龍と墜ちた拾われ子

蒼居 夜燈

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第四章 南大陸

拾われ子VSアレックス 後編

 離れて見ると、尚更華奢だ。
 自分とは違う白い肌に細い身体。絹の様に美しく、薄く緑がかった白く長い髪は後頭部の高い位置に結われて風に靡いている。細身だからか、右手に持つ太めのショートソードは少し似合わない。
 スイと対峙したアレックスはそう思う。

「(もう少し細身の剣の方が似合いそう。レイピア……も良いけど、ちょっと反りがある方が似合うな。何だっけ、アレの名前)」

 ソウジロウが持っていた、東の地特有の剣を思い浮かべるアレックスに、複数の氷の槍が放たれた。それらの隙間を掻い潜り、アレックスは眼前のスイに向けて大剣を振り下す。

「(避けるよねぇ。参ったなぁ、遅くは無い筈なんだけど)」

 大剣使いの中では、攻守どちらにしても速さはある方だと自負しているがスイには当たらない。
 膂力は無いが、小柄な分スイは脚が速く小回りもきく。それに加えてもうひとつ、アレックスにとって厄介な事があった。

「(試合で見た時よりも、格段に受け流しが上手くなっている。やりづらいな)」

 時折、自信のある一撃を受け流されて反撃される。仕留めるつもりが、自分が仕留められそうになる。何度ヒヤリとしたか、もうわからない。
 だが、そのヒヤリとした感覚でさえ、愉しくて仕方が無い。
 逸る鼓動は全身に血を巡らせ、筋肉を動かす。一撃に鋭さが増す。振り下ろした大剣は避けられたが、リングを抉った。

「(会えて良かったなぁ、本当に)」

 西大陸で新たな最年少ハンターが生まれた。その噂を聞いた時、アレックスの胸は踊った。
 十三歳でハンターになった時、周りは大層アレックスを持て囃した。アレックス自身も、自慢に思ったのは事実だ。
 その記録が、ハンターになってたった四年で塗り替えられた。
 異常個体アノマリーを単独で倒しての合格と言う偉業と共に。
 興味が湧いた。会ってみたいと思った。でも会えないだろうとも思っていた。世界は広い。ひとつの大陸ですら広いのに、五大陸の何処にいるとも判らない一人と会うなんて奇跡だ。

「(そんな奇跡が起こるんだから、旅は面白くてやめられない)」

 出逢い方は予想外だったが、邂逅を果たした。
 会ってみれば、想像とは違って小さく華奢で、男ですらない。ハンターの道を選んだのが不思議に思える程に素直で優しく、穏やかな子だった。
 しかし、内に重く絡まった複雑な想いを抱えていて、それと向き合い、弱さを克服出来るしなやかな強さを持って生きている。

「(アタシより、ずっと強い)」

 その強さに、アレックスは感心と尊敬と羨望を抱く。

「(そう言えば育ての親のおじいさん、ハンターって言ってたけど名前訊いてなかったな)」

 スイの生い立ちが衝撃的過ぎて、ボロ泣きしたっきりそのままだ。

「(この試合が終わったら訊いてみよ。西大陸の森に住んでたなら相当な腕の筈だし、アタシも知ってる名前かもしれない)」

 頬を氷を掠めた。ピリッとした痛みに頬を擦る。

「……えっ!?」

 何かに足を引っ張られ、アレックスは体勢を崩した。眼を向ければ足首に水の鞭が巻き付いている。出処を追えば、それはスイの手から伸びていた。
 仰向けに倒れると、視界を青空と跳び掛かってくるスイが占める。

『アレックスさんも考え事してるじゃないですか』

 振り翳したショートソードが下ろされる。大剣で受け止めるのは間に合わない。

「せいっ、やぁっ!」

 大剣から手を離したアレックスは、ショートソードの剣身を両手で挟んで止めた。眼を丸くしたスイの脇腹に、強烈な蹴りが入る。

『ぅぐっ!?』

 スイの身体が吹っ飛び、アレックスの視界から消えた。ショートソードから手を離す。水属性の魔力で包まれていた剣身を直接触れた手の平は、自身の属性と反発して爛れて血が滲んでいた。

