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第二章 中央大陸
拾われ子に伝えられた意図
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「さて……では、話しましょうか」
家に戻ってきたスイとシンシアはリビングのソファーに、コハクはスイの側の床に前脚を揃えて伏せた。
お茶の用意でキッチンに立っていたクロエが、二人の前にハーブティーを入れたティーカップを置く。
クロエに礼を言って、なるべく脚を動かさないようにそうっと手を伸ばしたスイはハーブティーを一口飲むと、胸に染み渡った温かさに、無意識に長く息を吐いた。
「私達がスイとコハクを襲った理由。それはふたつあります。ひとつは、今のあなた達の本気がどれ程なのか知りたかったから」
『それなら、あんなやり方しなくても……!』
「本気で戦おうとしても、人は無意識に力を抑えてしまう生き物です。特別な感情や、関係にある人を相手にする時は特に」
ハーブティーを嚥下して、シンシアは話を続ける。
「スイ。殺す気でかかってきなさいと私に言われたら、あなたはそうする事が出来ましたか?」
『……っ』
「そういう事です。もうひとつの理由は、限られた選択肢の中であなたが非情な決断を下せるのかを確かめたかったから」
『非情な決断……?』
「簡単な話です。スイの前に立ちはだかった敵が知り合い、例えば仲間や身内だった時、あなたは相手を容赦無く斬れるのか……」
胸を、見えない刃で貫かれたような錯覚をスイは覚えた。じくじくと胸が痛む。
『……どうして……』
「かつての仲間に裏切られる……無くはないのですよ。スイの命を狙って襲ってきた相手が、あなたが信を置く人……例えば、西大陸でお世話になったシュウと言うハンターやオアシス支部長であったとしたら、あなたはどうしますか?」
群青色の双眸がスイを見据える。
「ハンターとして情に囚われずに殺せるのか、それとも個人の感情に囚われて自身や相棒の命を危険に晒すのか……私との戦いの様に」
『…………!?』
「嫌な言い方をすれば、命の優先順位がつけられるのかとも言えるでしょうね」
『そんな事出来ま――』
「しなければならない時が来ます。ハンターとして、これからも生きていくならば絶対に」
スイの言葉を遮ったシンシアの声は、有無を言わせない強さがあった。
「戦いに身を置く者は遅かれ早かれ、その決断を迫られる時が来ます。研究の道に進み、ギルドからの要請時にしか戦闘に出なかった私でさえ、それを経験してきたのですから」
眼を合わせていられず、スイはシンシアの顔から手へと視線を落とした。今の心情を表すかのように、スイの眼は揺れている。
「実際、十五歳からハンターとして生きたマリク殿からも、何度も辛い決断を迫られたと聞きました。彼と共に生きたレイラ姉様からも」
『……おじいさまと、おばあさまも……』
「スイはきっと私を斬れない。そう思ってはいながらも仕掛けました。王都にいる間に、あなたに足りないものを知ってもらう為に」
シンシアはコハクに眼を向ける。
「あなたの心を傷付けた事とコハクを犠牲にした事は、とても申し訳無く思っています。ですが、決断を下さなければどうなるか、身をもって理解したでしょう?」
『…………はい』
「あなたの戦闘技術は同ランク帯の中ではかなり高い方だと思います。しかし上級者には及ばず、心はまだ弱く脆い。精神の在り方は、時に命に関わります」
『…………はい』
「……スイ。あなたの故郷に、私は心当たりがあるのです」
『えっ?』
急に変わった話とその内容に、スイは顔を上げた。
「あなたの特徴的なそのオッドアイと同じ色の眼を持つ者について、東側の極限られた地域に伝わる話があります。燐灰石の眼を持つ一族と、そこに稀に産まれる翡翠の眼を持つ者の話が」
スイの心臓が大きく跳ねると、鼓動が速まった。
『……それは、何処ですか……?』
「クロエ、地図を持ってきてください」
「かしこまりました」
テーブルの上に世界地図が広げられる。
シンシアの人差し指が東大陸から北東に動き、海を挟んで離れた所にある小さな島を指した。
「東大陸より北東に位置する、通称極東の島国。超高難度地域に指定されている所です」
世界には、五大陸の他に離島が幾つか存在する。
その多くが、大陸よりも外側にある為に強力なモンスターが生息しており、旅人の渡航制限が出されている。一定以下のランクの旅人は、離島へ渡る事が出来ない。
