龍と墜ちた拾われ子

蒼居 夜燈

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第五章 再会

拾われ子への新たな依頼

 ザーズリーを捕らえた翌日。スイは数日ぶりに商人見習いでも奴隷でもなく、ただのスイとして眼を覚ました。
 眼を擦ると窓の外に眼を向け、顔を出し始めた太陽をぼーっと眺める。

『(……快適だなぁ……)』

 監視されずにシャワーを浴びられる事も、身体を拘束されない事も、窓がある部屋で寝起き出来る事も。
 自分にとっての当たり前が当たり前である事、自分が比較的自由な生活が出来ている事にスイは幸福を感じると共に、そうじゃない人達がいる事を知った今は複雑な気分にもなる。

「(……?)」

 スイは胸に違和感がある事に気付いた。圧迫感と言うべきか、少し重いような、押されているような感覚。

『(……ま、いっか。着替えよう)』

 小さな違和感だからその内消えるだろうと考え、スイは洗面道具を出すと、洗面所に向かう前にコハクに声を掛けた。
 野宿した時はすんなり起きる方だが、コハクは宿で寝ると寝起きがあまり良くない。

《……くぁぁー……》

 大きな欠伸をすると眼をしょぼしょぼさせ、先程までのスイと同じようにぼーっとしている。
 コハクの眼がしっかり覚めるまでの間、スイは歯磨きと洗顔を終えると着替えを済ませた。アイテムポーチを腰につけ、その中にハンターの証を入れる。
 ブルルルルルと言う音が聞こえたのでそちらを向けば、周りに毛を舞わせているコハクが身体を伸ばしていた。

『おはよう、コハク。眼、覚めた?』

《うん。おはよう、スイ》

『ご飯食べたらギルドに行こう。メクダードさんに昨日の事を報告しないと』

 部屋を出ようとした所で、ドアがノックされた。返事をして開けると予想通りソウジロウが立っている。

「おはようございます、スイ様。お身体の具合は如何ですか?」

『おはようございます。元気なので、ご飯を食べたらギルドに行ってきます』

「それはようございました。ギルドへは私めもお供致します」

 二人と一匹、揃って食堂に向かう。
 オーナーが持ってきた朝食を、手を合わせてから食べ始めたスイが眼を瞬かせた。ソウジロウ、次にコハクへと視線を向けて何か考えたようだったが、止めていた手を動かして完食した。

「スイ様、おかわりをお持ちしましょうか?」

『いえ、お腹いっぱいなので大丈夫です』

「左様でございますか」

 立ち上がったスイに、コハク、ソウジロウも続いて宿を出る。大きな町なだけあって、早い時間帯でも開いている店があり、往来する旅人らしき姿もちらほら見える。

『…………』

 目線、声音、表情。擦れ違う旅人や、挨拶をくれる店主達に同様の言葉を返しながら、スイは無意識にそれらを探っている事に気付いて、やめた。
 ハンターズギルドに入ると受付に直行する。ハンターの証を見せて名乗ると、事務所にいたらしく直ぐにメクダードが出てきた。

「よく来てくれた。こっちへ」

 メクダードは支部長室へスイ達を連れていくと、テーブルを挟んで向かい合わせに立つ。

「ハンターズギルド、セイナン支部長のメクダードだ。依頼を指名しておきながら、挨拶が遅れた事を詫びる」

 白髪に、白く長い髭、皺の多い顔。身長は、小柄なソウジロウよりもやや低く、一見するとハンターよりも魔導師に近い風貌だ。
 ゆっくりと話す声には穏やかさがあり、ソウジロウはメクダードに、昨日よりも柔和な印象を受ける。
 だが、スイは自然と背筋を伸ばして、差し出された手を握っていた。スイがこれまで会ったどのハンターズギルド支部長よりも高齢だが、どの支部長よりも眼光が鋭い。
 同等の鋭さを有していた人を、スイは一人だけ知っている。