つつ……」

 両手からスイに眼を向けると、立ち上がったスイと視線がぶつかる。

『……今のを止められたの、凄く悔しいです。それと』

 言葉通り、悔しげな表情のスイは脇腹を押さえている。

『私も早くアレックスさんみたいに大きくなりたいです』

 四肢の長さは戦闘経験だけでは補えない。時が経つのを待つしかないのは酷くもどかしく、悔しい。

「スイは今のままでもめちゃくちゃ可愛いよ」

『話変わってますし、そんなの要りません。戦いに役立つものが良いです』

「いや結構役立つ役立つ。可愛さは磨いといた方が良い」

 実際、一部の人間層には大いに役立つ。冗談交じりに笑うアレックスは、手をぶらぶらと振って痛みを誤魔化した。

「(……今でこれなら、スイが大人になったらもっと苦戦するだろうな)」

 数年後の可能性に、脅威と同時に楽しみも抱く。
 ショートソードを投げ渡せば、スイは左手で脇腹を押さえながら右手で受け取った。アレックスも大剣を拾う。

「アタシも先輩ハンターとしての意地があるからさ、そう簡単にやられる訳にはいかないんだよ」

 音を鳴らして一振してから大剣を下げたアレックスは、獲物を前に衝動を抑える獣の様に静かに告げる。

「スイ。本当に遠慮は要らない。アタシは死なない、絶対に」

 その声は、凄みさえ感じさせた。

「だから、本当の本気を、アタシに魅せて」

『……解りました』

 氷の魔力が剣身を包む。吹き荒れ始めた風が二人の髪を乱し、リング上の空気が冷え始めた。

『アレックスさん』

「なぁに?」

『信じてますからね』

「もっちろん」

 笑顔で頷いたアレックスに、スイは一度微笑んで頷くと踏み出した。
 突如、氷雷がリング上に降り注いだ。雹を大剣で防ぎ、雷を躱して、その隙を狙ってくるスイの氷の魔法剣を受け止める。
 冷気が大剣を侵食しようとして、水蒸気が上がった。
 アレックスの大剣も熱を放ち、剣身の赤みが増していく。薄らと火が立ち上り始めた。

「(解るよ相棒。楽しいよね)」

 強者との戦いは、アレックスにとって最高のご馳走と同義だ。
 生命を落とすかどうかのギリギリであればある程、そのギリギリを走り渡り、勝利を手にした時に自身が強くなれたのだと思える。
 それはアレックスにとって最上の愉しみであり、悦びだ。

「(もっと強くなりたい。だから、もっと強くあって、スイ)」

 晴天の下でリングを穿つ氷と雷。その中心で剣を交える二人。その姿によく知った別の二人が重なって見えて、観客席にいるギルバートは思わず笑いながら呟いた。

「似過ぎだろ」

 シュウとイザベラに。そう思って隣にいる伴侶を見れば、実に楽しげにリングを観ている。娘と同じ様に輝かせた眼は一体どちらに向けられているのか。

「(僅かな時間でここまで上達されたのは、流石としか言えぬ)」

 ソウジロウも観客席で二人の試合を観戦していた。
 戦い方を教えて欲しいと請われ、回避に専念して教えた二日間。実際に教えられた時間はもっと短く、一日も無い。それでもスイの成長速度は目を見張るものがあった。

「(高い所に据えた目標に到達しようと、貪欲に、真っ直ぐに、只管に試行錯誤を繰り返す。戦いの型自体がスイ様に合っているものもあるが……惜しまぬ努力は生まれ持った才を最大限に引き出す)」

 強くなる為の姿勢に、ソウジロウは一人の男を思い浮かべる。

「(……その辺はお父上よりも、シュウト様に似られた。これはまた、面白い土産話が出来たな)」

 小さく笑ったソウジロウは瞼を閉じた。

「(……幾つも出来た土産話を、皆様にお話し出来る日が早く来れば良い。八年近く、手掛かりひとつ無かったスイ様が見つかった。時は漸く動き出したのだ。その日が来るのもきっと遠くは無い筈)」