『……その地域に伝わる話とは何ですか?』
「極東の島国は、東大陸よりも世界の端に位置していて、昔から非開放的な事もあり、島に関するあらゆる情報が不確かで量も多くありません。私が知っている事もほんの僅かで――」
『それでも良いです! 教えてください……!』
故郷は恐らく東側ではないか。それ以外に何も解らなかった故郷への手掛かりが此処にある。
縋る声は、焦りと渇望を多分に含んでいた。
「……東のドラゴンを崇め奉る一族がおり、そこに産まれる者は皆、燐灰石色の眼を持つそうです。そして極々稀に、年月にして数百年に一度、翡翠色の眼を持つ者が産まれると……」
『…………!!』
故郷へと繋がる道にスイの眼が喜色を帯びるが、その顔を見たシンシアは眉を下げた。
「……気持ちを落とさせるようで申し訳ありませんが、スイは今すぐに極東の島国へ向かう事は出来ません」
『! な、何でですか……!?』
「先程言った通り、極東の島国は世界の端に位置します。生息するモンスターが危険過ぎる故に元々渡航制限が出されていたのですが、近年、極東の島国は危険度が格段に上がった事で制限が厳しくなったのです」
「昔はCランク以上が条件でしたが、数年前からBランク以上に引き上げられました」
クロエの補足にスイは口を開けたが、言葉には出さずに呑み込んだ。非難を口にした所で、この二人に言っても意味が無い。
「……だから、あなたを試したのです」
シンシアは冷めたハーブティーを飲み干した。
「今、極東の島国は世界でも最高難度の危険地域となっています。今日のハルピュイアの移動も、極東の島国の異変との関係や何か大きな変化の前兆と判断されれば、東大陸自体が渡航制限の対象となるかもしれません」
『でも、渡航制限の条件に定められたランクを満たしていれば渡る事は出来るのでは……?』
「だから危険なのです。条件のランクにさえ達していれば良いと言う事は、必要な技術や心構えが不足していても渡れると言う事。私は、今のあなたにそれらがあるのかを知りたかった」
クロエがシンシアのカップに温かいハーブティーを注ぐ音が、静かな空間にやけに大きく聞こえた。冷めていたスイの分も温かい物と交換される。
「結論を述べると、ランクについては言うまでもありませんが、今のあなたには技術も心構えも足りていません。極東の島国は勿論ですが、風属性のあなたと地属性のコハクでは東大陸の外側に行く事も危うい」
『…………っ』
スイは唇を噛む。せっかく見えた故郷への手掛かりが、果てしなく遠い。
「スイ」
名を呼ばれて、スイはシンシアを見る。優しく暖かでありながら、芯の強さを感じさせる眼と視線がぶつかった。
「あなたの心の強さについては、あなた自身が自分と向き合う他ありません。ですが、戦闘技術に関してならば私やクロエが力になる事が出来ます」
『…………!』
「急ぎたい気持ちはあるでしょうが焦りは禁物です。暫く此処に留まって強さを身につけなさい。此処での修行が、故郷への旅に役立つ筈です」
『……は、い……』
今すぐに向かいたい。制限があると解っていてもそう叫ぶ心を押さえつけて、スイは頷く。
『……ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします……!』
膝に置いた手を強く握り締めて、スイは交互にシンシアとクロエに眼を向けた。
「ええ、よろしくお願いします」
「微力ながら、私もスイ様の為に力を尽くします」
二人の奇襲には酷く動揺した。心は痛み、突きつけられた課題は難しいけれど、それは自分の為だった。厳しいけれど、優しさに変わりは無い。
二人が本当に敵となった訳では無かった事に、スイは心から安堵した。
その横で、コハクがクロエを見上げる。
《……オレにも、修行をつけて欲しい》
「元々そのつもりです。あなたが……いえ、お前が強くなれば、その分スイ様の生存率も上がりますから。それに、お前には覚えてもらわなければならない事もあります」
《……? どんな事か解らないけど、助かる》
重かった空気が、やっと和らいだ。スイはカップに手を伸ばした所で、シンシアの視線に気がついた。それはスイの太腿に向けられている。
「それで……その子はどうしましょうか」
『あ』
太腿の上で横になって寝ている赤い鳥の存在を、スイは漸く思い出した。
「……鳥は普通立ったまま寝ますが、余程安心しているのでしょう。人に飼われている鳥は稀にそうする個体もいるようですから……」
