拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第五章 再会

拾われ子の怒り ―雷霆―

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『…………?』

 真夜中にスイは眼を覚ました。何となく、まだ朝まで時間がある気がして何も考えずにぼーっとする。
 また眠ろうと意識が沈みかけた所で、ピンと張った糸を微かに弾かれたような感覚を覚えて眼を開けた。
 
『?』

 思えば、眼が覚めたのも同じ理由だった気がすると身体を起こす。髪を触るともう寝癖が出来ていて、撫で付けていると耳が極々小さな音を拾った。

『(……何だろ。さっきからの違和感はこれのせいかな……?)』

 耳を澄ませて音に集中する。音が発生している事を確かめ、それが何の音なのかを探った。

『(……人の声?)』

 高い声だ。女性の声に思えるが、何と言っているかまでは聞き取れない。
 それなのに、胸がざわついた。
 エトマが眠っている事を確認して、スイは声を潜めて影の中のコハクを呼ぶ。

『……コハク、起きてる?』

《何だ?》

『何処かから女の人の声が聞こえる気がするんだけど、コハクにも聞こえてる?』

 影から出てきたコハクは、耳を頻りに動かすと頷いた。

《聞こえる、鳴き声だ。ザーズリーの声も聞こえるな》

『泣き声? 誰か泣いてるの?』

《人間も鳴くだろ。交尾の時に》

『……。あれ鳴き声じゃないと思うけど……まぁいいや』

 旅の中で、スイとコハクは不本意ながら性行為の場面に出くわす事が何度かあった。
 宿の隣室ならば建物の中だからまだ良いが、町の裏路地で致す者達もいれば、町の外で茂みや木の影に隠れて交合う者達を見たのも一度や二度ではない。

『(大きな商会の会長だから、自分が行かずに娼婦を来させる事も出来るのかな……)』

 胸騒ぎが気になるが、二度寝しようかと枕に頭を預けた所でコハクの言葉にスイは勢いよく起き上がった。

《クローディアの声も聞こえるぞ》

『っ!?』

《三人だ。一人はザーズリー。一人、誰かわからない声があるけど、もう一人はクローディア》

『場所は?』

《ザーズリーがいつも寝てる部屋だ。鳴いてるのはクローディアじゃないけど、行くのか?》

『行く』

《そういう所を見ても、首を突っ込むなって何度も言われて来たのにか?》

 シュウト、シンシア、アレックス、イザベラ、フリーデ。旅を始める前には、レイラからも忠告されていた。
 旅の中で性行為の場面に出くわしても、見なかったふりをするように。合意なら言うまでもないが、合意で無いのなら首を突っ込んではならない。
 誰かを助けようとして、スイ自身が襲われる可能性があるのだから、と。

『…………そうだけど、いつもコハクは手伝ってくれた』

 何度も忠告されていたが、スイは従わなかった。
 モンスターだけではなく、盗賊にも襲われている人がいれば助けるのがハンターだ。
 盗賊は人間だ。暴漢だって、人間だ。
 盗賊なら助けに入って、暴漢なら首を突っ込むなと言うのはおかしな話だとスイは納得出来ず、非合意の行為と認識した時は助けに入った。

《そうだな。スイを守るのは、シュウともクロエともザクロとも約束したし、何より、それがオレの役目だから》

 忠告者達の予想通り、逆恨みでスイが狙われる事はあった。だが、その都度コハクが牽制、時には通り名に相応しい活躍をした甲斐もあって、スイが被害に遭った事は無い。

『……皆が言う事も解ってる。でも、私は旅に出るって決めた時に、もしかしたらそんな目に遭うかもしれないって事も覚悟したんだ』

 自分が弱ければ負ける。モンスターにも、人間にも。
 負けた結果、どうなっても全て自分の責任だとスイは割り切っているつもりだ。
 万が一の時に備えて、レイラからも避妊薬や堕胎薬の調合と、同様の効果を持つ無属性魔法を教えられており、アイテムポーチの中に自作の薬も常備している。
 幸いにも自分の為に服用した事は無いが、旅の中で何度も調合するくらいには消費され、作り慣れてしまった。

