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中学生編

12羽 男子会と千里眼の少年

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璃音が居宿の家に行った日から5日が経過した土曜日の13時15分前─。
狼谷頼輝は約束していた男子会に参加するために、狼が昼寝しているイラストの入ったいつものお気に入りブランドのTシャツにブルーのデニムパンツという服装で、ヤコブこと屋古武の家に向かいながら、璃音が居宿夜花の家に行ってからこれまでの日々を振り返っていた。

─あの日から居宿は毎日学校に来るようになった。
あの一件を通して学校を休みだす前よりも璃音や花井さんと打ち解けたようで、毎回の休憩時間や昼休みには、璃音と花井さんと一緒に女子3人で過ごすようになっていた。
俺は学校でももっと璃音と一緒に過ごしたかったが、居宿の復帰祝いだと思ってひとまず今週は我慢して璃音を居宿に譲ることにした。
しかしあまりに璃音が居宿と花井さんとばかりいるものだから、璃音に好意を寄せる保城先輩が、
「狼谷、お前早くも最上さんと別れたの?」
とニヤニヤとムカつく笑顔を浮かべながら訊いてきやがった。
「は?
別れてませんけど?」 
と言って小指にくっきりと刻まれたつがいの赤い印を見せ付けてやったら、悔しそうな顔して自分の席へ戻って行ったがな。
でも昨日の下校時に璃音より、
「火曜日から学校で頼輝とあまり一緒に居られなかったね・・・。
でもやっぱりこの数日間を通して女の子の友達との時間も大切って思ったし、女子はトイレに一人では行きづらいとかも色々あってね・・・。
頼輝も別に私と過ごさなくても、本多くんや屋古くんや巴くんと楽しそうに過ごしてたでしょ?
それならこれからも休憩時間はなるべく今まで通りにお互いの友達と中心に過ごすようにしない?
その代わり、登下校は頼輝の境界守りのお役目がない限りは一緒にしよっ!
留奈も夜花と家が近いし、これからは私が一緒に帰れなくても一人じゃないから、気にしないで頼輝と帰ってって言ってくれたし!」
と言われて、少々・・・いや、かなりさみしい気持ちになったというのが正直なところだが、確かに男友達との付き合いも気楽で楽しいし、璃音には出来ない話も色々と出来るから、「それでいいよ」と俺はその提案に頷いた。
その代わり、”どんなに忙しくても一日一回は必ずキスをする”という条件をつけさせてもらったけどな。
だってさ、学校で璃音成分の補給を我慢したぶん、二人きりの時間には集中して補給したいじゃん?
璃音は恥ずかしがりながらもこの条件に同意してくれたけど、やっぱり璃音が居宿の家に行ったあの日の帰り道は特別に俺に甘えたかったようで、その次の日から俺がキスを求めても、あの時みたいに”もっと”って璃音から求めてくれることはなくなってしまったので、それもかなりさみしい・・・。
まぁ正直俺も、あの時みたいに璃音から何度もキスをせがまれたりしたら理性が働かなくなって、璃音がそこまで望んでもいないのにも関わらず、強引にエッチなことをしてしまうかもしれないし・・・。
そんなことをしたら璃音に怖がられて距離を取られ、最悪そのままつがいの解消・・・なんてこともあり得てしまう・・・。
そう思うと璃音との幸せなキスの時間は、俺にとっては諸刃の剣なのかもしれないな・・・。─

頼輝は目の前にある信号が青に変わるのを待ってから横断歩道を渡ると、また思考を始めた。

─あの日の夕食の後に法璃のりあきさんと一緒に璃音から訊いた居宿の家での出来事も、頭の中の情報を整理するために改めて今、振り返ってみようと思う。
まず居宿が学校に来なくなっていた理由だが、それは璃音が心配していた”俺たちがつがいになったから”というものではなく、居宿が紅林珠姫くればやしたまきという女・・・間違いなくこいつは鬼女本人だろうが、そいつに唆されてやってしまったこと(遺言書の開封・加納正子への連絡)による罪悪感、そして”学校で居宿が真瑠まるばあちゃんを殺した犯人だと噂になっているという嘘を、鬼女により信じ込まされていたため”だった・・・。
しかし未遂に済んだから良かったものの、塩酸まで持ち出すとは・・・。
もしもこれが璃音や花井さんにかけられていたり、瓶が割れてぶち撒けられていたらと思うとゾッとする・・・。
因みにこの塩酸は、そのまま持ち続けているのが怖いという居宿の意見もあり、その翌日に危険な薬品の扱いに慣れている法璃のりあきさんが森中旅館まで回収に行き、保管してくれている。
法璃さんも言っていたが、おそらくその塩酸は鬼女が時々会っていると居宿の父親の口からも出ていたことから、うちの学校の理科教師・永塚ながつかそそのかして科学準備室から持ち出させたと見て間違い無いだろう・・・。
この永塚については後にして、先に居宿の件についてまとめようと思うが、まず、居宿の精神状態をより不安定にさせていた大きな要因の一つとして、巴くんが言っていた家庭の問題・・・居宿の父親の不倫と、それによる夫婦仲の悪化もあった。
不倫とか&DVだとか、そんな昼ドラみたいな出来事が身近なところで起こっているなんて今まで思いもしなかったけど、その浮気相手が鬼女だというなら納得がいく。
居宿の父親は、女将が”特に女性のお相手は上手な人だから・・・”と言っていたこと、そして璃音が送ってきた音声データの中で鬼女に対して、”今まで抱いた女の中でも貴方はダントツだ”とか言っていたことから、おそらく鬼女と出会う以前から、奥さんの目を盗んでは色んな女と隠れて浮気を繰り返していたクソ野郎なのだろう。
これは後日学校に来た居宿から璃音が訊いた話だが、居宿はそんな父親の裏の顔にも薄々気がついており、更にはいつも高圧的な態度で母親や自分を見下すようなことばかりを言ってくる彼を当然ながら好きではなく、母親のために一刻も早く離婚した方が良いと前々から思っていたようだ。
実際居宿は菖蒲あやめの間から漏れる声や音で父親の不倫疑惑が明らかになったときよりも、鬼女と父親が母と自分を無理心中に見せかけて殺すという話をし始めたことに衝撃を受けていたようだしな。
鬼女は最初は単に森中村での快適な活動拠点を確保するために、居宿の父親を利用したに過ぎなかったんだろうが、思ったより居宿の父親が自分に夢中になって、ついには旅館の女将の座を居宿の母さんから奪い取る計画まで持ち出してきたものだから、政治家や芸能関係の宿泊客を駒にして、より効率よく瘴気を集められるのならそれも悪くないと、その話に乗ろうとしたのだろう。
もしそれが実現されていたら俺の手には負えなくなってしまうし、そうならなくて本当に良かったと思う・・・。
そして紅林珠姫くればやしたまきと名乗っていた鬼女は、番頭の芳村さんと女将さんにより宿泊費未払いのままの逃亡ということで警察に被害届けが出されたが、彼女が旅館に提出した書類に書かれていた住所と電話番号は全く別人のものであり、警察がその住所と電話番号の主を当たってみたが、その人にも紅林珠姫という人物に心当たりがないらしく、(恐らく鬼女が駒の一人の住所と電話番号を勝手に記入し、その駒が鬼女に干渉を受けていない時に警察から事情を訊かれたのだろう)恐らくその名も偽名であり、それらの情報から消息を辿ることは不可能で、宿泊費の回収も無理だろうが、ひとまず彼女の似顔絵を制作し、詐欺師として全国の警察に共有されることとなったらしい。
これで少しは鬼女が悪事を働きにくくなればいいが、この世ざる存在である鬼女にとってはそれくらい些細なことに過ぎないのではないかと俺は思う。
そして、居宿の母さんはあの日夫の正体をはっきりと知ることとなり、今は離婚に向けて動き出しているようだ。
先日も璃音から転送されたあの録音データを、弁護士事務所の人が俺の元へと受け取りに来て、
「ありがとうございます。
これがあれば離婚に向けて有利に進められます。」
と言っていたからな。
恐らく居宿の父親はあの旅館の経営から手を引き、居宿の母さんから慰謝料と居宿の養育費を要求されることになるだろう。
彼の役職であった支配人というのは彼の場合名目上のもので、その仕事の殆どが不必要な接待だったようなので、彼がいなくなったところで森中旅館の営業には何ら影響は出ないだろうしな。
そして、番頭の芳村さんは居宿の母さんのことを以前から好きだったようで、離婚に向けて慌ただしくなった居宿の母さんのことを大変親身になって支えているようだ。
「離婚成立後に再婚して、夜花の姓が芳村に代わるかも・・・!