クロエが珍しく戸惑っているような声を出した。繁殖で増えた改良種だが、元々半分はモンスターなので完全に野性を失っている姿に困惑している。
《……スイ、こいつも旅に連れてくのか?》
ちょいちょいとコハクが前足で触れると、メッセージバードは眼を覚まして立った。
「オハヨウゴザイマス、ゴ主人様」
『おはよう、今夕方だけど。どうしようか……』
この赤いメッセージバードは、露店の主人からスイに贈られた個体だ。
助けてもらった礼としてでもあるが、元気が無く殆ど話さなかったのに、スイには懐き話す事からスイに貰われるのが良いと判断しての事だった。
メッセージバードは戦闘に向かないので旅に連れて行くのは難しいが、連れている旅人も少数ながらいる。その個体の性格が旅に向くようであれば、モンスターの襲撃に気をつけさえすれば連れていくのもありだろう。
「まだ暫くスイ達は王都に留まるのだから、結論を出すのは先延ばしにしても良いでしょう。もし連れて行かないとしても、此処で面倒を見れば良いですし」
「エッ」
『……そうします。その時はよろしくお願いします』
「エェッ」
スイと離れる事になると思ったのか、メッセージバードはスイとシンシアを交互に見て不安そうに鳴く。
「ええ。でも名前は無いと不便ですから、早めに付けてあげてください」
『私がですか?』
「あなたに贈られた子ですもの」
『うーーーん……』
《焼き鳥》
「ピャッ!?」
『コハク……。それはちょっと、いや凄く可哀想。……食べちゃ駄目だからね……?』
手でメッセージバードを覆い、コハクの視線から守る。その眼を見て、スイは『あっ』と声を出して考え込んだ。
「どうしました? スイ」
『……シンシア様は、東大陸の言葉には詳しいですか?』
「東大陸の言葉……あぁ、確かに地域によっては独自の言語がまだ残ってましたね。ある程度は解りますよ」
『では、ガーネットは向こうの言葉で何と言うか解りますか?』
スイはコハクの眼を見て、コハクに名付けた時を思い出していた。
「ガーネット……成程、そうですか」
シンシアはスイの意図に気付いたのか、コハクとメッセージバードを見て微笑む。
「確か、向こうではザクロ石と言ったと思います」
『ザクロ……呼びやすいと思うけど、どうかな?』
顔を覗き込んで訊くと、メッセージバードは真紅色の眼を輝かせた。
「ザクロ……今日カラ、ザクロハザクロ……!」
「気に入ったようですね」
『じゃあ、よろしくザクロ』
スイの太腿の上で、ザクロが美しい声で歌うように鳴いた。
家に戻ってきたスイとシンシアはリビングのソファーに、コハクはスイの側の床に前脚を揃えて伏せた。
お茶の用意でキッチンに立っていたクロエが、二人の前にハーブティーを入れたティーカップを置く。
クロエに礼を言って、なるべく脚を動かさないようにそうっと手を伸ばしたスイはハーブティーを一口飲むと、胸に染み渡った温かさに、無意識に長く息を吐いた。
「私達がスイとコハクを襲った理由。それはふたつあります。ひとつは、今のあなた達の本気がどれ程なのか知りたかったから」
『それなら、あんなやり方しなくても……!』
「本気で戦おうとしても、人は無意識に力を抑えてしまう生き物です。特別な感情や、関係にある人を相手にする時は特に」
ハーブティーを嚥下して、シンシアは話を続ける。
「スイ。殺す気でかかってきなさいと私に言われたら、あなたはそうする事が出来ましたか?」
『……っ』
「そういう事です。もうひとつの理由は、限られた選択肢の中であなたが非情な決断を下せるのかを確かめたかったから」
『非情な決断……?』
「簡単な話です。スイの前に立ちはだかった敵が知り合い、例えば仲間や身内だった時、あなたは相手を容赦無く斬れるのか……」
胸を、見えない刃で貫かれたような錯覚をスイは覚えた。じくじくと胸が痛む。
『……どうして……』
「かつての仲間に裏切られる……無くはないのですよ。スイの命を狙って襲ってきた相手が、あなたが信を置く人……例えば、西大陸でお世話になったシュウと言うハンターやオアシス支部長であったとしたら、あなたはどうしますか?」
群青色の双眸がスイを見据える。
「ハンターとして情に囚われずに殺せるのか、それとも個人の感情に囚われて自身や相棒の命を危険に晒すのか……私との戦いの様に」
『…………!?』
「嫌な言い方をすれば、命の優先順位がつけられるのかとも言えるでしょうね」
『そんな事出来ま――』
「しなければならない時が来ます。ハンターとして、これからも生きていくならば絶対に」
スイの言葉を遮ったシンシアの声は、有無を言わせない強さがあった。
