龍と墜ちた拾われ子

蒼居 夜燈

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第五章 再会

拾われ子と宴

『準備出来ました』

《オレも》

「よし、なら行くか」

 太陽が沈む少し前、スイ達は宿として借りている家を出てオアシスの中心部へと向かった。
 今日はスイの上位ハイランク昇格の祝賀会だ。リリアナがスイと交流のある者達に声を掛け、ジュリアンが自慢の腕を奮って料理を振舞ってくれる事になっている。

『ジュリアンさんとリリアナさんとエトマと……後はセオドアさんかな? 今日誰が来るか、シュウトさんは知っていますか?』

「知っている。が、着いてからのお楽しみだ」

 そう言われて唇を尖らせたスイとは反対に、シュウトの唇は弧を描いている。
 不満気に『むぅ……』と唸ったスイだが、ジュリアンの言葉を思い出すと表情が明るくなった。

『コハクの分は大きな肉を用意してるって言ってたね』

《うん。ジュリアン、良い奴だ》

 美味い肉である事を期待しているコハクは尻尾を左右にゆっくりと揺らしている。
 他愛無い話をしながら歩いて丁度日没となった頃、スイ達は宿屋ブレスの前に着いた。ドアには変わらず「長期休業中」の札が掛けられている。今入れるのは祝賀会の招待客だけだ。
 スイがドアをノックすると、間を置かずにジュリアンが姿を見せた。

『こんばんは、ジュリアンさん』

「こんばんは、スイちゃん。さ、シュウとコハクも入って」

 招かれてブレスの中に入ったスイは、食堂の前で足を止めた。深夜以外は常に全開になっているダブルドアは、夕方の今としては珍しい事に閉じられている。

「スイちゃん、開けて入ってくれる?」

『私がですか?』

 頷いたジュリアンから、スイはシュウトに眼を向ける。相変わらず家に居る時以外はゴーグルをつけているが、シュウトは穏やかな表情でスイの両肩に手を置いた。

「今夜の主役はスイだぞ。ほら」

 促されてドアノブを回して少しだけ開け、両手で押してドアを全開にする。

「「「Bランク昇格おめでとう!!」」」

『!!』

 大きく、高低様々な声が建物内に響き、目を見開いたスイは食堂にいた面々へ順番に眼を向けた。
 リリアナとエトマ。ハンターズギルド関係者はカテリナ、ニーナ、セオドアだけでなくウィルベスターも来ている。その隣には、若い二人の男がいた。
 見覚えのある色彩と気配だが、記憶の中よりもだいぶ大人びた姿にスイは確かめるように二人の名を呼ぶ。

『……エルムと、ネイト?』

「そうだよ。良かったぁ、覚えててくれて……!」

「ほら、俺が言った通りだろ! 久しぶりだな、スイ!」

 椅子から立ち上がった二人がスイに駆け寄る。ネイトは勿論だが、殆ど身長の変わらなかったエルムはスイよりも背が高くなっており、見下ろされた事と声が低くなっている事にスイは驚いた。

『エルム、背伸びたね……! 声も変わってる……』

「うん。でもスイも凄く背伸びたと思う。それに……っ」

『?』

「な、何でもないよ」

 慌てて首を左右に振ったエルムを不思議に思いながらも、スイはネイトを見上げる。

『ネイトも前より大きくなったね』

「かなりな。三つ上の兄貴と身長同じなんだぜ。にしても、誰が集まるかスイには秘密にするって話だったのに、思ったより驚いてないじゃん。もしかして誰かから聞いてたのか?」

『え。……うぅん、聞いてないよ』

「嘘つけ」

『本当だよ。誰からも聞いてない』

 真っ直ぐに見つめてくるスイの眼は、嘘を吐いているようには見えない。
 だが、ネイトは予想よりもスイが大人しい反応だった事が不満なようで更に詰め寄った。

「さっきの『え』は何なんだよ。どう見ても知ってる反応だったろ」

『…………えぇっと』

「ま、スイちゃんはハンターだしねぇ」

「「「そうだな」」」

 ジュリアンが出した助け舟に、現役ハンターであるウィルベスターとシュウト、元ハンターのセオドアが声を重ねて肯定する。
 首を傾げているエルムとネイトに、頬杖をついているウィルベスターがスイの代わりに答えた。

