128 / 302
第三章 北大陸
拾われ子とトロール討伐隊
しおりを挟む
ベルゲはすぐにロビーにハンター達を集め、未知のモンスターの正体を明かした。その名を知っている者の多くが表情を強ばらせる。
「トロール……!?」
「まさか……いくら危険地域が近いとは言え、此処まで南下してくるとは思えないが……」
「スイとテオバルド殿によって作成されたこの絵は、トロール以外の何者でもない。体毛の色が通常種と異なり、しかし通常種から大きく離れた外見では無い事から特殊個体と見ている。通常種の枠を超えたモンスターは予想外の動きを見せる。三年前の事件も、今回の事も納得出来る」
ハンター達の騒めきが大きくなる。スイの背中を嫌な汗が流れた。
『トロールって、もっと北の方にいる危険度B+のモンスターじゃ……』
「流石スイ。よく知っているね」
隣に立っているアレックスがトロールについて説明する。
「危険地域の中央から北側に生息していて、イエティの上位種とも言われてる。でも通常種は体毛が常緑色って言うのかな、結構暗い緑色なんだ。だから今回スイが遭ったのは多分特殊個体。推定危険度は特殊個体でも通常種と同じ場合があるけど、油断しない為にもAランク帯と思っていた方が良いだろうね」
アレックスの説明を聞いていたハンターの一人が、引き攣った顔で呟く。
「……Aランクとかドラゴンと同等だぞ。討伐出来んのかよ、そんなの……」
重苦しい空気が満ちていくが、それに反してアレックスは普段と変わらない声音でベルゲに訊ねる。
「でも、放置するなんて選択肢は無いんだよね?」
「無い。現時点で町周辺の生態系が乱れ始めている上、今後は旅人の被害増加や、町の平和も脅かされる可能性がある。早急にこいつを討伐しなければならない」
「で、でもよ支部長。いまシーバシュタットにいるハンターで、推定Aランクと戦えるのはBランクのイグナーツさんや、アレックスぐらいだろ。今すぐにはどうにも出来ねぇんじゃねぇか?」
「そもそも、スイ坊が山から落ちてからは誰もまだトロールを発見してない。倒す倒さない以前に、居場所がわからない」
「問題山積みじゃねぇか……」
打つ手が無く、ハンター達の間に不安の色が広がる。アレックスは腕を組んで考え込み、スイは自身の力不足を歯痒く思っているとコハクの耳が動き、小さく鳴いた。
『? どうしたの、コハク』
《門の方が煩い。怪我した誰かが戻ってきたみたいだ》
『えっ……!?』
スイの声につられて、アレックスを含む近くにいたハンター達の眼がスイとコハクに向く。
どうしたのか訊かれ、スイがコハクから聞いた事をそのまま伝えると、ロブと言う名のハンターが扉を開けて外の様子を見に行った。
そして少しの間を置いて、慌てた様子でギルド内に駆け込んで来た。
「や、やられた! 調査に出ていた奴等が例のモンスターに襲われて壊滅したそうだ! オリヴェルだけがボロボロになって戻ってきた……!」
「「「!?」」」
ギルド内に激震が走り、一気に緊迫した空気に包まれる。
「オリヴェルは何処に?」
「も、門の前で倒れてる! まだ生きてはいるが、あまり時間は……」
「職員! すぐに医療ギルドに連絡して門に治癒士を向かわせろ!」
『ボクが行きます!』
「スイ!?」
スイがギルドを飛び出し、その後をコハクとザクロが追う。遅れてアレックスもそれに続いた。
門まで走ると、大怪我を負ったオリヴェルが倒れていた。あちこちが広く赤く染まっており、出血が多い事が窺える。数人の衛兵が応急処置を施していた。
「治癒士はまだか!?」
「手首の骨だけじゃなく、多分内臓もやられている! 長くはもたんぞ! もう一度連絡して急がせろ!」
『ボクが治します! どいてください!』
「治癒魔法が使えるのか!? ならば頼む!」
オリヴェルとは何度か話した事があるので属性は知っている。スイは水の魔力を展開し、オリヴェルに治癒魔法をかけた。薄らと青い魔力がオリヴェルの身体に吸い込まれていく。