そうなるといいなって留奈とも話してたの!
夜花も芳村さんを慕っているし、女将さんにも女性として幸せになって欲しいし!」
なんて璃音は嬉しそうに話していた。
しかし、璃音のそれらの話には引っかかる点が一つだけあった。
それは、璃音が居宿の父親の浮気現場を録音したときに、良くあの暴力的な奴に何もされずに済んだなという点だった。
俺がそのことについて尋ねると、
「えっと・・・確かに夜花のお父さんにスマホを奪われた時には掴みかかられて怖かったけど、素直に従ったからか手荒いことはされずに済んだの。
消された音声データは既に頼輝に転送してあるって言った時にもキレられたけど、あの時はすぐに夜花が助けてくれたから・・・だから大丈夫!」
と、璃音が嘘をつくときにする少し眉を寄せた笑い方をした。
それを見た俺は、あの時居宿の父親からそれなりに恐ろしい目に遭わされたのだろうと察して、胃液がふつふつと煮えたぎるような気持ちになった。
だが璃音はおそらくそれを知った時の俺が、居宿の父親に対して何をするかわからないから、それを心配してその事を伏せたのだろうと思い、それについてはひとまず追求するのをやめておいた。
だが、もし居宿の父親が報復で璃音に何かしようものなら、俺はそれを許すつもりはないがな・・・。
そして、璃音の持つ不思議な力や鬼女という存在、そして鬼女の駒とされた人間の左目に刻まれる◆印のことなど、璃音も知っていたほうがいいと思うことは俺の口から璃音に一通り説明をした。
それを訊いた璃音は、
「私のあの不思議な力は曾おじいちゃんから受け継いだものだったんだね・・・!
そう思うと何だか嬉しい・・・。
この力があれば、鬼女に印を付けられた人を助けることが出来るんだよね・・・?
永塚先生とか・・・」
と言った。
そう。
先程も少しその名が出てきたが、俺達の学校で理科の授業を担当している永塚は、年齢は20代後半くらいで、眼鏡をかけた猫背で細身で暗い印象の、いかにも科学者といった見た目の男だ。
永塚とは理科の授業のときに顔を合わせるくらいでそれ以外の接点も特になく、近くで注意してその顔を見たことはなかったので、翌日に学校で彼の目に◆印があるかどうかを確認しようと思い、俺は璃音にこう言った。
「永塚に印があるかどうかは俺が確認する。
でももし永塚に印があったとしても、決して璃音一人では近付かないでくれ!
鬼女に唆された人間は何をするかわからないし、永塚は細身でも璃音よりも力のある男だ。
それに危険な薬品を手に入れられる立場でもある・・・。
永塚以外でもそうだが、心当たりのない人物に呼び出されたりしたら必ず俺に教えてくれ。
俺が必ず守るから・・・。
そして、これから璃音の力を使う時は、必ず俺が一緒のときだ。
約束して欲しい・・・。」
と言って俺は璃音に赤い印の付いた小指を差し出した。
璃音は俺の言ったことで居宿の父親にされたことを思い出したのか、少し青い顔をしてから、同じく赤い印の付いた小指を俺に絡めて言った。
「うん・・・ありがとう頼輝。
よろしくお願いね・・・。」

翌朝、俺は日直だった璃音と一緒に早めに登校したあと、璃音が日直の仕事をしている間に職員用の下駄箱が見える位置に隠れ、永塚が登校してくるのを待ってみたが、結局永塚が登校してくることはなかった。
そして朝のホームルームで担任教師より、
「理科を担当されていた永塚先生が急遽退職されることになりました。
代わりの先生が見つかるまで理科の授業は数学の百田ももた先生が兼任されることとなり・・・」
との説明が行われた。
永塚の突然の退職は、当然永塚を通して俺達に自分の情報が漏れることを恐れた鬼女によるものなのだろうが、その事により俺達は鬼女が今何処に潜伏しているのか、どの人物と繋がりがあるのか、そういった情報を得るための足がかりを失ってしまった。
すると璃音が、
「ねぇ・・・ランジェリーショップAngelinaの墨川さんって森中村の人じゃないよね?
なのに印をつけられてたっていうことは、鬼女の行動範囲に富蘭ふらんも含まれているんだと思うの。
森中旅館から逃げた鬼女が今何処にいるのかを探るのは無理だとしても、墨川さんに訊けば鬼女が駒を見つけるために現れそうな場所はわかるかもしれないよね?
恵里菜さんにお願いして墨川さんに訊いてもらおうか?」
と璃音が言った。
(確かに鬼女が美紅さんの言っていたように都会を苦手としているとするなら、富蘭は森中村の南の境界の森と面しているし、北海道の鬼女が働いていたというキャバクラのある町とも条件が近い”比較的自然の中の町”だ。
それなら森中旅館に滞在しながら時々富蘭に足を伸ばしていたとしてもおかしくはないよな・・・。
実際に墨川さんには◆の印があったわけだし。
その印がいつ何処で付けられたものなのか、訊いてみるだけなら璃音にも恵里菜さんにも危険はない筈だ。
それなら・・・)
そう思った俺はお願いしてみることにした。
すると、その翌日には恵里菜さんを通して璃音に返信があった。
墨川さんは富蘭の外れに住んでいて、約2週間前に恋人に振られた墨川さんは、少しでも辛さを紛らわせようと仕事帰りに毎日富蘭の飲み屋街を飲み歩いていたらしいが、そこである辻占いに声をかけられたそうだ。
その占いの内容はよく覚えていないそうだが、その占い師が居宿の証言した紅林珠姫くればやしたまきとよく似た特徴の美人であり、彼女に占いをしてもらってから左目に◆印が刻まれていることに気がつき、更には時々頭の中に彼女の声が聴こえるようになり、何故かその声には抗えず、言われるがままに極端な行動を起こしてしまうようになっていたらしい。
ということは、夜に墨川さんの言っていた富蘭の飲み屋街に行けば、鬼女に会える可能性もあるかもしれない。
それが無理でも鬼女に印を付けられた人をその近辺から見つけて、その人から何らかの足がかりを得られるかもしれない。
だが、流石に中学生の俺が夜に彷徨うろつける場所じゃないよな・・・。
近いうちに兄貴と父さんに相談してみよう・・・。─

そんな事を考えているうちに本日の男子会の会場であるヤコブの家”刀匠屋古とうしょうやこ”と書かれた看板のある家が見えてきた。
”刀匠屋古”では境界守りの扱う武具全般の制作販売の他、包丁や彫刻刀等の制作、各種刃物の研ぎ直し等も引き受けており、頼輝も自分の刀の研ぎ直しやナイフの補充等で時々お世話になっていたが、今日お邪魔するのはその隣に併設された屋古家のほうなので、頼輝は刀匠屋古の入口を通過して屋古家の玄関のほうへと向かった。
(さてと、これから始まる男子会では、学校で出来ないようなエロトークや変態ネタがどんどん炸裂するんだろうか?
ふふっ、楽しみだ。
あ、でも今日は真面目な巴くんも来るから、結人とヤコブも流石にセーブするかな?
いや、でも意外に巴くんが一番エロかったりして・・・)
そんなことを思いながらチャイムを鳴らすと、
「はいはいはいはいっ!」
というヤコブの元気な声と階段を駆け下りる音がして、勢い良く扉が開けられた。
「おっ頼輝!
良く来たなぁ!
