拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第五章 再会

拾われ子の頼れる相棒

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 真っ暗な部屋で、スイは静かにソファーから身体を起こした。窓が無い部屋では時間帯が判らないが、部屋の外で動く気配が明らかに減っている事から、恐らく夜だろうとスイは考える。
 奴隷仲間ルームメイトのクローディアとエトマはベッドで眠っている。クローディアが二人で使おうと気を遣ってくれたが、ソファーがあるからとスイは断った。

『(起こしちゃうかもしれない)』

 眠りを妨げるのはクローディアに申し訳ないし、自分も都合が悪い。心の中でクローディアに謝罪と礼を述べると、スイはドアに近付いた。奴隷部屋の前に人の気配は無い。

『(不用心な気もするけど、中から鍵を開けられないんだから逃げ出せる訳ないって事かな)』

 ドアから離れたスイは、出来る限りクローディアとエトマから離れると壁の方を向き、極々小さな声で相棒を呼んだ。

『……コハク、いる?』

《いる》

 短く低い声と共にもふっとしたものがスイの頬に触れた。光が全く無い部屋の中では大きな身体も琥珀色の眼も見えないが、抑えた気配と豊かで暖かい被毛がスイに大きな安心感を齎す。
 顔を擦り付けてくるコハクを撫でながら深く息を吐いたスイの耳に、沈んだコハクの声が聞こえた。

《……ごめん、スイ。オレが反応出来てれば……》

『気にしないで。あの時、不意打ちに反応出来ていたとしても、私はふたりと離されて此処から出られなくなっていた気がするし、その前に殺されていたかもしれない』

 スイもソウジロウも動けず、イズモに完全敗北したかに思えたあの時。唯一イズモを出し抜けた点が、コハクの存在だった。
 不意を突かれたと理解した瞬間、コハクは飛び出したいのを堪え、スイの影の中に潜んだまま動くべき時を待っていたのだ。

『……ふぅ、落ち着いた』

 心ゆくまでコハクを撫でた事で不安は無くなった。根拠は何も無いが、どうにかなると前向きな気持ちにすらなる。

《それで、どうするんだ? オレは何をしたら良い?》

『まだ何も思いついてない。ドアは中から開けられないし、窓が無いから外に出られそうにないんだ。他に出口になる所も無さそうだけど……でもちゃんと探してはないから、今から調べてみるよ』

《オレも探す》

『ありがとう。二人を起こさない様に気をつけよう』

 物音を立てない様に静かにスイとコハクは室内を探す。壁や床に手を滑らせ、普通の部屋ならば窓があるだろう位置も調べたが何も見付からない。
 どうしようかと悩んでいるスイを、コハクが小さな声で呼んだ。

『どうしたの?』

 ぴすぴすとコハクが鼻を動かしている音が聞こえる。

《ここ、少しだけ風の流れがあるぞ。通れるんじゃないか?》

『!』

《オレに乗ればたぶん届くと思う》

 二足立ちから四足へ戻ったコハクの背中に乗って立ち上がる。手を伸ばすと、確かに微かだが風の流れを感じた。
 だが、手を掛けるには少し高さが足りない。

『くっ……と、どかな、い……!』

《スイ、落ちない様に気を付けろ。ちょっと動く》

『え? っっ!!』

《これでどうだ? 届くか?》

 身体がよろめき、危うく大きな声を出しそうになって既の所で堪える。伸ばした手が板を押し上げ、かたりと外れた。
 天井を掴んで少し体重を掛け、頑丈な事を確認すると、スイはコハクの背を踏台代わりにして跳んだ。上半身を引っ掛けて片足を乗せ、天井裏の高さを手探りで調べてからもう片方の足も引き入れる。

『ありがとう、コハク。どうやったの?』

《威嚇する時の体勢を取った》

『? あ。あれか』

 猫が威嚇する時、相手よりも自分を大きく見せようと身体を山なりにする事がある。
 大きくなってからはやらなくなったが、コハクも小さい時は時々やっていた。ただでさえ体高がある今のコハクがやれば、結構な高さになるだろう。

《待ってろ、オレも行く……どうした?》

『……な、何でも、ない……』

 大きな身体を山なりにして威嚇するコハクを想像して、笑いそうになったのを必死に誤魔化したが、はたと気付く。

『待って、此処、コハクには狭いんじゃ』

《スイの影の中にいれば狭さは関係無い》

『それなら良かった。行こう』

 外した天井板を嵌め直して、スイとコハクは天井裏を移動する。奴隷部屋と違い、他の部屋には明かりがある様で室内の光が何ヶ所か天井裏まで漏れており、部屋の位置の把握に役立つ。
 ふと、スイはコハクの影移動についてある事を思いついた。

『……コハクって、私から離れて影の中を移動出来る?』

 魂繋ファミリア契約を結んでいる従魔は、主との絆が強ければ自分と主の影を行き来出来る。クロエから教わった主従の繋がりだが、暗闇に自分の影が混ざっている状態なら自由に影の中を動き回れないのだろうかと訊ねると、コハクは項垂れた。

