『甘露歴程 …ハイチュウ、17世紀 アジアを平定す…』

与四季団地

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第一部・アンコールワットへの道

10・最初の戦い(2)

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 プラタナは前方を注視しているが、敵も、そんな簡単に姿をあらわにしているはずもなく、バンテアイ・チュマール遺跡前の大きな広場は、数人の現地の人々と、不意の敵の襲来に暴れる象8頭と象使いと、その世話係がうろたえているのみだった。
 特に虚弱な神能力の使い手たちは、能力を仕様には非常な集中を必要とする、・・・それは、こちらの<カーリーの時間能力>の使い手の<三人幼女>が目を閉じて項垂れ、祈りつつ力を行使していることで分かろう・・・、敵の能力者も、どこかに身を潜めて攻撃の詠唱をしているに違いなかった。
 しかし、森は深すぎた・・・。
 しかも、象は「パオーン!」と叫び続け、象使いに手綱を握られつつも、その場で8頭全てが地団太を踏んで雑音を立て、プラタナの集中を妨げた。
 手綱は波打ち、象使いを宙に放り投げる勢いだ。
 攻撃的な能力の波動みたいなものを野生の動物は感知するのか。
 大きな入道雲が空を流れているが、空は青く、太陽は輝いていた、・・・無風。

 <三人幼女>に遅れて、数人の子供たちが駆けつけ、プラタナの頼みで、一彦を掘り出していた。
 一彦は、プラタナが集中して索敵しているのが分かったので、雑音を立てなかったが、身体に張り付いた<混沌の海>のゼリー状液体を身体から払い終えると、小さな声で「どう? 敵は?」と問う。
 真っ黒のゼリー状液体は粘度が高いので、服や肌に浸透することなく、ぺろりと身体・衣服から剥がれている。
 するとプラタナ。
「見つからにゃいにゃ。でも、近くに潜んでいるはずにゃ。にゃかにゃかの能力だから、ここで逃がしたら、後で困るから、どうにか仕留めましょうにゃ。生け捕れたらそれに越したことはにゃいにゃ」
 ネコ語ッ・・・!
 何事だ! と一彦は思ったが、直ぐに分かった、翻訳機能の増幅器たるべき小猿アスカが、一彦の肩から離れているので、プラタナの話し方がブレて伝わってきているのだ^^;
 笑っている場合じゃなかった。
「そうか。見つけたら、俺が、この<ラケット>で石をサーブし、攻撃してやるよ。コントロールには自信がある」
 プラタナは一彦を不思議そうに一瞥した。
 一彦の言葉もプラタナにズレて伝わっているのだろう。
「はにゃッ!」と吐き捨てた。
「はにゃ? ああ、鼻のことか」と、一彦は鼻を擦った、鼻先にこびり付いていた真っ黒ゼリーが取れる。
「違うにゃ。それだけじゃにゃいにゃ。鼻水も垂れてるにゃ」
 鼻の下も拭うのだった。
 一彦は、肩にかけていたラケットケースからラケットを取り出した。
     <Wilson PRO STAFF>
 中古で買った伝説のラケットである。
 これは、普通のラケットよりも25%ほど重量が多く、故にパワーがある。
 「MADE IN ST VINCENT」と記された、中南米はセントビンセント島の工場で作られた、今となってはプレミア物だ・・・。
 一彦は、手ごろな石を探し始めた。
 そんな一彦を見て安心した小猿アスカが、一彦の肩に飛び戻ってきた。
「キッチュ・・・」
 しかし、主人の危機に、すぐに姿をくらますようでは、この先が思いやられる^^;