お前が一番乗りだぜぇ!」
ヤコブは黒の半袖無地Tに、彼の母親が適当に買って来たらしき派手な柄の短パンという、実に服装に無頓着な彼らしい装いでそう言った。
「あれ?そうなんだ。
早速部屋に上がってもいい?」
「おう!
つーか頼輝が最初に来てくれて助かったぜぇ!
部屋の片付け手伝ってくんねぇ?」
「5日もあったのに部屋をまだ片付けてなかったのかよ。」
とヤコブの部屋に続く階段を上りながらツッコミを入れる頼輝。
「いや、お前と結人には見せられるレベルには片付けたんだぜぇ?
でも今日は委員長も来るじゃん!?
そしたら俺の誕生祝いに毎年お前に作ってもらってる歴代森中様像とか、結人から描いてもらってる森中様のちょっとエロいポスターとか森中様のエロい漫画とかも、ぜってぇ片付けといたほうがいいってさっき気付いてさぁ!
でも押し入れがもうパンパンでよぉ・・・
そこで頼輝、お前アイテムボックスを持ってるだろ?
男子会が終わるまでの間でいいから預かっててくれねぇかなぁ?」
ヤコブはそう言いながら自分の部屋のドアを開けた。
その部屋は確かにいつもよりは少し片付けられてはいたが、ヤコブの言う通り、頼輝が彼の毎年の誕生日毎に要求されては贈っていた木彫りの森中様像達が棚にズラーッと整列したままで、壁には結人が描いた森中様のマイクロビキニ姿のポスターが貼られたままだった。
そして恐らくベッドの下には結人に描いてもらった森中様のエロ漫画もあることだろう。
「やだよ。
あの歴代森中様像なんか特に、前にお前の部屋に来た時に触ってみたら何かカピカピしたのがついてたじゃん。
あの時はあれが何なのかわからなかったけど、今の俺にはわかるから触りたくない・・・」
頼輝はげんなりした表情で友人に答えた。
「おっ!
ついに頼輝もアレの正体に気がつけるようになったかぁ・・・!
男になったねぇ・・・じゃねぇ!
ちょっとセクシーなポーズの森中様像がただ綺麗に並んでるだけでもキレそうな委員長だぜ?
もしあの使い込まれた男汁コーティングに気付かれてみろぉ・・・。
この部屋が血みどろになるかもしれねぇ・・・!」
と青褪めるヤコブ。
「巴くんを怒らせそうだとわかってるなら、もっと早くに自分で適当な段ボールにでも詰めておいて、押し入れに入らないならどこか別の部屋にでも置かせてもらえばいいだろ?」
と最もな事を言う頼輝。
「それはそうなんだが、歴代森中様像には毎晩お世話になってるし、一体でも足りねぇと棚の空白が気になって落ち着かねぇからなかなか片付けられねぇんだよぉ~!
つーかそんな宝箱、かーちゃんに開けられてみろ!
罰当たりだとか罵られて像もポスターもエロ漫画も全部捨てられて、小遣いも暫く無しにされちまうぅ!!」
ヤコブの必死な訴えに、頼輝は呆れながらも少し気の毒になり、表情を緩めてこう言った。 
「はぁ・・・仕方が無いな。
取り敢えずヤバそうなのを今すぐゴミ袋にでも詰めろ。
そしたら男子会が終わるまでの間だけ、俺のアイテムボックスに入れておいてやるから・・・。」
「マジで!?
ありがとう頼輝様!!
つーか、袋に詰めるのは手伝ってくれねぇの?」
「像とエロ漫画は自分でやれ。
ポスターくらいは剥がすのを手伝ってやるから・・・」
と頼輝がその罰当たりなポスターに手をかけると、その表面には汚れ防止にフィルムがかけられていたが、そのフィルムには薄っすらとだが、何となくその正体がわかる白いカピッとした液体の跡があった。
頼輝は眉間にシワを寄せるとそのポスターの持ち主に尋ねた。
「ヤコブ。
まさかこれにも・・・?」
「あっ、そいや先週辺りか?
そのポスターに飛んじまって、拭くの忘れてたわ・・・」
「・・・じゃあこいつも自分で剥がせな?
俺触りたくないし。」
と苦笑いをしてポスターから距離を取る頼輝。
「えっ!?
いやいや早くしないと委員長来ちゃうから手伝ってぇ!
それか結人、早く来て俺を手伝ってぇ!!」
「いや、結人も触りたくないと思うぞ?
ヤコブだって自分以外の野郎がマーキングしたブツなんて触りたくないだろ。」
「あ、それはそうっすね。」
と手を忙しなく動かしながらも急に真顔になって答えるヤコブ。
「ほらみろ(笑)
つーか男子会の会場、俺の部屋にすれば良かったかな・・・。
ヤコブの部屋はそこら辺に男汁が飛んでそうで安心できない・・・」
と頼輝は大きなため息をつくのだった。

大急ぎで女神像と女神ポスター、そしてベッドの下の女神エロ漫画を袋に詰め終えたヤコブ。
頼輝はその袋をヤコブから受け取ると、アイテムボックスに入れた。
するとそのタイミングを見計らったかのように玄関のチャイムが鳴ったので、ヤコブと共に下に降りてみると、ドアを開けた先には本多結人と巴勝生の二人が菓子の入った袋を持って揃って立っていた。
「男子会会場へようこそぉ!
つーか、二人が揃って来るなんて珍しいな?
家も別に近所ってわけじゃねーのに。」
とヤコブ。
「あ、それな。
俺が来たら委員長が既に玄関前にいたから声をかけたんだ。
そしたら何かまだ部屋が片付いてないみたいだから、少し待ってからのほうがいいって言うから一緒に待ってたんだよ。
な?委員長。」
と結人が 勝生に同意を求めた。
「えぇ、あまり見たくないものがしっかり片付けられるのを待ってから、本多くんにチャイムを押してもらいました。」 
と眼鏡をクイッと上げながら勝生が言った。
勝生の私服姿を見るのは頼輝も初めてだったが、同年代男子はあまり着ないような白×黒の細パネルボーダーTと黒のストレートパンツという、シンプルかつ大人っぽい装いだった。
だがそれが彼の落ち着いた知的な感じにとても良く合っているなと頼輝は思った。
結人のほうは彼の好きなアニメのイラストの入ったTシャツに少しダボッとしたハーフパンツという、いつもの休みの日の彼のスタイルだったが。
「チッ・・・委員長の千里眼で何でもお見通しかよ。
そんなら別に急いで片付けなくても良かったかぁ?」
と軽く悪態をつきながらも二人に上がるように促すヤコブ。
「・・・お邪魔します。」
勝生は靴を完璧な所作で脱いでからそう挨拶をし、頼輝達と一緒に階段を上りながらニコッと微笑んでこう返した。
「もしあのままの部屋に僕を通そうものなら、屋古くんのお母さんに報告をして屋古くんの宝物を全て封印してもらっていたところでしたよ。」
「封印だぁ!?」
と声荒げるヤコブ。
「えぇ、封印です。
あれらの宝物は狼谷くんと本多くんが屋古くんのために作ったもののようですので、それを僕が不愉快だからという理由で処分してもらうというのは、流石の僕でも心が痛みますのでね。
でも今日はあれらのものを僕の目に入らないようにはしてくれたようなので、お母さんには何も言ったりはしませんのでご安心下さい。」
「な、なら片付けて正解だったぜぇ・・・!
でもよ委員長、お前はいちいち言い方がムカつくんだよぉ!
ほら、会場についたぜぇ!」
そう言って部屋と扉を開けて皆を通すヤコブ。
最も頼輝は先程も入ってばかりだったが。
「今テーブルを出すから待ってな。」
ヤコブがそう言って部屋の隅に立てかけてあった折りたたみ式のローテーブルの足を出し始めたので、頼輝はそれを手伝ってやった。
この部屋に最も頻繁に来ているであろう結人は座布団の収納場所を把握しており、勝手に押し入れを開けて座布団を4枚出してきたので、勝生がそれを手伝って結人と二人で机を囲うように並べた。
「これで会場のセッティングはOK!
