龍と墜ちた拾われ子

蒼居 夜燈

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第五章 再会

拾われ子の隠密調査 後編

 一階奥の部屋に入ったスイは、地下への出入口である階段を降りていた。明かりを持ち込んでいないので真っ暗だが、道幅は広く、手摺りも付いているので掴まっていれば足を踏み外す心配は無い。
 階段を降りた後は、暗闇の中をコハクを先頭に、スイも壁に手をつきながら着いていく。
 この先に感じる異常に、スイは極力足音と気配を抑えて歩く。

《…………》

 コハクが耳と鼻を動かす。鼻の上に皺が寄った。

《やっぱり昨日の夜と数は同じだ。動きも殆ど変わらない》

『……じゃあ、やっぱり』

《うん。この先にいるのは人間だ。でもヒトだけじゃない。獣人もいる》

 昨日、地下入口がある部屋へ入った時に感じた異常。それは、地下にザーズリー以外の人間の気配を複数感じた事だった。
 ザーズリーの味方だとまずい。ザーズリーと鉢合わせにならない様にする為にも昨日は一旦退き、今日一日意識して探っていたが、数は多いものの強さは感じず、殆ど動きも無かった。
 脅威にはならないと見て降りたが、近付けば近付く程スイは嫌な予感が強まるのを感じている。
 一本道と思しき道を進んでいると、石壁に触れていた手が金属の感触を伝えてきた。足を止めて恐る恐る探れば、等間隔で金属の棒と隙間がある事に気付く。耳を澄ませば、自分達以外の呼吸が聞こえてきた。

『(……鉄格子? 此処、牢か……!?)』

 慎重に歩を進めると、寝息の他に呻き声も聞こえてくる。
 魘されているようだが、気になったのはその声の主だ。
 光の全く無い空間では、牢へ眼を向けても何も見えないが、聞こえる呻き声も、感じる弱々しい気配も限りなく子どもに近い。

『…………』

 スイはただ、無言で歩き続ける。手に感じる物が金属から石壁に戻ると、それ程時間を立てずにコハクが足を止めて振り向き、抑えた声でスイを呼んだ。

《スイ、此処で行き止まりだ。でも壁に梯子が掛かってる》

『梯子? わかった、上ってみる』

 梯子が不安定ではない事を確認して上っていく。次の段を掴もうとした手の指先が、何か硬いものを突いた。

いっ……あ、これ出口だ……けど……?』

 入口と同じ様な仕掛け床がある。すぐ近くに人はいないが、近過ぎず遠すぎない所に此処と同じ様な複数の気配を感じる。
 そっと出口である仕掛け床を押すと、それは鍵が掛かっておらず、隙間から薄く外の光が差し込んできた。

『…………何だろう、これ』

 出口から顔を出して見回すと、近くに大きな建物がある事に気付いた。家よりもずっと大きい。

『教会かな。もしくは孤――っ!?』

 急に誰かが近付いてくるのを感じて、スイは直ぐに地下に戻った。出口の床を閉めたが、すぐ側まで来た気配にスイは静かに臨戦態勢を取る。

『(……あれ、この感じって……)』

 気配が知ったものだと気付くと同時に、出口が開いた。覗き込んできた顔に、スイの表情が和らぐ。

『ソウジロウさん……!』

「やはりスイ様でしたか……!」

 二日ぶりに聞いた声に、スイはホッと息を吐いて梯子を上り外へ出る。スイの顔を見たソウジロウも安堵の表情を浮かべたが、地下から出てきたスイの首、そして両手首を繋ぐ物を見ると切れ長の眼を見開いた。

「……誠に申し訳ございません。私めがついていながら、この様な事に……」

『大丈夫です。元々奴隷として潜入するつもりでしたし、気にしないでください。それよりも会えて良かったです。これを』

 スイはコハクを呼ぶと、預けていた違法売買の契約書をソウジロウへ差し出した。

「これは……十二歳の奴隷の契約書? 明らかに違法売買の証拠ですな」

『これを持っていたのはザーズリーでした。他にも沢山ありましたが、抜き取ったのはこの一枚だけです。奴隷部屋に隠そうと思っていましたが、このままソウジロウさんが持っていてください』

 奴隷部屋に誰かが入る可能性は低いと見ているがゼロでは無いし、もしバレて奴隷部屋を捜索されたら同室の二人に迷惑が掛かってしまう。それに、二人が見付けて引っ張り出してしまう可能性も考えられる。
 ソウジロウに預ける方が、より安全で確実だ。

「承知致しました」

『それと、この下に牢があり、其処にヒトや獣人の子どもが何人かいます。ザーズリーを捕まえる時に牢の中の子達も助けないと』

「子ども……。成程、繋がりました」

『繋がった?』

「はい。スイ様が連れ去られた後、私めはスイ様の行方を追いながら奴隷商についても調査をしておりました。それで見えてきた事なのですが、この町の教会に併設されている孤児院から時々子どもが姿を消している様なのです」