《出来ない。スイの影と他の影は全然別物で……んと、オレは感覚で解るんだけど何て言えば良いんだ……? えっと、見た目は繋がってひとつの影になってても、見えないだけでそれぞれの境目があるんだ。スイとの契約が鍵となって影の中を通るんだけど、他の影はオレと繋がってないから通れない》

『……ダンジョンやエルフの里の移動魔法陣みたいなもの? 精霊の許可が従魔契約で言う所の魂の繋がりだとして、その許可が無いと魔法陣を使えない上に、一見何処にでも行けそうに見えるけど予め決められた場所にしか通じてない……って事?』

《たぶんそんなかんじ!》

『……解った、と思う』

 頭を使うのを諦めた様な声に、スイは苦笑いを浮かべながらも納得した。
 自在に影の中を移動出来るならば、屋敷内の探索をコハクに頼み、スイは部屋にいた方がバレる可能性が無いのだが、無理ならば仕方無い。それに、自分の目で見た方が情報に齟齬が出ない。
 スイはコハクと共にひたすら天井裏を移動しては屋敷の構造を頭に叩き込んだ。

『…………』

 尻をつけて天井裏に座ったスイは腰を擦る。ずっと四つん這いや、中腰で移動していたので腰が痛みを訴え始めた。
 その背中を、コハクが前足でちょいちょいと触れる。

『?』

《下》

 短い返事に、天井板の隙間から下を見れば其処にはザーズリーがいた。昼間にスイも入った部屋だ。その時を思い出して、内装を見る限りザーズリーの仕事部屋だと考える。
 ザーズリーは声に出しながら溜息を吐くと、ランプを灯し、部屋の灯りを消して腹を前に突き出しながらのしのしと歩いて部屋の外に出て行った。
 顔を見合わせたスイとコハクは、天井からザーズリーを追う。この部屋の外にも見張りはおらず、ザーズリーは一階に降りると廊下の奥へ行ってしまった。
 二階の天井から一階の天井には行けない。室内に降りてから部屋を出て一階に行く必要がある。

《どうする?》

『……思ったよりも見張りがいない。たまたま今がそういう時間帯なのか判らないけど……チャンスかもしれない。さっきの部屋から下に降りよう』

 急いでザーズリーの部屋まで戻り天井板を外す。スイとコハクは、念入りに部屋の外まで気配を探り、問題無い事をふたりで確認してから室内に降りた。
 ドアに鍵は掛かっておらず、なるべく音を立てずに開けてするりと滑る様に部屋の外へ出る。
 壁には等間隔で常夜灯の魔道具が設置されており、スイの影が映った。

『……目立つね。早めに終わらせて戻ろう。コハクは影に隠れて』

《解った》

 どんな動きも逃さない様に、神経を澄ませながら階段を降りる。ザーズリーが向かったであろう所まで音を立てずに一気に走ると、ゆっくり息を吐いた。
 廊下を挟んで左に一部屋、右に三部屋ある。

『(ザーズリーの気配は……何だ、これ?)』

 違和感を覚えながら、一番ザーズリーの気配に近そうな部屋に向かう。廊下の突き当たり、一番右奥の部屋のドアにそっと耳を近付けた。

『(物音は無い。人の気配も……この部屋には無い筈、なんだけど……)』

 違和感を抱えたまま、見回してからそっとドアノブを回した。カチャ、とどうしても小さな音は立ってしまう。近付いてくる人がいない事を確認して、スイは中に入った。
 窓があり、締められたカーテンの隙間から月明かりが漏れ入ってきている。約半日ぶりの外の光にホッとしたが、すぐに気を引き締め直した。

『……誰もいない……と思う、けど……』

《スイ、下に気配を感じる》

『私も感じてるけど、此処一階……あ、もしかして地下室?』

 スイは絨毯が敷かれている足元を見た。

『(中央付近だと出入りの準備や後片付けに手間取るから、あるとしたら隅の方だ)』

 二つ目の角を捲って手を床に滑らせた時、指が溝に触れた。窪みを見つけ、力を入れると地下への入口となる仕掛け床が僅かに持ち上がったが、スイは逡巡すると元に戻した。

『……今日はここまでにして部屋に戻ろう。ザーズリーと鉢会うかもしれないからこのまま降りる訳にいかないし、二階の構造は大体覚えた。これ以上時間をかけたくないし、この下……』

 床を見詰めて言葉を切ったスイが何を考えているか、察したコハクは頷いた。

《解った》

 スイは絨毯を元に戻すと、部屋を出て階段を静かに駆け上がり、ザーズリーの仕事部屋に入った。そしてまた背を山なりにしたコハクに乗って天井裏へと上がると、クローディアとエトマが眠っている部屋へとまっすぐに向かう。
 天井板を外して室内を窺い、二人が起きている様子は無いと見ると天井から下りた。

『……ふぅ。ありがとう、コハク。本当に助かった。明日もお願いするね』

《任せろ。何でも言ってくれ》

『うん。じゃあ、今日はもう寝るよ。おやすみ』

《おやすみ》

 ソファーに横になり、上掛けを被ったスイの寝息が聞こえると、コハクもスイの影に潜って眠りについた。
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