龍と墜ちた拾われ子

蒼居 夜燈

文字の大きさ
277 / 315
第五章 再会

拾われ子の怒り ―雷霆―

『…………?』

 真夜中にスイは眼を覚ました。何となく、まだ朝まで時間がある気がして何も考えずにぼーっとする。
 また眠ろうと意識が沈みかけた所で、ピンと張った糸を微かに弾かれたような感覚を覚えて眼を開けた。
 
『?』

 思えば、眼が覚めたのも同じ理由だった気がすると身体を起こす。髪を触るともう寝癖が出来ていて、撫で付けていると耳が極々小さな音を拾った。

『(……何だろ。さっきからの違和感はこれのせいかな……?)』

 耳を澄ませて音に集中する。音が発生している事を確かめ、それが何の音なのかを探った。

『(……人の声?)』

 高い声だ。女性の声に思えるが、何と言っているかまでは聞き取れない。
 それなのに、胸がざわついた。
 エトマが眠っている事を確認して、スイは声を潜めて影の中のコハクを呼ぶ。

『……コハク、起きてる?』

《何だ?》

『何処かから女の人の声が聞こえる気がするんだけど、コハクにも聞こえてる?』

 影から出てきたコハクは、耳を頻りに動かすと頷いた。

《聞こえる、鳴き声だ。ザーズリーの声も聞こえるな》

『泣き声? 誰か泣いてるの?』

《人間も鳴くだろ。交尾の時に》

『……。あれ鳴き声じゃないと思うけど……まぁいいや』

 旅の中で、スイとコハクは不本意ながら性行為の場面に出くわす事が何度かあった。
 宿の隣室ならば建物の中だからまだ良いが、町の裏路地で致す者達もいれば、町の外で茂みや木の影に隠れて交合う者達を見たのも一度や二度ではない。

『(大きな商会の会長だから、自分が行かずに娼婦を来させる事も出来るのかな……)』

 胸騒ぎが気になるが、二度寝しようかと枕に頭を預けた所でコハクの言葉にスイは勢いよく起き上がった。

《クローディアの声も聞こえるぞ》

『っ!?』

《三人だ。一人はザーズリー。一人、誰かわからない声があるけど、もう一人はクローディア》

『場所は?』

《ザーズリーがいつも寝てる部屋だ。鳴いてるのはクローディアじゃないけど、行くのか?》

『行く』

《そういう所を見ても、首を突っ込むなって何度も言われて来たのにか?》

 シュウト、シンシア、アレックス、イザベラ、フリーデ。旅を始める前には、レイラからも忠告されていた。
 旅の中で性行為の場面に出くわしても、見なかったふりをするように。合意なら言うまでもないが、合意で無いのなら首を突っ込んではならない。
 誰かを助けようとして、スイ自身が襲われる可能性があるのだから、と。

『…………そうだけど、いつもコハクは手伝ってくれた』

 何度も忠告されていたが、スイは従わなかった。
 モンスターだけではなく、盗賊にも襲われている人がいれば助けるのがハンターだ。
 盗賊は人間だ。暴漢だって、人間だ。
 盗賊なら助けに入って、暴漢なら首を突っ込むなと言うのはおかしな話だとスイは納得出来ず、非合意の行為と認識した時は助けに入った。

《そうだな。スイを守るのは、シュウともクロエともザクロとも約束したし、何より、それがオレの役目だから》

 忠告者達の予想通り、逆恨みでスイが狙われる事はあった。だが、その都度コハクが牽制、時には通り名に相応しい活躍をした甲斐もあって、スイが被害に遭った事は無い。

『……皆が言う事も解ってる。でも、私は旅に出るって決めた時に、もしかしたらそんな目に遭うかもしれないって事も覚悟したんだ』

 自分が弱ければ負ける。モンスターにも、人間にも。
 負けた結果、どうなっても全て自分の責任だとスイは割り切っているつもりだ。
 万が一の時に備えて、レイラからも避妊薬や堕胎薬の調合と、同様の効果を持つ無属性魔法を教えられており、アイテムポーチの中に自作の薬も常備している。
 幸いにも自分の為に服用した事は無いが、旅の中で何度も調合するくらいには消費され、作り慣れてしまった。

『……今回も、力を貸してほしい』

 ふん、と鼻で溜息を吐いたコハクは頷く。

《いいよ。でも、後でバレてシュウ達に怒られても知らないからな》

『コハクが言わなければ――』

《シンシアにはいつか言うからな。オレの言葉解るし》

『うっ……わ、解ったよ。じゃあ、行こう』

《うん、任せろ》

 部屋の隅まで行くと、コハクの背中を借りて天井裏まで上がる。ザーズリーの寝室部屋は、仕事部屋を挟んで奴隷部屋の反対側だ。
 近付くに連れて男女の声は大きく聞こえるようになった。女の嬌声が、クローディアの声とは違う事に少しだけ安堵したが、気配は確かにある。

『(早く、早く……!)』

 狭い天井裏では動きが制限される。目的がクローディアの救出となった以上、欺き続ける事は不可能となった。最早隠密は無駄な事とスイは判断し、速さ重視の移動に切り替える。
 気付かれて見張りが来る前にとザーズリーの私室へ急ぐと、真上に着くと同時に一際高い嬌声が聞こえた。

「ほぅら、気持ち良さそうだっただろう? 何も怖い事なんて無い」

「あ……あぅ……」

 座り込んでいるクローディアは、後退りながら首を左右に振った。呼吸は荒く、眼の焦点は定まっているか怪しい。
 全裸のザーズリーは、ベッドの上からクローディアへ声を掛ける。