 そう信じてソウジロウは瞼を開ける。漆黒の眼はいつもより大きな光を携え、視界がぼやけた。

「(……儂も老いたな。一歩進んだだけで、解決の糸口など見つかっていないのに……。だがそれでも……生きて、ご立派に成長された事が至極の喜びだ)」

 感慨無量の思いに浸っていると、周囲からどよめきが上がった。何事かと両目を擦り、鮮明になった視界でリングに眼を向ける。

「……なんと……!」

 ソウジロウの細い目が見開かれた。

「……最年少ハンターの記録を作る奴ってのは、皆こんななのか?」

 そう独り言ちたニコラスのこめかみを、汗が滑り落ちる。

《……ぞわぞわする》

「ザクロも何かソワソワする!」

 コハクの被毛とザクロの羽毛が逆立った。
 闘う二人を覆う様に、薄らと何かが形を持ち始めている。その様子に、畏怖を覚えた者もいた。

『(熱い。防ぎきれない)』

 火属性の魔力がじわじわとスイの肌を灼く。

「(まずい。感覚が無くなってきた)」

 アレックスも部分的に凍傷を負う。痛みは感じないが、徐々に動きが鈍り始めた。
 長くはもたない。そう悟ると決着をつけるべく、アレックスは身体強化ストレングス、スイも呼吸法で限界ギリギリまで身体を強化した。

「ふっ!」

 片手で振り回された大剣を避けたスイは、アレックスの懐に入り込むべく踏み込む。その瞬間、大剣を持っていない方の手がスイに向けられた。感じたのは、光の魔力。

閃光フラッシュ

『うぁっ!?』

 至近距離で目眩しを受け、思わず足が止まる。眩しさに瞼を閉じたスイに向けて、アレックスが両手で大剣を振り抜いた。

「(これで、終わり――っ!?)」

 大剣の刃の腹を、ショートソードの刃が滑った。
 瞼を閉じたままのスイが、大剣の軌道を逸らして勢いを付けたままアレックスの懐に潜り込む。そして、アレックスの腹に手を添えた。

「(視覚に頼らずに、いなされた……!?)」

氷砲アイスキャノン

「ぐぶっ……!」

 重い音を立ててアレックスの鳩尾に氷の塊が命中した。身体が宙に浮いたアレックスは、込み上げた血を口の端から零しながら笑う。

「(流石にこれは効く……! でも、まだだ……!)」

『っ!!』

 アレックスの持つ火属性の魔力が急速に強まっていく。
 リングの縁ギリギリに着地したアレックスが持つ大剣。その剣身を包む炎が燃え盛った。

「まだ、アタシの闘志ほのおは消えていない!」

 リング上の熱が更に増した。太陽も相俟って灼熱の暑さとなる。
 とめどなく顔を流れる汗を気にする余裕は無い。余力は底が見え始めた。

『(……そろそろ、ちゃんと武器を探さないと)』

 ショートソードの耐久度に不安を覚えながら、氷から風へ魔力を変えると、スイはアレックスに向かって走った。
 迎撃の斬り上げを避けて、スイは左手だけでショートソードを振り上げる。アレックスはそれを受け止めようと大剣を頭上に構えた。

「っ!?」

 ショートソードは、振り下ろされずに落下した。スイの背面を通過して、真っ逆さまに落ちた先で右手がグリップを掴む。

「(フェイントか!)」

 全身のしなやかさを活かし、滑らかな曲線を描いてスイの背面からショートソードが振り抜かれた。

「ふ、んぬぁぁぁぁぁあ!!」

 防御のタイミングをずらされたが、強引に合わせてアレックスは大剣を動かし自身の胴を守った。
 ショートソードを包む風の魔力がアレックスに取り込まれていく・・・・・・・・

『なっ!?』

 風は火を煽り、火は風を呑み込んで、猛り狂う大きな炎となる。
 アレックスを包んだ猛炎は虎の姿を象り、双眸の蜂蜜色を爛々と輝せた。炎虎の大剣みぎうでが、スイ目掛けて振り下ろされる。
 咄嗟に、スイは水を創り上げて防御する。無意識に精霊術で創られたそれは東の龍の姿をしていた。
 炎虎と水龍がぶつかり、互いに打ち消し合おうとする反動が二人を襲う。