歪に曲がっていた手首は元に戻り、眼に見える傷は完治したが、回復薬と同じく失った血液までは戻せない。出血量が多ければ、身体の傷は治っていても死んでしまう可能性がある。
『オリヴェルさん、目を覚ましてください……!』
ぺちぺちと頬を叩くと瞼が動き、僅かに瞼が開いた。
『オリヴェルさん! スイです、ボクの声が聞こえますか?』
「……スイ? 戻ってきて、いたのか……怪我は大丈夫か……?」
今は自分の方が危ういのに、他人を心配するオリヴェルにスイの視界が滲んだ。涙を零さないように懸命に堪える。
『ボクは大丈夫です。オリヴェルさんの傷も、治癒魔法で治しましたから、もう少しだけ頑張ってください。治癒士が来ます。ご家族が、弟さんがいるんですから、絶対に死んじゃ駄目ですよ……!』
「……あぁ、そう、だな。スイ……あのモンスターだが……」
オリヴェルは会敵した後の事をスイに説明する。
話し終わると同時に治癒士達が到着し、スイは治癒魔法で傷だけは治した事を伝えた。
「すみません、来るのが遅れたばかりに……。後は私達にお任せください。ご協力、ありがとうございました」
治癒士の一人がスイに礼を述べると、手早くストレッチャーに乗せたオリヴェルを医療ギルドへ運んで行った。
『…………っ』
元気な時の姿を知っているからこそ、治癒魔法をかける前の状態がより酷く見えてしまい、スイの目からついに涙が流れた。
「辛いね。仲間が傷付き倒れる姿は、何度見ても慣れない」
頭上からの声に、スイは顔を向けずに無言で頷く。
「随分と好き勝手やってくれる奴みたいだね……」
『……っ!』
肌が焼けるような感覚に、スイが目を擦ってアレックスを見ると、火属性の魔力が激情によって本物の陽炎のように熱を持って揺らいでいた。アレックスが立っている所を中心に、雪が溶けていく。
「……スイ、戻ろう。オリヴェルとその仲間達が命を懸けて持ち帰った情報を皆に伝えないと」
『はい……!』
スイ達はギルドに戻ると、オリヴェルの傷を治し、後は医療ギルドに任せた事をベルゲに報告した。
「ご苦労だった。何か話は聞けたか?」
『ボクらの時と同じく、気配に気付けずに襲われたようです。あっという間に皆やられてしまい、全員での退避は困難と判断。次の調査や討伐に繋げる為に、残っていた数人が臭気玉を幾つかぶつけ、更に魔法で傷を負わせたとの事です』
オリヴェルの姿を思い出さないようにと、意識すればする程頭の中に瀕死のオリヴェルが浮かび上がる。泣きそうになる自分を叱咤しながらスイは報告を続ける。
『……一番若く、傷も浅かったオリヴェルさんが報告役に選ばれたそうです。ですが、戻ってくる途中で追撃を受けてしまい、大怪我を負ったと言う事でした』
「……探知が難しい存在相手に、大きな成果だ」
「……じゃあ、他の奴等は……」
ロブが悲痛な声を漏らす。スイも目を伏せて同じ事を考えた。
『(……他の人達は、きっともう……)』
遣る瀬無さに、右腕を掴んだ左手に力が入り、爪が皮膚に食いこんだ。
「スイ、オリヴェル達が襲われた場所は聞いているか?」
『はい。山頂ではなく、八合目付近。シーバシュタット側の道の脇から襲われたと……』
「……まずいな」
「降りてきているのか?」
「恐らくは。三年前はミロセルドとシーバシュタットの間に現れている。どういう理由かは知らんが、危険地域から外れて動き回っているようだ。これ以上の放置は出来ん」
ベルゲは暫くの間考え込むと、一度事務所に入っていき、職員に指示を出す。再びロビーに出てくるとハンター全員によく通る声で告げた。
「トロール討伐隊を組む。出発は明日早朝。アレックス、スイ、お前達も参加してもらう」
『!』
「了解」
『りょ、了解しました』
「待ってくれ支部長! Bランクのアレックスは解るが、スイもなのか? この間やられて、今日戻ってきたばかりだぞ!?」
ロブがスイの参加に異論を唱えたが、ベルゲは頷いた。
「解っている。その上で、討伐隊に入れる決断をした」
「推定Aランク帯の可能性があるって言ってたじゃないか。Cランクに上がったばかりのスイを、討伐隊に組むのは賛成出来ない」