「身体が疼くんだな? 破瓜の痛みを感じなくなるように強い薬を飲ませたからなぁ」

「や……だ……やだ……助けて……パパ、ママ……」

「そのパパとママの為に頑張るって決めたのはクローディアだろう?」

「う……」

 迷いを見せたクローディアを、ザーズリーは尚も追い込む。

「これも身に付けるべき教養のひとつだよ、クローディア。どうしても嫌だって言うならば、やめても良い。ただ、エトマやスイレンが君の代わりにお勉強・・・する事になるがね」

『!?』

 歳下思いの優しい心を持つ少女に、自らの意思で従うよう唆す悪魔の囁き。

「……そ、それは……ダメ……。あたし……あた、しが、ちゃんとやるから……やります、から……。ふたりには……おなじこと、しないで……」

「あぁ、良い子だね。クローディア。さぁ、服を脱いでベッドにおいで」

「……は、い……」

 一糸まとわぬ姿となり、ザーズリーの元へ向かうクローディアは心の痛みと身体の疼きで涙を流している。
 淫行へクローディアをいざなうザーズリーを、スイは最早人間とは思えなかった。

『――――』

 熱が、頭と全身へ広がる。魔力を封じる呪いを、吹き飛ばさんとばかりに体内で魔力が膨らんでいく。
 霊力は激流となって急速に全身を巡り、スイは血が沸騰しているような感覚を覚えた。
 ハンターである事、これまでの旅の軌跡、これまで出会った人達との想い出――すぐ側にいるコハクの事さえも、スイの頭の中からは消え去った。あるのは、唯一つ。
 ザーズリーへの、雷霆の如き怒り。

『――――――!!!』

 スイの視界が、意識と共に白く染まった。
 時間にして僅か数秒。
 だがこの数秒間の記憶は、スイの中から生涯失われたままとなる。

『――――…………』

 意識を取り戻した時、スイはザーズリーの部屋に降りていた。
 クローディアは床にへたりこんで呆然としており、ベッドの上ではザーズリーと女が鬼でも見るかのような眼をスイに向けている。
 三人とスイの間には、屋根から一階の床まで大穴が貫通していた。
 焦げたにおい、鳴り止まぬ雷鳴、屋敷内の喧騒。
 それらをぼんやりと認識しながら、スイは怒りの眼差しをザーズリーに向ける。
 その額に薄らと樹枝のようなものが二本ある事に、コハクだけが気付いていた。

 
感想 18

あなたにおすすめの小説

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

畑の隣にダンジョンが生えたので、農家兼ダンチューバーになることにした件について〜隠れ最強の元エリート、今日も野菜を育てながら配信中〜

グリゴリ
ファンタジー
 木嶋蒼、35歳。表向きは田舎で農業を始めて1年目の、どこにでもいる素朴な農家だ。しかし実態は、内閣直轄の超エリート組織・ダンジョン対策庁において「特総(特別総括官)」という非公開の最高職を務める、日本最高峰の実力者である。その事実を知る者は内閣総理大臣を含む極少数のみ。家族でさえ、蒼が対策庁を早々に退庁したと信じて疑わない。  SSSランクのテイムスキルと攻撃スキル、SSランクの支援スキルと農業スキルを18歳時に鑑定され、誰もが「化け物」と称えたその実力を、蒼は今日も畑仕事に注ぎ込んでいる。農作物の品質は驚異的に高く、毎日の収穫が静かな喜びだ。少し抜けているところはあるが、それもご愛嬌——と思っていた矢先、農業開始から1年が経ったある朝、異変が起きた。  祖父母の旧宅に隣接する納屋の床に、漆黒に金の縁取りをしたゲートリングが突如出現したのだ。通常の探索者には認識すらできないそれは、蒼だけが見えるシークレットプライベートダンジョン——後に「蒼天の根」と呼ばれることになる、全100階層の特異空間だった。  恐る恐る潜ったダンジョンの第1層で、蒼は虹色に輝くベビースライム「ソル」と出会い、即座に従魔として契約。さらに探索を進める中でベビードラゴンの「ルナ」、神狼種のベビーシルバーウルフ「クロ」を仲間に加えていく。そしてダンジョン初潜入の最中、蒼の体内に「究極進化システム」が覚醒する。ダンジョン内の素材をエボリューションポイント・ショップポイント・現金へと変換し、自身や従魔、親しい者を際限なく強化・進化させるこのシステムは、ガチャ機能・ショップ機能・タスク機能まで備えた、あまりにもチートじみた代物だった。  蒼は決める。「せっかくだから配信もしよう」と。農家兼ダンチューバーという前代未聞のスタイルで探索者ライセンスを取得し、「農家のダンジョン攻略配信」を開始した彼の動画はじわじわと注目を集め始める。  そんな中、隣のダンジョンの取材にやってきたのが、C級探索者ライセンスを持つ美人記者兼ダンチューバー・藤宮詩織だった。国際探索者協会の超エリート一家に生まれながら自らの道を切り開いてきた彼女は、蒼の「農家なのになぜかとても強い」という矛盾に鋭い鑑定眼を向ける。  隠れ最強の農家配信者と、本質を見抜く美人記者。チート級の従魔たちが賑やかに囲む日常の中で、二人の距離は少しずつ縮まっていく。ダンジョン攻略・農業・配信・ガチャ・そして予期せぬ大事件——波乱と笑いと感動が交錯する、最強農家の新米配信者ライフが、今幕を開ける。

家族に忘れられていた第五王子は愛され生活を送る

りーさん
ファンタジー
 アズール王国の王宮には、多くの王子や王女が住んでいる蒼星宮という宮がある。  その宮にはとある噂が広まっていた。併設されている図書館に子どもの幽霊が現れると。  そんなある日、図書館に出入りしていた第一王子は子どものような人影を見かける。  その時、父である国王にすら忘れられ、存在を知られていなかった第五王子の才覚が露になっていく。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※