龍と墜ちた拾われ子

蒼居 夜燈

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第五章 再会

拾われ子の新事実

 「ま、待ってください! 落ち着きましょう! ハンタースイがくらったのは致死毒の方ではないのでは? スサナ、致死毒はどちらの尾だった?」

 フアンの言葉に皆が冷静さを僅かに取り戻す。答えを待っていると、スサナは未だ慌てながらも「黒紅色の毒」だと答えた。

「ハンタースイ。くらったのは黄色の麻痺毒の方ですよね? 黒紅色の毒では無いです……よ、ね……?」

『…………』

「顔を背けないでください……!」
 
 更に重苦しくなった空気の中、黙っていたシュウトが出口に向かいながら振り返った。

「とりあえず、急いで医療ギルドから治癒士を連れてくる。専門家に診てもらう方が確実だ」

『それなら直接私が行――』

 一歩踏み出したスイの左手首をフアンが掴み、怪我をしていない右腕をスサナが両腕で抱き締めて止める。

「ハンタースイは此処にいてください!」

「被毒者なんですよ!? 動いちゃ駄目です!」

「……そう言う訳だ。今平気でもこの後急変する可能性がある。スイは此処で大人しくしていろ」

『ハイ』

 自分以外の全員の言っている事が正し過ぎて、ぐうの音も出ない。治癒士が来るまで絶対安静を言い渡されたスイは用意された椅子に座った。

《気持ち悪いとか苦しいとか、どっか痛いとかも無いのか?》

『うん、全然無いよ。あの時も今も、死にそうな感覚どころか痺れも無いから毒をくらった気はしてないんだけど……』

 腕や肩を動かして元気である事を表すスイの頭を、セオドアが押さえつける。

「動くなって言われたばかりだよな?」

『ハイ』

 釘を刺されたスイは、大人しく椅子に座って待つ。十分も経たずにドアが開くとシュウトが入ってきて、その後ろから老人が顔を見せた。

「バイロン殿!」

「やぁ、セオドア。話は聞いているよ。そちらのお嬢さんが急患だね?」

「あぁ。すまない、よろしく頼む」

「はいはい。さて、お嬢さん。私は医療ギルドのバイロンと申す者だ。手を出してくれるかい?」

『はい。スイと申します。よろしくお願いします』

「持って生まれた属性は、水と風、無属性で間違いないね?」

『はい』

 スイと向かい合って椅子に座ったバイロンは、シュウトから聞いた事前情報を確認すると、スイの右手を両手で包んで診察を始める。
 光の魔力で包まれているスイは、研究室が静まり返っている事に気付いた。顔だけ動かして周囲を見ると、研究員達は直立不動でスイとバイロンを見守っている。
 診断結果を待つにしても、緊張しすぎではないかと思っているスイにセオドアがバイロンを紹介した。

「バイロン殿はオアシスの医療ギルド支部長であり、西大陸一の現役治癒士だ。そんな御人が自ら診察に来たとなれば、一研究員の立場だと緊張もするもんだ」

『!』

「そう持ち上げんでくれ。老体に重圧プレッシャーを掛けるもんじゃない。……ふむ、終わったよ」

「重圧とは一体……?」

 早々に診察を終えた事にスサナが茫然としていたが、バイロンに眼を向けられて背筋を伸ばす。

「スイがくらったという毒は何処にある?」

「え、あ、け、研究室にありますが……」

「案内してくれ。毒液をシャーレに分けてほしい。スイの状態についても説明するから全員着いておいで。それと、ハンターシュウ」

 皆が研究室に向かう中、バイロンはシュウトを呼び止めた。
 医療ギルドに来た時から振舞いは静かながらも気が立っているシュウトに、バイロンは穏やかな笑みを浮かべる。

「先に言うと、スイは大丈夫だ。心配なのは解るが落ち着きなさい。さ、君もおいで」

「……解った」

 全員が防毒装備を着けて研究室に入る。少々狭いが皆それを気にする様子は無く、毒液を持つバイロンに各々緊張の面持ちで眼を向けた。

「これが例のモンスターの致死毒か。どれ」

「「!?」」

 バイロンは自分の人差し指の腹をナイフで斬ると、毒液の入っているシャーレに血を何滴か落とした。慌てふためく研究員達を笑って宥め、すぐに治癒魔法で傷を塞ぐ。

「ふむ、もう反応し始めた。これが致死毒なのは間違いないね」

 シャーレの中の血液は、球形となってぷるぷると揺れている。その様子にスイは眼を丸くした。

『スライムみたい……』

まさしく。これが体内で起きれば、極短時間で死んでしまう。故に致死毒と言われるのだが……平然としている通り、スイの体内の血は固まっていなかった。被毒していない」

 室内に安堵の空気が流れる。表情を緩めたスサナだったが、頬に手を当てて首を傾げた。

「ハンタースイが引っ掻かれた時、毒が溜まっていなかった……訳はないんですよね。獲物を仕留める為にも、毒がある状態で襲った筈ですし、実際毒液を抽出する際もすぐに出来ましたし」