『! そう言う事か……!』

 ザーズリーが言っていた「在庫」と「仕入れ」。ソウジロウの話を聞いた事で、スイの中でも全てが繋がった。

『人から買うだけでなく、孤児院からも子どもを連れてきて奴隷にしていたんですね。その孤児院が、違法売買の関係者』

「左様、そして此処に建っているのがその孤児院でございます。此処からでは見えませんが、教会が隣だって建てられております」

 随分大きいと思っていたが、やはり孤児院だったらしい。
 客の要望に合う子を孤児院で見付けては、この地下通路を通って連れてきて、客に引き渡すまで牢に閉じ込めておく。
 元々身寄りのない孤児ならば、急にいなくなっても住人には気付かれにくい。
 地下への出入口は孤児院の敷地内にあり、周囲は壁に囲われている。建物の側にあってザーズリーの屋敷と直通の地下通路ならば、尚更バレずに迅速に子どもを運び込めるだろう。
 何より、協力しているのが教会と孤児院だ。余程目立つ事をしなければ、疑いの眼が向けられる事はない。

『…………』

 少しの間黙り込んでいたスイは顔を上げた。

『ソウジロウさん、何か書く物を持っていませんか?』

「ございます。ペンとインクは無いので木炭になりますが」

 紙と木炭を受け取ったスイは、簡潔に調査結果を書き記していく。最後にギルド側で調べて欲しい事と最下部に自分の名前を書くと、それをソウジロウに渡した。

『これをハンターズギルドの支部長に渡してください。ギルドには筆跡を照合する魔道具がありますから、これで私本人からの報告だと判る筈です。地下の子ども達を解放したいので人手が欲しい事も伝えてください』

「確かに承りました。この後、スイ様は?」

『このままお屋敷から出ると同室の子に迷惑がかかるので、今は戻ります。問題はいつどうやってザーズリーを捕まえるかですけど……』

 また連絡を取るにも、ソウジロウと直接接触出来るのはこの場所のみ。ザーズリーが来ない時にしか地下通路は通れないので、いつ来られるか断言出来ないのに加え、孤児院の敷地内に人がいればソウジロウも此処まで入って来られない。

「それについては私めにお任せください。ハンターズギルド側の準備が整いましたら、私めがザーズリーの屋敷に侵入致します。合流次第、ザーズリーを捕らえましょう」

『侵入って……』

「ほほっ。我が一族の得意とする事なれば、何も心配には及びません」

『……解りました。見張りは、昼はお屋敷中を巡回していますが夜は殆どいないので夜の方が入りやすいかもしれません』

 屋敷の警備体制と穴、スイが普段屋敷のどの辺りにいるのかも伝えるとソウジロウは深く頷いた。

「窓も無い部屋に閉じ込めるなど……到底許せませんな。ギルドを急かして三日以内にはお迎えにあがります。それまで、どうかご無事で」

『ありがとうございます。ソウジロウさんも、お気をつけて』

 ソウジロウと別れると、スイは地下通路に戻り、なるべく音を立てずに足速に牢の前を通り抜ける。地下通路から屋敷の中に入り、奴隷部屋に戻ると深く長く息を吐いた。
 
『(……呻き声が耳から離れない)』

 パパ、ママ。たすけて。
 連れてこられる前に孤児院にいたならば、夢で伸ばした手の先にいるであろう両親は、生死がどちらだろうと現実では助けに来てくれない。
 夢の中でさえ苦しみ続ける子ども達は、起きれば残酷な現実を突き付けられる。寝ても覚めても安らぎの時間は無く、徐々に希望と共に心がすり減っていくのだ。

『(早く助けたいのに、まだ何も出来ない……!)』

 牢の鍵も、外に連れ出す準備も出来ていない。今すぐに助けられないと解っていても、そこに捕らえられている子達を放って行き来するのは心苦しかった。

『(……私は、恵まれていたんだ)』

 親と離れて独りになっても、拾って育ててくれる人達に出会えた。充分な衣食住と、生きていくのに必要な経験や知識をくれた。尊厳を尊重し、沢山の愛情を注いでくれた。
 知識として知ってはいたが、それが当たり前では無い境遇で生きている子達を見て、そんな世界が本当にある事を実感した。

『コハク』

《何だ?》

『動くべき時が来たら、思いっきり此処を壊そう。ディアやエトマ、地下の子達を苦しめる所なんか全部壊して、悪い人達を皆捕まえるんだ』

 激しい怒りとやるせなさが綯い交ぜになる。窓の無い部屋に光は届かなかったが、屋敷の外で雷が落ちた音が轟いた。






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