『初めまして。Bランクハンターのスイです。此方こそ、報告が遅れて申し訳ございません。昨日は此方の要望を聞いてくださり、ありがとうございました』

「厄介な依頼をしたのは此方だ。気にしなくて良い。立ったまま話すのもなんだから腰掛けてくれ」

 三人共ソファーに座ると、コハクはスイの傍らに伏せた。

『これらが違法売買の証拠品です』

 スイとソウジロウは、昨日ザーズリーの仕事部屋から押収してきた証拠類を全てテーブルの上に出す。山に積まれたそれらの内、数枚の契約書をメクダードは手に取った。

「……十四歳、十三歳、十二歳……十歳。気が知れんな」

『……あの、昨日助けた三人や、お屋敷の地下にいた子達はどうなりましたか?』

「あぁ、先にそれを教えるべきだったな。地下の子達は別の孤児院に移される。勿論、その孤児院は院長、職員、環境すべてに問題無い事を予め確認済みだし、先方も受入れを快諾してくれた。精神的なケアも重点的に行ってくれるそうだ」

 守られる筈の場所から拐かされてきたのだ。心の傷が深い子もいるだろう。地下の子達が安心出来る場所になってくれれば良いと思う。

「次に性奴隷にされていた少女だが、依存症状が出ていてな。心身共に充分な治療が必要と判断された。孤児院に行くか職業を斡旋するかはいつ治療が終わるかによる」

 媚薬は長期間継続して使ったり、効能の強いものを使うと依存してしまう事がある。
 今回、ザーズリーの寝室で使われていたのは媚薬に加工する前の媚毒であり、身体への影響が大きなものだった。
 どれ程の期間服用させられていたのかわからないが、早期完治をスイは願う。

「それと、金髪の少女……クローディアと言ったか。ザーズリーの悪行が露わになり、これらの証拠から更に奴の罪が重くなる事は確実。商会長自身の犯罪だし、そもそも金利が違法だ。借金は帳消しになるだろう。正式にその判断が下るのはもう少し掛かるだろうが、彼女自身は奴隷の身分から解放されて、数日以内に家族の元に返される事が決まった」

『! 良かった……』

「最後にエトマと言う少女だが……君の予想通りだった」

 スイがソウジロウに託した簡易報告書。その最後に書いた、スイからギルドへの調査依頼にメクダードは早急に対応していた。その結果は。

「西大陸にいるジュリアンとリリアナ夫妻の実子であり、八年前に行方不明になっている子だと判明。現在は十二歳だ。そして夫妻の生死についてだが、二人とも存命である事がオアシスのハンターズギルドから確認が取れた。これにより、エトマも家族の元に帰される」

『ありがとうございます……! 良かった……!』

 二人とも生きている。二人の元へエトマを帰す事が出来る。
 安心感と嬉しさに、スイは泣きそうな顔で微笑った。

「そこでだ。すまないがハンタースイ、再度君を指名して依頼をしたい」

『! 内容は?』

「西大陸のオアシスの町まで、エトマの護衛をしてほしい。両親にはギルドを通して帰す事になるので、正確にはハンターズギルド、オアシス支部までの護送となる」

『それは構いませんが指名、ですか? 私よりも適任がいそうだと思うんですが……』

「エトマが男を怖がってしまう為、殆どのハンターが護送人の候補から外れてしまうのだ。女ハンターは君以外にもいるが、西大陸までの旅路となると実力に些か不安がある」

 セイナンの町から西大陸までとなると、旅慣れた者大人の脚でも三ヶ月強は掛かる。エトマを連れて歩くとなると、それ以上の日数が掛かるのは明白だ。
 その間、モンスターに襲われる事も考えると最低でもCランク程度の実力があり、エトマを守り切れる者でなければならない。
 ドラゴンとも戦える仲間ソウジロウを連れ、アサシンレオウルフを従魔として持ち、本人もBランクハンターであるスイが最も適任だとメクダードは判断したという訳だ。