「気配探知をスイが出来ねぇ訳無ぇわな。ドア開ける前には気付いてだろ」

「あっ!? くっそ、そうかぁ……!」

 苦笑いを浮かべるスイは何も言わないが、その表情が是非を物語っている。
 ドアを開ける前に気付いてしまったので二人の前では反応が薄くなってしまったが、カテリナやニーナ、ウィルベスターまで来ているとは思っていなかった。
 更に言えば、ネイトとエルムまでいる事に驚きもしたのだが、それを言うとネイトが拗ねてしまいそうなのでスイは絶対に言わないつもりでいる。

「言われてみればそうだね……。全然思いつかなかった……」

「落ち込むのはそのくらいにして座りなさいな。主役を立たせたままにするもんじゃないわよ?」

「やべ、そうだな」

 ネイトとエルムが自分の席に戻ると、スイもリリアナに招かれてエトマの隣に座る。
 繋ぎ合わせてひとつの大きな長方形となったテーブルに全員が着くと、それぞれのグラスに酒か果実水のどちらかが注がれた。全員分に注ぎ終わると、セオドアがジョッキを掲げる。

「じゃあ、主役も来た事だし全員揃ったので始めるか。スイのBランク昇格とオアシス帰還を祝って、そして更なる活躍を祈願して……乾杯チェアーズ!!」

 乾杯!! と全員の声が重なる。セオドアとウィルベスター、そしてネイトも一気にジョッキを空にした。

「かぁー! 美味ぇ!!」

「全くだ、各別だなぁ……!」

「うまっ! 祝い事の時に飲む酒、うまーっ!」

『(ネイトがお酒飲んでる……!)』

 三年前は未成年だったネイトは今、十七歳になっている。酒を飲み慣れている様子に、スイは驚愕と羨望の眼を向けた。

「さ、料理は沢山あるから遠慮せずにどんどん食べてちょうだい! コハクはこっちね」

《! ありがとな!》

「……事前には聞いてたけど、慣れないとびっくりするわね」

 念話でのお礼に、ジュリアンは苦笑いを浮かべる。
 どんと大きな肉が置かれたが、コハクは眼を輝かせるだけだ。スイが食べない内はコハクも食べようとしないので、手を合わせてから目の前に置かれている肉と豆のスープをスイが一口食べると、コハクも大きな口を開けて肉に齧り付いた。

《美味い! これかなり美味いぞ!》

 機嫌良く食べているコハクから前へと顔を向けると、丁度ジュリアンが新たに一皿料理を置いた所だった。好きな物を好きなだけ取って食べる形式なので、スイは手始めに自分の近くにある料理を必要な分だけ皿に取る。
 数種類ずつの料理が乗った皿に、ワクワクしてきたスイは息を吹きかけてからグラタンを一口含んだ。

『はふっ…………!!』

 まだ熱かったが、予想以上の美味さにスイもコハクのように眼を輝かせる。一生懸命に噛んで飲み込むと、左側に座っているシュウトへ顔を向けた。

『シュウトさん! このグラタン、すっごく美味しいです!』

「(従魔があるじに似たのか、主が従魔に似たのか……)」

 二人の後ろで生肉のブロックを食べているコハクと反応が同じである。本音は心に秘めたまま、シュウトは相槌を打つと勧められたグラタンを自分の皿に取った。
 それからは、各々料理を楽しみながら時々席を移動しての歓談である。
 最初にテーブルを埋め尽くす程料理を運んでからは、時々空になった大皿を下げて新たな料理を持ってくる以外はジュリアンとリリアナも料理と会話を楽しんだ。
 エトマも、両隣には常に女性か、セオドアとジュリアンの内の誰かが座っているので殆ど怯えずに参加出来ている。

「まさかこんな早く上位に上がるとはなぁ。三年で同格になるたぁ、恐れ入ったぜ」

『ありがとうございます。約束通り、ウィルさんが世界に還るまでに追いつきました』

「物覚えの良いこった。今度一緒に仕事してみるか」

『はい! ぜひお願いします』

 ウィルベスターと合同で依頼を請負う約束をして。

「スイちゃん背伸びたよね! 私追い付かれそう……というより、将来的に追い越されそう……!?」

「今の時点でポリーより背が高いですからね。スイさんはまだ伸びるでしょうし、ニーナを越す可能性は高そうです」

「ふええ……感慨深いけどちょっと悲しい……!」

「私と同じくらいになるかもしれませんね」

『カテリナさんと同じくらい……! 私、もっと牛乳飲みます!』

 ニーナやカテリナと身長談義をして。

「……前科有りの特殊個体トロールに殺されかけたが再戦で倒して、複合異常個体アノマリーを猛毒くらいながら呪いを弾いて倒して、大襲撃スタンピード堕龍フォーレンドラゴンを相手に最前線で戦い続けて倒して、また異常個体と思しきモンスターを単独討伐とか、なんつーか……」