あとは菓子だな!
俺はポテチとかの定番の菓子をテキトーに買って来といたぜぇ!」
と言ってその机の上に数種類のスナック菓子の袋を置くヤコブ。
続けて結人が持ってきた袋の中身を取り出しながら言った。
「お前がポテチ用意するって言ってたから、俺は近所の駄菓子屋で”みんな大好きんまい棒♪”の色々な味を買って来たぜ!」
と言ってその商品のテレビCMソングを説明に取り入れながらテーブルの上にんまい棒を並べる結人。
「「おー!
みんな大好きんまい棒♪」」
とノリノリでテレビCMソングを歌う頼輝とヤコブ。
勝生はそんな様子を首を傾げながら見たあとに言った。
「みんな大好きなんですか?
僕は食べたことが無いです。」
「えっ!?
委員長んまい棒食ったことねーの?
超絶美味いから後で食ってみ!」
と言う結人に、
「はい、楽しみです!」
と勝生はにこやかに返した。
今度はその勝生が手に持ったビニール袋から透明なプラ容器に入ったこの村の者なら誰でも知っているであろう森中神社の名物菓子・森中焼きを出してきた。
それは見た目も味も今川焼だが、その生地の表面に森中恵神の焼印が施されてあることからその名で売られていた。
森中恵神の補佐役であり旦那でもある伝説の神使(名前は不明とされる)がその昔に考案し、ずっと引き継がれてきたと伝えられるその菓子は、生地と具材のバランスが絶妙で、地元民にもそうでない者にも大層評判の菓子だった。
「僕はうちの神社の名物の森中焼きにしました。
森中焼きの具材は定番の粒あん、白あん、カスタードや季節限定のものなど色々ありますけど、甘いものは狼谷くんがお嫌いですし、本多くんも屋古くんもどちらかといえばスイーツ系よりはおかず系の方がお好きなようですので、今日はハムチーズ味、お好み焼き味、スパイシーカレー味、グラタン味を持ってきました。
出来たてを包んできましたが、冷めても美味しいのでお好きなタイミングでどうぞ。」
と微笑む勝生。
「「「美味うまそう・・・」」」
頼輝、結人、ヤコブの3人は昼食を済ませて来たばかりなのに揃ってよだれを垂らした。
最後に頼輝がアイテムボックスを起動し、中からクーラーボックスを取り出して言った。
「俺はアイテムボックス持ちだから、運ぶと重いドリンクを色々と買ってきたよ。
コーラやソーダやジンジャーエールなんかの炭酸飲料、それに炭酸系以外のジュースとかお茶も色々用意したからどれでも好きなのを飲んでくれ。」
「「サンキュー!」」「ありがとうございます!」
とそれぞれの言葉で礼が返ってくる。
そうして全ての準備が整い、男子会が開始したのだった。

「つ~わけで遅ればせながら、頼輝の入りにかんぱ~い!」
とサイダーのボトルを手に乾杯の音頭を取るヤコブ。
「「「「「かんぱ~い!」」」」
楽しそうに笑って頼輝はコーラ、結人はオレンジジュース、勝生は緑茶のペットボトルを、ヤコブのサイダーのボトルに合わせた。
乾杯が済み、頼輝がコーラに口をつけると同時にヤコブがこう続けた。
「えー、それと同時に悲しいお知らせもありますぅ。
今しがたオナカマ入りの祝杯をあげたばかりの狼谷頼輝くんですがぁ、つがいが出来たためにオナカマからの卒業となりますぅ。
皆さんは悲しみの意を表して黙祷をぉ・・・」
「ぶっ!?」
頼輝は思わずコーラを吹き出してから、
「いや、そこは俺と璃音のつがい成就を祝って更に乾杯じゃねーの!?」
とツッコミを入れた。
「それはオナカマをあっという間に卒業していく狼谷くんにちょっとムカつくからぁ、この男子会では祝いませぇん!」
「何だよそれ(笑)
ヤコブ、拗ねてんの?」
と頼輝。
「ハハハッ!
まぁヤコブの言いたいことは何となくわかるぜ?
折角頼輝も精通してこれから”昨日どんなネタでどんな方法で何発出した”とかそんな話で熱く盛り上がれると思ったのに、精通してすぐ”つがいが出来た"だもんな?
そうなると頼輝は最上とイチャイチャ出来るから、今までみたいな馬鹿みたいなオナネタの話とか興味なくなるじゃん?
それがさみしいんだよな?
ヤコブは。」
と説明する結人。
「そうだよぉ!
最上と上手くいったのはマジ良かったと思ってるけどさぁ、もっと馬鹿みてぇなオナニートークを頼輝ともしてみたかったんだよぉ!
このリア充狼がぁ!」
「なるほどな、理解した(笑)
でも別につがいが出来たからってオナカマ卒業にはならないんじゃないのか?
むしろ璃音と会った後とかめっちゃシたくなるし・・・」
頼輝は顔を赤く染めて最後のほうはぼそっと小声で呟いた。
それを聞き逃さなかった結人とヤコブはたちまち食いついてきた。
「シたくなる!?
それってどういうこと!?
具体的にもっと詳しく!!」
「何だぁ!?
もう最上と下半身が自重できなくなるくらいのエロいことしちゃってんのかよぉ!?
このヤリチン狼がぁ!」
「ちょ、ちょ、待てって!
俺らつがいになってまだ3週間だぞ?
そんなの全然まだに決まってんだろ!
そもそも俺らまだ中学生だし・・・」
と顔中真っ赤になって汗を飛ばす頼輝。
「ま、そーだよな・・・。
じゃあチューはしたのか!?」
「そうそう!
ABCのA!」 
と食い気味の結人とヤコブ。
「えっと・・・お前ら相手でもあんまり璃音の特別なところを想像させそうな話はしたくないんだけど・・・まぁキスくらいならいっか。
・・・したよ。
つーか巴くんは知ってると思うけど、そもそもつがいになるときには誓いのキスをするものだし・・・な?巴くん。」
と勝生に同意を求める頼輝。
「あぁ、赤い糸を結んだあとの愛を交わす儀式のことですね?
でもあれは別に狼谷くん達のように唇にキスをしなくても良いんですよ?
お互いの気持ちを確認したあとに、頬や手への口付けや抱擁だけを交わす人もいます。
まぁ唇にキスをする人達が殆どですけどね。」
「そ、そうだったんだ・・・。」
(でもあの時は巴くんに見られてるとか考える余裕もないほどに璃音への気持ちが一杯で、キス・・・したかったんだよぉ・・・)
とその時の状況を思い出して両手で赤い顔を覆う頼輝。
「まぁどんな行為でも一度経験すればハードルは下がりますからね。
今では毎日別れ際にキスしては、寝る前にそれを思い出してその先を妄想して下半身を弄って、一日一回は必ず射精してますよね?
興奮冷めやらぬ時には3回も。
なかなかの絶倫っぷりですね!」
と勝生は金の目を光らせて頼輝の秘密を暴露し、クスクスと笑った。
「マジかよぉ!
まだまだ全然オナカマ続行中じゃねぇか!
オナカマ卒業とか勝手に決めつけて悪かったなぁ!」
と頼輝の肩を叩くヤコブ。
「なるほどなるほど!
今まで必死に妄想するしかなかったオナネタが、キスを経験したことで身近でリアルなものになるわけだな!
となると、まだオナカマでも俺の描くおかずからは卒業だよな?
それはちと寂しいが、同時に羨ましくもあるぜ!
あーあ、俺も留奈ちゃんとチューしてぇ!」
と言ってん~~~っ♡とそこに居ない花井留奈に向けて唇を突き出す結人。
二人に誂われた頼輝は耳まで真っ赤になって、そのネタを暴露した勝生を軽く睨んだ。
「っ・・・!
そういう巴くんはどうなんだよ!
つがいがいるんだろ?
どんな子とどのくらい付き合っててどんなコトしてるんだよ?」
少しだけ仕返しと言わんばかりに訊き返す頼輝。
「そうそう!