「毒はあったんだろう。あったけれど、スイが体内で打ち消したんだ」

「「致死毒を……!?」」

 薬も使わずに体内で無毒化出来るとなると、かなり特殊な例だ。フアンとスサナ、研究員二人が声を揃えて訊ねるとバイロンは頷く。

「スイは非常に高い毒耐性を持っている。致死毒を無効化出来る程のね。スイ、試しに君も毒液に血を垂らしてみなさい」

『はい』

 別のシャーレに用意された毒液に、スイも血を垂らした。バイロンのように凝固はせず、液体の形状を保っている。色も毒液の影響を受けずに元のままだ。

「本当だ……!」

『……でも私、何度か毒で死にかけてますよ? 三年前とか、去年も異常個体アノマリーの猛毒で死にかけましたし。あ、でも媚毒は平気だっ――』

「媚毒? 何処でだ? 誰に使われた?」

「……例の奴隷商の時か?」

『は、はい……。私には、効かなかったんですけど……』

 急激に気配を鋭くしたシュウトに、研究員達が青い顔で萎縮したのを見てセオドアが肩を叩き、落ち着くよう言外に伝える。
 あまりの鋭さにスイですらも怖気付きながら答えると、セオドアが大袈裟に戸惑って見せた。

「て言うかお前、砂漠の猛毒使いデザートポイズナーやこの個体だけじゃなく、他の異常個体にも遭ったのか……?」

《コカトリスとバジリスクの複合異常個体で、猛毒と石化の呪いを使う奴だったぞ》

『(あぁぁぁぁぁ)』

 真後ろから突き刺してくる二人と一匹の視線に、スイの背中を冷や汗が流れる。視線の集中攻撃をくらっているスイに、バイロンは笑いながら説明を始めた。

「元は違ったと言うなら、そうやって何度も猛毒をくらった事がきっかけとなったのだろう。生き残ろうとする本能で身体が猛毒に順応し、致死毒を無効化する程の強い耐性を得たんだ。無くはないけれど、かなり珍しい例だね」

「よ、良かったぁ……!」

「……それはそれでハンタースイに興味が湧きますね……」

「…………」

「やめとけよ?」

「も、勿論です! 僕はモンスターの研究者ですし!!」

 無言で僅かに刀を抜いて見せた現役Bランクハンターと、それを呆れた顔で見ながら二人に対して忠告するハンターズギルド支部長に、フアンが全力で首を縦に振る。
 何にせよ、スイが無事である事は証明された。セオドアは安堵の溜息を吐き、バイロンに顔を向ける。

