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撃壌之歌
5話
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オルハンたちはまだ日の登らない朝早くにラージュを出発した。
吐く息は白く、冬の厳しい寒さが肌を刺す朝だった。
ラージュを拠点とする西方九大隊の調べにより、侵入が可能なルートをあらかじめ把握していたオルハンたちは、厳しい寒さに耐え、日がまだ真上には来ていない時間にはホネーデ近郊まで近づくことができた。
ホネーデの外れは秋になると一面黄金色になる小麦畑が広がっている。しかし今は5月、辺りには何もない耕地が広がっているばかりである。
オルハンたちはそんな茶色く殺風景な景色の中に一軒の民家を発見した。
休息を取りたかったオルハンたちは、壁伝いに中に入れそうな場所を探してみることにした。
「オルハン。こっちの窓が割れてる。入れそうだぞ。」
ラードが割れた窓を発見した。
「ありがとうございます。入ってみましょうか。」
入ることのできた部屋は地面に割れた窓ガラスが散乱していること以外はきれいなままだった。
壁には時計がかけられており、針はまだ動いている。
棚には家族写真だろうか、満面の笑みを浮かべる老夫婦と、小さな赤子を抱いている若い夫婦が映っていた。
「なんだか幸せそうだな。」
「そうですね。」
部屋から出てしばらく家の中を探索していると、小さい机に二人分の食事が置かれてある机を見つけた。椅子はここに座る二人が向かい合って座ることができるように置かれてあったが、足を伸ばせばぶつかってしまいそうなくらい小さい机だった。
「食事の支度中に襲われたってわけか…いや、床に血痕がないから攫われたか。」
そうラードが横で呟くのを聴きながら、オルハンはふと、ここで暮らしていた人たちのことを考えた。
この戦争が起こる前までは夫婦二人で仲良く暮らしていたのだろう。
明日自分たちが戦争に巻き込まれて、この幸せな日常が崩れ去ってしまうことなど全く想像もしなかっただろう。
そう思うと、オルハンの心に去来するものがあった。
それはオルハンが入隊することになる1カ月ほど前のことだった。
その日もオルハンはアーティフたち3人と他愛のない話をして盛り上がっていた。
しかし、その日常というものも一瞬にしてなくなってしまった。
オルハンには4つ下のライラという妹がいた。
ライラは心配性な兄、オルハンに比べると、冷静でおとなしく、何事にもあまり動じない性格だった。
その性格のせいか、二人でいるとオルハンのほうが弟だと間違われることもしばしばあった。
しかしそのライラがその日ばかりは顔を青白くさせてオルハンたちのもとへやってきた。
長い髪を振り乱し、息を切らして走ってくるライラの姿にオルハンたちはただならぬ何かを感じた。
「お兄ちゃん...ラーサが...!」
オルハンの記憶はこの言葉の後から曖昧だ。
気づくと街の小さな診療所でかたくなに口を閉ざした友人を目の前にただ茫然と立っている自分がいた。
なぜか現実味がなく、自分は自分じゃないのではないかとまで考えてしまう。
いや、自分は自分だ。しかし自分じゃない。確かに目の前の男性は自分の友達だ。
しかし信じたくないという気持ちからか、そこにいる男性を自分の友人として脳が処理するのを拒んだ。
ここにいる自分は自分じゃない他の知らない誰かで、目の前にいる男性はその知らない誰かの友達か、
まったく誰も知らない人なんだと。オルハンはそう思いたかった。
オルハンは幼い時に父を失っている。
まだライラが母親のお腹にいたとき、父は不慮の事故でこの世を去った。
もともと仕事熱心だった父が家にいた記憶はあまりなく、覚えているものと言ったら特にない。
家族写真があったため父の顔が全く分からないわけではないが、それでも他人と言われたら信じてしまうだろう。
オルハンの母親も、オルハンやライラが幼い時に夫を失い、家族を養うため働き詰めで家にはあまりいなかった。
