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リツ②
しおりを挟むつけていたリボンの色、服の色。髪の色、瞳の色。
知らないのは笑っているその声くらいだった。
少女の笑顔につられて屋根裏でひとり、リツは生まれて初めて笑った。
それに気づきもしないほど、見惚れていた。奪われていた。
感情も、表情も、そのとき自分のなかに初めて生まれたことにも、気づかず。
その正体が何かも、わからないまま。
興行が終わり、その町を離れてからもリツは少女のことが忘れられなかった。
やがてサーカスは解散となる。
団長が不審死を遂げたためだったが事件は未解決のまま。
その直前に逃げ出す団員を見たことをリツは誰にも言わなかった。
鳥獣人の男女は、リツのめんどうをよく見てくれていた。
羽は捥がれて飛べないはずなのに、片手ずつを取り合って走り出す姿はまるで飛んでいるようにリツには見えたから。
それに捜査の手が入ったことにより置かれていた環境の劣悪さ、境遇は白日にさらされ、団員は皆おなじように自由になれたのだ。
ふいに与えられた自由にリツは戸惑うが、少女の笑顔が浮かび、もう一度会いたいと迷わず思う。
リツは少女のいる町に行ったが、少女には会えなかった。
何日も探したが見つからない。
ひとに尋ねてみるなどということに思い至らないリツは違う場所を探してみようと、
最後にサーカステントがあった町外れの広場に立ち寄ってから、そこを去った。
いくつもの町に辿り着き、少女を探す。
何年経っていても、会えば必ずわかるはずだとリツは思っていた。
ーーその確信は当たっていた。
今では明確な目標を持って生きていたリツは、どんな仕事でもやった。
どんな仕事も、サーカスにいたころよりは遥かにマシだと思いながら。
生きるためには金が要る。知識も要る。
命の危険を感じることはなかった。身体能力は元々高い。一般人でもそうでなくても、負けることはなかった。
その能力を買われある町で用心棒のような仕事をしていたとき、雇い主の知り合いという男に仕事を頼まれた。
女の行動を見張れ、と。
リツは言われるままその仕事を受け、その女の住む街に向かった。
一目でわかった。
大人びていても、背が伸びていても、笑顔はあのときのまま。
リツが見つけた光。
一番星の光が、輝いていた。
込み上げてくる気持ちが何なのかはまだわからなくても、
これは喜びだと、リツはわかった。
話しかけたかった。
声を、聞きたかった。
でも悟られてはいけない。それはキツく言われていたから。
リツは少し、いやかなり不服に思いながらもこれから毎日会えるという事実にその思いを飲み込んだ。
果物が好きなようだ。特に林檎が。
リツも好きかもしれないと思った。
パンも毎日買っている。
どれが好きかはわからないからリツは全種類を買って、それを少しずつ食べた。
仕事場の食堂へ行くのを見送り、家に帰るのを見守る。
特に問題はないと、報告書に細かく記す。
そんな日々を送りながらリツは、
なぜ、あのひとを見張るのだろう、と。
今さら依頼内容に思い至った。
そして、
見たこともない笑顔で、寄り添っているのを見た。
抱きしめ合い、物陰でくちづけを交わすのを見た。
髪に触れ、頬に触れ、囁いているのを見た。
リツは初めて、
生まれて初めて、
今まで生きてきてどんなことをされても感じたことのなかった感情を抱いた。
リツは男を、殺したいと思った。
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