 そこへ、異変を察知した右近太夫が、三人の百人頭を連れて走ってきた。
「鬼っ子ッ! なにかあったのか?」
「アユタヤの神能力者の攻撃です」
 プラタナは前方から目を離さずに冷静に答えた。「ブラフマーの能力で、カズヒコが暗殺されかけました」
「ムッ!」
「神能力者は個々は虚弱、複数人と思って、今、探しています」
 右近太夫は元気な一彦を見て安堵の表情を浮かべるも、すぐに前方に視線をやった。
「暗殺失敗したと分かったら、奴らは逃走に入るだろう、そこを叩く!!」
 右近太夫は三人の百人頭(がしら)に命じた。
 ソクラ、モーニー、デピンの三人は、やや前方に散開した。
「彼らも鬼っ子も、我々よりも五感に優れている」
 右近太夫は石を拾っている一彦に言った。
 すると、「しッ!」とプラタナに咎められた。
「すまんすまん」と小声になる右近太夫。
 右近太夫は一彦に近づいた。
「それはなんだ?」
「ラケットと言うんだ。これで球を打ち、敵にあてようと思ってる」
「奇妙な形だな」
「的に当てるのは得意か?」
「制球はいいほうだと思う」
「へぇ」

 百人隊の一番頭モーニーは、クメール族の中でも中華系と思われ、やや肌が白く、目が細く、恰幅のいい身体の男だった。
 モーニーは今、その細い両の目の前のそれぞれに、両の手をかざしていた。
 手はこぶしが握られているが、親指と人差し指が丸められ、つまり、その丸めた指と手のひらが筒状になっており、その間を覗くと、視界が狭められるが遠くまで見えるという、ちょっとした望遠鏡代わりになる・・・、それを両手でやるのは珍しかった。
 首を動かし、周囲を小まめにサーチしていた。

 二番隊のソクラは、色黒で、いかにも現地の若者だった。
 中央で立ちすくみ、おそらく目も閉じていて、首を傾け、そう、周囲の音に耳を澄ませていた。
 先ずは立ち、続いてしゃがみ、手を地面にあてがっていた。
 それでも感知が出来ないようで、最終的には這いつくばり、耳を地面に押し当てていた。
 
 持久戦だ。
 あちらも、うかつに動いたら捕獲され、いや、殺されると分かっている。
 
 三番隊のデピンは初老の色黒の男だった。
 髪の毛は多いが真っ白なので、肌の黒さが際立っていた。
 やはり、目を閉じ、立っていた。
 一彦は、この人は鼻を利かせているのだと思った。
 三人それぞれ、視覚・聴覚・臭覚を発揮しているのだと。
 しかし、この無風の中、臭覚は分が悪いだろう。

 一彦は、なんとなく、日光東照宮の「見ざる・言わざる・聞かざる」の<三猿>を連想してしまった^^;

   (作者注)
 日光東照宮は徳川家康が祀られている。
 その徳川家(水戸徳川家)由来の所蔵のある水戸市の彰考館には、森本右近太夫一房が作成したとされる「祇園精舎」と認識されていたアンコールワットの実測図(複製)が保管されている。
 この記録は、あたかも木造建築のような描き方をされていて、研究者などには「素材まで訳されている^^;」などと言われている。
 ちなみに、アンコール遺跡にも「三猿」モチーフの意匠が多数ある。
 アンコール遺跡のほうが先になるのだが、「祇園精舎」を訪れた日本人巡礼者(右近太夫とは時代が微妙に合わない)が、そのモチーフを日本に伝えた可能性もある・・・。

 30分は過ぎただろうか?
 一彦の額から汗がしたたり落ちて、赤土の地面に染みを作っていた、幾つもだ。
 ・・・その時・・・。
 意外ッ!
 デピンが、森の右手の方向を、ゆっくりと着実に指差した。
 マジ顔だったプラタナの表情がほぐれた。
「さすが!」
 デピンは澄ました顔で「年の功・・・」とボソリと呟いた。
「根拠は? 距離は?」
 と、右近太夫が聞く。
「口に含んだビンロウの匂いあり、キンマの匂いが混じっているので、クメールのものではない。バンコク産だ。距離は150メートルッ!!!」
 後から一彦は知る。

     ビンロウ=ヤシ科の植物から作られる噛みタバコ
     キンマ=コショウ科の植物。ビンロウに風味を加える
     バンコク=アユタヤの別の呼称

 直接対決の始まりだ!
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