だからオルハンにとってラーサとは、幼い時から隣にいた、辛い時も一番近くで支えてくれた何よりも大切な友人だったのだ。
数年前に別の街に行ってしまったラーサだったが、定期的にやり取りをする間柄で、たまに帰って来た時には会って最近のことを話し合う程度には関係が続いていた。
オルハンの空耳かは知らないが、オルハンに語り掛ける誰かの声でオルハンは現実に引き戻された。
「お前は強く生きろ。こんな出来事も何事もない日の一つのイベントだと思って生きていけ。」
そう聞こえた気がした。
確かにラーサの声で。
現実に戻ったオルハンだったが、目の前に横たわる友の姿を見て、ラーサは目を開けることは無いだろうと悟った。
数時間後、オルハンの予想通り彼は遠い場所へと旅立った。
この日のことをオルハンは鮮明に、そして曖昧に覚えている。しかしラーサが最後に残した言葉通り強く生きていこうと心に誓った。
そしてそんな一日をオルハンは思い出していた。
なぜだか左の頬がほんのりと温かい。
ーーーーーーーーーーー
「オルハン?聞こえてるか?電気は何とか使えそうだ。ここで一休みするか?」
ラードの言葉で現実に引き戻されたオルハンは早速全員をいちばん広い部屋に集めた。
そこで現在得ている情報を元に再度作戦を練ることになった。
まず、敵の拠点となっているホネーデの庁舎の歴史は古く、レスぺナテア共和国がまだ帝政だった時代に建てられた建物であり、今は使われていない地下水路が存在している。
その地下水路を活用しようという案が有力となった。
敵の数はざっと100を超えており、対してこちらは20人しかいない。
正面からの戦闘はほぼ不可能である。
そのため隊長のミールの暗殺を一番の目標、続いて可能であれば主力幹部数名の暗殺を行うということに決まった。
もちろん隊長と主力幹部の暗殺に成功しても時間稼ぎ程度にしかならないが、指揮系統を混乱させることができれば少しでも相手を弱体化させることができるはずだ。
話し込んでいたオルハンたちだったが、外は暗くなり、隊の中でも疲れの色が見え始めていたことから、今日は一旦一休みしようという話になった。
吐く息は白く、冬の厳しい寒さが肌を刺す朝だった。
ラージュを拠点とする西方九大隊の調べにより、侵入が可能なルートをあらかじめ把握していたオルハンたちは、厳しい寒さに耐え、日がまだ真上には来ていない時間にはホネーデ近郊まで近づくことができた。
ホネーデの外れは秋になると一面黄金色になる小麦畑が広がっている。しかし今は5月、辺りには何もない耕地が広がっているばかりである。
オルハンたちはそんな茶色く殺風景な景色の中に一軒の民家を発見した。
休息を取りたかったオルハンたちは、壁伝いに中に入れそうな場所を探してみることにした。
「オルハン。こっちの窓が割れてる。入れそうだぞ。」
ラードが割れた窓を発見した。
「ありがとうございます。入ってみましょうか。」
入ることのできた部屋は地面に割れた窓ガラスが散乱していること以外はきれいなままだった。
壁には時計がかけられており、針はまだ動いている。
棚には家族写真だろうか、満面の笑みを浮かべる老夫婦と、小さな赤子を抱いている若い夫婦が映っていた。
「なんだか幸せそうだな。」
「そうですね。」
部屋から出てしばらく家の中を探索していると、小さい机に二人分の食事が置かれてある机を見つけた。椅子はここに座る二人が向かい合って座ることができるように置かれてあったが、足を伸ばせばぶつかってしまいそうなくらい小さい机だった。
「食事の支度中に襲われたってわけか…いや、床に血痕がないから攫われたか。」
そうラードが横で呟くのを聴きながら、オルハンはふと、ここで暮らしていた人たちのことを考えた。
この戦争が起こる前までは夫婦二人で仲良く暮らしていたのだろう。
明日自分たちが戦争に巻き込まれて、この幸せな日常が崩れ去ってしまうことなど全く想像もしなかっただろう。
