天上の喫茶店

東雲 千宝

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撃壌之歌

2話

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オルハンはレスペナテア共和国南部の街、【ホルユルデン】に生まれた。

生まれた家は決して裕福と言える家庭ではなかったものの、オルハンは恵まれた家族と共にすくすくと成長した。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「オルハン!今日も遊ぼ!」

そう元気に声をかけてきたのは幼馴染のハキーマだ。

「おう!いいぞ、今日もあいつらがいるのか?」

「もちろん!」

あいつらというのはよく一緒に遊んでいる仲間の事である。ハキーマの他にはクトゥブとアーティフと言う友達がいて、普段はその4人で近くの森で遊んでいる。
ハキーマは少し茶色を含んだショートカットの女の子。オルハンたち以上に元気があって、好奇心旺盛な性格のせいか目を離すとすぐにどこかに行っている。
クトゥブはレスペナテア人では珍しい金髪の男だ。背はそれほど高くはないが筋骨隆々で頼りになる男である。
そしてアーティフ。アーティフは頭が良く背も高い、いかにも好青年といった男である。普段は他の3人のまとめ役になることが多い。

☆ーー☆

「また今日も行くのかい?」

「うん、行ってくるね」

「最近は怪我してばっかだからもうするんじゃないよ!」

「分かってるって母さん、それじゃあ行ってくる!」

そう母親に言い残したオルハンは今日もハキーマと共にいつもの場所に駆けていく。

決して裕福では無い環境でも、この日々がずっと続いていればいい。本当に心の許せる友達と笑って遊べる日々が続けばいい。

オルハンの前を行くハキーマの背中を見ながらふとそう思う。

「どうしたの?オルハン。いつもみたいに元気じゃないけど…なんかあった?」

「あぁ、いや。この日々もいつまで続くのかなぁ…って考えてただけだよ。」

「もしかして今年の9月から軍に入らなきゃならないことでビビってる?」

そう鼻で笑ったハキーマだったが、実は少し当たっていたりもする。

レスペナテア共和国には徴兵制度が未だに残っている。18歳を過ぎた9月から1年ほど軍に入隊しないといけないという決まりがあるのだ。
もしそこで何かあって誰かが死んでしまえばこの日々も終わってしまう。しかも軍に入隊してこの4人が同じ部隊に配属されるという保証もない。
それぞれがバラバラになってしまえば、この関係がそこで終わってしまう可能性すらあるのだ。

「大丈夫だって。今だって何も起きてないし今後も起きない。仮にどこかの国が私たちの国を攻撃しようなんて考えて攻めてきたら返り討ちにするだけよ!」

「ハキーマは本当に楽観的だよなぁ…本当に羨ましい…」

そんな会話をしながら森を進むとアーティフとクトゥブが居た。

「おう!遅かったな!」

「オルハンが軍には入りたくないって言い出すからちょっと話してたのよ」

「そんなことは言ってない!!」

「まぁまぁ、一回落ち着こう?」

いつも通りだ。クトゥブが話を切り出しハキーマがオルハンをいじる。そして最終的にはアーティフがその場を宥める。

しかしアーティフがこんなことを小さな声で言った。

「実は隣のブレジニアが俺たちの国を狙ってるって噂もあるみたいなんだよ。本当に大丈夫なのか…」

「そうなのか?それってどこの情報?」

その言葉を聞いたオルハンはアーティフに聞き返してしまった。

ブレジニアとはレスペナテア共和国の西側に位置する国で、正式名称をブレジニア帝国と言う。
ブレジニア帝国には砂漠だらけのレスペナテア共和国とは違い、緑豊かな山々が広がっているそうだ。

「この前ちょっとした用事でターリシスに行くことがあったんだ。その時にターリシス城の門兵が話してるのを聞いちゃってさ。」

ターリシスというのはレスペナテア共和国の首都だ。
そこにはかつては王宮だったターリシス城がある。
今では大統領府となっているターリシス城だが、そこの門兵が話しているということは少しは信頼できる情報なのだろう。

「でもなんでレスペナテアに?砂漠だらけで何も無い土地だぞ?」

そうクトゥブがアーティフに問いかける。
アーティフは「分からない。」と言いつつこんなことを言い出した。

「レスペナテア共和国とブレジニア帝国は昔からよく戦争をしていたみたいなんだ。家にあった書物で見た事がある。元々レスペナテア共和国には皇帝がいたのはみんなも知ってるだろ?その皇帝一族とブレジニアの皇帝一族は元々同じ家の人間だったらしいんだ。けど何をするにしても持ち上げられていた長男ナティパ一世に次男のブレジニア二世が「不公平だ!」と言ってお家騒動に発展した。そこで当時の国王であったブレジニア一世が退位の時に領土を2人に分け与えることで一旦は落ち着いたんだって。けどそれからというものナティパ一世が治めることになった今のレスペナテア共和国とブレジニア二世が治めることになった今のブレジニア帝国はずっと犬猿の仲らしい。」

オルハンは何となくわかった気もするが要するに昔の問題が今まで繋がっていて両国間の関係がとても悪いということだろうか思った。
そう考えているとハキーマが口を開いた。

「なんかよく分からなかったけど、その…ブレ…なんだっけ?まぁそこがわがままを言ったのが悪いんじゃないの?しかも仲が悪いって言ってももう今は関係ないじゃん。私たちの国も国王は居なくなったんだしさ。」

「わからない。もしかしたらまだ俺たちは知らない資源だったりがレスペナテアにはあるのかもしれない。過去のいざこざを口実にそれを狙ってるのかも。だけど俺も過去のお家騒動のことは本で見ただけだし、実際にブレジニアが攻めてくるかもわからない。」

こう言ったアーティフに対し全員何も言うことは出来なかった。

今オルハンたちにできることは何も無い。手元にある情報は信ぴょう性もなく、現実味も全くないものだ。そもそもそんなことを周りに喧伝した所で誰も信じないだろう。そんな状況だからこそ今は見て見ぬふりをしていつも通りの日々を送るしかなかった。

☆ーー☆

アーティフがあの戦争の話をしてから数ヶ月。特に変わったことはなくいつも通りの日々を送っていた。
全員が暇な日はあの森へ行き、楽しい日々を過ごしていた。

そして迎えた9月。

オルハンたちは予定通り1年の軍務に就くことになった。

アーティフ達とは部隊こそ違うものの同じ基地に配属され、仕事の休憩時間に会うこともできたし、休みの日には4人で出歩いたりもできた。

オルハンたちは特に問題もなく日々を過ごしていた。

しかし軍に入隊してから半年ほどが経った時、レスベナテア共和国で大事件が起こった。

西部の要衝ホネーデの市長が何者かによって暗殺されたのだ。
レスペナテア共和国は国土が広いのに対し、その国土の大半が草も生えない砂漠に覆われていて、人々は点在するオアシスのような場所に密集して生活をしている。だからこそ一つ一つの都市の人口は多く、各都市の市長の権限はかなり強いものとなっている。

その市長が暗殺されたため、ホネーデの街は一時混乱状態に陥った。

そしてこのホネーデでの市長暗殺事件がこの後に起こった歴史に残る一大事件の前触れであることにこの時はまだ誰も知らなかったのだ。
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