前にちらっと出た委員長のつがいの話!
俺も訊きたかったんだよぉ!」
とヤコブも食いついた。
「あぁ、確かに僕にはパートナーがいますが、彼女とは厳密にはつがいではないんですよ。
彼女も僕も森中神社の関係者なので、つがいの加護を得られる立場ではないからです。
彼女がどんな子なのか・・・それは夏休み明けに転入して来る予定なので、会えばすぐにわかりますよ。
彼女と付き合っている年月は・・・そうですね。
とにかくずっと昔からです。」
「ずっと昔から・・・?
俺と璃音みたいに物心ついた頃からの幼馴染みなのか?」
と頼輝。
「ええ、まぁそんな感じですね。」
「それで、その彼女とどこまで進んでるんだよぉ!?
A?B?それともCかぁ!?」
とヤコブ。
、まだ最後まではしていませんよ。
ABCならBまででしょうか?」
「おっ!
真面目な委員長にそういう話題振ってもはぐらかされると思ったのに、意外と乗ってくるね!?
しかもBまで経験済みとはな!
じゃあフェラは経験あるんだよな!?」
と興味津々の結人。
「はい。」
勝生は全く動じずニッコリと微笑んだ。
「マジで!?
フェラってどのくらい気持ちいいの!?
漫画の参考にしたいから詳しく教えて!!」
「そうですね・・・。
フェラチオでは手淫では得られない口内の濡れた感覚と暖かさ、そして舌と口内粘膜のヌルッとした感触、そして何より好きな子がシてくれている顔を見られるという視覚から来る興奮も加わりますからね。
あくまで僕の場合ですが、自慰で得られる快楽の3倍くらいでしょうか?」
「「「通常の3倍の快楽だと!!?」」」
頼輝、結人、ヤコブの3人は同時に声を上げた。
更に頼輝は璃音にフェラをしてもらったときの快楽を想像して顔を更に赤く染めてゴクッと生唾を飲んだ。
「へぇ~!
それじゃ委員長はその彼女に毎日フェラとかでイかせてもらってんのかぁ!?
このチュパチュパ神官見習いめぇ!」
とヤコブ。
「チュパチュパ神官見習い・・・?
え、えぇ、まぁ・・・。」
と勝生は不名誉な職業名に引きつり笑いながら頷いた。
「てことは委員長は完全にオナカマ卒業しちまってるんだな!?」
と結人。
「えぇ、まぁそうですね。
彼女にシてもらう快楽を知ったら自分でするのでは物足りなくなってしまいましたし、彼女が満足させてくれるのでその必要もなくなりましたから。」
勝生のその言葉を訊いたヤコブはムッとしたように眉を吊り上げてこう言った。
「オナカマ卒業生は次回よりこの男子会の参加資格は無しにしますぅ!」
「おいおい、それじゃ委員長だけ仲間外れになるだろ?
それってお前の主義に反するんじゃねーの?
俺はオナカマ同士で馬鹿みてぇなオナ談義するのも楽しいけど、彼女やつがいのいる委員長や頼輝からリアルな性体験もどんどん訊いてみてーし、参加資格とか無しに気楽に野郎同士で集まればいいじゃん。」
と結人。
しかしヤコブは不機嫌そうに眉を釣り上げたままで、いつも明るく陽気な彼にしては珍しく、感情を露わにして声を荒げた。
「俺はこの男子会、委員長とももっと打ち解けられるいい機会になるかと思って声をかけたぜ!?
確かに実際に付き合ってる女のいる奴の性体験にも興味あったし、それを訊くのも最初は結構楽しかった。
けど何かやっぱ・・・女がいる奴といねー奴とでは、どうしても超えられねー壁があるっつーか・・・。
委員長はそんなつもり無いんだろうけど、俺たちのこと、恋愛なんて無関係なトコでオナニーばっかやってる底辺って、上から見下されてるみてぇに感じてさぁ・・・。
俺だって普段はつがいや彼女がいる奴のことをやっかんだりなんかしねえのに、オナニーなんてもう必要ねぇとか言われるとやっぱムカムカしてくるし、急にやっかみみたいな気持ちが湧き上がってきやがるのが嫌なんだよぉ!
だからオナカマじゃねー奴はこの会に参加して欲しくねぇ!
この会は俺達一人者だけの聖域だ!!」
とヤコブは声を荒げた。
「おい・・・ヤコブ」
頼輝はヤコブを宥めようと席を立ちかけたが、勝生がその肩に手を置き頭を振り、
『まぁまぁ狼谷くん。
僕にまかせてください。』
と頼輝にしか聴こえないように小声で言った。
そして勝生は静かに眼鏡の奥の金の目を光らせながらこう言ったのだった。
「屋古くんの言う条件をこの会に設けるとしましょう。
その上で次回の男子会が仮に半年後に行われるとして、その時にこの会に参加出来る人は屋古くん、貴方一人になりますよ?
一人で男子会・・・したいですか?」
「えっ、それってどういうことだよ・・・?」
と不安そうに曇らせた顔を上げるヤコブ。
「まず狼谷くんは夏休みに色々ありながらも最上さんとの関係が進展し、完全にオナカマを卒業することになります。」
頼輝は勝生の予言に驚き目を見開いた。
「そして次に本多くんですが、本多くんの想い人である花井さんは、今まで男性に対しての苦手意識から、恋愛に対する可能性を閉ざしていました。
しかし親友である最上さんが狼谷くんとつがいになったことにより、今、少しずつ恋愛に対して前向きな気持ちに変わり始めているのです。
実のところ花井さんは、自分の本当の趣味と近い趣味をお持ちの本多くんのことを元々好意的には思っていました。
ただ一つ、本多くんが彼女に対して日常的に取っているある行動が、彼女の気持ちを遠ざけているんです。
なので本多くんはこれからその行動を取らないように気をつけつつ、段階を踏んで花井さんとの親密度を上げていけば、夏休みのある事件を切っ掛けに花井さんとつがいになり、その数カ月後には関係が進んで晴れてオナカマ卒業することが出来ます。」
「えっ!?
それってマジで!?」
と驚き声を上げる結人。
「はい、マジです。
そのことについてはまた後で詳しく話しますが・・・つまりは屋古くん。
僕が何を言いたいのかと申しますと、狼谷くんも本多くんも、いつまでも君と同じところにはいないということです。
彼らは好きな相手と幸せになるために行動を起こし、未来を望む方向へと変えていく力があります。
今の君のように男友達と現実的ではないネタをさかなにオナニーに明け暮れるという日々も決して悪くはありませんが、いつまでもそこに立ち止まっているのは屋古くん、君だけなんですよ。
君が森中様という決して手の届かない存在を想っている以上、君はそこから先に進むことが出来ません。
それが嫌なら、君の未来の可能性を僕に見せてはくれませんか?
君の表に見えづらい僅かな可能性の部分を探らなければならないので、眼鏡越しでは難しいですし、少し時間もかかるかもしれませんが・・・もしかしたら君の恋を見つける手助けが出来るかもしれません・・・。」
と勝生は真剣な表情でヤコブに伝えた。
「・・・・・わかった・・・・・。
俺もみんながオナカマを卒業して、一人だけ取り残されたままなのはやっぱ嫌だ・・・。
かといって、ダチの本気の恋愛を邪魔するようなセコい奴にも成り下がりたくねぇし・・・。
それならどうせ森中様に適うような女なんか見つかりっこないとは思うけど、そんな俺でも恋愛出来そうな相手がいるっていうなら試してみてぇし、見るだけ見てみてくれや・・・」
と小さくため息をついてから勝生を見るヤコブ。
勝生は静かに頷くと眼鏡を外し、いつもより強く金の目を光らせながらヤコブの目を見つめた。
「なるほど・・・屋古くん。
君はこの間本多くんから森中様に似た女優が出演しているから試してみるようにと勧められたAVを、たいして森中様と似てなかったし抜けなかったと言って返しましたが、実はしっかり5発も抜いていましたね?」
ギクッ!とするヤコブ。
「えっ、まじで!?