「それによく知らぬ者より、数日でも共に過ごした君の方がエトマの精神的負担も少なかろう」

『解りました。この依頼、請負います』

「助かる。勿論相応の額の報酬を支払わせてもらう。手続きはしておくから、到着次第オアシス支部で受け取ってくれ。君にばかり負担を掛けてすまないが、よろしく頼む」

 話が纏まり、スイは旅の準備をする為に立ち上がる。ソウジロウもそれに倣ったが、その眼をメクダードへと向けた。

「ひとつ、メクダード殿に問いたい」

「何だ?」

「ザーズリーについてだ。奴は今後どうなる?」

「奴隷になるのは確実だ。刑期は未定だが、やった事がやった事だからな。十中八九、無期奴隷になるんじゃないかと儂は見ている。公的に信頼のあるBランクハンター自ら潜入しての逮捕と証拠の押収に加え、ハンターズギルドが指名しての依頼遂行だ。町長も此方側だからな。位の高い貴族でも邪魔立ては出来んし、させん」

 貴族の手を借りて不正に自由になるという事は無さそうだ。
 スイ個人としても絶対赦せない人物なので、最期まで奴隷であれば良いと思っている。

「ハンタースイ。君には心からの賛辞と感謝を贈る」

『ありがとうございます』

「……これは、儂個人の独り言だがな」

 そう呟いて、二人から視線を外したメクダードは窓へと目を向けると、誰にともなく話し出した。

「……方針に倣うとは言え、個人的には反吐が出る思いだ。爛れていると容易く予想出来る場所に子どもを送り入れるのも、それを提案してきた奴にも」

 吐き捨てるような言い草は、言葉通りの心境を表しているようだった。

「…………」

 平和の為に使えるものは何でも使う。目的の為ならば私情を挟まない。
 ハンターズギルドの方針は、つまりそういう事だ。
 影の一族のそれも、ギルドのと酷似している。スイが関わっている為にギルドに対して多少思う事はあるが、ソウジロウはその考え自体を否定する気はない。

「(支部長には、こういう者もいるのだな)」

 一々気にしていては、支部長など務まらないだろう。
 ギルドの方針を理解してはいるが、不満を募らせるメクダードにソウジロウは人情味を感じた。

「……行きましょう、スイ殿。旅の準備をせねば。それではメクダード殿、我々は失礼する」

「うむ。オアシスまでの護送、頼んだぞ。あぁ、それとハンタースイ」

 何事も無かったかのように出ていこうとするソウジロウに戸惑いながら、スイはメクダードに顔を向けた。

『は、はい』

「……今更にはなるが、マリクとレイラ殿の事を心からお悔やみ申し上げる。奴とは、現役時代によく一緒に呑んだものだ。歳が近いのもあったからな……」

 スイは一人納得した。
 眼光の鋭さに、マリクを思い出したのはそういう事だったのだと。
 現役を退き、老いてなお失われないハンターの精神に、スイはこの世代のハンターと言うものの在り方を見た気がした。

『……ありがとうございます』

 頭を下げ、スイは支部長室の外へ出るとソウジロウと並んで歩く。
 その横顔を、そっとソウジロウは窺う。スイの顔には、よく見ると薄ら隈が出来ていた。

「(……孤児院の外で会ったのが深夜だった事を考えると、連日睡眠を削って動かれていたのだろう)」

 昨夜、医療ギルドでの診察結果や宿に戻る途中で聞いた話から、身体だけでなく精神的にも負担が掛かった事が窺える。

「(屋敷に落ちた雷の威力と霊力の凄まじさから、龍神化していた可能性もある。今夜も早めにお休みいただかねば)」

 スイ自身は髪や身体を少し触られただけだと話していたし、医療ギルドの女性治癒士からも疲労が目立つ以外の異常は身体には無いと聞いている。
 しかし、ソウジロウ龍の一族に仕える者にとって、この事実は瑣末な事では片付けられない。

「(……調べておくか)」

 ギルドを出ると、町は昼の活気に包まれていた。よくよく聞くと、ザーズリー商会の話も混ざっている。
 ソウジロウはその中に聞き覚えのある音を聞き、切れ長の眼を更に細めた。
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