「………………スイ」

『私、悪くないですよね!? 何でそんな眼で見るんですか!』

 感心二割、呆れ八割の視線をセオドアとシュウトから向けられ。

《貴族の子どもと、王都の王子と友達になってたぞ》

「……は!? 貴族だけでもアレなのに、王子!?」

「スイ、詳しく話しなさい」

「……なんつー人誑しだよお前……」

『え? え? コハク……っ! えっと……えぇっと……!! 』

 更に、十割になったセオドアの呆れの視線と、叔父から凄みのある圧を向けられながら経緯を説明して。

「スイ、こっちとこっちのも食べてみて!」

「この実を一緒に食べてぷちっとした食感と爽やかな辛味を楽しむのも良いし、潰してちょっと時間を置いてから食べるのも辛味がしっかり染み込んで美味しいよ」

『…………!!』

「ふふ、スイちゃんはどっちが好みかしら?」

『どっちも好きです……!』

 エトマのイチオシ料理を、リリアナからオススメの食べ方を教えて貰い、眼を輝かせてジュリアンを見上げる。
 集まった人達と再会を喜ぶスイだが、一番会話に花を咲かせたのはこの二人とだった。

「スイ、結構痩せたんじゃない……? 大丈夫?」

「もっと食えよ。これもこれも、ほら」

『へ、減らない……!』

 エルムに体調を心配され、ネイトに料理を大量に盛られる。食べて減らすとすかさず盛ろうとしてくるネイトを制止して、皿の三分の一程を空けるとスイは果実水を飲んで一息ついた。

『ふはぁ……。ネイトはもうお酒飲めるんだよね』

「おう。とっくに成人したからな。たまに父さ……親父とも飲んでるぜ」

「(親の呼び方に格好付けたがる年頃か)」

「(青いなぁ)」

「(若いわねぇ)」

「な、何だよ!? そんな眼で見んなよ、ハッキリ言えよ!」

 年長の男性陣に生暖かい眼で見られ、羞恥にネイトが騒ぐ。そんなネイトを皆と一緒に笑うエルムに、スイは眼を向けた。

『エルムも何だか変わったね。ちょっと落ち着いたと言うか……自信がついたように見えるよ』

「あ、うん。スイがオアシスを出ていってから、周りの人にも僕の属性がバレたんだけど、スイやネイトみたいに皆変わらずに接してくれて……「僕は僕で良いんだ。後ろめたい思いをしながら生きなくても良いんだ」って思えてからは気が楽になったんだ」

「エルム、今魔導師の勉強してるんだぜ」

『え、そうなの?』

「勉強って言えるのかな……? 最初は、魔導師の人からちょっと話を聞かせてもらったり、もう使わないからって貰った魔法書を読んだりしてるだけだったし……」

「それでもこの間、火の下級魔法使えてただろ。危うく火事になりかけたけど」

『……大丈夫だった?』

 乾燥して風も吹いている砂漠地帯で、火は禁物だ。オアシスの建物は石材が多いが、道具や食材を扱う店の場合は天幕が主流である。一度火がついてしまうと、燃え広がるのは造作もない。
 怒られなかったのかと暗に伺うと、エルムは俯いて沈んだ声を出した。

「……小火ボヤで済んだけど、すっごい怒られた……。魔導師ギルドの支部長にも怒られたんだけど、素質はあるから十五歳になったら王都の魔導学校に推薦してくれるって言ってくれて……。今は支部長が忙しくなければ週に二回、魔法の基礎について教えてもらってる」

「え、マジで?」

 魔導師ギルドの支部長直々に教えてもらっている事は知らなかったのだろう。ネイトは傾けようとしていたジョッキを置いて、エルムを凝視する。

『凄いね。再来年は見習い魔導師だ』

「うん。両親が僕以上に喜んでくれて、学校に行く為の費用を貯めてくれてるんだ。本当に有難くて……僕、入学したら一生懸命勉強して立派な魔導師になろうと思ってる。それで、卒業して一人前の魔導師になったら……」