てか5発も!?
何で黙ってたんだよ!」
とテーブルに手を突く結人。
「いや、あれでしっかり抜けたなんて言ったら結人、森中様のエロ絵を二度と描いてくれなくなりそうじゃんかぁ・・・。」
「いや!
俺委員長と留奈ちゃんとの未来を見てもらう条件としてお前に森中様のエロ絵は二度と提供しないって約束したから、それは描かないっつって何度も言ったろ!」
「いやでもさぁ!
あのAVでも抜けなかったっつって土下座して頼み込めば、お前なら何だかんだで委員長に内緒で描いてくれるかとあの時は思ってさぁ!
つーか委員長お前やっぱやな奴だなぁ!
そのAVで俺が抜けたことと俺の恋愛相手を見つけることに何の関係があるんだぁ!?」
と声を荒げるヤコブ。
「大いに関係ありますよ。
つまり屋古くんは森中様以外の女性であっても、ある程度似たタイプの女性であればセックスが可能ということになります。
ということは、屋古くんは森中様という神秘の存在自体ではなく、世間で認識されている森中様のお姿のような、明るく華やかな雰囲気のグラマラスな美人が好きなだけなのです。
それがわかったことにより、屋古くんの沢山の未来の可能性の中から屋古くんが恋に落ちることの出来る相手を俄然がぜん見つけやすくなりましたよ・・・。
屋古くん好みの女性なら芸能界や夜の街の高級クラブに行けば出会えるのでしょうが、そんな女性と屋古くんが付き合うのは現実ではない・・・。
となると、身近な場所もしくは起こり得る未来のイベントの中で、屋古くんが好みの女性と出逢い、恋に落ちる可能性・・・・・あっ・・・一つだけ視えました!
しかもとても近い将来にその出会いは訪れます。」
と勝生がホッとし、表情を緩めてそう言った。
「近い未来?
つーことはこの村の女?
この村に森中様みてぇな美人なんかいるかぁ?
何か森中様とは正反対のダークな感じの黒髪美女なら一週間ほど前に駅前で見かけたけどよぉ・・・」
とヤコブ。
頼輝は、
(きっとそれは鬼女だろうな。
駅前で見かけたということは、やはり富蘭ふらんにまで足を伸ばしているのかもしれない・・・)
と思ったが、この場では関係のないことなので口に出さないことにした。
「いえ、彼女はまだこの村にはいません。
彼女との出会いは、今年の秋の修学旅行で訪れます。
ですが、今のままの屋古くんと彼女が出会っても、恋愛関係に発展することはありません。
彼女と恋愛フラグを立てるには、まずこれから君が真面目に刀匠となるべくお父さんの元で修行に励む必要があります。
そうして刀匠となるべく頑張っている君に彼女は興味を持ち、運命がどんどんと恋愛へと向かって加速していきます。
彼女は君と同じ歳なので、君の理想とするレベルのグラマラスなボディには出逢った地点ではまだ到達してはいませんが、あと数年もすれば素晴らしく君好みの女性として成長を遂げるでしょう。
ただし先程も言ったように、彼女は君が刀匠となるべく頑張っていないと君に惹かれることもないですし、君がその道を半ばで諦めるようなことがあれば、暫くは君を再び奮起させようと色々努力してくれますが、最終的には見限って君の前から去ってしまいます。
だから君もその人を得続けるためには常に努力することが必要ですよ?」
「マジでか!
俺、そんな努力する自信とかねーんだけどよぉ・・・。」
と不安気に眉を寄せるヤコブ。
「大丈夫。
心配せずとも君はその努力を苦とせず続けていけるだけの才能を持っています。
ただ今は友達との時間が楽しくまだその道に踏み込みきれていないというだけで、一度真剣に踏み込んでみれば、時間も忘れる程に夢中になりますよ。
君と彼女との出会いはお互いを高め、良い方向へと導いていく良縁です。
彼女とつがいになって祝福を受け、やがて結婚して刀匠屋古を継ぎ、これからも森中村を守る境界守りや村人達の暮らしを支えていって欲しい・・・僕はそう願いますよ。」
そう言って勝生は眼鏡をかけると、柔らかく微笑んだ。
ヤコブはその予言を訊いてから暫く真剣な様子で考え込んでいたが、
「わかったよぉ。
まずは刀鍛冶の修行を真面目に受けてみることにする。
だがよぉ、暫く続けてみて刀を打つことが全然楽しくならなかったら、委員長の予言は外れたとみなしてこれからも森中様をネタに一人でもオナニーライフを満喫してやるからなぁ!」
「大丈夫ですよ。
僕が予言したからには決して外れませんから。」
と勝生は自信たっぷりに微笑みながら返した。
「けっ!
大した自信じゃねーかよぉ。
でもまぁ俺のために普段外さねー眼鏡まで外して力を使ってくれたわけだしなぁ・・・。
一応礼は言っとく。
サンキュー・・・」
ヤコブは照れくさそうに視線を逸らしながらも、勝生に向けてクロス当てを促して腕を出した。
「・・・どういたしまして。」
そして勝生は心より嬉しそうに屈託なく微笑むと、その腕をコツンと重ね合わせるのだった。

「・・・なぁなぁ委員長。
ヤコブの話が済んだならさ、さっき言ってた俺と留奈ちゃんの恋愛フラグについて聞かせてくれね?
俺、ヤコブの予言を聞きながらもすげー気になっててさ・・・。」
と結人。
「えぇそうでしたね。
本多くんは前に言った屋古くんに森中様のどぎついオナネタを提供することをやめるようにという僕からのお願いもきちんと守ってくれましたし、先程見えた花井さんとの可能性について、丁寧に話して差し上げましょう。」
「やった!
よろしくお願いしゃーす!」
「はい。
まず、本多くんと花井さんが上手くいくためには、花井さんの胸を見ることをやめることが大切ですよ。
それがさっき話した花井さんの気持ちを遠ざけている君の問題行動ですから。」
「えっ!?
俺留奈ちゃんと話してる最中は流石に失礼だと思って胸は見ないようにしてるし、見てるのは留奈ちゃんが気付いてなさそうな時だけだぜ!?」
と説明する結人。
「彼女と話をしていない時でも常に、です。
たまに目がいってしまうのは仕方ないですが、極力意識して見ないようにして下さい。
花井さんは異性から性的な視線を受けることに非常に敏感ですので、こちらが見ていることに花井さんが気がついていないように思えても、案外気がついていますよ。」
「そ、そうだったのか・・・。
わかった。
気をつける・・・。」
「はい、そうしてください。
そして花井さんと話す時は、きちんと相手の顔を見て、外見以外の花井さんの好きなところを伝えるようにしてください。
例えば美化委員として学校の花壇の手入れを頑張っているところとか、教室のお花をいつも綺麗なものに取り替えてくれるところとか、彼女が学校に持ってきている筆箱やポーチ等の手芸作品を褒めるのもいいですね。
そうしてある程度仲良くなると、彼女が好きなアニメのキャラクターの話をしてくれるようになります。」
「えっ・・・!?
留奈ちゃん、アニメとか観るの!?」
と驚いて声を上げる結人。
「えぇ。
ですがそういった趣味趣向をオタクと称して否定的な態度を示す人が居ることも彼女は良く理解していますので、親友である最上さんにしかまだその秘密を打ち明けてはいません。
その趣味を普段から大っぴらにして堂々と楽しんでいる君だからこそ、彼女は憧れ、心惹かれたのかもしれませんね。
彼女が君にその趣味を打ち明ける段階まで来れば、かなり親密度は高くなったと見て間違いないでしょう。
そこからは本多くんの特技の絵を生かしてそのキャラクターの絵を描いてあげると更に好感度が爆上げですよ。
そうして君と花井さんが親しくなったことを知った最上さんが、夏休みにある森中花火大会にて、狼谷くんと最上さんのつがいと本多くんと花井さんのペアとでダブルデートをしようという提案をしてきますので、それに乗って下さい。
その花火大会では君と狼谷くんの目を盗んで最上さんと花井さんがガラの悪い高校生にナンパをされてしまいますが、最上さんはつがいの加護によりその災いを免れます。
ですが花井さんのほうは加護がないために、男達に物陰に連れ込まれ、危ない目に遭いかけてしまいます・・・。
なので本多くん。
貴方はそこで何としても花井さんを助けてあげてください。」
「あ、あぁ!