『いっ…………!!』

「あ、ぐっ……ぅ……!」

 相反属性の相手の魔力を食らって、二人とも大きなダメージを負う。がくりと膝から崩れかけたが、二人ほぼ同時に足を踏ん張った。

『(このままじゃ負け――)』

 互いにぶつかる視線、そこに宿る光は双方共に消えていない。

『(――負けたくない……!)』

 意思の声が聴こえたのか、偶々か。アレックスは嬉しそうに目を細めて、大剣を持つ手に力を込めた。

『(もう、殆ど力が入らない)』

「(きっとアタシもスイも)」

『「(次が最後の一撃だ)」』

 二人の闘志に呼応する様に、炎虎と水龍が再び形を成す。
 誰一人として声を発しなかった。観客達もリポールも、固唾を呑んで見届ける。
 徒人の域を外れた二人の闘い。その決着の瞬間を。

『っ!』

「ふっ!」

 二人同時に一歩踏み込んだ。戦略も駆け引きも探り合いも無い。単純なぶつかり合いに、スイもアレックスも残された全ての力を振り絞る。

「でやぁぁぁぁあ!!」

『はぁぁぁぁぁあ!!』

 二人の剣が交差する。
 瞬間、水蒸気を上げながら大爆発が起こり、衝撃と爆音が闘技場内を揺るがした。

『…………!』

「……くぅっ……!」

 煙を上げる二人の身体。爆発の衝撃波と火傷が、二人に大きなダメージを負わせた。
 前に傾いた身体をアレックスは大剣をリングに突き刺して支える。だが、スイは膝から崩れると今度こそリングの上に倒れた。

「スイ選手ダウン! 息はあります、生きています! 時間内に立ち上がれるのか!?」

 観客達から一斉に声援が上がる。リポールのカウントダウンが始まると、左手がぴくりと動いた。

「九! 八! 七……立つか!? 立てるのか!?」

 リングを両手で押して、歯を食いしばって、上半身を起こす。

「五! 四! 三! 堅固な意志だ! ハンタースイは、立ち上がる!」

 ショートソードを握って、震える膝に力を入れて、スイは顔を上げる。

「二! 立ち上がっ……いや!?」

 膝が、かくりと再び折れて尻餅をついた。力の入らない両手が辛うじて上体まで倒れるのを防いだが、立ち上がるには至らない。

「一!」

 そして、無情にも零が告げられた。

「スイ選手、ダウンだーー!」

 リポールが強く瞼を閉じる。次の言葉を発するまでの僅かな間が、決勝戦が終わってしまった事への彼の心境を表していた。

闘技大会コロセウム、決勝戦! 勝ったのは、歴史に類を見ない激戦を制し優勝者となったのは、ハンターアレックスだ!」

 大歓声が沸き起こり、観客全員がほぼ同時に立ち上がった。健闘を魅せた二人へ、称賛の言葉と万雷の拍手が降り注ぐ。

「……へへ」

 大剣を引き抜いたアレックスは、疲れきった、けれど清々しい表情でよろよろとスイに近付く。

「あっ」

 力の入り切らない膝が折れて、前のめりになるとべしゃりと情けない音を立てて倒れた。

『……だいじょうぶですか?』

 心配するスイの声は、疲れ切っていて細くて小さく、滑舌も少し甘い。

「だい、じょーぶ。多分、スイよりはマシ」

 顔を上げたアレックスは、へらりと笑うとずりずりと四つん這いになってスイの眼の前まで来た。

「んぎぎ……せいっ!」

 立つのも一苦労と言った様子だが二本の足で立つと、スイに手を差し伸べる。

「アタシの我儘に付き合い、本気で闘ってくれた君に、最大の感謝と敬意を。ありがとう、ハンタースイ」

『――こちらこそ、ありがとうございました。闘えて……「本気のハンターアレックス」を知れて、良かった』

 差し出された右手に、スイは自分の手を重ねて握った。二人、同時に笑顔を浮かべる。
 その瞬間、観客席の一部が弾け飛んだ。

『「―――っ!?」』

 数秒の静寂の後、闘技場内に悲鳴と絶叫が響き渡った。
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