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恋篝
しおりを挟む「……少し話せないかな、」
「…かまわないわ。…では座りましょう、下ろしてくださる?」
「…………このままで。」
え。と、パリスは呆気に取られたみたいな表情で固まった。かわいいなとぼんやり思う。
俺でもこんな表情にさせることができたんだ。
ずっと、諦めたような表情しかさせていなかった。
「、…このままではお互い話しにくいわ。だから座って、「わかった。」
パリスを抱えたまま、ソファーに腰を下ろす。
「…っ、」
驚いたパリスと鼻さきで目が合った。
濁りのない、透明なルビー。
それに俺が映っているのに、心臓が鷲掴みされる。
……永遠だったらいいのに。
考えても思い浮かばないから、このまま触れていようと思った。
最後かもしれないからと、都合よく言い聞かせる俺はずるい。
そろりと腕を外された首が寒い。伏し目のまま「…余計話しづらい…」ぽつりと呟き、「…話、って?」パリスは小声で続けた。
少しだけ染められているような目もとを、さらりとした菫色の髪が隠してしまった。
それを少し残念に思いながら、口を開く。
「……模様替えをありがとう。俺の好きな暖色系の色に、サンガノの茶器だってずっと探していたのに見つけられなかったんだ。……ありがとう」
「…いいのよ」
「……きみの話を聴きたいんだ」
「わたしの、…?」
最後かもしれないから、きみの声をたくさん聴きたい。
けれどパリスは黙ってしまう。
沈黙も、俺たちには心地いいと思える時間だったのに。
それを違うものへと変えてしまったのは俺だ。
「ーー花祈の祝祭、一緒に行きたかった」
花祈の祝祭。
それは三日間開かれる豊穣と安寧と、祈りの祭。
国じゅうが賑やかになる日。
笑い声が絶えない雰囲気が厳かに変化するのは最終日。
王宮前の広場の景色を、いつも笑顔で見つめる人びとはその日だけは静かにそれを映す。
月が太陽を隠して夜を支配すると、空からではなく地上から陽炎のようにゆらめく篝火が花を照らす。
花びらは煽られて舞い上がり、天へと昇ってゆく。
遠くへ行ってしまっても、届くように。
遠く離れてしまっても、見えるように。
迷子になってしまわないように、道を照らすため。
ここにいることを、そばにいることを大切なひとに誓うために。
「…他にも聞きたい…?」
手のひらを握る。
今年は、行かなかった。
行けなかったんじゃない。
行かなかったんだ。
「……聴かせてほしい」
「ーーっ」
ーーあぁ、泣いてしまう。
「…っ、こんな話…っ」
泣かせてしまう。
「…できなかったことばかり、っしてくれなかったことばかり思い出すのよ…っ
どれだけ寂しかったかわかる?わたしにも、…彼にもあなたは気づかない、…どれだけ惨めだったか、…あなたにわかるの…っ」
何度泣かせてきたのだろう。
知らないところで、ひとりで、何度泣かせていたんだろう。
「…………溺れているひとがいれば、あなたは助けるわ、困っているひとがいればあなたは手を差し伸べる、…当然のことよあなたは、…優しいひとだもの…、っでもわたしはそんなことしないでと思う。
話さないで、見つめないでと思う。
…………わたしはどんどん醜くなって、っ」
彼女は腕のなかで、こわい、と言った。
自分が変わってしまうのが。
俺を変えてしまうのがこわいと、泣いた。
俺のせいなのに、俺がそう言わせているのに、
それでも聴きたいと思った俺の、せいなのに。
「好きだよ」
「っ」
「ずっと好きだよ」
手遅れだってわかってる。
俺といると苦しいだけなのに。
苦しませるだけなのに。
「きみのそばにいたい」
こんなことしか言えないで、どこまでも自分本位な人間だ、
俺は
きみのそばにいられなくなるのがこわい。
きみがそばにいてくれなくなるのがこわい。
ぜんぶ、俺のせいなのに。
「…わたしだってあなたがすき…、っ、今だって、…心臓壊れちゃいそうなのよ…」
「……いやだ。」
「っ、さっきだって嬉しかったの…」
「いやだ、パリス」
消さないで。
消えないで。
ロビン。
彼女は泣き笑いの表情で俺の頬を包んだ。
「……あなたがいないと思うとさみしくてたまらなくなるわ……でもいつか慣れる。
…元に戻るだけ、…慣れるわ…」
消したくないとそれだけが。
最後まで、止まない。
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