「ロブ、何度も同じ事を言わせるな」
ベルゲが厳しい口調で戒めるが、ロブが引き下がる様子はない。
「ハンターだって人間だ。道具じゃない」
「道具とは思っていない。ハンターは、人々をモンスターや悪人の脅威から守る狩人だ。だが、そこに余計な私情を挟むのは許可出来ん。獲物を逃すだけでも危ういのに、更に被害を拡大させたいのか?」
「でも! スイはまだ子ども――」
「ロブ」
低い声に、ロブだけでなく周りのハンター達の多くが気圧されて何も言えなくなった。
『(い、威圧……!)』
ハンターズギルドの支部長は、ハンターだった者の中から選ばれる。その際の条件は、引退時にBランク以上の上位ハンターである事だ。
ベルゲは、セオドアと同じく元Aランクハンターだ。今は抑えられているが、本気で威圧されたらこの場の殆どのハンターは意識を保てないだろう。
「忘れたのか? ハンターズギルドは、適性試験を受け、合格した時点でその者をハンターと認める。実年齢が幾つであろうと、例え未成年であろうと、ハンターになった者は一人前の人間として扱うのがハンターズギルドの方針だと」
「…………っ!」
ロブは悔しげに顔を歪めるが、何も言い返せない。適性試験を受け、合格した後に署名する誓約書にその旨も明記されている。誓約書に署名した時点で、その方針を受け入れた事になるのだ。
「……せめて、理由を説明してくれ。じゃないと納得出来ない……!」
ロブが威圧に耐えながら乞うと、ベルゲは威圧を止め、スイを討伐隊に入れる理由を説明し始めた。
「今、町にはBランクハンターは二人しかいない。アレックスと、イグナーツだけだ。Dランク以下は戦力的に参加させられない。スイの実力は、町に居るCランク帯の中で上の方だと思っている。それに」
ベルゲの眼がスイの隣に向けられる。
「アサシンレオウルフの従魔がいる事も大きい。ただでさえ、数の少ないB・Cランクハンターで動かねばならないのだ。アサシンレオウルフの戦力を使わない手は無い」
「……アタシは、スイの討伐参加は賛成だよ」
これまで静かに話を聞いていたアレックスが自分の意見を表明すると、ロブは信じられないと言うようにアレックスに食ってかかった。
「自分の後輩が可愛くないのかよ!?」
「何馬鹿な事言ってんの。スイの事は当然可愛いと思ってる。だから、参加させるのに賛成なんだよ」
「……何でだよ。意味が解らねぇ……」
「解らないならそれでもアタシは構わない。アンタはDランクで、明日の討伐には参加しないんだ。無理に理解してもらう必要もない」
「……! この、調子に乗るなよ……!」
ハンターの証に埋め込まれた石を見てそう言ったアレックスに、ロブが激昂して殴り掛かろうとしたのを数人が止める。ベルゲは再び威圧でロブを黙らせた。
「いい加減にしろ、ロブ。これは支部長である俺が決めた事だ。これ以上はハンターへ私闘を仕掛けたと看做してペナルティを科す事になるぞ。解ったらさっさと出ていけ。他の者も、Dランク以下は解散して構わん。Cランクは名前を呼ばれた者は明日の討伐に参加してくれ」
「…………!」
『ロブさん』
「! スイ……」
ベルゲが討伐に参加させるハンターの名前を呼んでいく中、ロブの前に立ったスイは少し困ったような笑顔を見せた。
『心配してくれてありがとうございます。ボクなら大丈夫です。明日、頑張ってきますね』
「…………っ」
ぐっ、と両手に力を込めて見せたスイはアレックスに呼ばれると、ロブに会釈してアレックスの所へ戻っていく。
庇うどころか、逆に気を遣われてしまった。自分よりもずっと歳下の子どもを引き止められず、代わりに参加する事も出来ない自分を酷く情けなく思いながら、ロブはギルドを後にした。
「トロール……!?」
「まさか……いくら危険地域が近いとは言え、此処まで南下してくるとは思えないが……」
「スイとテオバルド殿によって作成されたこの絵は、トロール以外の何者でもない。体毛の色が通常種と異なり、しかし通常種から大きく離れた外見では無い事から特殊個体と見ている。通常種の枠を超えたモンスターは予想外の動きを見せる。三年前の事件も、今回の事も納得出来る」
