拾われ子のスイ

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

拾われ子とソウジロウ 中編

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『……っ、すみま、せん……』

 一頻り泣いたスイは、しゃくりあげながらソウに謝った。目尻が赤いのは、何度も擦ったからだけではないだろう。
 ソウは、膝をついたまま取り出した手拭いでスイの頬を優しく拭った。

「お気になさらず。今のスイ様には必要な事でございます」

『……ソウさんは……』

 自分とどういう繋がりがあるのか。
 それを訊きたいが、罪悪感が言葉を途切れさせた。
 目を伏せて口を噤んだスイに、ソウは少し寂しそうに微笑む。

「この爺めに遠慮など不要ですぞ。さぁ、お話しくださいませ」

『…………』

 ソウは不思議だとスイは思う。柔和で、何でも受け止めてくれるような声と表情は、留めようとしたものを容易く引き出させる。

『ごめんなさい』

「ほ?」

 それはまた、何の謝罪なのか。考えるソウの前で、スイは小さな声を震わせる。

『ソウさんは私を知っているのに、私はソウさんを憶えていないんです』

 ごめんなさい、ともう一度呟くと、止まっていた涙がまた流れていった。

「……スイ様は、優しすぎますな」

 ソウの憐れむ様な眼には気付かず、スイは目を瞑ったまま首を左右に振る。 

『優しくないです。優しかったら、ソウさんの事を忘れない筈です』

「いいえ、貴女様はお優しい。そうやって非が無い理由でご自身を責めているのですから」

『……ソウさんは』

「はい」

『私に甘すぎませんか……?』

「ほ」

『……ハンターシュウみたいです』

 丸くしたと思った眼を弓なりにして、ソウは声を上げて笑った。

「ほっほっほ。そうかもしれませんな」

 スイが泣き止んだのを確認して、ソウは手拭いをしまう。そして、野晒にされている折れた大木に促してスイを座らせると、自分はその傍らの地面に膝をついた。
 それを見たスイが驚いて隣に手を置く。

『ソウさんも座ってください』

「いいえ、わたくしめは此処で」

 断りに戸惑うスイに、ソウは穏やかながらも真剣な眼でスイを見上げた。

「約束通り、スイ様のご両親についてお話する前に、ひとつお聞かせ願いたい事がございます。スイ様は、シュウ様についてどれだけ憶えていらっしゃいますか?」

『……小さい頃に遊んだり、話したりと私の相手をしてくれた……気がします。夢で見たからそう思っているだけで、それが本当かどうかは解らないですけど』

「そうでしたか」

 夢が夢だとも、現実にあった事だとも判断出来ない返事だ。

「では……そうですな。まずは私めについてお話した方が良いかもしれません。よろしいですかな?」

『……はい。お願いします』

 戸惑いながらも膝に置いた手に力が入る。スイが頷くと、ソウも頷いた。

「私めの一族は代々、スイ様の一族にお仕えしております。ソウと言う名は偽名のひとつ、本名はソウジロウと申しまして、我が一族の当主を務めております」

『…………?』

 微かに開かれた記憶の扉。その向こうに、見えた何か。腰に差したショートソードから冷たさを感じた気がして、スイは鞘に手を添える。

「スイ様が蒼き龍に託されてからのこの九年、ずっと世界中を探し続けておりました」

『……蒼き、龍……』

「えぇ。貴女様の傍にいる、その龍です。尤も、正確に申し上げればそこにいるのは蒼き龍の残滓と言う事になるでしょうが」

「九年も……あれ? 待って下さい、今何て……」

 聞き流しそうになった言葉を、スイは恐る恐る繰り返す。心臓の音が、やけに大きく聞こえた。

『託された……?』

 ソウジロウは、何も言わなかった。ただ、表情を変えずに頷いた。

『それは、どういう……っ!?』

 頭の中で声が響く。
 戻れなくなるよ、と。
 それは、何度か聴いた龍の声によく似ていた。

「……スイ様!?」

 突如頭に走った痛みに、スイが前屈みになるとソウジロウが血相を変えた。
 どくどくと脈打つ心臓。吹き出す汗。身体中が熱いのに、ショートソードがある腰の左側はやけに冷たく感じられる。

「どうなさいました? どこか痛むのですか?」

『……何だろう、何だか……怖い、です』

「怖い?」

『知ってはいけないような……思い出すなって、言われているような……でも、私は、知りたい……』

「…………」

 自分に関する事を知りたいと言う渇望。それを止めようと警鐘を鳴らす何か。スイの中の激しい葛藤を表すように、双眸は揺れている。

「(……本能か? それとも……)」

 ソウジロウが眼を向けたのは、スイの左腰。

「……これ以上の話は、今はまだやめておきましょうか。きっと、まだその時ではないのでしょう」

『そんな!? じゃあいつになったらその時に……っ!』

「!?」

『っ!?』

 衝動のままにソウジロウの左肩を掴んだスイは、ハッとして手を離すと首を振った。左手の爪が、右腕を押さえる様に食い込む。

『……いえ、やっぱり、そうします。肩、すみません……』

「(……これは……危うい……)」

 掴まれた左肩の痛みと、爆発しかけた感情と力、それを抑え込んだ自制心に、ソウジロウは背中を冷たい汗が流れたのを感じた。

「(今のは……)」

 爆発的に膨れ上がった霊力・・に、ソウジロウは覚えがある。スイだけではない。かつて三人、同じ現象を起こした者達を知っている。

「(シュウト様は、素直な良い子に育ったと仰っていた。だが、もしや感情を抑制し過ぎながら育ったのでは……)」

 物心がついた時に親から離された。聡いスイは幼いながら、拾ってくれた育ての親に迷惑を掛けまいとしながら暮らしていたのではないか。
 ずっと、感情と欲を抑えて生きていたのではないのか。
 その結果が「素直な良い子」なのであれば。

「(いかん。それは健全では無い。危険過ぎる)」

 発散出来ているのならば良い。だが、スイはどうにも自身の内側に溜め込む嫌いがある様に、ソウジロウは思えてならない。

「(溜まり、膨れ上がり、行き場を無くしたそれらはいずれ破裂するが……この反応は……)」

 どこか怯えている様なスイに、違和感を覚えたソウジロウは、穏やかに、けれど単刀直入に問う。

「スイ様はもしや、過去に精霊術を制御出来なかった事があるのでは?」

『…………っ!!』

 ソウジロウは「やはり」と確信する。
 泣きそうに歪んだ表情。スイの眼は、ソウジロウ越しに誰かを見ていた。
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