「戦いに身を置く者は遅かれ早かれ、その決断を迫られる時が来ます。研究の道に進み、ギルドからの要請時にしか戦闘に出なかった私でさえ、それを経験してきたのですから」
眼を合わせていられず、スイはシンシアの顔から手へと視線を落とした。今の心情を表すかのように、スイの眼は揺れている。
「実際、十五歳からハンターとして生きたマリク殿からも、何度も辛い決断を迫られたと聞きました。彼と共に生きたレイラ姉様からも」
『……おじいさまと、おばあさまも……』
「スイはきっと私を斬れない。そう思ってはいながらも仕掛けました。王都にいる間に、あなたに足りないものを知ってもらう為に」
シンシアはコハクに眼を向ける。
「あなたの心を傷付けた事とコハクを犠牲にした事は、とても申し訳無く思っています。ですが、決断を下さなければどうなるか、身をもって理解したでしょう?」
『…………はい』
「あなたの戦闘技術は同ランク帯の中ではかなり高い方だと思います。しかし上級者には及ばず、心はまだ弱く脆い。精神の在り方は、時に命に関わります」
『…………はい』
「……スイ。あなたの故郷に、私は心当たりがあるのです」
『えっ?』
急に変わった話とその内容に、スイは顔を上げた。
「あなたの特徴的なそのオッドアイと同じ色の眼を持つ者について、東側の極限られた地域に伝わる話があります。燐灰石の眼を持つ一族と、そこに稀に産まれる翡翠の眼を持つ者の話が」
スイの心臓が大きく跳ねると、鼓動が速まった。
『……それは、何処ですか……?』
「クロエ、地図を持ってきてください」
「かしこまりました」
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「東大陸より北東に位置する、通称極東の島国。超高難度地域に指定されている所です」
世界には、五大陸の他に離島が幾つか存在する。
その多くが、大陸よりも外側にある為に強力なモンスターが生息しており、旅人の渡航制限が出されている。一定以下のランクの旅人は、離島へ渡る事が出来ない。
『……その地域に伝わる話とは何ですか?』
「極東の島国は、東大陸よりも世界の端に位置していて、昔から非開放的な事もあり、島に関するあらゆる情報が不確かで量も多くありません。私が知っている事もほんの僅かで――」
『それでも良いです! 教えてください……!』
故郷は恐らく東側ではないか。それ以外に何も解らなかった故郷への手掛かりが此処にある。
縋る声は、焦りと渇望を多分に含んでいた。
「……東のドラゴンを崇め奉る一族がおり、そこに産まれる者は皆、燐灰石色の眼を持つそうです。そして極々稀に、年月にして数百年に一度、翡翠色の眼を持つ者が産まれると……」
『…………!!』
故郷へと繋がる道にスイの眼が喜色を帯びるが、その顔を見たシンシアは眉を下げた。
「……気持ちを落とさせるようで申し訳ありませんが、スイは今すぐに極東の島国へ向かう事は出来ません」
『! な、何でですか……!?』
「先程言った通り、極東の島国は世界の端に位置します。生息するモンスターが危険過ぎる故に元々渡航制限が出されていたのですが、近年、極東の島国は危険度が格段に上がった事で制限が厳しくなったのです」
「昔はCランク以上が条件でしたが、数年前からBランク以上に引き上げられました」
クロエの補足にスイは口を開けたが、言葉には出さずに呑み込んだ。非難を口にした所で、この二人に言っても意味が無い。
「……だから、あなたを試したのです」
シンシアは冷めたハーブティーを飲み干した。
「今、極東の島国は世界でも最高難度の危険地域となっています。今日のハルピュイアの移動も、極東の島国の異変との関係や何か大きな変化の前兆と判断されれば、東大陸自体が渡航制限の対象となるかもしれません」
『でも、渡航制限の条件に定められたランクを満たしていれば渡る事は出来るのでは……?』
「だから危険なのです。条件のランクにさえ達していれば良いと言う事は、必要な技術や心構えが不足していても渡れると言う事。私は、今のあなたにそれらがあるのかを知りたかった」
クロエがシンシアのカップに温かいハーブティーを注ぐ音が、静かな空間にやけに大きく聞こえた。冷めていたスイの分も温かい物と交換される。
「結論を述べると、ランクについては言うまでもありませんが、今のあなたには技術も心構えも足りていません。極東の島国は勿論ですが、風属性のあなたと地属性のコハクでは東大陸の外側に行く事も危うい」
『…………っ』
