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白昼夢
しおりを挟むもう祈るしか、できない。
倒れたときいても、目覚めたときいても。
きみが元気でいてくれないと困る。
しあわせでいてくれないと、困る。
きみが笑っていてくれないと、
永遠に夜明けはやって来ないような気がするから困る。
だから祈るんだ。
きみのために。
ほとんどは、自分のために。
ーーセシル・グランデ伯爵令嬢。
一度会っているはずなのに、資料の絵姿を見ても思い出せない。
婚約間近の交際相手がいた事を知り、申し訳なく思った。
騎士や文官を目指すなら、ともに王宮に上がってもらう事を提案しようか。
そうでなくても王家の一方的な都合なのだから、なんとか一緒にいられる方法を見つけてあげたい。
後継ぎもロキアンに頼んでいるから問題はないし、そういう心配も無用だと伝えよう。
心穏やかになどーー。
俺が願うのも烏滸がましいが、成るべく望ましい環境を整えてやるしかできない。
仮初の立場に立ってもらうのに大きな負担を与えてしまうことを誠心誠意詫びて、務めを果たすことをゆるしてもらおう。
「ーーーー殿下。」
「……時間か」
「はい」
「わかった。」
長い廊下を応接間へと向かう。
無人なわけじゃないのにやけに静かに感じるのは、俺自身がすでに受け入れている証拠なのかもしれない。
心は落ち着いている。
それは在るべきところに、すでにあるから。
「アシュトンお前、最近忙しそうにしてたな。ここんところずっと不在だったろ?何してたんだ」
「調整とか調整とか調整とかしてましたね、主に」
「…何言ってんだ?」
「婚約式の調整ですよ」
「…あぁ、…悪かったな、任せっきりで」
「とんでもない。…心の整理はつきましたか?執務も滞りなかったようですが」
「問題ない」
「……それは何より」
ふ、と鼻で笑うアシュトンが角を右に曲がる。そっちは居住区画だ。
「待て。違うだろ?」
「いいえ、合ってますよ。」
「は?私室に迎えてるのか?」
「えぇ。……とても緊張なさっておいでで。陛下が取り計らってくださいました」
「…いきなり私室に呼ばれるほうが緊張するんじゃないのか。平気なのか、体調とかは」
「顔面蒼白、といったご様子でしたねぇ…。無理もありません。一からまた始める事への不安、…殿下に受け入れてもらえるかどうかの不安。覚悟はしててもそれだけは断言出来ませんでしたから」
「…ゆるし…?お前さっきから何をーー「着きました。」
扉の前にいた護衛が両側に逸れ、アシュトンが三回ノックをする。室内から声はないがそのまま開けると、目線で俺を促した。
「外にいますので何かあればお声掛けを」
「…入らないのか?」
「……泣き顔なんて、見られたくないだろう?」
訝しむ俺にアシュトンは揶揄うように言って扉を閉めた。
…………泣き顔…………?
「ーー」
何を言ってるんだ、と、おなじことばかり思いながら室内に振り返り。
幻のように。
朧に揺れる月。
その色の、髪。
夢に見ていた。
夢を見ていた。
かすんでゆく。
顔をみせて。
もう夢でもなんでもいいから、名前を呼ばせて。
名前を、呼んで。
そう思ったらその通りになるから、やっぱり夢だと思った。
なのにこの体温は、ほんもので。
……お前の言う通りだよ、アシュトン。
震える肩を湿らせながら、悔し紛れに笑った。
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