ハンター達の騒めきが大きくなる。スイの背中を嫌な汗が流れた。
『トロールって、もっと北の方にいる危険度B+のモンスターじゃ……』
「流石スイ。よく知っているね」
隣に立っているアレックスがトロールについて説明する。
「危険地域の中央から北側に生息していて、イエティの上位種とも言われてる。でも通常種は体毛が常緑色って言うのかな、結構暗い緑色なんだ。だから今回スイが遭ったのは多分特殊個体。推定危険度は特殊個体でも通常種と同じ場合があるけど、油断しない為にもAランク帯と思っていた方が良いだろうね」
アレックスの説明を聞いていたハンターの一人が、引き攣った顔で呟く。
「……Aランクとかドラゴンと同等だぞ。討伐出来んのかよ、そんなの……」
重苦しい空気が満ちていくが、それに反してアレックスは普段と変わらない声音でベルゲに訊ねる。
「でも、放置するなんて選択肢は無いんだよね?」
「無い。現時点で町周辺の生態系が乱れ始めている上、今後は旅人の被害増加や、町の平和も脅かされる可能性がある。早急にこいつを討伐しなければならない」
「で、でもよ支部長。いまシーバシュタットにいるハンターで、推定Aランクと戦えるのはBランクのイグナーツさんや、アレックスぐらいだろ。今すぐにはどうにも出来ねぇんじゃねぇか?」
「そもそも、スイ坊が山から落ちてからは誰もまだトロールを発見してない。倒す倒さない以前に、居場所がわからない」
「問題山積みじゃねぇか……」
打つ手が無く、ハンター達の間に不安の色が広がる。アレックスは腕を組んで考え込み、スイは自身の力不足を歯痒く思っているとコハクの耳が動き、小さく鳴いた。
『? どうしたの、コハク』
《門の方が煩い。怪我した誰かが戻ってきたみたいだ》
『えっ……!?』
スイの声につられて、アレックスを含む近くにいたハンター達の眼がスイとコハクに向く。
どうしたのか訊かれ、スイがコハクから聞いた事をそのまま伝えると、ロブと言う名のハンターが扉を開けて外の様子を見に行った。
そして少しの間を置いて、慌てた様子でギルド内に駆け込んで来た。
「や、やられた! 調査に出ていた奴等が例のモンスターに襲われて壊滅したそうだ! オリヴェルだけがボロボロになって戻ってきた……!」
「「「!?」」」
ギルド内に激震が走り、一気に緊迫した空気に包まれる。
「オリヴェルは何処に?」
「も、門の前で倒れてる! まだ生きてはいるが、あまり時間は……」
「職員! すぐに医療ギルドに連絡して門に治癒士を向かわせろ!」
『ボクが行きます!』
「スイ!?」
スイがギルドを飛び出し、その後をコハクとザクロが追う。遅れてアレックスもそれに続いた。
門まで走ると、大怪我を負ったオリヴェルが倒れていた。あちこちが広く赤く染まっており、出血が多い事が窺える。数人の衛兵が応急処置を施していた。
「治癒士はまだか!?」
「手首の骨だけじゃなく、多分内臓もやられている! 長くはもたんぞ! もう一度連絡して急がせろ!」
『ボクが治します! どいてください!』
「治癒魔法が使えるのか!? ならば頼む!」
オリヴェルとは何度か話した事があるので属性は知っている。スイは水の魔力を展開し、オリヴェルに治癒魔法をかけた。薄らと青い魔力がオリヴェルの身体に吸い込まれていく。
歪に曲がっていた手首は元に戻り、眼に見える傷は完治したが、回復薬と同じく失った血液までは戻せない。出血量が多ければ、身体の傷は治っていても死んでしまう可能性がある。
『オリヴェルさん、目を覚ましてください……!』
ぺちぺちと頬を叩くと瞼が動き、僅かに瞼が開いた。
『オリヴェルさん! スイです、ボクの声が聞こえますか?』
「……スイ? 戻ってきて、いたのか……怪我は大丈夫か……?」
今は自分の方が危ういのに、他人を心配するオリヴェルにスイの視界が滲んだ。涙を零さないように懸命に堪える。