スイは唇を噛む。せっかく見えた故郷への手掛かりが、果てしなく遠い。
「スイ」
名を呼ばれて、スイはシンシアを見る。優しく暖かでありながら、芯の強さを感じさせる眼と視線がぶつかった。
「あなたの心の強さについては、あなた自身が自分と向き合う他ありません。ですが、戦闘技術に関してならば私やクロエが力になる事が出来ます」
『…………!』
「急ぎたい気持ちはあるでしょうが焦りは禁物です。暫く此処に留まって強さを身につけなさい。此処での修行が、故郷への旅に役立つ筈です」
『……は、い……』
今すぐに向かいたい。制限があると解っていてもそう叫ぶ心を押さえつけて、スイは頷く。
『……ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします……!』
膝に置いた手を強く握り締めて、スイは交互にシンシアとクロエに眼を向けた。
「ええ、よろしくお願いします」
「微力ながら、私もスイ様の為に力を尽くします」
二人の奇襲には酷く動揺した。心は痛み、突きつけられた課題は難しいけれど、それは自分の為だった。厳しいけれど、優しさに変わりは無い。
二人が本当に敵となった訳では無かった事に、スイは心から安堵した。
その横で、コハクがクロエを見上げる。
《……オレにも、修行をつけて欲しい》
「元々そのつもりです。あなたが……いえ、お前が強くなれば、その分スイ様の生存率も上がりますから。それに、お前には覚えてもらわなければならない事もあります」
《……? どんな事か解らないけど、助かる》
重かった空気が、やっと和らいだ。スイはカップに手を伸ばした所で、シンシアの視線に気がついた。それはスイの太腿に向けられている。
「それで……その子はどうしましょうか」
『あ』
太腿の上で横になって寝ている赤い鳥の存在を、スイは漸く思い出した。
「……鳥は普通立ったまま寝ますが、余程安心しているのでしょう。人に飼われている鳥は稀にそうする個体もいるようですから……」
クロエが珍しく戸惑っているような声を出した。繁殖で増えた改良種だが、元々半分はモンスターなので完全に野性を失っている姿に困惑している。
《……スイ、こいつも旅に連れてくのか?》
ちょいちょいとコハクが前足で触れると、メッセージバードは眼を覚まして立った。
「オハヨウゴザイマス、ゴ主人様」
『おはよう、今夕方だけど。どうしようか……』
この赤いメッセージバードは、露店の主人からスイに贈られた個体だ。
助けてもらった礼としてでもあるが、元気が無く殆ど話さなかったのに、スイには懐き話す事からスイに貰われるのが良いと判断しての事だった。
メッセージバードは戦闘に向かないので旅に連れて行くのは難しいが、連れている旅人も少数ながらいる。その個体の性格が旅に向くようであれば、モンスターの襲撃に気をつけさえすれば連れていくのもありだろう。
「まだ暫くスイ達は王都に留まるのだから、結論を出すのは先延ばしにしても良いでしょう。もし連れて行かないとしても、此処で面倒を見れば良いですし」
「エッ」
『……そうします。その時はよろしくお願いします』
「エェッ」
スイと離れる事になると思ったのか、メッセージバードはスイとシンシアを交互に見て不安そうに鳴く。
「ええ。でも名前は無いと不便ですから、早めに付けてあげてください」
『私がですか?』
「あなたに贈られた子ですもの」
『うーーーん……』
《焼き鳥》
「ピャッ!?」
『コハク……。それはちょっと、いや凄く可哀想。……食べちゃ駄目だからね……?』
手でメッセージバードを覆い、コハクの視線から守る。その眼を見て、スイは『あっ』と声を出して考え込んだ。
「どうしました? スイ」
『……シンシア様は、東大陸の言葉には詳しいですか?』
「東大陸の言葉……あぁ、確かに地域によっては独自の言語がまだ残ってましたね。ある程度は解りますよ」
『では、ガーネットは向こうの言葉で何と言うか解りますか?』
スイはコハクの眼を見て、コハクに名付けた時を思い出していた。
「ガーネット……成程、そうですか」
シンシアはスイの意図に気付いたのか、コハクとメッセージバードを見て微笑む。
「確か、向こうではザクロ石と言ったと思います」
『ザクロ……呼びやすいと思うけど、どうかな?』
顔を覗き込んで訊くと、メッセージバードは真紅色の眼を輝かせた。
「ザクロ……今日カラ、ザクロハザクロ……!」
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