 顔を上げたエルムの首元で、三年前にネイトが作ってくれたエンブレムが揺れた。

「三人で冒険しようね」

『……うん!』

「当たり前だ。約束だからな」

 エールを飲んだネイトはジョッキを置くと目を伏せ、溜息を吐いた。

「つっても、いつになるかだよなぁ……」

「ごめん、僕が一番遅くなるけどなるべく早く卒業するから……」

「そうじゃない。問題はスイだ」

『「え?」』

 スイもエルムも心当たりが無く、首を傾げている。もう一度ジョッキを傾けて中身を空にすると、ネイトはスイを指さした。

「コイツ! もうBランクなんだぞ!? 一緒に冒険するのに俺らどんだけ頑張らなきゃならないんだ!」

「……た、確かに……」

 ハンターも冒険者も魔導師も、異なる職業同士パーティを組むのは禁止されていない。
 ダンジョンに潜るのは勿論、誰か一人が請けた依頼を手伝う事も可能だ。だが、一件の依頼に二人以上で取組む場合、全員のランクが二段階以上離れていない事が条件と規則で決まっている。
 エルムが既に魔導師になっていると仮定し、三人で依頼を請けるとした場合、Bランクのスイに合わせなければならない為、ネイトとエルムは最低でもCランクに到達している必要があるのだ。

「俺、冒険者になって二年経つのにまだDだぞ!? お前昇格すんの早すぎるだろ!」

 スイはハンターになって三ヶ月でDランクに達した。それを基準に考えていたネイトは、冒険者になった事でスイの昇格速度がどれだけ異常なのかを思い知らされた。
 ハンターと冒険者では依頼内容が異なる為、一概に比べられるものではないと解ってはいるが、A評価を取り続ける事の難しさを突きつけられている。

「僕、まだ魔導師にもなってないからなぁ……」

 スイやネイトと違い、エルムはスタートラインにすら立てていない。長い道程に遠い目をしていたエルムだが、ハッとするとスイに眼を向けた。

「思ったんだけど……」

「ん?」

「僕が最低でもCランクになるまで、十五歳から数年は掛かるでしょ?」

「そうだな。俺はもう少し早くCに上がれる……と思う、けど、多分……」

「でもその間もスイはハンターとして活躍する訳で……」

「そりゃそうだろ。 ……あっ!?」

 エルムの言いたい事を理解したネイトの視線と声に、サンドフィッシュのフライを幸せそうに食べていたスイの肩が跳ねた。

「俺らが漸くCランクに上がった時、スイがAランクになってる可能性があるって事じゃんか!」

『………………』

「こら、眼逸らすな! 黙々とサンドフィッシュとポテトを食うな!」

 食堂に賑やかな声が響いた。
 表情豊かに皆と話すスイに、コハクはおかわりした肉を齧りながら嬉しそうに尻尾を揺らし、シュウトも安心した表情でジョッキを傾ける。
 暫くの間、各々が料理と会話を楽しんでいたが、宴が終わりに差し掛かった頃、ジュリアンがセオドアに声を掛けた。

「セオドア、頼んでいた物は持ってきてくれた?」 

「あぁ。ほら」

 ジュリアンは一枚の書類を受け取ると、リリアナとエトマと一緒にスイの隣に立った。不思議そうに見上げてくるスイに笑いかけると、テーブルの上のスペースを少し空け、拭いてから書類を置く。

『……護送指名依頼書?』

 署名を貰う為にセオドアに預けていた書類だが、身元引受人の署名欄には何も書かれていない。
 リリアナが持ってきていたインクとペンをテーブルの上に置くと、ジュリアンがペン先にインクを付けて名前を書き、リリアナもそれに続く。最後に、ペンはエトマに渡された。

「んと……エ……ト、マ……。ママ、これで合ってる……?」

「うん、間違えずに書けてる」

「ふふー、出来た!」

「スイちゃん、お待たせしてごめんね。確かにエトマを送り届けてくれた事を、私達三人の名前をもって証明するわ。ハンターズギルド支部長も、問題無いわよね?」

「あぁ。確かに見届けた」

 流麗な「ジュリアン」。丸みを帯びた「リリアナ」。大きさも形も歪な「エトマ」。三者三様の筆跡で記された名前と、そこに込められた想い。

『……私も、確かに受け取りました』

 護送指名依頼はこれで遂行となる。
 悩み苦しみながら旅をした半年間だったが、無事にエトマを送り届けられた事に、スイは喜びと達成感を覚えながら三人に笑顔を向けた。


 
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