『ボクは大丈夫です。オリヴェルさんの傷も、治癒魔法で治しましたから、もう少しだけ頑張ってください。治癒士が来ます。ご家族が、弟さんがいるんですから、絶対に死んじゃ駄目ですよ……!』
「……あぁ、そう、だな。スイ……あのモンスターだが……」
オリヴェルは会敵した後の事をスイに説明する。
話し終わると同時に治癒士達が到着し、スイは治癒魔法で傷だけは治した事を伝えた。
「すみません、来るのが遅れたばかりに……。後は私達にお任せください。ご協力、ありがとうございました」
治癒士の一人がスイに礼を述べると、手早くストレッチャーに乗せたオリヴェルを医療ギルドへ運んで行った。
『…………っ』
元気な時の姿を知っているからこそ、治癒魔法をかける前の状態がより酷く見えてしまい、スイの目からついに涙が流れた。
「辛いね。仲間が傷付き倒れる姿は、何度見ても慣れない」
頭上からの声に、スイは顔を向けずに無言で頷く。
「随分と好き勝手やってくれる奴みたいだね……」
『……っ!』
肌が焼けるような感覚に、スイが目を擦ってアレックスを見ると、火属性の魔力が激情によって本物の陽炎のように熱を持って揺らいでいた。アレックスが立っている所を中心に、雪が溶けていく。
「……スイ、戻ろう。オリヴェルとその仲間達が命を懸けて持ち帰った情報を皆に伝えないと」
『はい……!』
スイ達はギルドに戻ると、オリヴェルの傷を治し、後は医療ギルドに任せた事をベルゲに報告した。
「ご苦労だった。何か話は聞けたか?」
『ボクらの時と同じく、気配に気付けずに襲われたようです。あっという間に皆やられてしまい、全員での退避は困難と判断。次の調査や討伐に繋げる為に、残っていた数人が臭気玉を幾つかぶつけ、更に魔法で傷を負わせたとの事です』
オリヴェルの姿を思い出さないようにと、意識すればする程頭の中に瀕死のオリヴェルが浮かび上がる。泣きそうになる自分を叱咤しながらスイは報告を続ける。
『……一番若く、傷も浅かったオリヴェルさんが報告役に選ばれたそうです。ですが、戻ってくる途中で追撃を受けてしまい、大怪我を負ったと言う事でした』
「……探知が難しい存在相手に、大きな成果だ」
「……じゃあ、他の奴等は……」
ロブが悲痛な声を漏らす。スイも目を伏せて同じ事を考えた。
『(……他の人達は、きっともう……)』
遣る瀬無さに、右腕を掴んだ左手に力が入り、爪が皮膚に食いこんだ。
「スイ、オリヴェル達が襲われた場所は聞いているか?」
『はい。山頂ではなく、八合目付近。シーバシュタット側の道の脇から襲われたと……』
「……まずいな」
「降りてきているのか?」
「恐らくは。三年前はミロセルドとシーバシュタットの間に現れている。どういう理由かは知らんが、危険地域から外れて動き回っているようだ。これ以上の放置は出来ん」
ベルゲは暫くの間考え込むと、一度事務所に入っていき、職員に指示を出す。再びロビーに出てくるとハンター全員によく通る声で告げた。
「トロール討伐隊を組む。出発は明日早朝。アレックス、スイ、お前達も参加してもらう」
『!』
「了解」
『りょ、了解しました』
「待ってくれ支部長! Bランクのアレックスは解るが、スイもなのか? この間やられて、今日戻ってきたばかりだぞ!?」
ロブがスイの参加に異論を唱えたが、ベルゲは頷いた。
「解っている。その上で、討伐隊に入れる決断をした」
「推定Aランク帯の可能性があるって言ってたじゃないか。Cランクに上がったばかりのスイを、討伐隊に組むのは賛成出来ない」
「ロブ、何度も同じ事を言わせるな」
ベルゲが厳しい口調で戒めるが、ロブが引き下がる様子はない。
「ハンターだって人間だ。道具じゃない」
「道具とは思っていない。ハンターは、人々をモンスターや悪人の脅威から守る狩人だ。だが、そこに余計な私情を挟むのは許可出来ん。獲物を逃すだけでも危ういのに、更に被害を拡大させたいのか?」
「でも! スイはまだ子ども――」
「ロブ」
低い声に、ロブだけでなく周りのハンター達の多くが気圧されて何も言えなくなった。
『(い、威圧……!)』