そう思うと、オルハンの心に去来するものがあった。
それはオルハンが入隊することになる1カ月ほど前のことだった。
その日もオルハンはアーティフたち3人と他愛のない話をして盛り上がっていた。
しかし、その日常というものも一瞬にしてなくなってしまった。
オルハンには4つ下のライラという妹がいた。
ライラは心配性な兄、オルハンに比べると、冷静でおとなしく、何事にもあまり動じない性格だった。
その性格のせいか、二人でいるとオルハンのほうが弟だと間違われることもしばしばあった。
しかしそのライラがその日ばかりは顔を青白くさせてオルハンたちのもとへやってきた。
長い髪を振り乱し、息を切らして走ってくるライラの姿にオルハンたちはただならぬ何かを感じた。
「お兄ちゃん...ラーサが...!」
オルハンの記憶はこの言葉の後から曖昧だ。
気づくと街の小さな診療所でかたくなに口を閉ざした友人を目の前にただ茫然と立っている自分がいた。
なぜか現実味がなく、自分は自分じゃないのではないかとまで考えてしまう。
いや、自分は自分だ。しかし自分じゃない。確かに目の前の男性は自分の友達だ。
しかし信じたくないという気持ちからか、そこにいる男性を自分の友人として脳が処理するのを拒んだ。
ここにいる自分は自分じゃない他の知らない誰かで、目の前にいる男性はその知らない誰かの友達か、
まったく誰も知らない人なんだと。オルハンはそう思いたかった。
オルハンは幼い時に父を失っている。
まだライラが母親のお腹にいたとき、父は不慮の事故でこの世を去った。
もともと仕事熱心だった父が家にいた記憶はあまりなく、覚えているものと言ったら特にない。
家族写真があったため父の顔が全く分からないわけではないが、それでも他人と言われたら信じてしまうだろう。
オルハンの母親も、オルハンやライラが幼い時に夫を失い、家族を養うため働き詰めで家にはあまりいなかった。
だからオルハンにとってラーサとは、幼い時から隣にいた、辛い時も一番近くで支えてくれた何よりも大切な友人だったのだ。
数年前に別の街に行ってしまったラーサだったが、定期的にやり取りをする間柄で、たまに帰って来た時には会って最近のことを話し合う程度には関係が続いていた。
オルハンの空耳かは知らないが、オルハンに語り掛ける誰かの声でオルハンは現実に引き戻された。
「お前は強く生きろ。こんな出来事も何事もない日の一つのイベントだと思って生きていけ。」
そう聞こえた気がした。
確かにラーサの声で。
現実に戻ったオルハンだったが、目の前に横たわる友の姿を見て、ラーサは目を開けることは無いだろうと悟った。
数時間後、オルハンの予想通り彼は遠い場所へと旅立った。
この日のことをオルハンは鮮明に、そして曖昧に覚えている。しかしラーサが最後に残した言葉通り強く生きていこうと心に誓った。
そしてそんな一日をオルハンは思い出していた。
なぜだか左の頬がほんのりと温かい。
ーーーーーーーーーーー
「オルハン?聞こえてるか?電気は何とか使えそうだ。ここで一休みするか?」
ラードの言葉で現実に引き戻されたオルハンは早速全員をいちばん広い部屋に集めた。
そこで現在得ている情報を元に再度作戦を練ることになった。
まず、敵の拠点となっているホネーデの庁舎の歴史は古く、レスぺナテア共和国がまだ帝政だった時代に建てられた建物であり、今は使われていない地下水路が存在している。
その地下水路を活用しようという案が有力となった。
敵の数はざっと100を超えており、対してこちらは20人しかいない。
正面からの戦闘はほぼ不可能である。
そのため隊長のミールの暗殺を一番の目標、続いて可能であれば主力幹部数名の暗殺を行うということに決まった。
もちろん隊長と主力幹部の暗殺に成功しても時間稼ぎ程度にしかならないが、指揮系統を混乱させることができれば少しでも相手を弱体化させることができるはずだ。
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