そりゃあ勿論助けるさ!!
けど、高校生数人だろ・・・!?
頼輝ならともかく、俺一人で助けられるのか・・・!?」
と不安そうに眉を寄せて俯く結人。
「えぇ、数発殴られはしますが、君のこれからの頑張り次第では可能ですよ。」
「俺の頑張り次第?」
「はい。
確かに相手は高校生なので君より背は高いですが、周囲から舐められないように見た目だけ派手にしているだけのモヤシ野郎ですから、君がこれから毎日走り込みと筋トレを続けていけば、花井さんを奴らから守って逃がすくらいは出来ますよ。
後は逃げた花井さんが狼谷くんを呼んできますから、後のことは狼谷くんに任せてしまえばいいです。
その日のために、君は明日からでもすぐに走り込みと筋トレを行って下さい。
君が身体を張って助けてくれたことにより、花井さんは君をとても好きになり、君の告白を受け入れ、晴れてつがいになることができます。」
「マジですか!!?」
「大マジです。
ですが君がトレーニングを怠れば、ナンパ野郎から花井さんを助けられずに君はボコられます。
その後の花井さんがどうなるか・・・僕が言うまでもなくわかりますね?」
結人は真っ青になって頷いた。
「・・・安心して下さい。
もし君がトレーニングを怠り、花井さんを助けられそうもないと思った時には、花井さんが酷い目に遭わなくて済むよう僕の方で手を打たせてもらいます。
ですが、僕はその努力ができない君に幻滅し、二度と予言は行いませんのでそのつもりでいて下さい。
最も君がその程度の人なら、僕は最初から予言なんてしませんけどね。」
「・・・・わかった・・・俺頑張って鍛えて、留奈ちゃんを助けられる男になる!!
委員長、マジサンキューな!!」
結人はそう言って笑顔で腕を出し、勝生にクロス当てを促した。
勝生は再び嬉しそうに微笑むと、その腕をコツンとぶつけた。
「よーし!
そうと決まれば明日からとは言わず、今日から走り込みと筋トレ始めるぜ!」
「そうそう、その意気ですよ。
逞しくなった君のほうが花井さんもときめきますから、つがいになったあとに性的な関係もどんどん進展し、やがては君の大好きなあのおっぱいを好きにし放題ですよ?
鍛えておいて損はなしです。」
と少しいたずらっぽく笑って付け足す勝生。
結人はそれを訊いて顔を真っ赤に染め、鼻息を荒くつきながら、
「うっひょーーーー!!
それなら俺、ちょっと今から村内一周してくるわ!!」
と裏返りそうな声で叫び、いきなりすっくと立ち上がった。
頼輝とヤコブが慌ててその手を掴んで制した。
「いや!
それは男子会が終わってからにしろよぉ!」
「そうそう。
つーかあんまり勢い任せに飛ばしすぎると後が続かないぞ?
巴くんも結人が無茶なトレーニングをしないと達成出来ないような予言はしないだろ?」
と勝生を振り返る頼輝。
「えぇ、勿論です。
狼谷くん、本多くんに無理のないトレーニングの仕方を教えてあげて下さい。」
「俺からも頼む!
頼輝先生!」
と土下座する結人にクツクツと笑うと頼輝は頷いた。
「わかったよ結人。
最初は確実に達成出来そうな低い目標設定を立てておいて、スモールステップで目標を上げていくようにするんだ。
例えば走り込みは一日一回、ヤコブんちからお前の家の0.5kmくらいの距離からのスタートでいい。
その代わり、少しくらい雨が降っていても中止にはせず、雨合羽を着てでも行うこと。
雨だからって中止にしていたらサボり癖がついて続けられなくなるからな。
でも台風とかで警報が出てて危ないときには流石に中止にしろよ?
怪我とかしたら元も子もないからな。
筋トレも腹筋、腕立て、スクワットを今確実に出来る回数を数えて、それを暫く同じ回数で繰り返していくんだ。
そしたらそのうちもう少し出来るかな?もうちょっと走れるかな?って感じるようになるから、その時にそのぶんだけ増やしていけばいい。」
「なるほど・・・さすが境界守り・・・。
無理せず継続することに重点を置き、地道にコツコツと経験を積み上げていく・・・そこは絵や漫画描くのと通じるところかもな。
サンキュー!
俺、やってみる!!」

─そんな感じで男子会後半は巴くんの予言祭となったけど、そのお蔭で今回の男子会メンツ全員・・・まさかのヤコブまでもが近い将来に恋をし、幸せになれそうだということがわかった。
巴くんの予言が終わった頃には皆小腹が空き始めたので、それぞれが持ち寄ったお菓子やジュースを好きに飲み食いしながらくだらない話をして過ごした。
あ、でも巴くんは沢山千里眼を使って疲れていたらしく、お菓子を一通り食べるとすぐに寝てしまったけどな。
それをヤコブが自分のベットにお姫様抱っこ(笑)で運んで寝かせてあげていたが、正直俺は、あの男汁まみれだと思われるベットでは寝かされたくないので、そうとは知らずに寝かされている巴くんが(良かれと思ってやっているヤコブにはちょっと申し訳がないけど)気の毒だなと思ってしまった。
巴くんも目覚めた後に俺と同じことを思ったのか、鼻をすんすんといわせた後になんとも言えない微妙な顔をしていたのが可笑しかったな。
そんなこんなで、楽しかった男子会も17時にはお開きとなり、次の男子会はオナカマであるという条件等は無しにして、皆の都合が合うときにでも気楽に集まって、惚気話でも性のお悩み相談でも何でもいいからとにかく男だけで話をしようということになった。
ヤコブは俺たちを玄関先まで見送ったあと、刀匠屋古の入口のほうへと入っていった。
多分修行に本腰を入れたいと親父さんに話に行ったんだと思う。
結人は早速家まで走って帰る!と言って一足先に手を振り帰って行った。
俺と巴くんは家の方向も一緒なので、並んで川沿いの小道を歩いて帰路についていたが、巴くんがヤコブの予言の前にちらっと言っていた俺と璃音の予言のことが気になっていたので、この機会に訊いてみることにした。─

「なぁ巴くん。
俺と璃音が夏休みに進展するって話、マジ?」
「マジですよ。
・・・信じられませんか?」
「いや・・・巴くんの千里眼を疑ってるわけじゃないんだけど、あの璃音が俺にエロいことを許してくれるとか、何か想像出来なくてさ・・・」
と頼輝は頬を赤く染めて頭を軽く掻きながら言った。
「あははっ!
まぁ最上さん、北海道から帰ってきてばかりの狼谷くんにいきなり熱烈に唇を奪われて気を失ってましたもんね!」
「巴くん、それ知ってたんだ・・・」
「あ・・・はい、すみません。
前に君の未来を見たときにその時のこともついでに見えてしまったんですよ。
僕の千里眼、その時に必要な情報だけを見れれば良いんですけど、その人の膨大な情報の中から必要になりそうな部分におおまかなアタリをつけてから探っていくという地道なものなので、うっかり違うことまで見えてしまうというのは良くあることなんです。
逆にアタリを外して必要な情報をごっそり取りこぼしてしまう、なんてこともありますが・・・。」
「そうなのか・・・。」
「えぇ。
本当のことを言うと、今日も屋古くんの恋を見つけられるかどうか不安でしたよ。
でも何とか見つけることが出来ましたし、これで彼が森中様で良からぬ妄想をすることも今後無くなってくるでしょうから、正直ホッとしています。
それより・・・最上さんが狼谷くんにエッチなことを許してくれる意外性についてしたが。」
「あ、うん・・・。」
「確かに最上さんは君が思っている通り初心うぶな子ですが、君とつがいになってから付き合ったらどんな事をするのかが気になって、ティーンズ向けの雑誌等からそれなりに情報を得ようとするようですよ?