ハンターズギルドの支部長は、ハンターだった者の中から選ばれる。その際の条件は、引退時にBランク以上の上位ハンターである事だ。
ベルゲは、セオドアと同じく元Aランクハンターだ。今は抑えられているが、本気で威圧されたらこの場の殆どのハンターは意識を保てないだろう。
「忘れたのか? ハンターズギルドは、適性試験を受け、合格した時点でその者をハンターと認める。実年齢が幾つであろうと、例え未成年であろうと、ハンターになった者は一人前の人間として扱うのがハンターズギルドの方針だと」
「…………っ!」
ロブは悔しげに顔を歪めるが、何も言い返せない。適性試験を受け、合格した後に署名する誓約書にその旨も明記されている。誓約書に署名した時点で、その方針を受け入れた事になるのだ。
「……せめて、理由を説明してくれ。じゃないと納得出来ない……!」
ロブが威圧に耐えながら乞うと、ベルゲは威圧を止め、スイを討伐隊に入れる理由を説明し始めた。
「今、町にはBランクハンターは二人しかいない。アレックスと、イグナーツだけだ。Dランク以下は戦力的に参加させられない。スイの実力は、町に居るCランク帯の中で上の方だと思っている。それに」
ベルゲの眼がスイの隣に向けられる。
「アサシンレオウルフの従魔がいる事も大きい。ただでさえ、数の少ないB・Cランクハンターで動かねばならないのだ。アサシンレオウルフの戦力を使わない手は無い」
「……アタシは、スイの討伐参加は賛成だよ」
これまで静かに話を聞いていたアレックスが自分の意見を表明すると、ロブは信じられないと言うようにアレックスに食ってかかった。
「自分の後輩が可愛くないのかよ!?」
「何馬鹿な事言ってんの。スイの事は当然可愛いと思ってる。だから、参加させるのに賛成なんだよ」
「……何でだよ。意味が解らねぇ……」
「解らないならそれでもアタシは構わない。アンタはDランクで、明日の討伐には参加しないんだ。無理に理解してもらう必要もない」
「……! この、調子に乗るなよ……!」
ハンターの証に埋め込まれた石を見てそう言ったアレックスに、ロブが激昂して殴り掛かろうとしたのを数人が止める。ベルゲは再び威圧でロブを黙らせた。
「いい加減にしろ、ロブ。これは支部長である俺が決めた事だ。これ以上はハンターへ私闘を仕掛けたと看做してペナルティを科す事になるぞ。解ったらさっさと出ていけ。他の者も、Dランク以下は解散して構わん。Cランクは名前を呼ばれた者は明日の討伐に参加してくれ」
「…………!」
『ロブさん』
「! スイ……」
ベルゲが討伐に参加させるハンターの名前を呼んでいく中、ロブの前に立ったスイは少し困ったような笑顔を見せた。
『心配してくれてありがとうございます。ボクなら大丈夫です。明日、頑張ってきますね』
「…………っ」
ぐっ、と両手に力を込めて見せたスイはアレックスに呼ばれると、ロブに会釈してアレックスの所へ戻っていく。
庇うどころか、逆に気を遣われてしまった。自分よりもずっと歳下の子どもを引き止められず、代わりに参加する事も出来ない自分を酷く情けなく思いながら、ロブはギルドを後にした。
284
あなたにおすすめの小説
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
死ぬ瞬間にだけ、愛してほしい
しょくぱん
恋愛
「代わって。死なない程度に、ね?」
異母姉リリアーヌの言葉一つで、エルゼの体は今日もボロボロに削られていく。
エルゼの魔法は、相手の傷と寿命を自らに引き受ける「禁忌の治癒」。
その力で救い続けてきたのは、初恋の人であり、姉の婚約者となった王太子アルベルトだった。
自分が傷つくほど、彼は姉を愛し、自分には冷ややかな視線を向ける。
それでもいい。彼の剣が折れぬなら、この命、一滴残らず捧げよう。
だが、エルゼの寿命は残りわずか。
せめて、この灯火が消える瞬間だけは。
偽りの聖女ではなく、醜く焼けた私を、愛してほしい。
さようなら、私の初恋
しょくぱん
恋愛
「さよなら、私の初恋。……もう、全部お返しします」
