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拒絶

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第三皇女殿下が滞在してから一月が経った。


学園でもつねにニール様のお側で勉学に励み、昼食を共にし、王族専用談話室で過ごされる。



ーーただし、二人きりではないけれど。



側近のお兄様やアシュトン様、そして私。
相槌をうち、話すのはお兄様と私だけ。
アシュトン様は無言で、ニール様に至っては目すら合わせない。

それでも皇女殿下は楽しそうに見える。
体調も良さそうではあるけれど。

週に一度、治療のため部屋に籠もられるそうだ。

医術師と、二人きりで。


お兄様の探知に引っかかるような魔力放出は今のところ皆無で、治療の際もおかしな反応はない。
密室状態になるため可視化魔法も検討されたけれど、
とりあえずは保留になっている。


学園内には皇女殿下の立ち入りが制限されている場所がいくつかあり、そのひとつに生徒会室がある。

最初の二週間ほどはニール様も黙っていたが、
もう耐えられないとばかりに授業が終わりしだい私を連れて生徒会室に向かう。
皇女殿下の呼びかけを無視して、放課後は真っ直ぐ離宮へ送り届けるよう指示している。
それでもどうにか皇女殿下は追いかけようとしてくるが、護衛騎士は王家に忠実な家臣であり優秀なので命令を違える事はしない。

そんなやり取りが何度かくり返され、
皇女殿下が大人しく離宮に戻るようになったのは最近の事だ。



誰もが安堵している。

……たぶん、私が、誰よりも。


事情を知る友人が声をかけてくれても。
同情めいた視線を寄越す級友たちにも。

心を預けられない。
彼や彼女たちには当然だけど家がある。親がいる。
私の評価が、ニール様の評価につながる。
対応を間違えないよう正しく、いなければいけないのに、


目の前で恋情のこもる眼差しを向けられているのをただ眺めていなければならない苦しさを、吐き出す事ができない。


嫉妬にのたうちまわって、
見ないで、ふれないで、と。


さけびたくなるほどの激情を、


こんな醜い胸のうちを、


ーー誰にも、ニール様にも、知られるわけには、いかない。



せつなくなるほどの恋しさを、さみしさを、
ニール様に伝えては、いけない。


隠し通してみせるから、と。



疲れた寝顔にそっと、ふれた。















「ーーーー今、なんと…?」

「婚約者を辞退してもらえないかと言ったわ」


悪びれず告げられる言葉と、とびきりの笑顔に眩暈がした。





なるべく二人にはさせないからと、ニール様の配慮のお陰で私が皇女殿下と二人きりになる事は滅多になかった。
ただ今日はニール様は執務で王宮を離れられず、アシュトン様も同様。
お兄様がいてくれているけれど、今はちょうど花摘みに向かうところで。
お兄様も護衛も少し離れたところにいて、私の近くには侍女しかいなかった。


「…お帰りになられたかと、」

「忘れ物をしたから引き返してもらったのよ」


嘘だろうと思った。


「それで、返事は?ティアリア」


ーーそんなもの、決まっている。


「…私の一存で決められる事ではございません。
王家と公爵家の契約の婚姻でございます。何卒、ご容赦を」


柘榴色の瞳がうっそりと細まる。
嵐のようにざわめく心を押さえつけ、逸らさずに見つめ返す。


「お前の気持ちを聞いてるのよ。答えなさい」

「私はレオニール王太子殿下をお慕いしております。
……辞退など、するつもりはございません」


不敬を覚悟で言い切る。肌が粟立つのは、魔力が不安定になりかけている証拠だ。侍女が動こうとするのを手で制する。

お兄様が来てくれる。


私には、ニール様がーー




「……そう。……それなら、その魔力を譲ってくれるかしら」






「ーー何を、」

「だって不公平じゃない。わたくしが先にのよ?なのにどちらもなんて狡いわ」


この方は何を言っているのか。
無邪気な笑顔で、何を。


「でも強欲なのは嫌いではないわ。わたくしもそうだもの。そのためには何だってするわ。
…あぁ、ティアリア…素敵な魔力ね…いいわ、ゆっくりお休みなさいな。

……目覚めたらきっと、世界が違って見えるわ」




耳鳴りがする。お兄様の声が遠くに聞こえる。


ニール様。


私は間違えてしまったの?
貴方を譲るなんて、嘘でも言えなかった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。


ニール様、…





ーーどの国よりも魔法の扱いに長けているエターナリア王国だからこそ、魔力暴走は資質なしとみられる事がある。
三大公爵家、偉大な始祖を持つリルムンド公爵家の令嬢が学園で。
しかも他国の皇女の前でそれを引き起こした件は議会を大きく揺るがす事態となった。
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