「バイロン殿、態々御足労いただいた事に感謝する。安心した」

「構わないよ。被毒の疑いがある者を動かすのは良くない。それに、耐性まで診れる治癒士は少ないからね。この老人の力が助けになったのなら、私も嬉しい」

「そう言ってくれると有難い」

『……あ、診察代を』

 アイテムポーチに手を入れたスイを、バイロンを手で制止すると穏やかな顔をスイからシュウトへ向けた。

「もうハンターシュウから受け取っているよ。あぁ、でもスイ。君に伝えたい事がある」

『?』

「毒の影響は無いが、栄養不足が気になる。今の君にこんな事を言うのは酷だが、出来るだけご飯を食べるように。今くらいの年頃は、特に食事が大事だからね」

『……はい』

 診察の際、スイの不調に気付いたのだろう。治癒魔法では治せない為、バイロンはすまなそうに忠告をしたがスイが返事をすると自身も頷いた。

「それでは、私はギルドに戻るよ」

『ありがとうございました』

 バイロンが出て行くと、研究員を残してスイ達も研究室から退室する。ギルドのロビーに繋がる通路を歩いていると、先頭を歩いているセオドアが「そう言えば」と振り向いた。

「シュウは今、町管理の空き家を宿にしてるんだったな」

「あぁ」

 支部長が使用状況を把握するのは当然だが、何か問題でもあるのかとシュウトは視線で問い返す。

「スイも一緒なんだろ?」

『? はい』

 首を傾げるスイに、セオドアは更に質問を重ねた。

「……空き家に一緒に泊まる意味はあるのか? 他の宿屋でも良かったと思うが」

「スイを知ってる者が今のスイを見たら心配するだろう。飯の問題もある。暫く人から離れて静かに過ごす為に、俺が借りている家を勧めたんだ」

「まぁ、そうだろうな。支部長室で話を聞いて、そんな所だろうとは思ってた」

「……何故そんな事を訊いた?」

 質問の形を取ってはいるが、答えは予想がついているのだろう。
 通路に氷の魔力が広がり、急激に冷えていく。コハクが尻尾を挟み、スイが慌ててシュウトの腕を掴んで宥めようとするが魔力が消える気配は無い。
 ハラハラしているふたりに気付いたシュウトがそれぞれの頭の上に手を置いたが、ゴーグルの奥の眼は鋭いままだ。

「よからぬ想像をする奴等もいるって事だよ。頭に入れておけ。まぁ、ハンター達に関しては俺から上手く説明しとく」

「…………」

「おい、妙な真似するなよ。俺の仕事を余計に増やされるのも困るが、何よりもスイが悲しむぞ」

『……シュウトさん』

 未だに怒りを隠そうとしないシュウトの腕に触れ、スイは遠慮がちに見上げる。叱られた事はあっても、殺気を抱くほど怒るシュウトを見慣れないスイは、酷く落ち着かない心持ちだ。

『ゴーグルを外して説明しませんか? セオドアさんには話しておいた方が良いと思うんですが……』

「……俺の眼の色を知ってる奴を増やしたくはないんだが……やむを得ないか。スイの名誉には代えられん」

 言葉の意味をセオドアは理解出来なかったが、それを訊ねる前にシュウトは結論を出してゴーグルを外した。露わになった燐灰石の双眸に、セオドアは目を見開いてスイと交互にシュウトを見る。

「その眼……」

「スイの血縁者だ。叔父と姪にあたる」

「……そんな話、三年前は一言も言わなかったじゃねぇか」

『私が忘れていたから、言わなかったんです。でも確かに、シュウトさんは私の叔父様です。ずっと小さい頃に家にいたのも、よく遊んでもらったことも思い出しました』

「……そうか。それ、他の奴等が知っても大丈夫か?」

「出来る限り伏せてくれ。知らせる相手を選ぶ必要がある」

『…………?』

 言葉の真意を知りたかったが、気を立てている今のシュウトに訊くのは憚られた。

「解った。悪かったな。後で詫びるよ、三年前に奢れなかったのも併せてな」

「……その謝罪、受け取ろう」

 氷の魔力が消える。少しずつ戻ってくる暑さに、スイもコハクもホッと息を吐いて表情を緩めた。

「シュウも暫くオアシスに滞在するのか? って言うか、するよな?」 

 そんな状態のスイを一人にしないよなと、確認の意味でセオドアが訊けばシュウトは当然とばかりに頷く。

「あぁ、これからはスイと一緒にいる。オアシスにいる間も、旅に出てからもな」

「なら良かった。……まだ十三歳だからな」

 Bランクハンターであり、ハンターズギルドの方針で成人扱いしていると言っても、スイは心身共に成長途中だ。
 守り支えてくれる者が傍にいてくれた方が、セオドアとしても安心出来る。

「……ハンターズギルド支部長が、そんな発言して良いのか?」

「良いさ。今此処にはお前らしかいないからな。俺個人の独り言を聞かれた所で、痛くも痒くもない」

 歩き出したセオドアの後ろに続きながら、シュウトはその背中に声を掛ける。

「……この町のハンターが荒くれ者のようにならず、住人達とも良い関係を築けてるのはアンタが支部長だからだろうな。本部長を目指してみたらどうだ?」

「俺に本部長は務まらんし務める気も無い。俺はオアシスが好きなんでな。此処から出る時は、俺が死んで世界に還る時だ」

 ハンターズギルド支部長は町を守る為、時に非情な決断を下さなければならない。そんな立場にいながら、情に厚いセオドアだからこそ慕う者達もいる。

『セオドアさん、格好良いです……!』

「だろ。もっと褒めてくれて良いぞ」

 スイだけではない笑い声が後ろから聞こえてきた事に、セオドアの顔にも笑みが浮かんだ。
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