その結果、夏休みに君にとって嬉しくもあり、悩ましくもある事態が起こってしまう・・・というわけです。
今のは君の未来を通して得た情報で、最上さん本人から見たことではないためにそれ以上詳しくはわかりませんけどね。
でもその悩ましい事態が積み重なって、この間少し話しました君のある失敗に繋がるわけですが・・・。
まぁ君が自分でその失敗の理由に気が付き、強く反省しなければ意味がありませんので、これ以上このことについて僕からは何も話しませんが、夏休み中に君たちの関係が進むのは事実ですよ。」
と勝生はチカッと金の目を光らせながらそう答えた。
頼輝は勝生の言う自分の失敗が何なのか少し気になったが、それはいずれわかることだろうし、これ以上話さないと勝生が言うなら問うだけ無駄なのだろうと判断し、そのことについては触れないことにした。
「・・・ごめんな。
今日はいっぱい力を使って疲れてるだろうに、また使わせてしまったよな。」
「いえ、これくらいに比べたらどうってこと無いですよ。
それに屋古くんの男臭い布団でも一応休ませてもらいましたしね(笑)」
「あー・・・あれは同情するよ(笑)
つか、俺も人の事は言えないのかもな・・・。
俺の場合射精したらすぐに空に浮かんでしまうだろ?
出す瞬間、なるべく手で受け止めるようにはしてるけど、たまにタイミングをミスって受け止め損ねてしまうことがあるんだ。
そしたら境界まで飛んで部屋に帰るまでに自分の出したものがそのままになってるわけでさ。
一応この辺だったよな?って後からウェットティッシュで拭き取ったり、定期的にシーツを洗濯したり、出したものを拭いたティッシュはブルースライムに処理させて証拠隠滅したりはしてるけど、自分で気づかないだけで部屋が男臭くなってるのかも。
今後部屋に璃音を呼んだ時に臭いとか思われたら嫌だな・・・」
「ふふふっ!大丈夫ですよ。
好きな人の体液の匂いなら、度を過ぎなければ媚薬になり得るでしょう?
それは女性でも同じですよ。
僕の彼女もそうみたいですし。」
「えっ!?マジで!?
へぇ・・・女子もそうなんだ・・・。
つーか、巴くんの彼女、夏休み明けに登校してくるんだよな?
璃音と仲良くしてくれると嬉しいけど。」
と頼輝。
「あぁ、それなら全く心配いりません。
もし自分が男だったら、可愛くて料理上手な最上さんをお嫁さんに欲しいと言っていたくらいですから、最上さんにはかなり好意的に接してくると思いますよ?
まぁ彼女は事情があって毎日学校へ来るのは難しいので、時々登校してはお騒がせする感じになるかと思いますが、転入する日をとても心待ちにしていますから、温かく迎えてあげてくださいね。」
「うん、それは勿論。」
と頼輝は頷いた。
「でも最上さん以上に君のことはお気に入りみたいですから、もし二人きりで話がしたいなどと言われても、僕に内緒で会ったりはしないで下さいね?」
「巴くん、前もそんな心配をしていたな。
それこそ君の千里眼で見れば、璃音のことが好きな俺が君の心配するようなことを彼女にしないってわかるんじゃないのか?」
と頼輝は眉を寄せてそう言った。
「彼女は僕より格上の力の持ち主なので、君を通してでも彼女が絡むことは一切僕には見ることは出来ないのですよ。
でもだからこそ僕は、彼女と長く付き合っていけているのだと思います。
相手の考えが何もかも見えてしまえば、恋は恐ろしくつまらないものになってしまうでしょうから・・・。」
と勝生は眉を寄せてそう言い、一呼吸置くと更に続けた。
「友情も同じで、一方的に君たちの心が見えてしまう僕に、本当に心を許してくれる友なんて一生出来ないのだろうと思っていました。
この森中村の人達は、森中様の信仰のお陰で僕の力を気味悪がったりする人は少ないです。
それでも僕にこの力を使われることを恐れて距離を取ったり、警戒して身構える人が殆どですから・・・。」
(そうか・・・俺の空を飛ぶ力とは違って、巴くんのものは人に大きく関わってくるものだもんな・・・。
巴くんは赤ちゃんのときに何処かの神社に捨てられていて、そのままその神社の子供として育ったけど、中学になってから森中神社の神官見習いとしてこの村に移り住むことになったって話してくれたことがあった。
その出生と生まれ持った力のせいで、今までの人生では色んな思いをし、孤独だったのかも知れないな・・・。)
と頼輝は思った。
「勿論僕は悪人を除き、僕に見られることを警戒して心に壁を作っている人に無断でこの力を使うことはしませんが、そんな中、君も本多くんも屋古くんも、僕の力をいつも当たり前のように受け入れて輪に入れてくれて、今日だってとてもプライベートなところを覗かれる可能性だってあったのに、そんなこと何一つ気にせずに僕に心を全て預けてくれました。
それがどんなに僕にとって嬉しいことだったか・・・。」
と勝生は足を止めると、目を閉じてそっと胸に手を当てた。
「そんなの友達なんだし当たり前だろ?
結人もヤコブも、巴くんと今まで一緒に過ごしてきた時間の中で、巴くんが千里眼という凄い力を持っていたとしても、その力を使って俺たちを傷つけたりは絶対しない信頼できる奴だってとっくに気が付いてる。
それだけのことだよ。」
「友達・・・。
今まで、君たちみたいに僕のことを友・・・と呼んでくれるような人達に出会えたことは、実は始めてなんです・・・。」
勝生は声を震わせてそう言った。
頼輝がはっとしてその顔を見ると、眼鏡の奥の金の瞳には涙が滲んでいた。
「・・・巴くんが泣くなんて思わなかった。」
と頼輝が目をパチクリと見開いて言った。
「・・・駄目だな・・・年甲斐もなく泣いたりなんかして・・・。
恵にこんなところを見られていたら、暫くネタにして誂われそうだ・・・」
「恵・・・って彼女の名前?
へぇ・・・森中様と同じなんだな?
つーか、年甲斐もなくって何だよ巴くん!
俺と同じ14だろ!?」
と言って頼輝はあははっ!と笑う。
「そうでした!
今は君と同じ14でしたね・・・!」
と言ってまだ赤い目をしたままで頼輝に釣られて笑う勝生。
「今は・・・?」
と不思議そうに首を傾げる頼輝に勝生は、
「えぇ。
狼谷くんには時が来れば全てお話しますので、今はまだ何も訊かずに14歳の僕と友達でいてくれませんか?」
と言った。
頼輝はふぅ・・と小さくため息をつくと、数歩先に進んだ後に巴勝生を振り返って微笑むとこう言った。
 「・・・巴くんがたまに良くわからない事を言うのは別に今始まったことじゃないし、追求はしないよ。
でも・・・君が実際は何歳だろうと、友達は友達、それに変わりはないよ?」
「・・・あ・・・りがとう・・・・・」
勝生は一筋の涙を零しながらそう答えた。
「また泣いた。
あんまり泣いてると、結人とヤコブのライムグループに、
”巴くんは友情を強調するとすぐ泣く”
って情報流すぞ?」 
といたずらっぽく笑ってスマホを弄りだす頼輝。
「そんなことするなら最上さんに、
”狼谷くんは最上さんを縛って虐めて泣かせることで酷く興奮するサディストです”
と教えますが、いいんですか?」
と眼鏡をくいっと上げて頼輝よりも更に上を行く意地悪な笑みを浮かべて言う勝生。
「えっ!?
ごめんっ・・・!
そりゃいつかはバレると思うけど、今はまだ慎重に璃音との関係を進めていきたいから、それだけはマジでやめて!?
つーか、巴くんって俺以上のドSだろ!」
そんな事を言いながら二人の少年は夕暮れの小道を笑いながら歩いていくのだった。
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