『……今回も、力を貸してほしい』

 ふん、と鼻で溜息を吐いたコハクは頷く。

《いいよ。でも、後でバレてシュウ達に怒られても知らないからな》

『コハクが言わなければ――』

《シンシアにはいつか言うからな。オレの言葉解るし》

『うっ……わ、解ったよ。じゃあ、行こう』

《うん、任せろ》

 部屋の隅まで行くと、コハクの背中を借りて天井裏まで上がる。ザーズリーの寝室部屋は、仕事部屋を挟んで奴隷部屋の反対側だ。
 近付くに連れて男女の声は大きく聞こえるようになった。女の嬌声が、クローディアの声とは違う事に少しだけ安堵したが、気配は確かにある。

『(早く、早く……!)』

 狭い天井裏では動きが制限される。目的がクローディアの救出となった以上、欺き続ける事は不可能となった。最早隠密は無駄な事とスイは判断し、速さ重視の移動に切り替える。
 気付かれて見張りが来る前にとザーズリーの私室へ急ぐと、真上に着くと同時に一際高い嬌声が聞こえた。

「ほぅら、気持ち良さそうだっただろう? 何も怖い事なんて無い」

「あ……あぅ……」

 座り込んでいるクローディアは、後退りながら首を左右に振った。呼吸は荒く、眼の焦点は定まっているか怪しい。
 全裸のザーズリーは、ベッドの上からクローディアへ声を掛ける。

「身体が疼くんだな? 破瓜の痛みを感じなくなるように強い薬を飲ませたからなぁ」

「や……だ……やだ……助けて……パパ、ママ……」

「そのパパとママの為に頑張るって決めたのはクローディアだろう?」

「う……」

 迷いを見せたクローディアを、ザーズリーは尚も追い込む。

「これも身に付けるべき教養のひとつだよ、クローディア。どうしても嫌だって言うならば、やめても良い。ただ、エトマやスイレンが君の代わりにお勉強・・・する事になるがね」

『!?』

 歳下思いの優しい心を持つ少女に、自らの意思で従うよう唆す悪魔の囁き。

「……そ、それは……ダメ……。あたし……あた、しが、ちゃんとやるから……やります、から……。ふたりには……おなじこと、しないで……」

「あぁ、良い子だね。クローディア。さぁ、服を脱いでベッドにおいで」

「……は、い……」

 一糸まとわぬ姿となり、ザーズリーの元へ向かうクローディアは心の痛みと身体の疼きで涙を流している。
 淫行へクローディアをいざなうザーズリーを、スイは最早人間とは思えなかった。

『――――』

 熱が、頭と全身へ広がる。魔力を封じる呪いを、吹き飛ばさんとばかりに体内で魔力が膨らんでいく。
 霊力は激流となって急速に全身を巡り、スイは血が沸騰しているような感覚を覚えた。
 ハンターである事、これまでの旅の軌跡、これまで出会った人達との想い出――すぐ側にいるコハクの事さえも、スイの頭の中からは消え去った。あるのは、唯一つ。
 ザーズリーへの、雷霆の如き怒り。

『――――――!!!』

 スイの視界が、意識と共に白く染まった。
 時間にして僅か数秒。
 だがこの数秒間の記憶は、スイの中から生涯失われたままとなる。

『――――…………』

 意識を取り戻した時、スイはザーズリーの部屋に降りていた。
 クローディアは床にへたりこんで呆然としており、ベッドの上ではザーズリーと女が鬼でも見るかのような眼をスイに向けている。
 三人とスイの間には、屋根から一階の床まで大穴が貫通していた。
 焦げたにおい、鳴り止まぬ雷鳴、屋敷内の喧騒。
 それらをぼんやりと認識しながら、スイは怒りの眼差しをザーズリーに向ける。
 その額に薄らと樹枝のようなものが二本ある事に、コハクだけが気付いていた。

 
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