物心ついた時から、彼だけが世界のすべてだった。 幼馴染の騎士団長・レオンに捧げた、十数年の純粋な初恋。 彼が「無敵」でいられたのは、アリアが無自覚に与え続けた『治癒の加護』があったから。
だが婚約直前、アリアは知ってしまう。 彼にとって自分は、仲間内で競い合う「賭けの対象」でしかなかったことを。
「あんな女、落とすまでのゲームだよ」
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
【完結】三歳年下の婚約者は、嘘を覚えた
恋せよ恋
恋愛
ランバート侯爵令嬢フィオーラには三歳年下の病弱な婚約者がいる。
保養地で十二歳まで静養するフィッチモ公爵家の嫡男、エドワード。
病弱で儚げだった可愛い彼を、フィオーラは献身的に励まし支えた。
十四歳でエドワードが健康を取り戻し王都へ戻ると、環境に変化が。
金髪に青い目の整った容姿の公爵家嫡男に群がる令嬢たち。
「三歳年上の年増」「素敵なエドワード様に相応しくないおばさん」
周囲の令嬢たちによるフィオーラへの執拗な侮辱。
そして、エドワードの友人の義妹マリアンヌの甘い誘惑と、接近。
思春期真っ盛りのエドワードと、美しいフィオーラの関係は拗れていく。
二人の婚約の結末は、婚約解消か、継続か、はたまた……。
若い二人の拗れた恋の行方の物語
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまで
ChaCha
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したことに気づいたアイナ・ネルケ。
だが彼女はヒロインではない――ただの“モブ令嬢”。
「私は観る側。恋はヒロインのもの」
そう決めて、治癒魔術科で必死に学び、気合いと根性で仲間を癒し続けていた。
筋肉とビンタと回復の日々。
それなのに――
「大丈夫だ。俺が必ず君を守る」
野外訓練で命を救った騎士、エルンスト・トゥルぺ。
彼の瞳と声が、治癒と共に魂に触れた瞬間から、世界が静かに変わり始める。
幼馴染ヴィルの揺れる視線。
家族の温かな歓迎。
辺境伯領と学園という“日常の戦場”。
「……好き」
「これは恋だ。もう、モブではいたくない」
守られるだけの存在ではなく、選ばれる覚悟を決めたモブ令嬢と、
現実しか知らない騎士の、静かで激しい溺愛の始まり。
これは――
モブでいたはずの私が、ただひとりに溺愛されるまでの物語。
※溺愛表現は後半からです。のんびり更新します。
※作者の好みにより筋肉と気合い…ヤンデレ落ち掛けが踊りながらやって来ます。
※これは恋愛ファンタジーです。ヒロインと違ってモブは本当に大変なんです。みんなアイナを応援してあげて下さい!!
今さら執着されても困ります
メイリリー
恋愛
「これから先も、俺が愛するのは彼女だけだ。君と結婚してからも、彼女を手放す気はない」
婚約者・リアムが寝室に連れ込んでいたのは、見知らぬ美しい女だった――
アンドレセン公爵令嬢のユリアナは、「呪われた子」として忌み嫌われながらも、政略結婚によりクロシェード公爵家の嫡男・リアムと婚約し、彼の屋敷に移り住んだ。
いつか家族になれると信じて献身的に尽くすが、リアムの隣にはいつも、彼の幼馴染であり愛人のアリスがいた。
蔑まれ、無視され、愛人の引き立て役として扱われる日々。
ある舞踏会の日、衆前で辱めを受けたユリアナの中で、何かがプツリと切れる。
「わかりました。もう、愛される努力はやめにします」
ユリアナがリアムへの関心を捨て、心を閉ざしたその夜。彼女は庭園で、謎めいた美しい青年・フィンレイと出会う。
彼との出会いが、凍りついていたユリアナの人生を劇的に変えていく。
一方、急に素っ気なくなったユリアナに、リアムは焦りと歪んだ執着を抱き始める。
・全体的に暗い内容です。
・注意喚起を含む章は※を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる