彼の受けたダメージが致命的なのは誰の目にも明らかだった。
(そんな・・・!!
ヴィクトルがやられた!!!
くそっ!あの野郎・・・ヴィクトルを盾に使いやがって!!!
ライトディフェンスをかけてあったから盾があったところは無事なはずだが、ああ全身に炎を浴びさせられては・・・)
レオンがヴィクトルの安否を確認するため馬を走らせようとしたところで、ブルードラゴンがまた大きく息を吸い込み始め、グリントに狙いを定めているのが見えた。
ドラゴンの口元に集まるエネルギーの気配から、今度は闇属性のダークブレスが放たれると感じたレオンは、急いで魔法を唱えた!
─ライトウォール!!─
グリントの眼の前に広範囲の光の壁が現れた!
(ヴィクトルを盾に使いやがったあいつだが、それでも僕にとっては必要な男なんだ・・・
見捨てるわけにはいかない・・・!
僕は火より光魔法のほうが強いし、ダークブレスにライトウォールは非常に有効だから、これでブレスをかなり防げる筈だ・・・)
そう思ったレオンだったが、ブルードラゴンが吐き出したダークブレスはなんと光の壁を吸収してより大きく膨らみ、更にグリントにかけてあったライトディフェンスの魔法まで吸収し、彼の全身を大きな黒い塊で覆い尽くしたのだ!
「うわあぁぁぁーーーーー!!!」
グリントが悲鳴を上げて馬から転がり落ちた!
「グリント兄さん!!?」
ダークブレスはシュワシュワと音を立てながらグリントの生命エネルギーを吸っていった。
そしてやがて音がしなくなり、吸うものがなくなったと言わんばかりに黒い塊が小さくなり始め、数秒もすると完全に消えてなくなってしまった。
レオンは慌てて馬を降り、グリントの下へと駆け寄った。
その時にはグリントは完全に息絶えており、呼吸も止まっていた─。
(グリント兄さんが死んだ・・・!?
嘘・・・嘘だ・・・!!!
僕一人に面倒なものを押し付けて先に逝くなよ・・・!!!
何故・・・何故こうなった!!?
奴は冷気ではなく、炎のブレスを吐いてきた・・・
それだけじゃない・・・。
僕の火魔法と光魔法・・・ファイアブランドの炎すらも吸収してブレスの威力が増していた・・・
何がどうなっているのかわからない・・・!
くそっ・・・!くそっ・・・・・!!
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・でも・・・・・もうどうでもいいか・・・・・
これから先のことなんて、考えたくもない・・・・・
どうせこの戦いに勝ったとしても、僕にはモニカと幸せになれる道なんて残されていないのだから・・・
それならもうひと思いに僕を殺してくれよ・・・・・)
レオンは戦意を喪失して目に光を失い、グリントの亡骸の側で膝をついたまま動かなくなってしまった。
レフとライが遠くから自分の名を呼んでいるような気がしたが、それすらどうでも良いと目を閉じた。
その直後のことである。
自分の左頬に鈍く重い痛みが走ったかと思うと、レオンは左後ろへと数メートルふっ飛ばされていた!
レオンが左頬を手で抑えながら身を起こし顔を上げると、先程まで自分が膝をついていたグリントの亡骸の側に、非常に険しく怒りに満ちた表情のダニイルが、拳を握りしめて立っていた。
レオンはこの頰の痛みは彼に殴られたものによることを理解し、怪訝そうに眉を寄せた。
ダニイルはそんなレオンに向けて強く怒鳴った。
「しっかりしろ!!
レオンハルト・ナイト!!!
このままお前が何もかも諦めて目を閉じていれば、そこの兄みたいにドラゴンに殺され、やがてはお前の愛する女までも魔獣に殺され、国ごと魔獣共に滅ぼされてしまうのだぞ!!?
本当にお前はそれでいいのか!!?
お前がラスターの子孫ならばちゃんと目を開けて、全力で騎士の役目を全うしろ!!!!」
レオンはその言葉でモニカの笑顔を頭に思い浮かべた。
そして失っていた目の光を取り戻すと、無言で立ち上がった。
それからレオンはグリントの亡骸と地面に転がったままのヴィクトルを愛馬リースの背に乗せて愛馬と共に走り、ブルードラゴンから距離を取った。
そして2人を安全そうな木の陰に下ろし、状態を確認した。
やはりグリントは完全に息絶えていたが、ヴィクトルは気を失ってはいるものの、まだ息があった。
彼は炎のブレスを浴びる前にライトディフェンスがかけられたミスリルシールドを構えた為か、上半身の火傷はそこまで酷くはなかった。
だが下半身の火傷は深く、広範囲に及んでいた。
レオンは自分が火傷した時にモニカがしてくれたことを思い出し、アイテムボックスから水の魔石を取り出すと、ヴィクトルの下半身の火傷の酷い部位に水をかけて良く冷やした。
少し時間が経ってしまったので今更冷やしても無駄なのかもしれないとも思ったが、冷やさずに服を脱がせば、比較的無事な皮膚までも服と共に剥がれて損なわせてしまうのだとモニカが言っていたのでそうしたのだ。
それからヴィクトルの下半身の装備を外し服を脱がせてから、モニカが持たせてくれた桜色の駒鳥のラベルのついた傷薬の缶を取り出して、その中身を1番酷い火傷に塗っていった。
するとその部位はゆっくりとだが確実に癒えていった。
レオンはこのぶんなら火傷は殆ど痕も残さず完治するだろうと、ホッとため息をついた。
そこでレオンは初めてブルードラゴンが今どうしているのかが気になり、顔を上げた。
すると、ダニイルがブルードラゴンの攻撃がこちらへと向かないようにと引き付けてくれている姿が目に映った。
彼の身のこなしはオリーブ騎士のそれとは思えない程に無駄がなく、かなり余裕があるようにすら感じられた。
だが、彼は剣を抜いて攻撃に転じる気配を全く見せなかった。
(・・・ダニイル・・・君は本当に何者なんだ?)
レオンはそう思うも、今大事なのはそれを考えることではないと頭を振り、レフとライに視線を移して声を上げた。
「レフ!ライ!
こちらへ!」
「「は、はい!!」」
2人はすぐにレオンの元へと駆けつけた。
レオンは2人に傷薬の缶を渡してこう言った。
「2人はここでヴィクトルの火傷にこの傷薬を塗って治療をしてやってくれ。
僕はあのドラゴンを倒してくる・・・!」
「わ、わかりました!」
と言ってすぐに傷薬を塗り始めるレフ。
「で、でもレオンハルト様・・・大丈夫っすか?
剣・・・折られちゃってましたし、訊いていたブルードラゴンとは何かこいつ、違うみたいっすし・・・・・」
と心配して眉を寄せるライ。
「ありがとうライ。
でも僕にはこの白の剣があるから大丈夫だよ。」
そう言ってレオンは白の剣をそっと鞘から抜いた。
その刃は白く光り、まるで夜の闇に浮かぶ三日月のように、瘴気のもやで暗い森の中を照らし出した。
レフとライの2人は、あまりにも神秘的なその光景に、思わず息を呑んだ。
レオンはそのまま愛馬リースの背に乗ると、
「リース!行くぞ!」
と声を上げ、ブルードラゴン目掛けて駆けていった。
レオンがこちらへと向かって駆けてくることに気がついたダニイルは、
「やっとその気になったようだな。
本当に世話の焼ける・・・」
と零して少しホッとしたように微笑むと、黙ってブルードラゴンから距離を取った。
レオンはそのままドラゴンの懐に飛び込むと、腹に白の剣を突き刺し、そのまま喉元にかけて一気に斬り裂いた。
そして最後にその首を大きく軌道を描きながら払い上げるだった!
首を跳ね飛ばされたブルードラゴンは、すぐに息絶えて動かなくなった。
そしてダニイルことファルガー・ニゲルは、そんなレオンの姿をかつての親友と重ねてしまったのか、気がつけばつー・・・と頬に涙が伝っていた。
(ラスター・・・
まだ荒削りだけど、彼の中に確かに君を見たよ・・・。
やはり君の太刀筋はとても格好よくて、憧れてしまうな・・・。
そして彼の性格もまた、君と同じ優しさと脆さを併せ持っているようだ・・・。
君とは恋敵じゃなかったから友達でいられたけど、残念ながら彼とは友達になれそうにないよ・・・。
彼は国の代表になるのに乗り気だった兄を失い、もう次期当主になるしかなくなってしまった・・・。
このままでは彼は、彼の兄が言っていたように桃花を苦しめる道を歩むのだろう・・・・。
こんなときくらいは、僕の900年生きてきた男の勘が、外れてくれるといいのだけどね・・・・・)
レオンはブルードラゴンが完全に息絶えている事を確認すると、ヴィクトルの治療をしているレフとライのところへと向かった。
ヴィクトルの火傷は傷薬のお蔭でほぼ完治しており、レオンが何度か呼びかけると、ヴィクトルは意識を取り戻した。
「あれっ・・・?
私は確かドラゴンの炎のブレスに焼かれて・・・
そうか・・・レオンハルト様がお持ちだったあのとても良く効く傷薬で助けてくださったのですね・・・!
ありがとうございます・・・
この御恩は決して忘れません・・・!」
「ヴィクトル・・・!!
本当に助かって良かった・・・!!」
レオンが泣きながらヴィクトルを抱きしめているその時、ファルガーはドラゴンに近付き、その遺体を調べていた。
すると、その胸元には小さな◆の形をした黒い印があった。
(◆の印・・・。
やはり・・・)
とファルガーはその印を神の力の象徴として持つダルダンテ神の姿を思い浮かべた。
だがその印は時間の経過と共に徐々に薄くなっていき、1分もすると完全に消えて無くなってしまった。
(どうやらこいつは、ダルダンテ神がブルードラゴンをベースにして弱点である火属性や光属性を吸収して強化するように調整を加えられた特殊な個体だったようだな・・・。
それだけではなく、ブルードラゴンの上位種であるレッドドラゴンと同程度に全体のパラメータが底上げされてあった・・・。
そしてきっとあの◆印を媒体として、ドラゴンの遠隔操作をしていたのだろう・・・。
だがその証拠となる◆の印も消えてしまった。
きっと対象となるものの命が尽きると自動的に消えていく仕組みだったのだろうが、またしても証拠を掴めなかった・・・。
本当に、全く持って姑息な神だよ・・・。
ロジウムのゲートは、きっとあのドラゴンがこの地に放たれたことに影響を受けて大きく開いてしまったのだろうが、そのドラゴンをレオンハルトくんが倒した為、ゲートはこれから少しずつ元通りに縮まっていく筈・・・。
それを後で確認すれば、僕のここでの仕事も終わりだ。
もうダニイルでいる必要もない。
彼等が僕を見ていない今のうちに、さっさと姿を消してしまおう・・・。)
ファルガーがそう思ったところで、レオンからの視線を感じたので彼はそちらを見た。
レオンは難しい顔でこちらを見つめた後、スッと立ち上がってファルガーの方へと歩いて来た。
(・・・僕に何か話でもあるのか?
正直僕は君と同じ空間にはもういたくないのだが・・・。
じゃないと、もうじき彼に桃花の身も心も全て奪われてしまうというみっともない嫉妬心から、また彼に酷く嫌な言葉を投げつけてしまう・・・・・)
レオンはそんなことを思うファルガーの目の前に立つとこう言った。
「・・・正直僕は、僕の一番欲しかった物を奪った憎き恋敵と同じ経験を持つ君のことを、まだ許せないでいる・・・。
だが君があの時僕を叱咤してくれなければ、僕はモニカの元へは生きて帰れなかっただろう・・・。
だからその事に対して礼を言うよ。
ありがとう・・・・・」
ファルガーは険しい顔で少しの間レオンを見つめてからこう返した。
「・・・君が戦死し、深く傷付いた彼女を見たくなかったから君を奮い立たせた・・・。
そして、僕の憧れる友達にそっくりなその姿で腑抜けてほしくもなかった・・・それだけだ・・・。
だがもし君の死んだ兄が言っていたように、次期当主から逃れられなくなった君が彼女を苦しめ、それに耐えきれなくなった彼女が僕に縋ってきたのなら・・・僕は遠慮なく彼女を攫っていくぞ・・・・・?
それを肝に銘じておくといい・・・」
ファルガーはそれだけ言うと変装を解いた。
そして黒い髪を風になびかせ、同じく黒い瞳でレオンを一瞥してから、物凄い速度でその場から走り去って行った。
「・・・な、何だ!?
ダニイルの奴・・・変装だったのか!?」
とレフ。
「スッゲー速度だったが・・・なんだったんだありゃあ・・・」
とライ。
「・・・彼は、創造神ヘリオス様の神使・・・この世界の監視者様だったのかもしれん・・・。
監視者様は黒い髪と瞳を持つ、稲妻のように早い脚を持つ男だと訊いたことがある・・・」
とヴィクトルが呟いた。
レオンはダニイルが変装だったことに対し、最初は驚きから目を大きく見開いていたが、事の次第が飲み込めていくと同時にその表情を徐々に険しいものへと変えていった。
そして、
「・・・・・・・ファルガー・ニゲル・・・・・・・
お前だったのか・・・・・!!!」
と、もう居なくなってしまった彼に向かって怒鳴ると、拳を激しく地面に叩きつけるのだった。
レオンがロジウムでの様々な後始末を終えてヴィクトル、レフ、ライと共にミスティルに帰還したのは、モニカが17歳を迎えてばかりの5月3日だった。
その日のモニカは半月程前にファルガーから任務が完了したこと、そしてレオンがドラゴンを倒したという連絡を受けていたし、ジェイドからも「そろそろレオくんが帰ってくるみたいだよ?」と訊かされていたので暇さえあれば窓際に立ち、門の方ばかりを見ていた。
すると真っ赤な夕日を背負い、宮廷の門を愛馬と共にくぐっているレオンの姿をついに見つけたのだ!
モニカは栗色の瞳に涙を浮かべながら彼を迎えにと走った。
そうとは知らないレオンは、愛馬リースを馬小屋へと返した後、少しでも早くモニカに会いたくて、宮廷の入口に続く中庭を早足で通り抜けようとしていた。
すると宮廷の方から、
「レオン様ーーーーー!」
というずっと聴きたかった自分を呼ぶ彼女の声が聴こえてきたので、
「モニカ!?」
と声を上げて声のする方へと走った。
そして宮廷の入り口のところでずっと会いたかった愛しの彼女の姿を見つけると、両手を広げて自分の胸元へと飛び込んでくる彼女をぎゅっと抱き止めた!
「モニカ!!」
「おかえりなさいませレオン様・・・!
・・・また少し背が伸びましたか?
お顔立ちも男らしくなられて・・・」
とモニカは4ヶ月ぶりに会う主人の顔を涙目で見上げてそう言った。
「そうかな・・・。
自分ではよくわからないよ。
君の方こそ女性らしくなったんじゃないか?」
と微笑むレオンに対し、モニカはこう返した。
「うふふっ!
私、先週17歳になりましたもの!」
「えっ・・・本当か!
帰還が誕生日に間に合わなくてごめん・・・!
近いうちにお祝いをするよ・・・」
そう言ってモニカの手を握るレオンに対し、モニカはフルフルと頭を振った。
「良いんです。
こうして無事に帰ってきて下さいましたから、それだけで充分ですわ・・・!」
「いや・・・絶対にする・・・!
させてくれ・・・!
これからは僕・・・今までよりも忙しくなるとは思うが・・・それでも時間を見つけて必ずするから・・・」
「はい・・・・・」
モニカはそう言って微笑んだが、ファルガーとジェイドからレオンがロジウムの戦いを終えたことと同時にグリントの訃報も訊いていたので、彼がこれから忙しくなる理由をわかっていた。
そして自分の17の誕生日を彼から祝ってもらう機会も、きっと巡って来ないことも・・・。
レオンは少し悲しげに瞳を揺らすモニカを見て、感極まって強く抱きしめた!
モニカも彼の背中に手を回して強く抱きしめ返す。
レオンはモニカを抱きしめたままで少し震える声でこう言った。
「モニカ・・・君に話したいことがある・・・。
何から話せばいいのかわからないくらいにいっぱいあるんだ・・・・・
全部聞いてくれるか・・・?」
「はい・・・」
モニカは彼の胸元に顔を埋めたままで頷いた。
レオンは更に続けた。
「それから・・・戦場に向かう前にしたあの約束を覚えているよな・・・?
それを今夜、君と果たしたい・・・・・」
モニカはその言葉に頬を染めると、潤んだ瞳で彼を見上げてからこう答えた。
「はい・・・。
勿論覚えております・・・。
今夜はいっぱいお話をして、レオン様が証を立てるお手伝いを精一杯努めさせていただきますわ・・・!
そして朝が来るまで一緒に眠りましょう・・・」
そこでついにレオンの身体が震え、嗚咽を零し始めた。
「レオン様・・・泣いていらしゃるのですか・・・?」
と彼の背中を優しく撫でるモニカ。
「だ、だって・・・君の柔らかさと温かさっ・・・そして桃の香りがっ・・・本当に、久し振りだからっ・・・」
とレオンは泣きながら返した。
「もう・・・甘えん坊なんですから・・・・・。
いいですよ?
少し恥ずかしいですけど、好きなだけ私の感触と温度と香りを確かめてください・・・・・」
「モニカ・・・・・!!!」
レオンは更に強くモニカを抱きしめた。
彼に抱きしめられているモニカには見えなかったが、涙に濡れた彼の碧い瞳は、何かを睨みつけるかのように鋭く尖り、光っていた。
(ファルガー・ニゲル・・・
今夜、モニカの身も心も全て僕のものへと上書きしてやる・・・・・
今後一切お前が入り込む余地がないくらいにな・・・!!!)
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